むらいむらいとです。 

「らいむらいと」「CARO」所属 お嬢の 日々反省日記。

4月15日 歌舞伎町 ソウルキッチン

2017年04月29日 16時16分28秒 | 舞台日記
15日はソウルキッチンにてあたし最後の弾き語りでした。
お集り下さいました皆さまどうもありがとう。
相当の思い出詰まっているお店ソウルキッチン。
確か2012年「この世の果て」のマスタリング完了して間もない頃に オープンしたてのお店にらいむらいととして出演したのが始まりで、その後も定期的にらいむらいとワンマンショーという形でこの場をお借りしていたし、あたくし個人的には 沢田研二、甲斐よしひろ、加藤和彦、吉田拓郎、井上陽水をリスペクトするイベントには弾き語りでほぼ参加させていただいた。CAROのイベントもやった。日本のロックにいかに洋楽のパクりが多いか!を徹底検証するという面白いイベントにも参加させていただいた。平成フォークジャンボリーなるイベントにもよく出演しました。更に。更に。まだまだ色んなイベントありました。。沢山の素晴らしい音楽家とここで知り合いました。
それから、敬愛する井上堯之さんの前座をソウルキッチンで務めさせていただいた事もあった。この日の事は自分にとって一生の宝物です。
賀句さんとは、青い部屋の時からお世話になっていて。
10代の頃ジョニー・サンダースの伝記「イン・コールド・ブラッド」を貪り読んだ その時想像していたロック評論家というイメージとは違った・・昭和歌謡、GS、あんぐらフォーク。はたまたシャンソンなどのワールドミュージックまでもこよなく愛する鳥井賀句という人物として青い部屋で知り合い。今までその辺りの音楽のお話も沢山沢山ご一緒させていただきました。
んーーーソウルキッチンでの思い出だけを挙げていっても もうきりがないほど。


あたし。この日、何を唄ったらよいのか・・なんとなくおのずと決まっていたように思います。
自分にとってどの曲も 門出に立つ思いで演奏した。
1. 訣別
2. 挽歌
3. ひとつだけ
4. 時の過ぎゆくままに(沢田研二)
5. 自己嫌悪
6. 希望の花
7. ママリンゴの唄(デイヴ平尾)
最後、ママリンゴの唄を唄いながら「これで最後か」と思うと泣けてきた。


ご一緒させていただいた皆さんも それぞれソウルキッチンへの思いを持って演奏されていた。
終演後も思いで話尽きず。最終列車ぎりぎりまで皆さんと語り合った。


賀句さん。
あたしのようなひよっこに いつも「お嬢!!またよろしくな!!」とお声かけてくだすってありがとうございます。
「またよろしくな!」が いつも本当に嬉しかった。
この5年。自分の出演日以外でも 何かコンタクトとる事があれば、夕方ソウルキッチンのドアを開け「賀句さーーん!!」と顔出した。
この先 こんな風にふらっと賀句さんを訪れる扉がなくなってしまうのは自分にとって寂しいけれど。
でもまた これからもずっとあたしはお世話になりたいと思っている。
とりあえず、少しゆっくり身体休めてください。
で、落ち着いたら色んなお話またご一緒させて下さい。
それから またバンドのイベントにも呼んで下さい。

5年間 お疲れさまでした。
本当にどうもありがとうございました
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4月8日 五反田 ロッキー

2017年04月29日 14時24分29秒 | 舞台日記
4月、らいむらいと2本の舞台を終えたその翌日はCAROでした。
五反田までお越し下さいました皆さまどうもありがとうございます。
相方の最鋭輝が体調不良で倒れてしまった事、3月後半のらいむらいと演奏旅行中に知りました。
今回のロッキー 無事舞台に立てるか心配しており「決して無理しないで!」とは言っていたのだが。
本人から「無理せず・・座ってなら何とかできる!」とイベント日直前に連絡があり。
それで 決行しました。

モッキーとはもう長い付き合いになるが。
見ていて、彼は本当に心意気の強い男で。何事も前向きに捉え 決して弱音吐かず。
周りとの信頼関係も多く。それは彼の厚い人望、常に細かいところまで行き届く気配りによるものだとあたしは思っている。
それに何より やさしい男だ。
必然的に 抱え込むものが非常に大きくなってしまい、心と身体が今回SOSを出してしまったのかな。

