そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

小出裕章氏の言葉:安倍晋三の悪行に蓋するべきでない

2022-07-11 | 安倍晋三

現在の私の信条に近くこれまで述べてきたことに重ねることができる、元京大准教授の物理学者小出裕章さんの言葉をそっくり転載します。

2020.7.9.
アベさんに対する銃撃について思うこと   小出裕章

 アベさんが銃撃を受けて死んだ。
 悲しくはない。
 アベさんは私が最も嫌う、少なくとも片手で数えられる5人に入る人だった。
 アベさんがやったことは特定秘密保護法制定、集団的自衛権を認めた戦争法制定、共謀罪創設、フクシマ事故を忘れさせるための東京オリンピック誘致、そしてさらに憲法改悪まで進めようとしていた。
 彼のしたこと、しようとしてきたことはただただカネ儲け、戦争ができる国への道づくりだった。
 アベさんは弱い立場の国・人達に対しては居丈高になり、強い国・人達に対してはとことん卑屈になる最低の人だった。
 朝鮮を徹底的にバッシングし、トランプさんにはこびへつらって、彼の言いなりに膨大な武器を購入した。
 彼は息をするかのように嘘をついた。
 森友学園、加計学園、桜を観る会、アベノマスク…
 彼とその取り巻きの利権集団で、国民のカネを、あたかも自分のカネでもあるかのように使い放題にした。
 それがばれそうになると、丸ごと抱え込んだ官僚組織を使って証拠の隠ぺい、改ざん、廃棄をして自分の罪を逃れた。
その中で、自死を強いられる人まで出たが、彼は何の責任も取らないまま逃げおおせた。
 私は彼の悪行を一つひとつ明らかにし、処罰したいと思ってきた。
 私は一人ひとりの人間は、他にかけがえのないその人であり、殺していい命も、殺されていい命も、一つとして存在していないと公言してきた。
アベさんにはこれ以上の悪行を積む前に死んでほしいとは思ったが、殺していいとは思っていなかった。
 悪行についての責任を取らせることができないまま彼が殺されてしまったことをむしろ残念に思う。
 多くの人が「民主主義社会では許されない蛮行」と言うが、私はその意見に与しない。
 すべての行為、出来事は歴史の大河の中で生まれる。
 歴史と切り離して、個々の行為を評価することはもともと誤っている。
 そもそも日本というこの国が民主主義的であると本気で思っている人がいるとすれば、それこそ不思議である。
 国民、特に若い人たちを貧困に落とし、政治に関して考える力すら奪った。
 民主主義の根幹は選挙だなどと言いながら、自分に都合のいい小選挙区制を敷き、どんなに低投票率であっても、選挙に勝てば後は好き放題。
国民の血税をあたかも自分のカネでもあるかのように、自分と身内にばらまいた。
 原子力など、どれほどの血税をつぎ込んで無駄にしたか考えるだけでもばかばかしい。
 日本で作られた57基の原発は全て自由民主党が政権をとっている時に安全だと言って認可された。
 もちろん福島第一原発だって、安全だとして認可された。
 その福島原発が事故を起こし、膨大な被害と被害者が出、事故後11年経った今も「原子力緊急事態宣言」が解除できないまま被害者たちが苦難にあえいでいる。
 それでも、アベさんを含め自民党の誰一人として、そして自民党を支えて原発を推進してきた官僚たちも誰一人として責任を取らない。
 もちろん裁判所すら原発を許してきた国の組織であり、その裁判所は国の責任を認めないし、東京電力の会長・社長以下の責任も認めない。
 どんな悲惨な事故を起こしても誰も責任を取らずに済むということをフクシマ事故から学んだ彼らはこれからもまた原子力を推進すると言っている。
さらに、これからは軍事費を倍増させ、日本を戦争ができる国にしようとする。
 愚かな国民には愚かな政府。
 それが民主主義であるというのであれば、そうかもしれない。
 しかし、それなら、虐げられた人々、抑圧された人々の悲しみはいつの日か爆発する。
 今回、アベさんを銃撃した人の思いは分からない。
 でも、何度も言うが、はじめから「許しがたい蛮行」として非難する意見には私は与さない。
 心配なことは、投票日を目前にした参議院選挙に、アベさんが可哀想とかいう意見が反映されてしまわないかということだ。
 さらに、今回の出来事を理由に、治安維持法、共謀罪などが今まで以上に強化され、この国がますます非民主主義的で息苦しい国にされてしまうのではないかと私は危惧する。 
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政治的背景もなくテロとは言い難い今回の安倍銃撃殺害事件

