本、CD、映画日記

目標は年間読書100冊。その記録と目標管理をかねたブログです。

すずめの戸締まり

2022-11-26 06:51:08 | Weblog
■本
95 逃亡者 /中村 文則

 複数の怪しげな組織が手に入れようとする、いわくつきのトランペットをひょんなことから手に入れたジャーナリストが逃亡するお話です。サスペンス要素を物語の原動力にして、潜伏キリシタンや第二次世界大戦の日本兵、そして、現代の外国人労働者といった、日本の権力者や同調圧力に迫害される様々な人々へと話がどんどん広がっていきます。中村文則さんお得意の、独裁権力、絶対的な悪、宗教といったテーマから、さらにスケールの大きい物語になっています。その一方で、「公正世界仮説」(人間のある行いに対して公正な結果が返ってくるものである、と考える認知の歪み:逆に人々が不幸になった場合、個々人が公正な行いをしていないため、という、根拠のない自己責任論につながる危険性を持つ)という心理学用語を引用し、予定調和の「物語」を期待する読者を挑発するような内容にもなっています。ですので、読み応えがあるにもかかわらず、結論はあいまいな部分が多く、あとを引く読後感です。中村さんは、難解かつとっつきにくいテーマを扱っていても、エンターテイメント性はきちんと担保してこられたので、本作の評価は分かれるかもしれません。また、万能過ぎる「悪」や美し過ぎる「女性」の描かれ方については、少し人物の造形が浅いような気がしました。とはいえ、ドストエフスキーばりの総合小説を目指そうとしている、作者の野心と現代日本に対する危機感は十分に伝わってきました。現在に小説ができることを考え抜かれたであろう、作者の志の高さに感動します。


■映画
69 そして、バトンは渡された/監督 前田 哲
70 すずめの戸締まり/監督 新海 誠

69 本屋大賞も受賞した、複数の血のつながらない親代わりの人たちに育てられた数奇な運命を持つ主人公を描いた、ヒット作の映画化作品です。前半はよくある展開で進み、家庭環境が複雑な素直な主人公の少女が、周囲に励まされながら卒業式での合唱コンクールのピアノ演奏を成功されるシーンまでは、世界観はほのぼのとして好ましいものの、びっくりするくらい新鮮味がなかったのですが、その凡庸な展開も含めて振りという驚くべき内容でした。後半は、挫折を経験しつつも成長した主人公が結婚を期に、これまで育ててくれた親代わりの人たちに会いに行く話になるのですが、そこで前半の様々な伏線が、しかも全て善意の方向に転換するかたちで回収されていきます。この仕掛けがとても巧みで、ウエルメイド過ぎると気づきつつも、観ていてとても心地よかったです。これも、前半の低調な展開の反動だと考えると、とてもよく構成が考えられていると思います。作者の企みに踊らされて、素直に温かい気持ちになります。

70 「君の名は。」、「天気の子」で立て続けに大ヒットを飛ばした新海誠監督の最新作です。本作でも美しい映像とストーリーのオリジナリティーに圧倒されました。隕石とか大雨といった危機に対して、救うもしくは救わない、といった決断に至る努力や葛藤を、登場人物の細やかな感情の動きや、ダイナミックなアクション、コミカルな会話を絡めつつ描いた点が前二作の大ヒットの要因の一つだったと思います。本作も危機に対するある決断を主人公が下すのですが、その危機が抽象的である点とその決断が極めてパーソナルなものである点が、より感動的となる可能性がある一方で、若干のわかりにくさに繋がっているのかもしれません。次世代を担う若者に対して、全肯定で励ます姿勢もこれまでの作品と共通で、その温かい眼差しに共感します。全体的には暗い話にもかかわらず、ロードムービー風展開で様々な土地で出会う人たちとの会話が、ほのぼのとした温かみを醸し出しています。結構地味でつかみどころのない話を、冒頭のスピーディーな展開から一気に最後まで観せてしまう、新海監督の手腕が素晴らしいです。前二作を観終わったときのような、わかりやすい感情を正直持ててはいないのですが、それでも、いいものを観せていただいたという満足感はとても高いです。時間が経つにつれて評価が上がってくるタイプの作品だと思います。
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どうしても頑張れない人たち

2022-11-19 06:27:10 | Weblog
■本
93 どうしても頑張れない人たち―ケーキの切れない非行少年たち2/宮口 幸治
94 夢も見ずに眠った。/絲山 秋子

