本、CD、映画日記

目標は年間読書100冊。その記録と目標管理をかねたブログです。

木になった亜沙

2024-08-25 06:35:49 | Weblog
■本
73 あなたは、あなたなりに生きれば良い。/加藤 諦三
74 木になった亜沙/今村 夏子
75 栗山ノート/栗山 英樹

73 著名な心理学者の先生が、自分の無意識に気づく(素人考えでは、この表現自体が矛盾しているようにも、自分ひとりで実現するにはとてつもなく難しいことのようにも感じますが)ことの重要性について書かれた本です。エッセイと言ってよいかは少し自信がないですが、ロジカルに説明するというよりも、教え諭すような文体になっています。ですので、『「自分を愛すること」なしには「他人を愛すること」はできない』や『「誰かに認められること」に価値をおかない』など、随所に心に響く表現はあるものの、脈絡のない話を聞いた印象で、あまり自分の頭の中が整理できませんでした。自分の考えの偏りに気づき、それに囚われずに生きることを奨励されている、というのがなんとか導き出した私の理解です。そのための具体的な方法をもう少し教えていただきたかったのですが、それは自分で見つけるしかないのかもしれません。

74 今村夏子さんは「天才」だと思っています。本作も、よくこういうことを思いつくな、という奇抜な話が満載です。発想の奥行きと幅が常人を超えていると思います。かなり奇妙かつ役に立たない特殊能力や性格を持つ登場人物が、転生したり返信したりしつつ、どんどん不幸になっていく話が続くのですが、今村さん特有のブラックユーモアと共感力で、不思議と読んでいて嫌な気持ちになりませんでした。上述した加藤さんの本のタイトルのように「あなたは、あなたなりに生きれば良い。」と励まされているような気がします。おまけで収録されている、エッセイや日記を読むと、他人事ながら今村さんに「表現手段があってよかったね」と寿ぎたい思いが湧いてきました。自分の視野が、いかに狭いかについて気づかされる、スケールの大きい小噺の連続にただただ圧倒され、恐怖すら感じました。引き続き今村さんの作品をフォローしていきたいと思います。

75 北海道日本ハムファイターズの元監督である栗山さんが、当時つけられていた野球ノートに書かれた、古典や経営者の名言を解説しつつ、当時の心境を振り返られた本です。栗山さんの熱量に満ちた真っすぐ過ぎる言葉は、私のようなひねくれまくった人間にとっては少々胸やけしましたし、当時のその状況にこの言葉があてはまるの?と疑問に思う箇所もいくつかありましたが、栗山さんの野球に対する愛情は信頼できるものだと思いました。このような思いで真摯に野球に取り組まれているので、日本代表監督として昨年のWBCで優勝に導いていただけたのだと思いますし、ダルビッシュ有さんや大谷翔平さんといった大リーガーもチームに合流してもらえたのだと思います。日ハムを弱者のチャレンジャーとして位置づけ、既存の発想にとらわれず、オープナー(リリーフピッチャーを先発として短いイニングで起用する方法)など、新しい戦術を試行錯誤されている点は、今の日本企業も見習うべき点が多いと感じました。このような指導者がいらっしゃったからこそ、大谷翔平さんの今の規格外の活躍があるのだと思います。一方で、このような立派な考え方をしている指導者であっても、常勝チームに仕上げられなかったという点からは、勝負の世界の厳しさも感じました。相手も必死の努力をされているので当然だと思います。それだけに、努力一辺倒だと持たないという危うさも栗山さんのお考えからは感じました。もちろん私のような凡人には思い至らないところで、この危うさにも栗山さんは一定の回答を導き出しているとは思いますが。