2022-07-09 | 安倍晋三

危惧していた通りのことが起きている。選挙応援の演説最中に路上で銃殺された安倍晋三の、功績ばかりを徒に強調し褒め称える報道でびっしりである。最年少総理とか、最長在任期間の総理とか、同類の政治家などが功績を称える。特にNHKが酷い。総理在任中の業績として、外国訪問や国家要人たちの褒め言葉ばかりを流す。
田原総一郎が、「初めからやりたいことがぶれなかった政治家」と言ったのは、皮肉であるろうが、せいぜいこの程度で収めてもらいたいものである。
銃撃の報道を見て、安倍晋三はいつかはこうなるのでないかとなんとなく思っていた。しかし、5.15事件の犬養毅のように政党政治の神様のように扱われることになりかねない。

しかし、犯人については警察側からの一方的で恣意的な情報しか流れてこない。先ずは職業が解らない。元自衛官、それも任期付きのいわば体験入隊のようなもので、海上自衛隊に入隊していたというのであるが、それも数年前のことで現在の職業が解らない。無職のようではあるが、ことさら数年前の元自衛官がことさら強調される。妙である。
特定の宗教団体に敵意を持っていたというのであるが、統一教会なのかも明確ではない。母親が多額の寄付をして破産したというのであるが、
は人の自宅の家宅捜査に、いきなり爆発処理班が先頭で入っていくのも妙である。火薬を自作したというのであろうが、それにしてもいきなり重装備の火薬処理班とはね。
犯人には高邁な思想もないようだし、組織的な背景もないようである。政治的不満があるわけではないと発言していると報道されている。自作品の銃のようで精度も低そうである。
政治的なテロ行為とは思えないが、反暴力はともかくとして報道は一斉にテロと報道している。産経、毎日、東京、日経、読売、朝日それに当地の北海道新聞はすべて一面トップで、「安倍元首相撃たれ死亡」と一言一句たりとも違わない。とても違和感を覚えるものである。もう自民党の弔い合戦は始まっている。
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安倍晋三が撃たれ死亡したが弔い選挙にされては困る

2022-07-08 | 安倍晋三

安倍晋三が銃撃された。第一報を聞いた時には、いつかはこんなことが起きはしないかと思っていて、特段の違和感もなかった。
撃たれたのは路上の選挙演説の最中で、どうも自作に近い銃で撃たれたようである。背中からの発砲で、二度目の弾が当たったようなので、手慣れたようでもない。
元海上自衛隊と報じられる42歳の男の背景の詳細は不明で推測であるが、これまで安倍晋三が重ねてきた悪行への不満でないかと、個人的には推察する。
安倍の政治生命は断ちたいとは思うが、彼自身の肉体までのことではない。何とか命を留め置かれて、正常な社会での下でまともな法廷で裁かれることを望んでいた。
テロ行為には強く反対はするが、現在行われている参議院選挙を自民党が弔い選挙にしたり、彼が神格化されることがないように願いたいものである。
安倍晋三の重ねてきた悪行は数知れないが、日本の政治から清廉さを失わせた罪は大きい。経済ばかりか政治まで二流国に堕した。
テロは殺人行為である。今回の犯人の男に政治的背景はないようであるが、会ってはならないことである。
よもやと思いはするが、犬養毅のような憲政の神様として崇められるような存在にはなってほしくはない。
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85年前の今日の盧溝橋事件はその後の日中戦争酷似するプーチンの戦争