93 非行少年の認知機能の欠陥をテーマにし、ベストセラーとなった「ケーキの切れない非行少年たち」の続編です。本作は、どうしても頑張れずに怠けてしまう人たちなど「支援したくないような相手だからこそ支援しなければならない」(なぜならそういった人たちが最も困っている人たちだから)、というシンプルながらも芯を食っている一方で、非常に解決が難しい課題について書かれた本です。こういう、人が目を背けがちな真実を(しかも橘玲さんのようにシニカルにならずに)、ド直球で提示される宮口さんの志の高さに敬意を表したいと思います。「支援したくないような相手をどうやって支援するか」という、非常に難解な課題を、支援する側のケアも踏まえながら丁寧に解説して下さいます。結局は「頑張ったら支援する」のような条件付き支援は、本当の意味での支援にはならず、「頑張れない」など、その支援したくないような相手の欠点をどのように訓練によって是正していくかを考える必要があるということだと思うのですが、言うは易く行うは難しなこの対策を地道に実行されている支援者の方々にも頭が下がります。支援者、被支援者の双方に、「親切」、「ホスピタリティ」、「笑顔」といった人として大切なベーシックな要素が強調されている点も印象的です。なかなか難しいことですが、人間的に成熟していくことが、支援する側にも求められているのだと思います。いろいろと考えさせられる有益な本で、一作目より胸に響きました。

94 岡山や熊谷といった日本の様々な都市を舞台にすれ違いつつも、微妙に心を通わせ続ける男女を描いた作品です。盛岡や松江など、私も行ったことのある都市が多く取り上げられていて、その細やかな描写が楽しめました。旅好きの人にもお勧めです。クールで切れ味鋭い文体が印象的な絲山さんですが、本作は全体を通してもやもやとしたあやふやさに覆われている気がしました。主要登場人物が、絲山さんも発症されたことのある、うつ病になった影響があるのかもしれません。そのもやっとした展開から、終盤一気に生に対する肯定感に満ちた表現に雪崩れ込む構成に圧倒されました。このあたりのメリハリがとても巧みです。「夢も見ずに眠った。」というタイトルの意味がずっと気になっているのですが、似たような表現が出てくる箇所があるものの、未だその意味は測りかねています。私は絲山さんとはほぼ同世代なのですが、大学生時代の描写の空気感がとても懐かしく感じました。我々ロスジェネ世代の喪失感と、その一方でのバブル世代にはない潔癖さについての矜持のようなものが描かれた作品だと思いました。


■映画
68 アダムス・ファミリー2/監督 バリー・ソネンフェルド

 ずいぶん前に観たことがあるような気もしますが、テレビで放映されていたので観ました。偽善的な大人に対する過激な仕返しなど、コンプライアンスが厳しくなった今となっては、毒に満ちた表現がとても面白かったです。それでいて、適度な可愛げがあるところも好ましいです。ティム・バートン監督作品を観ても思いますが、西洋のホラーとコメディって相性がよいですね。ストーリーは極めてシンプルですが、一つ一つのギャグはベタながらも強度が強く、とても楽しい作品です。
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メタバースとは何か

2022-11-12 09:44:45 | Weblog
■本
91 オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る/オードリー・タン
92 メタバースとは何か/岡嶋 裕史

91 先日読んだ「オードリー・タン 自由への手紙」に共感したので、引き続き彼女の作品を。テクノロジーや市民参加を活用した台湾の新型コロナウイルス対策の記述など、重なるところもありますが、彼女のテクノロジーや社会に対するポジティブな信頼感が伝わってきました。「保守的なアナーキスト」という立場について理解できていなかったのですが、この本を読んでよく理解できました(命令や強制から自由になり、個々人の自由や意思を尊重し合える立場、であると私は理解しました)。佐藤優さんがよく引用されている、柄谷行人さんの「交換モデルX」(不特定多数の人々と家族のように見返りを求めず助け合う交換モデル)について触れられている点も興味深かったです。オードリー・タンさんが、自発性、透明性、インクルージョン、イノベーションといった概念を非常に大切にしていることが伝わってきました。何より、彼女が自分が天才であることを自覚しつつ、その能力を自分のためだけでなく、社会全体のために使おうとされている姿勢を尊敬します。「自分には社会を良い方向に変える力がある」という強い信念を感じました。凄い人です。若い人に是非読んでもらいたいです。