ですがこの日。
最後まで元気な姿でイベント終える事ができ ほっと胸を撫で下ろしました。

最鋭輝と知り合って間もなく 新宿JAMでの「朝まで生ムード」という彼主催による深夜トークライブイベントにあたしゲスト出演し。
その後、2人のコーナーを独立させて「ネオフォークナイト」という形で月1回JAMで深夜イベントやっていた時期があった。
ON AIRランプ点してラジオ番組風にして。もうその頃はCAROと名乗っていたように思います。
そうこうしていると今度はインターネットラジオで「ネオフォークナウ!」というCAROの番組を持たせていただく事になりました。
ラジオ局なき後も、G-arkや下北沢CCO、モッキーがスタッフで働いていた以心伝心、と場所を変えてイベント継続させた。賀句さんのソウルキッチンでやった事もある。G-arkとCCOではMARKさんにもゲスト出演していただきました。
今回モッキーのアイデアで、久し振りに「ネオフォークナイト」のようなラジオ番組風にして。
楽しかったなぁ。
入り口でお渡ししたアンケート用紙をあたかも番組宛のお便りのように見立てて、それを読ませてもらいながら進行しました。

<一部>
1. 一人で行くさ
2. たんぽぽ
3. 個人的メッセージ
4. 一人にしないよ
5. 人は生れて
6. 四葉のクローバー
7. ロージー
8. 愛のない世界
9. 吟遊詩人


マスターも。今回モッキーの体調を気遣い「私のお喋りの時間を増やして何とか助けてあげようと思いますー!!」と、楽しい小噺を沢山してくださいました(*´ω`*)

<二部>
1. 蒼いハイウェイ
2. 花の伝説
3. 君の誕生日
4. 銀河旅行
5. 木馬
6. 時の魔法
7. 涙はいらない
8. 風にのって
9. 散歩
10. 口笛ふいて
11. 暗い部屋

思ったのですが。
MARKさんと我々 過去に京都、名古屋、郡山、仙台へ演奏しに行きました。
郡山〜仙台公演に関してはお亡くなりになる約2ヶ月前。
後から考えて その時身体相当きつかったはずなのだが。
だけどMARKさんどんな時も一切弱音吐かず、仙台の帰り際でさえ「楽しかったねぇ〜!!また色んなところに行きましょうね。皆 待っていてくれてるからね!!」とずーーっと話してた。
なんだか。
モッキーの がんばり過ぎてしまうところってMARKさんゆずりなのかなぁ。。とも思いました。
これからは、無茶し過ぎないようやってゆこうと思っていますが。
MARKさんから感じ取った 心意気は ずっと大切にしてゆきたいです。
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4月6日 渋谷 ラ・ママ、4月7日 町田 プレイハウス 

2017年04月22日 23時02分11秒 | 舞台日記
ソウルキッチンの明くる日はラ・ママでらいむらいとだった。
お越しくださいました皆さまどうもありがとう。
この日は 昨年末に亡くなられたラ・ママ スタッフの小川さんプロデュースのイベントで、生前お世話になった出演者の皆さんとご一緒させていただいた。
賑やかに この場を多くの皆さんと一緒に楽しみ そして偲びました。

我々の音楽が小川さんへの手向けになるかどうかわからないけれど。

お世話になっていた時と同じように 気持ち込めて演奏しました。
1. 八月の濡れた街
2. あ・り・き・た・り
3. 愛の花園
4. 自己嫌悪
5. 不眠症の羊
6. 希望の花

以前にも言った事あると思いますが。
らいむらいとの3枚目のアルバムの制作に入ろうとした時 真っ先に小川さんに「またENGINEから出そうと思ってるんですが」と相談した。
すると、あの笑顔で「わぁ わぁ 嬉しいです!!こちらも何らかのお手伝いさせてくださいー!!」と言ってくれた。
最後、希望の花を小川さんに届くよう唄いました。
いつものあの笑顔で フロアの後で観てくれている。本当にそんな気持ちになりました。

それからこの日 晃士さんとも一緒で、楽屋でフロアで色々お話させていただきとても楽しかった。
「春色のアルバム。ぼくとお嬢は黒色って感じだけどね」「残ったおでんはぼくとお嬢で食べます」・・舞台で言ってくだすってなんだか嬉しかった。
晃士さんともまたご一緒させていただきたいなぁ。