2022-07-07 | 戦争

ロシアが侵略地のウクライナで、向こうが先に撃ってきたからと、戦闘の正当性、その後の軍事拡大の正当性を主張する。そんな馬鹿な理屈は成り立つわけがない。他人のうちに強制的に侵入して、住人が抵抗したから撃ち殺したという論理である。奢り切った暴論でしかない。
しかし、全く同じようなことを日本は過去行っている。日本が85年前の今日、7月7日盧溝橋で中国側が先に発砲したからと、自衛のため応戦しその後日本が中国に侵攻したのである。近衛文麿首相は、暴支膺懲 (ぼうしようちょう:暴れる支那を懲らしめる)と、軽い侵攻で素早く平定できると、戦線の拡大を決断した。
これを日本は支那事変と呼んでいる。戦争でないと言い張り、特別軍事行動であると言って憚らない、ウクライナ侵略をするプーチンと全く同じである。実体はその後の経過を見れば、日中戦争と呼ぶべきである。
その後は、12月の南京大虐殺事件へと続き、アメリカの忠告を無視し宣戦布告までしてしまう。終戦の術を持たぬ戦は本土空襲や原爆投下という悲惨な終結を待つことになる。

私は1978年に盧溝橋を訪れたことがある。古い石造りの橋で河原は広く、此処で実弾演習をしていたと了解した。その当時は一衣帯水の日中関係が良好で、お互いに望まない偶発事故だというような説明があった。
多くの地域で日本軍は、共産党軍・八路軍と良好な関係にあった。当時の兵士を呼んで話を聞いた事もあるが、彼らは上司からの指示でパーロ(八路)に武器を結構提供していたという。革命第一世代が消えてきたことが、現在の日中関係の悪化につながったといえる。それと国家資本主義が順調に経済を発展させた。
国民を鼓舞して戦争に踏み込んだ”暴日”は、出口戦略を何も持たなかった。プーチンのロシアも出口戦略を明確に持っていないと思われるが、ウクライナとて同じである。
このロシア・ウクライナ戦争には仲介者がいない。メルケルの引退を待っての侵攻のようにも見え、コメディアンが大統領になるのを見てのようにも思える。忠告者のいない長期政権のの悲劇である。
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和平案の出てこない妙、この戦争のもう一つの不幸

2022-07-06 | プーチン

世界中が憂えているロシア・ウクライナ戦争である。西側は懸命にウクライナを支援する。ウクライナは武器が足らないと、ゼレンスキーはあらゆる機会、考えられる全ての手段を用いて訴える。
ロシアのウクライナ侵略から一月経った頃に和平案が浮上した。半月もあれば首都キーウィを落とせると呼んでいたプーチンはウクライナの中立化、非ナチ化、非軍事化を条件にした。
これに対して、理不尽な侵略を受け首都侵攻するロシアを退け勢いづくゼレンスキーは、即時停戦とロシア軍の撤退とクリミア返還を条件にした。プーチンが絶対飲めない条件である。ロシアの不条理な侵略にゼレンスキーは西側の支援で譲らないし、プーチンはなおさらである。仲介する国も団体もない。
いくら西側が支援したところで、戦力の差は15倍ある。ロシアは当初のキーウィを諦め東部二州と旧首都の占領に切り替えて、甚大な被害を受けながらも最低条件をクリアーしそうである。
最近になって報道は一斉に、西側諸国の”ウクライナ疲れ”とか”支援疲れ”などと言い出すようになった。膠着状態に近いといえる。それでも戦いは続き、死者は増え戦費は嵩む。ロシアに至っては、経済制裁のボディーブローがそろそろ効きはじめている。ウクライナは現在の被害の復興に、国家予算の3割にもなり日本円で30兆円かかると試算している。
通常なら和平案が出てきそうであるが、3月末から半月交渉したが、消えてなくなってしまった。ウクライナの代表者たちが不明の毒を盛られたと訴えている。真贋のほどは不明である。
ウクライナ支援の西側の徹底抗戦の正義派と和平派は各国に差はあるが、和平派の方が若干多いように見える。
アメリカは兵器販売の大口を失くない。武器は大量に提供するが、血を流すのはお前たちだというのである。和平にバイデンは全く興味がない。この戦争はアメリカにとって願ってもないロシアの弱体化に加えて、大きなビジネスチャンスでもある。
和平に取り組むおせっかいな国や団体もいないことが、この戦争のもう一つの不幸である。
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原発再稼働を模索する国と電力会社

