徒然地獄編集日記OVER DRIVE

起こることはすべて起こる。/ただし、かならずしも発生順に起こるとは限らない。(ダグラス・アダムス『ほとんど無害』)

ベストゲーム

2011-12-25 02:58:47 | SHIMIZU S-Pulse/清水エスパルス11~14
ちなみに名古屋戦と共に今季のベストゲームはタカのカウンターがハマりまくって、エディのキャノンが2発決まったアウエイ浦和戦と、残り15分で完全にスタジアムが発狂状態になったホームセレッソ戦。
特にセレッソ戦、あれは生で観ないとわからないスタジアムの醍醐味。

タカが自費で被災地の少年たちをスタジアムに招待していたのも感動的だった。

「共に戦う」ということ/2011年シーズン終戦

2011-12-25 02:46:57 | SHIMIZU S-Pulse/清水エスパルス11~14
天皇杯準々決勝のセレッソ戦敗退をもって清水エスパルスの2011年シーズンは完全に終了した。
明日より来年1月2日までチームはオフに入る。来年はサウス・チャイナ (香港)、広州富力 (中国)、城南一和(韓国)が参加する「2012 Asian Super Challenge Cup in Hong Kong」に出場するために、例年より早い始動となる(1月23日開幕予定)。
この大会、気になるのは2011年に国内タイトルを獲っているサウス・チャイナ (香港)、城南一和(韓国)というクラブの格と比較して、国内2部リーグのクラブである広州富力と並べられてエスパルスがサウス・チャイナ 、城南一和の噛ませ犬扱いにされるんじゃないかという懸念がないこともない。だが、まあ(再来年以降の)来るべきACLの前哨戦として、価値ある戦いを見せて欲しいものである。

さて。
その前に今年のエスパルスを振り返る。
1年前の今頃は悲壮感漂う中で天皇杯予選を戦っていた。準決勝、エコパでのガンバ戦では健太エスパルス総決算ともいうべき内容で完勝した。そして今年元日の決勝では、ゲーム終了後のゴール裏とプレーヤーとのやり取りを含めて、6年に渡った健太エスパルスは大崩壊し、2011年のエスパルスは何とも凄まじい1年のスタートを切った。
1月後半からアフシンのチームがスタートしたものの、3月の開幕までのエスパルス周辺は岡崎移籍の混乱もあり、まったくゼロからの新チーム始動という、ある種の清々しさよりも、大量離脱の混乱がまだ燻っていたように思う。オレ自身もアフシンと新チームには全面的な期待をしていた一方で、同時にオカとシュツットガルトとロベルト佃のニュースを必死で収集していた。
2月のマリノスとのPSMでは悪くない感触を得たものの、開幕戦は今季大ブレイクを果たした柏レイソルとの対戦で、0-3の完敗を喫してしまう。またしてもゴール裏では怒号が飛び交い、小競り合いが起こった。
第2節、3月12日のホーム開幕の鹿島戦は大変なことになるかもしれないと思った。

ところが<3.11>が起こってしまった。
もうサッカーどころではない。鹿島戦は大幅に延期され、オレ自身もオカとシュツットガルトとロベルト佃のニュースなんてどうでも良くなってしまい(良くないけれども)、その日以降はブログでのニュースまとめを止めてしまった。

震災は不幸なことだったけれども、しかしチームにとってこのブレイクは悪いことばかりではなかった。ただでさえ準備不足だったチームはリーグ再開までに1ヶ月以上の「猶予」を与えられた。その後、夏場の「0-4」3連敗や柏、鹿島、ガンバという上位クラブとの終盤での対戦で3連敗したことを考えれば、震災での中断を経てリーグ再開後からシーズン中盤までの好成績は、最終的には(勝ち点的に)十分なアドバンテージになった。順位は中位に止まったものの、一時は上位を狙える位置にまで順位を上げていたのは確かだ。
5月14日、ホームで神戸相手に1-5という惨敗を喰らった後、スタンドはそれでもアフシンとプレーヤーに拍手を送った。あの瞬間は本当に感動した。スタンドは、このゼロからスタートしたチームと「共に戦う」という姿勢をそこで示したのだと思う。その後、チームは順調に勝ち点を積み重ねていく。

しかし結局、チームはシーズンを通して安定したパフォーマンスを見せたとはいえない。
ポイントとなったのは6月22日、ホームでの川崎戦だったと思う。ほとんど勝ちゲームといった内容ながら、後半の早い時間に10人になった川崎を攻めきれずに逆に終盤に勝ち越しゴールを決められてしまったあのゲームだ。
その後も勝ち点こそ積み重ねるものの、明らかに綿密なスカウティングでワイドに拡がった両サイドが対策されているとしか思えないような、あまりにも危うい辛勝が増える。この時期、健平で勝ったゲームがいかに多かったか。安定しないディフェンスラインと攻め切れないオフェンス、今思えば「0-4」3連敗の伏線はそこにあったのだと思ってしまう。
アフシンはヨンアピン、ユングベリという大駒の補強でチームをテコ入れしたものの、その後の戦いは一進一退という形で決してスタンドを満足させるようなゲームは少なかったと思う。

今シーズンのベストゲームといえば、おそらくサポーターの7、8割方はホームでの名古屋戦ということになるのだろうけれども、あの伸二、フレディ揃い踏みの完璧なアフシンエスパルスを追い求め続けるのは正直現実的ではないだろうと思う。さらに言ってしまえばタカが出場していたら、あのゲームはさらに完璧なものになっただろうけれども、あれはまさに一年に一回のベストゲームというもので、あのクオリティを維持していくためには、どう考えたって伸二、フレディ、タカ以外の若手が成長しなければならない。

2011年は「変わる」ための種を蒔いた。
素晴らしいキャリアを持つベテランもさらに加わった。そして今年の春にスタンドは「共に戦う」意志表示をした。
今日の終戦を迎えてアフシンは言う。
「我々の選手というのは精神的に強くならなければいけないと思います。そしてチームに対する責任というものをもっと持っていかなければいけない。そして勝ちへのウエイトをもっと持たないといけないと思います。それが全てが揃うようでしたら、次のステップに進めると思います」(Sの極み 12月24日付)

2011年をエスパルスは最初から「チャンピオンになるため」の変化の年として位置付けている。そしてその通り、変化はそのまますぐには結果に結びつくとは限らない。今日の結果は残念としかいいようがないけれども、来季も「チームに対する責任を持つ」プレーヤーに、改めてオレも「共に戦う」意思表示をし続けたいと思う。

(追記)
ちなみに今年、またシュツットガルトは新潟期待の若手を強奪していった。脱原発のドイツ人だっていい奴ばかりじゃないのである。もうニュースはまとめないけれども。