支持率凋落の岸田文雄が、「国民みんなの責任で」軍事力を高めるなどと言い出した。憲法には、「日本国民は、恒久の平和を祈願し、人間相互の関係を支配する崇高な理念を深く自覚する、」(前文)「国権の発動たる戦争、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段ととしては、永久にこれを放棄する。」(9条1項)と記載している。
国民の責任だと、軍事増強の金策に苦慮した岸田文雄は、「国民みんなの責任で」と言い出した。戦争は政治の失敗、外交の破たんが行きつくところである。あなた方のような無能な政治家が生まれたという意味で、国民にも責任はあるだろう。
しかし、安倍の亡霊に憑かれて、GDP2%という言葉に金策をしたがままならず、国民にも責任があるなどと言い出した。責任は政治にある。
日本は、国力が20倍も大きな国アメリカに戦争を挑んだ。イギリスなどを含めるとその何倍にもなる。国債を乱発し、国家財政の半分を陸軍に持たせた結果、竹槍を国民に持たせ本土決戦を命じた。
多くの識者は敗戦を予測していたし、海軍なども勝てると思ってはいなかった。今昨日の本ブログで書いたように、仮想敵国中国と戦って勝てるわけでもない。
財界人の石橋湛山は、アメリカとの貿易金額の方がが多く、中国との関係が破たんになる方が得策であると、戦争に反対した。
同様の視点で見ても、現在日本は中国とは切っても切れない経済関係となっている。貿易金額が多いだけではなく、国民生活に直結したものが多いこと一つを見ても、中国と断絶関係は現実的でもない。
北朝鮮(朝鮮民主主義共和国)も仮想敵国であろうが、この国ほど単純な国はない。金王朝という世襲権力構造は、国家より国民よりこの政治体制が優先する。この国は暴発国家ではあるが、決して侵略国家ではない。この国が船に乗って日本を攻めるこはないが、ミサイルを撃ち込む能力は持っている。能力を高めるのは、核兵器もミサイルも、支援のおねだりのレベルを上げるためである。
北朝鮮が核開発もミサイルからも手を引いていた時期があった。6っカ国協議がかたちだけでも軌道に乗って、支援が得られそうになった期間である。勿論彼ら自身が壊した側面はあるが、暴発国家としていてほしかったロシアや中国の思惑が大きかった。
戦争は外交政策の破たんである。国防予算を倍にすることは、これらの破たんを結果を覆いうという作用があるが、政治家の怠惰を許すことになる。
敵基地攻撃能力は、空論であるばかりか、憲法に違反し先制攻撃そのものの可能性がある。攻撃基地などいくらでも隠せるし、中国となると一万キロ彼方までが捜索範囲となる。ミサイルの迎撃同様空論であることに岸田は気が付いていない。
日本が掲げる軍事増強の理由は、その結果として周辺国が軍事増強をすることにつながる。少なくともその理由を与えることになる。そんな下心はないと否定するのは無理がある。点に唾するようなものである。
自衛隊が存在するギリギリの許容範囲が、「専守防衛」である。守ることしかしないが、相手に対抗できる防衛である。これは空論ではない。
草食動物の牛の仲間は頭に角を持っている。肉食獣の牙や爪と違って、相手を攻めて殺してしまうものではない。バッファローが角をかざしてライオンを追いかけるが、身を守るものであって、攻めるものではない。草食獣の角こそが、専守防衛である。
国家予算の10%にもなろうかという防衛予算は、それだけで十分憲法違反になる。防衛予算の増高に反対する。
世間では、軍事力増強の是非はすっ飛ばして、
財源の話ばかりになってますね。
増強は賛成でも、お金は出したくない人が
多いようです。