2022-07-05 | 原発と再生可能エネルギー
電力が足らない、足らなくなるとオンパレードである。ほとんど脅しであるが、どこかよそよそしい。絶対不人気の原発再稼働などはいい出せない。
電力不足を熱波を背景に(他移動は冷夏であるが)、節電や何とか遠回しであるが、原発再稼働への地ならしに見えてならない。
現在稼働している原発は10基である。国の基準を何とかクリアーして、再稼働を待っているのが7基ある。原発は虚偽と隠ぺいによって厚化粧されている。原発は安価な電源と言い続けてきたが、現在では建設費用の倍もの安全対策費がかかる高価な電源となっている。
今度は政府はCO2を出さない環境に優しいとまで言い出している。福島原発事故当時は原発の発電量は、25%程度であった。政府は原発をベースロード電源と位置づけ、2025年には20~22%と事故当時とほぼ同量の発電量に位置付けている。
その為、再生可能エネルギーの開発が遅々として進まない。洋上風力発電だけで9割を賄えると言われているが、再生エネルギーは20%程度でしかない。現在火力発電は76%である。石油も天然ガスもロシアのウクライナ侵略で、高騰することはハッキリしている。当炭を使って、ホラCO2削減が必要になったと、原発再稼働を目論んでいるとしか思えない。
電力会社の幹部は事故を起こしても責任がないと、国からお墨付きをもらった。原発を廃炉にすれば、1基数百億円する施設の資産価値がゼロになる。大きな資産を失うと一気に電力会社は赤字に転落する。電力会社は国の手厚い庇護の元にある。分散することになる、再生エネルギーが主力になると、電力会社は事業を乗っ取られたことになる。事業縮小は容認できないのであろう。
電力会社も国も国民のことや、環境のことなど考えているわけではない。原発は廃炉にすることでしか、この国の未来はない。
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食糧が値上がりしエンゲル係数が高くなって日本は豊かになる??

2022-07-04 | アベノミクス
エンゲル係数とは、家計の消費支出に占める飲食費の割合のことである。ドイツの社会統計学者エルンスト・エンゲルが163年前の1857年に発表したものである。
人は毎日食べなければ来て行けない生物である。その食べる物=食料は現代社会ではほぼ購入することになっている。安倍晋三がアベノミクスを始めた途端にエンゲル係数は上がる一方である。無教養であるばかりか一般教養が足らない安倍晋三は、「食への消費が拡大し景気回復したということである」と答えたのである。これを聞いて唖然とした。エンゲル係数が高いほど経済が良くなったと、全く逆のことを言ったのである。最高の国家権力者がこんな体たらくではたまったものでない。安倍晋三は正真正銘のバカ、中学生以下の学力であることをこの時に確信したのである。
これまで日本は20%少々で堅調なレベルであった。この数年つまりアベノミクスが行われてからは、次第に高くなり30%近くまで上がっている。更には価格高騰によって押し上げられている。この一年それがさらに酷くなってきたのである。
日本はこうした面からも豊さを失ってしまった。集乳が減っただけではない。あらゆる意味で、アベノミクスと称される経済政策が、年金の減少が更にエンゲル係数を高めることであろう。
アベノミクスの三本の矢のうち実行されたのは、第一の矢だけである。即ち異次元の金融緩和政策であるが、コロナ禍それにロシアのウクライナ侵略で世界は政策金利を、逡巡しながらも一斉に上げている。アメリカは0から1.5~1.75%に、EUは0から0.25%に、イギリスは0.1を1.25%にしているが、日本は-0.1%を変えないと黒田総裁は譲らない。
日銀は先月16兆円の国債を購入した。異次元の金融緩和を安倍の下請けとして行ってきたが、2%のインフレは全く達成されていないし、新たな経済成長も起きていない。賃金は下落の一方である。
今後アベノミクスの目的の一つ、円安がさらに進み食料あ高騰する一方になる。日本はエンゲル係数は高くなり、無知な安倍晋三の言うように、食が拡大して豊かになった、さぞ立派な日本が出現することになるだろうよ。
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年金を下げたのは、先の見通しすらできない安倍晋三である

