mugifumi日誌

海外旅行の体験のほか園芸、料理などの生活雑感を思いつくままに綴っています。

中欧ロマン紀行<紀行に参加して>

2018年09月24日 | 旅行記
 このブログに次の旅行記をどこにしようかな?と迷ったのですが、ちょっぴり古い「中欧ロマン紀行」にしました。
 この旅は、2003年12月27日から翌年の1月3日までの8日間にわたってオーストリア、ハンガリー、チェコ、スロバキアを訪問した旅です。
 まず、タイトルにある感想文みたいな文章をご覧ください。

 ■ 中欧ロマン紀行に参加して

 2003年12月27日から2004年1月3日までの8日間、かみさんと二人で昨年のイタリア旅行に続き夢のヨーロッパ旅行に出かけた。
 ちょっと人気がなさそうなコースで心配であったが、かみさんの強い希望でこのコースを選び大正解であった。
 この旅行記は、出発からの軌跡をたどって写真と一緒に記録しておくことである。
 うまく、記憶がよみがえるか不安であるが、まぁ、何とかなるでしょう!

<旅行1日目(我が家から成田空港、ウィーン、ブタペストへ)>
 朝、五十肩の痛みで目が覚める。
 昨日は、5時起床、6時出発と予定をたてていたが、外が妙に明るい。
 もしや雪では?!と思ったが、その通りで激しい降り方である。
 でも、道路を見ると、わずかに積もっている程度であり、車で成田空港に行くことに不安はなく再び寝てしまう。

 肩の痛みと時刻が気になったのか?再び目が覚めると、一面、銀世界である。
 かみさんが車で行くことに反対するな!と思いながら小生も迷っている。
 外に出てみると、ミカンの木が雪の重みで垂れ下がるなど、かなり雪が積もっていることを確認するが、なおも道路の状況を未練がましく確認する。
 かみさんと話し合い、車では無理だと思い、電車で行くことにするが、時間が気になり、京成上野駅に電話したり、パソコンで時刻表を確認したり大慌てである。

 それでも、日暮里駅で予定のスカイライナーに乗ることができ、成田空港に8時30分ごろ到着する。
 集合時刻が9時25分であるので、指定のDカウンターに荷物を置いて2階のレストランに朝食を食べに行く。
 あまり美味しくないのに、やたらに高いそばをいただく。

 受付が始まり、添乗員のHさんと初対面。受付と軽い説明の後、スーツケースを航空会社のカウンターに持って行く。
 その後、参加者16名が全員集合し、Hさんの説明を受ける。
 ツアーのメンバーはどのような人々であろうか?と気になるが、老若男女混合である。
 添乗員のHさんは、ベテランの中年女性という感じであるが、この人、風邪気味なのか?咳をしていて、体調不良ではないのかと心配になる。

 イラク関連で出国手続きが厳しいと聞いていたが、いつもと変わらないと思う。
 飛行機は、オーストリアとANAの共同運行便とのことであるが、実質はオースラリア航空の運行で、2人の日本人スタッフが乗っている。
 
 これから、12時間から13時間という長いフライトが始まり、トイレや食事、飲み物などが日本式ではないのかなどと考えていたら、飛行機は北に向かって飛んでいるいるではないか!
 ロシアのウラジオストックあたりから西進し、下界は一面の銀世界である。

 最初の食事は、日本風で食べやすい。お客の多くが日本人?だからであろうか?
 幸い、二人の席は、一番後ろの二人用の席でトイレにもスムーズに行くことができた。

 そうこうしているうちに、無事、オーストリアのウィーンに到着するが、ここからが大変である。
 ハンガリーのブタベストに行くため乗り換えるのであるが、その待ち時間がなんと!5時間である。

 空港内の免税店巡りで時間を潰すしかないが、かみさんは有名なチョコレートを買いに、小生はたばこが吸える場所探しである。
 ここで、かみさんの渋い顔を押しきって、1万円札をユーロに両替するが、これが後で大いに役に立つことになる。
 ウィーンの空港は、成田空港のような人混みではなく、きわめて静かで落ち着いている。

 <ウィーンの空港にて>


 こうして暇つぶしをして、やっとウィーンからブタペストに行く飛行機に乗ったが、フライト時間は1時間ぐらいであったろうか。
 この飛行機は、プロペラ機でCAさんも客商売に慣れていないのか?愛想のないこと!、チョコレートやミネラルウオーターなどのサービスがあったが、「くれてやる!」という雰囲気である。

 現地時間は、日本よりも8時間遅れているが、成田空港を出発してから19時間から20時間がかかって、やっとブタペストに到着したのである。
 空港では、現地の女性ガイドさんが迎えに来ていたが、「是非、ブタベストの夜景を見学して欲しい。」ということで、寒いけれども、「国会議事堂」や「くさり橋」などを見学することができた。
 ブタベストの夜景は、実に美しく、幻想的でさえあった。

 <幻想的なくさり橋>


 <同じくブタベストの夜>


 この写真は、ライオンの像で有名な「くさり橋」であるが、海外旅行には、いつも亡き母を連れて行った。
 このような光景を是非、見せたいと思ったが、亡くなってからは、母の写真を持って行っている。
 今回も、かみさんの配慮で同行する。
 85才まで海外旅行に行ったのだから、天国では笑っていると思う。
 かみさんの配慮に厚く厚く感謝するのみである。

 その後、ホテルに到着したが、規模の小さいホテルのようである。
 待合のロビーで添乗員のHさんから翌日の説明や、電話のかけ方などの説明を受け、鍵を受け取り、部屋に向かう。

 部屋は間取りが小さいが、「こんなものでしょう!」と納得。
 それにしても、ベッドがシングルで小さい。
 かみさんが夜中に落ちないか心配である。寝相が悪い小生のが落ちる?
 それと、バスルームには化粧品などなく、タオルしか置いていない。
 明日が早いので、早く寝ようとしたが、時間が良く分からない。
 
 国際電話をして、親戚に電話してみると、案の定、ビックリしている。
 無事、到着の知らせを入れて、料金が心配なので早めに切ってしまう。

 小生は、五十肩の痛みで時々、目が覚めるが、かみさんは、良く寝ているようである。


 <本日の記事は、これにて終了です。次回は、ハンガリーのブダペスト観光です。それではまた。>