明けて7日は、プレイハウスでらいむらいとだった。
この日 楽屋入りしてリハーサル終え、本番まで少しまとまった時間できたので。めずらしく仲良く3人ぷらぷらと町田の街を徘徊した。
何故だかあたし 以前のプレイハウスの跡地にどうしても行ってみたくなり。1998年に閉店した最初のプレイハウス、自分はかつて訪れた事がなかったので みっちゃんに案内してもらった。
みっちゃんも なにせ遠い昔の記憶だから「あれ?この通りじゃなかったっけなぁ。」と、なかなかその場所に辿り着けず。
小1時間ぐるぐるしたかなぁ。途中で諦めてもよかったのだけど、何故だかどうしてもこの日その場所に行かなきゃって気持ちになり。
「周りにあった建物とか憶えてる?がんばって思い出して!」とか言ってようやく探し当てました。
そして しばらく「ここがDOLLSがやってたプレイハウスがあったところかぁ。。」とぼんやり思いを馳せた。(あたしにとってLUNA SEAよりもSIAM SHADEよりもやっぱりDOLLSが活躍したライブハウスっていう認識が強い)
その後のJR町田駅近くの川沿いプレイハウスの跡地にも行った。そこはみっちゃん、堀野くん、あたしも思い出の残る場所で。
そこでもしばらく「外道のイベントに出させていただいたなぁ。。VESSEと最初にご一緒させていただいたのもここだぁ。。」とぼんやりしました。
DOLLS、VESSEでベース担当されていた関戸さんが亡くなられた事を知ったのはこの数日後だった。
我々3人この日プレイハウス巡りしていた時 闘病生活を送られていた事 まったく知らなかった。


1. えれじい
2. 泥濘
3. 堕落を憐れむ唄
4. 自己嫌悪
5. この世の果て
6. 希望の花
7. 不眠症の羊


あたし10代の終わり頃。東京 三多摩という地区でRCサクセションやRougeに触発されて結成、活動を続けるバンド THE STREET SLIDERSやZIGGY、SHADY DOLLSなどに憧れ。ロッキンfなどの雑誌で色々な情報を仕入れた。
この日のプレイハウス、大矢侑史さんのユニットが出演され 変わらぬ唄声にとても嬉しくなった。
そんな、当時のロック雑誌の中に町田のDOLLSの名前も見つけた。
当時関西で学生だったあたしはなかなか東京でのライブを観る機会はなかったが、大阪でのイベントがあれば足を運び インディーズ盤取り扱うレコード屋さんでレコードも買って大好きになった。
近年、再活動された際にはあたし光栄にもご一緒させていただく機会に恵まれ。ノスタルジーに留まらず前を見据えるDOLLSのそのスタンスに感激した。嬉しかった。
そんな1ファンであるあたしにも 関戸さんはいつも気さくにやさしい笑顔で接してくださいました。
皆さんもそうであるでしょうけれど。
いまだ信じられないし、寂しくて悲しくて悔しい気持ちでいっぱいです。
今まで 本当にどうもありがとうございました。どうか ゆっくり休んでください。
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4月5日 歌舞伎町 ソウルキッチン

2017年04月22日 16時01分11秒 | 舞台日記
4月5日は吉田拓郎71歳のお誕生日という事で、ソウルキッチンにてお祝いしてきた。
ご参加してくだすった皆さまどうもありがとうございます。

さらむいみさん、小山政雄さん、蓮沼ラビィさん 、 賀句さんとヨウジさん。
皆さんとても心のこもった演奏で お店中拓郎愛が溢れかえっていた。
それぞれ拓郎に対する思いが曲の中に封じ込められていて あたしも一緒になって唄いました。
よい夜だった。

あたしは今まで吉田拓郎がよしだたくろうであった時代、つまりエレックレコード〜CBSソニーで活躍されていた時代の曲を好んでよく唄ってきた。
今回も、ソニー時代の大好きなレコード「今はまだ人生を語らず」から 先日亡くなられたかまやつひろしさんとのデュエット曲を先ず演奏した。

賀句さんもハーモニカで参加してくださいました。
ソウルキッチンは、厨房、舞台、客席との距離が非常に近く。 こうした ふいに誰もが演奏に参加できるという空間で、それが素晴らしい。

続いてジャスト・ア・Roninは、幕末の志士を主人公にした映画「Ronin」の主題歌なのだが。(拓郎も長州藩の高杉晋作として名演技されていた)
もしかしたら自分のおこづかいで初めて買った拓郎関係のレコードかもしれません。あたし中学生の時かなぁ。凄く思い入れのある曲なんです。映画も観にゆきました!!
ソウルキッチンでは毎年 加藤和彦追悼イベントにも参加させてもらっていたので、その加藤さんとのデュエット曲も演奏しました。