2022-07-02 | 福祉社会

安倍晋三は一次内閣で、消えた年金最後の1人まで支払うと嘘ついたトラウマが残っているのであるか。
物価下落時(2000~2002年)に「高齢者の生活に配慮する」と、年金を据え置いたことで、受給額が本来の年金額より高くなってしまった。
安倍晋三はこれを、「もらいすぎ年金」と批判キャンペーンを展開し、2013年から3年間で2.5%減らした。それが終わると、2015年にはマクロ経済スライドを初めて発動した。2016年には「年金減額法」を成立させ、物価が上がっても賃金が下がれば年金を減らす新たな年金減額の仕組みをつくりあげた。
安倍年金改革では、キャリーオーバーという仕組みを導入し、物価上昇率がマクロ経済スライドの0.9%より低かったり、物価が下がってスライド(減額)が発動できない場合、マイナス分を翌年以降に繰り越して、次に物価が上昇したときに一気に適用して年金を目減りさせる仕組みを作り上げた。これで物価上昇と賃上げが同時に起きた場合も、年金アップはしなくて済むようにした。
キャリーオーバー分を合わせると、来年度のマクロ経済スライドは1.2%マイナスになる見込みとのことである。物価上昇率と賃上げがそれ以上の水準にならなければ、物価が上がっても年金は全く増えない仕組みである。8年間の政権在任中に、6.5%も下げたのである。
年金を積み立て方式から賦課方式にしたのは、バブル期に数億もの施設を日本中に建てて資金が枯渇したからだ。その責任を、団塊の世代が高齢化した現在ツケを追っているともいえる。年金の破綻はいまや明らかである。
麻生太郎は正直に、「老後は年金の他に2000万円が必要」と言い出した。
安倍晋三は、「マクロ経済スライドも発動されましたから、いわば『100年安心』ということはですね、確保された。」と、官僚文書を読み上げた。
この春から年金はかってないほど減額された。国、民の給与を上げることも出来なかったしGDPもしっかり下げたから年金も下げるちうのである。これは安倍晋三や麻生太郎のように年金不要の富裕層が作り上げた、高齢者は早くされというシグナルである
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例えば牛の角が、憲法9条「専守防衛」の典型でこれを越えてはならない

2022-07-02 | 平和憲法
草食獣のいくつかの動物には角がある。特に偶蹄類の牛の仲間には必ず角が生えている。こうした角は危険なように思われるが、彼らは身を守るために使い攻撃用ではないのである。
牛の角は、肉食獣の武器である爪や牙などとは全く異なるものである。肉食獣は、爪や牙それに強靭な顎や足腰や頭脳などを武器として、生き物を捉えるのである。それも生きてゆくための、食物連鎖の一つの形で彼らが進化の過程で獲得したものである。食べものを得るための攻撃的なものである。
ところが草食獣の角は、責められた時に身を守るものであって、決して相手を傷つけたり命を奪うためのものではない。守ることに特化して(専守)攻撃しない武器(防衛)なのである。
日本国憲法は、9条2項で『・・陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。』と記載している。これには専守防衛の戦力は含まれないというのが、現在のギリギリの解釈である。上図のように、時には角があるために襲われたライオンすら追い返すことができる、立派な角である。ところが牛はライオンを殺して食べるわけでもない。
ところが、兵器や武器を防衛装備品と言い換えて、先制攻撃を敵地攻撃能力と言い換えたが評判がよくないので反撃応力と言い換えて、防衛予算を倍にして世界第3位の兵器を持とうとする自民党の主張は、明らかに専守防衛を越えている。
自民党もこれに気が付いているようで、憲法を変えなければならないと言い始めた。憲法9条を変えればあとは戦争へまっしぐらである。
現在の自衛隊ですら、専守防衛が怪しい状況といえる。戦争は、より多くの人を殺した方が勝つ、殺人ゲームである。
戦争に理由などあってはならない。ウクライナがたとえナチズムを信奉していたとしても、戦争する理由にしてはならない国は武器を持つといずれ戦争に突入する。日本は現行自衛隊兵力を上限として、憲法9条を保持すべきである。
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メガファームもたないのは世界の常識、国連の家族型農業こそ

