■本
83 ビニール傘/岸 政彦
84 格差という虚構/小坂井 敏晶
83 「断片的なものの社会学」の社会学者、岸政彦さんのデビュー小説集です。合間に挿入される大阪の風景の写真と相まって、大阪に住む男女のまさに「断片的」な生活の描写の積み重ねで話が進んでいきます。岸さんが生活史研究のなかで聞き取った数々の話のエッセンスを抽象化して小説として再構成された印象です。読後感としては、西原理恵子さんの「ゆんぼくん」や「ぼくんち」に近いものを感じました。生きることのしみじみとした悲しさと滑稽さが伝わってきます。個人的には好きなタイプの作品ですが、このオムニバス的な圧縮されたエピソードの積み重ねが、小説かというと評価が分かれるかもしれません。
84 社会心理学者小坂井敏晶さんの格差論です。出口治明さんが小坂井さんの書籍を紹介されていた記憶があったのと、タイトルに惹かれて読みました。「格差」が「虚構」であるという内容ではなく、「格差」が「能力」や「自由意志」などといった「虚構」により正当化されているという事実を明らかにしようとする本です。社会学や心理学だけでなく、行動遺伝学や哲学の知見を用いて議論が展開される読み応えのある内容でした。完全に理解できた自信はありませんが、小坂井さんが終盤でまとめて下さっているように「能力は遺伝・環境・偶然という外因が作る」ので「能力に自己責任はなく、格差は正当化されない」ということと、「人間が互いに比較する存在である以上」、「格差はなくならないし、減っても人間を幸せにしない」というのが結論だと理解しています。その上で、「偶然」を前向きにとらえ、「自己責任」という「虚構」(なぜなら能力は外因的な要因で決まるので)の呪縛から人々を解き放ち、「偶然」やそれを生み出す「多様性」が、社会システムや人々の思考の枠組みを変革する可能性に期待する姿勢は共感するところが多かったです。私は、人間は自分が思っている以上に運に左右されることが多いが、運を良くする確率を上げることはできると思っています。全てを偶然に委ねて無気力になるわけではなく、偶然を楽しみながら、それを味方にするべく生きたいです。また、偶然に愛されなかった場合にも、その自分自身や他者に対して謙虚に接することができるようになりたいとも思いました。
■映画
80 イングランド・イズ・マイン モリッシー, はじまりの物語/監督 マーク・ギル
81 バズ・ライトイヤー/監督 アンガス・マクレーン
80 ザ・スミスのボーカリスト、モリッシーのバンド結成前の悶々とした日々を描いた作品です。「はじまりの物語」という副題がついていますが、はじまってさえいない、肥大する一方の自意識と現実との差に苦悶する鬱々とした日々が描かれます。音楽に対する熱い思いがありながら、バンド結成に至るあと一歩が踏み出せない姿がもどかしいです。そういった煮え切らない人物の割には、不思議とモテて、いろいろな女性が世話を焼いてくれます。この点は事実に基づいているのか少し疑問です。結成前の話なので仕方がないのですが、ザ・スミスの楽曲は一切かかりませんし、バンドが成長していく姿も描かれていないので、こういう作品にありがちな高揚感は一切ありません。これでもかというくらい、若きモリッシーのダメな姿を描き続け、最後にやっと一歩を踏み出す姿が描かれて作品は終わります。というわけなので、モリッシーの熱心なファン以外はあまり楽しめないと思います。私はある程度は興味深く観ましたが、それでも、モリッシーの詩人としての才能をもっと強調するとか、もう少し描くことがあったのでは、という思いの方が強いです。楽曲や詩については、本人の許諾を得られなかったのかもしれませんが、もし、そうであればそもそも映画化するべきではなかったと思います。
81 「トイ・ストーリー」シリーズに登場する人形「バズ・ライトイヤー」が主役のスピンオフ作品です。「トイ・ストーリー」主人公の少年アンディがお気に入りの映画という説明から作品が始まります。意外と骨太のSF作品でとても面白かったです。超高速航行実験のために自分だけが時間の経過が遅い「ウラシマ効果」をストーリーに効果的に用い、主人公が失われた時間を振り返る姿が切なくも感動的です。自分の失敗と向き合うことや、仲間と協力することの大切さが強調されていて、メッセージ性も豊かです。自分たちのミスにより危機に陥る「自作自演」的なピンチが多いのが少し気になりましたが、アクションシーンのスピーディーな映像は迫力満点です。とぼけたようで実はかなり優秀な、おともだちネコ型ロボット「ソックス」の毒の効いたキャラクターも最高です。ラスボスの意外さも含め、大人も楽しめるかなり奥の深い作品で個人的にはかなり評価が高いです。一方で、この複雑な作品の主人公を、少年が気に入るかという点が少し引っ掛かりました。この点がセールス的に伸び悩んだ理由かもしれません(コロナ禍や同性愛描写の影響もあったということですが)。「トイ・ストーリー」と完全に切り離した単独の作品として観たかった気もします。
