本、CD、映画日記

目標は年間読書100冊。その記録と目標管理をかねたブログです。

中島らもさん

2007-11-04 06:19:17 | Weblog
■本
83 らも―中島らもとの三十五年/中島 美代子

 中島らもさんのエッセイによく登場する、自宅に多数の居候がいて乱痴気騒ぎしていた時代や小説家になってからの「ほとんど家に帰っていない」という記述を読む度に、奥さんはどれだけ寛容な人なのだろう、と常々疑問に思っていたので、奥さんが語るらもさんについての本作を読みました。かなり悲惨な夫婦生活なのに、「この人は不感症なのでは?」と思うほど、黒い感情を抑えたポジティブな内容なのが、かえってその夫婦生活の闇の深さを感じます。一時、らもさんの公私とものパートナーであったわかぎゑふさんへのアンビバレントの気持ちが痛いです。82の村上春樹さんのエッセイに「我々が小説を書こうとするとき、つまり文章を用いて物語を立ち上げようとするときには、人間存在の根本にある毒素のようなものが、否応なく抽出されて表に出てくる。作家は多かれ少なかれその毒素と正面から向かい合い、危険を承知で手際よく処理していかなくてはならない。」という記述がありますが、村上さんは走ることによって、その毒素に対処する自己免疫システムを強化し、らもさんは文字通りアルコールやドラッグといった毒素を取り込むことにより、このような毒素に立ち向かっていたのだな、という気がしました。そういう点では、クリエーターとしてらもさんが最も旺盛に活動していた時期に、そのような毒素と立ち向かうだけの、野心と強い免疫を持つわかぎゑふさんをらもさんがパートナーとして選んだのもある意味必然だったのかもしれません。らもさんが、作家としての自己免疫システムを自身で(かなり心身の健康を犠牲にしながら)確立した時点で初めて、わかぎゑふさんと別れ、美代子さんの元に帰って来たのだという気がしました。中島らもという巨大すぎる才能を持つからあふれ出る毒素に魅入られ、翻弄された妻の人生として本作を読むとまた、感慨深いものがあります。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 走ることについて語るときに... | トップ | ホームレス中学生 »

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事