マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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山添岩屋山の神さんの清掃

2010年12月08日 07時32分57秒 | 山添村へ
1月7日は山の神さんに参る日。

その2ヶ月前の11月7日は山の神さんを綺麗にしておく清掃の日だと決めている山添村の岩屋。

地区は上出、中出、下出とあるがおよそ5カ所に分散されている山の神さん。

それぞれの山の神さんにはそれを守る人たちがいる。

しかし、それは特に地区別になっているというわけではない。

山の神さんの近くに住む人もあれば遠くの人もいる。

混在しているようだ。

名前はないが講組織であるかもしれないと下出の人は話す。

岩屋は100軒ほどからなる集落だ。

そのうちの33軒が守っている山の神さんの清掃日には大勢が集まってくる。

1月の山の神さんに参るのは男性だけである。

山の神さんは女性を嫌うらしい。

しかし、清掃の日はそんな条件はないから婦人たちも寄ってくる。

カマや竹箒などを手にした人たちは村の中心部にある道路下の竹藪にやってきた。

生い茂った竹藪を伐採するのだ。

下草も生え放題。これでは手に負えんと除草機も持ち出した。

竹や下草を伐採し落ち葉などを取り除く。



藪の中から出現したのはお参りの際に供えたカギヒキとタワラだ。

カギヒキの木はホウゾやクヌギの木だという。

その先端には藁束がある。

それがタワラで、中に小石を一個入れていたが自然に崩れて石は落ちる。

それは事前に集めておいたそうだ。

カギヒキとタワラの本数は決まっている。

家に住む男性の数になるという。



取り出した本数を見ればその家族の男の人数が判るのだと話した。

山の神さんに参るのは7日の午前0時になってからだ。

真夜中に参拝する人もいるが、朝方が多いそうだ。参拝した人はカギヒキを引っ張って唄を歌う。

「ニシノクニノイトワタ ヒガシノクニノゼニカネ アカメウシニコメツケテ ウチノクラニドッサリコ」と歌うのだとFさんは話す。

山添村各地で見られる一般的なカギヒキは木の枝に引っかけて吊している。

ところが岩屋は竹の生け垣に水平置きしている。

それは伐採した竹組を見れば判る。

隙間ができて山の神さんが見えてきた。

大きな岩が山の神さんのご神体。

それを囲むように竹で生け垣をこしらえていく。

伐採した葉付き竹を古い生け垣の上から置くようにしていく。

それは崩れないようにロープで縛っていく。

上の道路や横の川ができるまでは数倍もあった山の神さん。

竹藪を伐採しすぎてもよくない。

山の神さんをあまり露出させてはならんというから聖地なのであろう。



カギヒキを置く場には一本の竹を通して設えた。

その生け垣の前はクラタテを置く場所になる。

竹の根っこも除去する。



クラタテは四辺形の半紙を敷く。

四隅にカヤの木を挿す。

それには紙垂れを付ける。

中央にも一本。

そこにはコウジミカンかトコロイモを挿す。

半紙の上に米粒をパラパラと撒く。

山の神のモチも供える。

モチはとんどで焼いて食べるが一個だけは持ち替える。七草粥に入れるそうだ。

なおタワラは2本で一対。その半分は家に持ち帰る。

それをオンボさん(樫の木)に付ける。

女性はフクラシの木に吊す。

それらは家の外の角地にたて掛けるそうだ。

山の神の行事は享保年間に始まったと話すFさん。

およそ300年間も続けてきた行事を絶やしてはならないと強く話された。

1時間ほどで仕上がった山の神さんの清掃。

作業していた20人は一服の休憩に今夜の当番ヤドの人が振る舞うお茶とお菓子をよばれる。

慰労会ともされる籠もりの夜。

パック詰め料理をいただくヤドの接待は会費制。

酒を飲むのが楽しみなのだとにこやかに話された。

(H22.11. 7 EOS40D撮影)