92 先週読んだ「メタバース革命 バーチャル経済圏のつくり方」に引き続きメタバース関連の本を読みました。私は決して「メタバース信奉者」ではなく、「バズワードについて少し集中して勉強してみるか」といった感じで本書を手に取ったのですが、いい意味で予想を裏切られる素晴らしい本でした。サブカルチャーなどの身近な事例から「メタバースとは何か」をわかりやすく説明してくれる前半もよいのですが、GAFAMがなぜメタバースに取り組んでいるいるのかを、それぞれのテックジャイアントの強み弱みに触れながら分析されている終盤が特に秀逸です。「メタバース」に限らず、GAFAM各社の戦略をここまでわかりやすく分析した本は、なかなかないと思います。「メタバーズ」=リアルとは違うもう一つの都合のいい世界、「デジタルツイン」=リアルをそっくりそのまま模倣したサイバー空間、「ミラーワールド」=リアルとの相互作用が生じるデジタルツイン、と定義した上で、リアルとの関係性が必要のない「メタバース」には「VRヘッドセット」、リアルとの関係性が必要な「デジタルツイン」、「ミラーワールド」には「スマートグラス」が相性がよいという考察も説得力があります。その上で日本企業が生き残るためには、「デジタルツイン」、「ミラーワールド」では、現実世界での蓄積が既にあるテックジャイアントに敵わないので、アニメやゲームでの強みを活せる「メタバース」で勝負すべし、という結論も切れ味が鋭いです。このようなビジネス面での考察だけでなく、メタバース内でどう生きていくのか?など哲学的な考察も、メタバースに浸りたいというオタク的な視点から展開されていてとても興味深かったです。オードリー・タン さんの本以上に「デジタルとAIの未来」に考えさせられる刺激的な本でした。


■映画
67 ONE PIECE FILM Z/監督 長峯 達也

 大ヒット中の「ONE PIECE FILM RED」に抜かれるまでは、映画版ONE PIECEで最も興行収入が高かった作品です。昔気質の元海軍大将ゼットを相手に、麦わらの一味が立ち向かう男臭い作品です。「だらけきった正義」でおなじみの元海軍大将青キジが、地味に活躍しているのが、彼推しのファンとしてはうれしいです。原作の方は登場人物や伏線が増える一方でついていくのに苦労していますが、本作は「麦わらの一味」それぞれの見せ場や、海軍の思惑などを手際よく処理して、ゼットとルフィの対決に焦点を当てた展開がわかりやすくてよかったです。ストーリーをシンプルにしたことにより、バトルシーンの迫力や映画オリジナルキャラのゼットへの共感が増したと思います。原作の背景情報がさほどなくても楽しめる、理想的な映画版作品です。スカッとしました。
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オンガクハ、セイジデアル

2022-11-05 09:42:49 | Weblog
■本
89 オンガクハ、セイジデアル/ブレイディみかこ
90 メタバース革命 バーチャル経済圏のつくり方/動く城のフィオ

89 先日読んだ「ジンセイハ、オンガクデアル」と対になる、ブレイディみかこさんの英国での生活と政治や音楽について書かれたエッセイ集です。タイトル通りこちらは、保守党政権により進んだ、新自由主義を背景とした福祉切り捨てについて批判的な政治的メッセージに溢れています。2013年に出版された単行本の文庫化作品ですが、それ以降のブレグジットに至る流れのようなものも感じることができます。福祉制度から切り捨てられた人々は、本来左傾化するべきなのに、労働党政権も保守党と大差ない福祉削減を行ってきたため、福祉のパイを取り合う移民等の制限を主張する極右政党を支持するようになった構造がよく理解できました。また、幼い子どもを持つ家庭の方が福祉を受けやすいことから、望まない妊娠をした場合でもあえて出産を選ぶシングルマザーが英国では多いという説明も、少子化対策のためには、金銭のみの支援をすればよいという単純なものでないということを考えさせられました。あとがきでブレイディみかこさんもおっしゃっている通り、当時の英国の状況に日本が近づいているという事実も恐ろしいです。もちろん、ストーン・ローゼズとそのマネージャーとの確執など、音楽についての文章も楽しく読みました。ヒットチャートに入っているUKアーティストの80%以上が私立校に通う富裕層の子女であることが再三強調されていますが、ロックがもはや富裕層の音楽になったという事実が、世界的にロックよりもヒップホップ(日本のヒップホップは既に富裕層のものとなっている気もしますが)やボカロ、ネット上のミニマムな宅録の方に、若年層の人気が移っている理由のような気がしています。一方で、それでもロックの復権を信じたいという思いもあります。ブレイディみかこさんは私より少し世代が上ですが、聴いていた音楽がよく似ているのでとても楽しい読書体験でした。