1. シンシア
2. ジャスト・ア・Ronin
3. 春の風が吹いていたら
4. 祭りのあと
5. 爪
6. ローリング30

あと、今回の拓郎のお誕生日に あたし自身初めて人前で唄う曲があった。

フォーライフ時代の2枚組のレコード「ローリング30」における冒頭のタイトル曲。
拓郎が30代に突入し まだまだこの先転がり続けてやる!というとても力強い曲で、自分自身この曲を聴いて何度も何度も今まで救われた。
あたし かつて20代から30代になる頃、1度音楽をきっぱり止めようとした事があるのです。実際20代後半、恐らく1〜2年一切舞台に立たなかった時期がある。
そんな頃、この曲を聴いては気持ちだけは何度も奮い立たせようとしていた自分がいました。
で。いつのまにやらあたしも、そろそろローリング50になろうという年齢になってしまったけれど。
今回唄ってみて、あの頃と同じように 何かに葛藤しながら もがきながら それでも最後救われるような気持ちになりました。
一緒に唄っていただいた皆さんどうもありがとう。

今月いっぱいで閉店するソウルキッチン。
5年間 拓郎、甲斐、ジュリー、加藤和彦、陽水。沢山のリスペクトをここでさせていただきました。
このお店での最後のリスペクトとして「ローリング30」を唄えてよかった。
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4月2日 渋谷 ソングラインズ

2017年04月15日 10時11分10秒 | 舞台日記
大阪から東京に戻ってきて翌日、3月が4月に変わっていた。
1日 ザーザズーでONOCHINさんのお誕生日イベントが行われるというので、お祝いしに代々木へと足を運んだ。
出演者の皆さん お客さん 皆いい笑顔で。とてもあたたかな空間でした。
素敵な時間を多くの方々と共有して 美味しいお酒もいただき、一気に旅の疲れも吹き飛んだ。
ONOCHINさん、お誕生日おめでとうございます!!

その翌日はソングラインズで久し振りの弾き語りだった。
お越しくださいました皆さまどうもありがとう。
旅から帰ってきて休む暇なく・・という感じだったのだが、直行くん、ELKさんという気心知れた方と一緒だったのでとても安心感があり。
結果 この日もあたしにとってとても居心地の良いひとときとなりました。
楽屋においても出演者笑顔絶えず。音楽や楽器の話で大いに盛り上がりました。楽しかったぁ。

あたしは一旦楽屋から出て舞台に立つと、いつもの調子でどんづまりのうた声張り上げて唄いました。
1. 訣別
2. 堕落を憐れむ唄
3. ひとつだけ
4. ある青春(沢田研二)
5. 自己嫌悪
6. 不眠症の羊
7. 希望の花

聴いてくだすってありがとう。




最後は直行くんと井澤さんのユニットに あたしとELKさんも加わり。「涙の乗車券」をご一緒させていただいた。
あたしはさほどビートルズの熱烈な信者というわけではないのだけど。でもやはり子供の頃からいままで何らかの形でビートルズの楽曲に接してきた。
楽屋でのビートルズ談義、例えばビートルズに影響されたグループや 使用していた楽器にまで内容が発展してゆくと否が応でも盛り上がるんです。話が。
改めて凄いグループなんだと思いました。
そして 名曲を皆で演奏して。とても気持ちよかった。

直行くんと井澤さんのユニット Co.Labo 良かったなぁ。。
お二方のアコギ・アレンジもうたのハーモニーも、凄く繊細に作り込まれていて素晴らしかった。
舞台における立ち振る舞いも お二人の素朴さ やさしさが滲み出ていて、拝見していてほっこりした気持ちになりました。
あ!!いつかCAROでもご一緒させていただきたいなぁ などと思いました。


それから、この日お家に帰ってELKさんの新しいアルバムを早速聴かせていただきました。
弾き語りとはまた一味違う バンドとしてのうねりがそこには存在していてとても心地良かったし、ELKさんのうたにはひとの心にすっと入り込んでくるやさしさがあり それはもしかすると多くのひとが忘れかけている感情なんじゃないかなぁと思った。
純粋な言葉とメロディが胸に沁みた。
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