土曜日は古寺を歩こう。

寺勢華やかな大寺も、健気に法灯を守り続ける山寺もいにしえ人の執念と心の響きが時空を越え伝わる。その鼓動を見つけに…。

新薬師寺。寺観一新に驚いています。

2012年07月17日 | 奈良の古寺巡り


(2012.07.15訪問)

ビックリしました。一年ほど訪ねていない間に、寺観がすっかり変わっています。南門をくぐり本堂を前に
して、前庭が広々としています。新薬師寺のキャッチ「萩の寺」はもはやいずこという感じ。本堂前や右庭
の萩の樹叢のことごとくがバッサリ、前庭左の萩、もみじや桜も姿かたちなし。そのぶん寺観がスカッと爽
やか、かな? あまりにスカッとし過ぎでボクの新薬師寺のイメージがガタガタです。

▼スカッ!とした本堂前庭。相当広く感じます。



[ 新薬師寺 ]
●山号 日輪山(にちりんさん)
●寺号 新薬師寺(しんやくしじ)
●宗派 華厳宗
●開創 天平十九年(747年)
●開基 光明皇后(こうみょうこうごう)
●本尊 薬師如来坐像(国宝)

新薬師寺縁起 (新薬師寺パンフレットから抄出)
平安時代成立の「東大寺要録」には、新薬師寺についての記載があり、天平十九年、光明皇后が夫聖武天皇
の病気平癒のため新薬師寺を建て、七仏薬師像を造った」と記されている。新薬師寺は別名を香薬寺といい、
桁行九間の金堂には七仏浄土七駆が祀られていたとあり、金堂の左右には、東塔西塔が並び創建当初は広大
な本格寺院だったことが窺えます。創建から三十三年後、落雷により伽藍堂宇のほとんどが焼失。鎌倉時代
に解脱上人、明恵上人により再興、ほぼ今の新薬師寺の寺観が整いました。

▼寺標。東門前に建ってます。




▼南門(重文)。四脚門、切妻造、本瓦葺。鎌倉時代後期の建立。新薬師寺の正門です。




▼鐘楼(重文)。桁行三間、梁行二間、入母屋造、本瓦葺。弘安二年建立。白漆喰塗りの袴腰が目立ってます。




▼百日紅。境内見る限り、百日紅はこれ一本のようです。




▼本堂(国宝)。桁行七間、梁行五間、入母屋造、本瓦葺。
奈良創建時の姿を保つ名堂です。棟から軒へ流れ落ちる本瓦の稜線が見事。
本尊 薬師如来坐像、像高191cm、栢一木造、平安時代初期。まん丸お顔、まん丸で大きな目玉の愛嬌のあ
る如来さんですよ。堂内中央に円形土壇があり、南面中央に本尊、土壇周り外向きに十二神将が整然と並ん
でいます。この景こそが新薬師寺の新薬師寺たる所以でしょう。




▼一昨年初秋の本堂景観。
どうです相当変わったでしょう。この両サイドの樹叢がバッサリ。前庭の広さ較べてみてください。




▼十二神将伐折羅(ばさら)大将。数年前に描いたペン画です。




▼本堂と百日紅。上の百日紅と同じ木です。




▼本堂前の鉄製鼎? 
鼎かどうかハッキリしません。足が三本あったような? しかも鉄製で胴には薬師如来と刻されています。
今、線香立て。




▼境内西南にまとめられた石仏群。




▼砂石に浮き彫りされたお地蔵さん。
全身の滑らかな形状は石に彫ったと云う感じはなく、お顔は瞑目状で深い思索で衆生救済を祈っている静か
な表情に見えます。




▼実忠和尚の塔。東大寺修二会の創始者、実忠さんの石塔。元は十三重石塔と云われてますが、径時倒壊で
現在は五重石塔、下二段が創建当初のものだそうです。
この辺りは、塔が隠れるほど緑鬱蒼でしたよ。




▼地蔵堂(重文)。桁梁共一間、入母屋造、本瓦葺。鎌倉時代。堂内には三体の仏像が安置されています。
この辺りもスッキリ。だいたい向こうが見えませんでした。ここまで緑バッサリとは。




▼庫裡前の方丈池。






▼瓦宝珠。宝形屋根のテッペンに添えられる宝珠と思いますが、瓦製なのでどうか判りません。




▼庫裡を囲むイイ雰囲気の古塀。




▼会津八一歌碑。ちかつきて あふぎみれども みほとけの みそなわすとも あらぬさびしさ
庫裡となりに在る香薬師堂の本尊薬師如来を詠んだ歌。この薬師如来さん、現在行方不明です。




▼東側の築地塀。




▼築地塀から見える鐘楼。




▼東門(重文)。棟門、切妻造、本瓦葺。平安後期の建立。




なんと云う変わりよう、オドロキ、モモノキ、サンショノキ です! 萩はどこへ行った…。
次、どこを訪ねるか忘れてしまいました。


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