90 NTTドコモが65億円の第三者割当増資を引き受けたことで有名になった、メタバース上のイベントプロデュースなどを事業とする会社HIKKY(引きこもりが語源だそうです)のCVO(Chief Virtual Officer)であり、自らも「フィオ」という名前とアバターでバーチャル空間上でビジネス活動をされている筆者の取り組みや思いが書かれた本です。最近話題のメタバースをコンサル的立場で煽るのではなく、当事者として真剣に取り組まれている方の話を聞きたくて読みました。フィオさん自身がうつ病による対人恐怖症から、バーチャル空間に救いを求めたというエピソードに象徴されるように、単なるビジネス上の思惑を超えた、メタバースについての深い愛情とその発展に貢献したいという熱い思いが印象的です。バーチャル空間黎明期の情報が限られている中、自らアバターを制作され、バーチャル空間で利用可能な3Dモデルを売買できるバーチャルマーケットを立ち上げ、回を重ねるごとに成長させているなど、実際に手を動かしている人独特の迫力と説得力があります。結局は、流行っているからという理由ではなく、自分の好きなことに熱中している人がビジネス上でも成功することを体現されていると思います。加えて、フィオさんの企画力、人を巻き込むプロデュース力がうまく機能しているということもよくわかりました。個人的には、証券会社や鉄道会社など、バーチャルコンテンツとは縁がなさそうな企業が、メタバース上のイベントに出展されている意味がよくわかってなかったのですが、株式に興味を持ってもらうために株価の変動をジェットコースターのアップダウンで例えて実体験してもらえるバーチャルアトラクションを制作した事例などから、その活用の可能性のイメージが掴めた点が有益でした。好きなことしか頑張れないし、それに加えてビジネスセンスも必要だということがよく理解できました。ますはVRを体験することから始めたいと思います。

■映画
65 OK牧場の決斗/監督 ジョン・スタージェス
66 15時17分、パリ行き/監督 クリント・イーストウッド

65 ガッツ石松さんで有名な「OK牧場」。そういえばどういう話か知らなかったので観ました。さまざまな西部劇で登場する伝説的保安官のワイアット・アープと、元歯科医のならず者ギャンブラー、ドク・ホリデイの友情が実に魅力的に描かれています。逆に言うと、二人のキャラクターを紹介するエピソードの羅列でダイジェストっぽく、全体のストーリーの流れとしては、あまりスムーズではありません。クライマックスの戦闘シーンも、いまひとつ迫力に欠けています。作品としては、いささか凡庸ですが、様々な作品で登場するこの二人を深く知ることができ、西部劇全般を楽しむ上で必要な前提知識を得る上では、必見の映画だと思います。私もこの作品を観て、西部劇全体の世界観が繋がったような気がしました。

66 パリ行き高速列車内で起きた銃乱射事件を題材にした実話に基づく映画です。実際に犯人を取り押さえた3人の青年が本人役として出演されています。という事情も反映してか、クライマックスの銃乱射事件の再現シーンは結構あっさりと終わり、そこまでに至る3人の青年の少年時代からのいくぶん冴えないながらも「何者かになろう」という野心と友情が丁寧に描かれています。事件に至る直前のヨーロッパ旅行の淡々とした描写もリアルで、旅に行きたくなりました。過度にドラマティックな展開になることを避けていて、このあたりは評価が分かれるところだと思いますが、へそ曲がりなクリント・イーストウッドらしい作品だとも言えます。この作品の前に監督した「ハドソン川の奇跡」もそうでしたが、市井のヒーローを単に称賛するのではなく、その逆境も丁寧に描く傾向にあると思います。エンターテイメント作品としては、若干盛り上がりに欠けますが、当時80代後半のクリント・イーストウッドが、こういう実験的かつみずみずしい作品を撮ったことに驚きです。彼の人間性はさておき、彼の創る作品にはどれも観るべきところがあると思います。個人的にはかなり好きな作品です。

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