2022-07-01 | 環境保護と循環

上の記事は、今朝の北海道新聞朝刊社会面トップにものである。牛乳余りの作為的事実に覆われた、酪農業界の一端がウクライナ問題で浮上している。日本の公共事業や補助事業は、たいがいは誰か国会議員のお手柄が吹聴されるものである。
21世紀になり誰もが、資源に限界を感じ異状気象が常態の現在に、多くの人が少なからずの危機感を感じているものだろう。環境の変化を真っ先に受けるのが、農業であるが。世界の農業政策は、こうしたことお考慮して家族農業へと、有機農業へと大きくシフトしている。日本の農業の有機耕地面積は僅かに、0.2%に過ぎない。昨年突如として日本政府は、みどり農業戦略を打ち出した。非現実的であるとしか思えない。
しかし現場では大型化、多投資型農業への道を開こうとしている。スマート農業などは目先を変えるための新たな技術を、農業外から導入して、結局は大型農業への道を懸命に模索しているに過ぎない。
記事にある畜産クラスター事業はその典型である。大きくしなければ補助金を出さない。経営内容や適不適などはお構いなしである。例えば、トラクターを購入しようとしても、大きなものに変えるのでなければ、補助金が出ない。現状負債を抱えていようが、経営内容が芳しくなかろうが、大きくすることでしか対象にされない。農家は過分の負債を抱えることになる。
世界中で農業の大型化を国が積極推進しているのは日本だけである。日本は国連が10年間にわたってキャンペーンを進める、家族型農業にも乗っていない。日本のような国土が狭く雨量と日光量の豊富な国では、決められた農地を有効に使う最適条件なのである。
日本国内産の農産物は世界一安全と過信する消費者が多いのにも驚かされる。日本は世界で最も単位面積当たりの投与農薬が多い国である。
国がまるでほかに方法がないとばかり勧めた酪農の大型化であるが、大量の輸入穀物に大量の資金と資材を投入して作られたものである。水道料も電気料も格段に増えて、典型的な浪費型経営となる。水も土も大気も汚す。
政府が推進した資源消費型大型の酪農は、大量生産しなければ経営が成り立たない。酪農の薄利多売事業ともいえる。資源が枯渇したり高騰してくると成り立たない。
彼らに大量の牛乳を生産してもらい、政府の方針に間違いがなかったと思ってもらうために、余乳キャンペーンを始めた。昨年暮れから始まり、まんまと世間をだませたが、それとて一時的なことでしかない。
資源に配慮した家族型の酪農家は、肥料や穀物が高騰すると大変ではあるが、我慢すれば何とかなる。政府ご推奨の大型農家のように潰れることはない。
現実問題として、一億近く(ほとんどが税金で我々のお金である)投入された500頭搾乳の農家と、自己資金で40頭搾乳している農家と、手取り(可処分所得)はほぼ変わらない。表題の、メガファームは「もたない」のは当たり前、世界の常識である。
しかしそれでは、乳業会社も穀物販売業者も農協も金も入ってこないし、生産物の販売も減少してしまう。GDPも低いままである。
資源や環境を無視した経済発展はいずれ限界が来る。それは一次産業に優先的に起こる。私たちはそのシグナルを正確に見届けなければならない。
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羅臼港

春誓い羅臼港