83 ビニール傘/岸 政彦
84 格差という虚構/小坂井 敏晶
83 「断片的なものの社会学」の社会学者、岸政彦さんのデビュー小説集です。合間に挿入される大阪の風景の写真と相まって、大阪に住む男女のまさに「断片的」な生活の描写の積み重ねで話が進んでいきます。岸さんが生活史研究のなかで聞き取った数々の話のエッセンスを抽象化して小説として再構成された印象です。読後感としては、西原理恵子さんの「ゆんぼくん」や「ぼくんち」に近いものを感じました。生きることのしみじみとした悲しさと滑稽さが伝わってきます。個人的には好きなタイプの作品ですが、このオムニバス的な圧縮されたエピソードの積み重ねが、小説かというと評価が分かれるかもしれません。
84 社会心理学者小坂井敏晶さんの格差論です。出口治明さんが小坂井さんの書籍を紹介されていた記憶があったのと、タイトルに惹かれて読みました。「格差」が「虚構」であるという内容ではなく、「格差」が「能力」や「自由意志」などといった「虚構」により正当化されているという事実を明らかにしようとする本です。社会学や心理学だけでなく、行動遺伝学や哲学の知見を用いて議論が展開される読み応えのある内容でした。完全に理解できた自信はありませんが、小坂井さんが終盤でまとめて下さっているように「能力は遺伝・環境・偶然という外因が作る」ので「能力に自己責任はなく、格差は正当化されない」ということと、「人間が互いに比較する存在である以上」、「格差はなくならないし、減っても人間を幸せにしない」というのが結論だと理解しています。その上で、「偶然」を前向きにとらえ、「自己責任」という「虚構」(なぜなら能力は外因的な要因で決まるので)の呪縛から人々を解き放ち、「偶然」やそれを生み出す「多様性」が、社会システムや人々の思考の枠組みを変革する可能性に期待する姿勢は共感するところが多かったです。私は、人間は自分が思っている以上に運に左右されることが多いが、運を良くする確率を上げることはできると思っています。全てを偶然に委ねて無気力になるわけではなく、偶然を楽しみながら、それを味方にするべく生きたいです。また、偶然に愛されなかった場合にも、その自分自身や他者に対して謙虚に接することができるようになりたいとも思いました。
■映画
80 イングランド・イズ・マイン モリッシー, はじまりの物語/監督 マーク・ギル
81 バズ・ライトイヤー/監督 アンガス・マクレーン
80 ザ・スミスのボーカリスト、モリッシーのバンド結成前の悶々とした日々を描いた作品です。「はじまりの物語」という副題がついていますが、はじまってさえいない、肥大する一方の自意識と現実との差に苦悶する鬱々とした日々が描かれます。音楽に対する熱い思いがありながら、バンド結成に至るあと一歩が踏み出せない姿がもどかしいです。そういった煮え切らない人物の割には、不思議とモテて、いろいろな女性が世話を焼いてくれます。この点は事実に基づいているのか少し疑問です。結成前の話なので仕方がないのですが、ザ・スミスの楽曲は一切かかりませんし、バンドが成長していく姿も描かれていないので、こういう作品にありがちな高揚感は一切ありません。これでもかというくらい、若きモリッシーのダメな姿を描き続け、最後にやっと一歩を踏み出す姿が描かれて作品は終わります。というわけなので、モリッシーの熱心なファン以外はあまり楽しめないと思います。私はある程度は興味深く観ましたが、それでも、モリッシーの詩人としての才能をもっと強調するとか、もう少し描くことがあったのでは、という思いの方が強いです。楽曲や詩については、本人の許諾を得られなかったのかもしれませんが、もし、そうであればそもそも映画化するべきではなかったと思います。
81 「トイ・ストーリー」シリーズに登場する人形「バズ・ライトイヤー」が主役のスピンオフ作品です。「トイ・ストーリー」主人公の少年アンディがお気に入りの映画という説明から作品が始まります。意外と骨太のSF作品でとても面白かったです。超高速航行実験のために自分だけが時間の経過が遅い「ウラシマ効果」をストーリーに効果的に用い、主人公が失われた時間を振り返る姿が切なくも感動的です。自分の失敗と向き合うことや、仲間と協力することの大切さが強調されていて、メッセージ性も豊かです。自分たちのミスにより危機に陥る「自作自演」的なピンチが多いのが少し気になりましたが、アクションシーンのスピーディーな映像は迫力満点です。とぼけたようで実はかなり優秀な、おともだちネコ型ロボット「ソックス」の毒の効いたキャラクターも最高です。ラスボスの意外さも含め、大人も楽しめるかなり奥の深い作品で個人的にはかなり評価が高いです。一方で、この複雑な作品の主人公を、少年が気に入るかという点が少し引っ掛かりました。この点がセールス的に伸び悩んだ理由かもしれません(コロナ禍や同性愛描写の影響もあったということですが)。「トイ・ストーリー」と完全に切り離した単独の作品として観たかった気もします。