■映画 
71 インサイド・ヘッド2/監督 ケルシー・マン
72 恋するベーカリー/監督 ナンシー・マイヤーズ

71 前作を上回り大ヒット中のピクサー社の最新作です。今回は本格的な思春期に入り、さらに複雑になった主人公の心の動きが巧みに描かれています。前回の5つの感情(ヨロコビ、イカリ、ムカムカ、ビビリ、カナシミ)に加え、今回は新たに、シンパイ、イイナー、バズカシ、ダリィ、ナツカシの5つの感情のキャラクターが登場します(「ナツカシ」は、「まだ早い」とすぐに部屋に閉じ込められてしまいますが)。シンパイをリーダーにした新しい感情と、これまでの感情との対立(どちらの陣営も主人公の幸せを願っているのですが)と協力が描かれています。一作目の感想でも書きましたが、心理学的要素が入った複雑になりがちな題材をシンプルなエンターテイメントに仕上げる手腕が見事です。「カナシミ」や「ハズカシ」という一見ネガティブな感情の重要性に注目している点も好ましいです。本作は、誰もが経験した思春期時代の混乱を、より共感力たっぷりに描いている点が成功の理由だと思います。観ていて甘酸っぱい気持ちになりました。思春期の子を持ち心配する親目線からの描写もおじさんの胸を打ちました。シンプルな下ネタやドタバタ劇を含む、子ども向けのギャグの切れ味も抜群で、文字通り大人から子どもまで楽しめる作品だと思います。ピクサー社の作品の中では決して派手な作品ではないと思うのですが、それでも巧みな脚本と演出、そして美しい映像で多くの人を惹きつける、ハリウッド映画の底力を感じる優れた作品です。

72 メリル・ストリープ主演による2009年公開のラブコメディです。どこに需要があるのかわかりませんが、彼女のベッドシーンが繰り返し登場します。離婚した元夫との情事4割、新しい恋人も含む三角関係3割、家族愛2割、美味しそうな食べ物1割という構成です。メリル・ストリープの演技力で一定の品格が保たれているものの、終盤までは結構えげつない下ネタが続き観ていて結構辛いのですが、最終盤で強引に家族愛と大人の恋愛の物語に収束させる力技で、しみじみとした余韻が残ります。脇を固めるアレック・ボールドウィン(すっかり太った中年のおっさんになっていたのでびっくりしました)と、スティーヴ・マーティン(こちらは逆にいつものコメディ要素が控えのイケオジぶりでびっくりしました)も抜群の安定感をもたらしています。子ども役の俳優たちも「こういう子どもが欲しいな」と思わせる好演でした(どこかで観た顔だと思ったら「SHE SAID」のゾーイ・カザンも出演していました)。日本と違いアラフィフの恋愛映画にちゃんと需要があるところ(最近はハリウッドでもこの種の映画が減っている気もしますが)に、多様性を感じる一方、この映画の登場人物のような丁寧で豊かな生活を見せつけられると、日々の生活の糧を得るため苦しんでいる人々は、ドナルド・トランプを支持したくなるだろうなとも思いました。
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ヒットマンズ・レクイエム

2024-08-18 06:41:23 | Weblog
■本
71 春の庭/柴崎 友香
72 1分で話せ/伊藤 羊一

71 先日、岸政彦さん目当てで読んだ共著「大阪」が、柴崎友香さんパートも興味深かったので、彼女が芥川賞を取った表題作を含む、この短編集を読みました。風景や家の間取りの細かい描写や、各登場人物の独特な視点、そして、全体を貫くロスジェネ世代に特有のどこかもの悲しい雰囲気など、柴崎さんの作家としての優れた技術が端々から感じられるのですが、しみじみとした味わいを評価する私の個人的な好みもあり、ストーリー自体はそれほど面白いとは思いませんでした。思うに「春の庭」は、柴崎さんの最良の作品ではなく、これまでの作品評価の蓄積との合わせ技で受賞に至ったのではという印象を僭越ながら持ちました。むしろ大阪を舞台にした(「春の庭」は東京が舞台です)「出かける準備」という短編の方が、登場人物が生き生きと感じられ、「大阪」で感じた柴崎さんの地べたの視点が堪能できました。この本だけで、柴崎さんを評価するのはフェアではない気がしますので、他の作品も読んでみたいと思います。

72 私はあまりよく存じ上げませんでしたが、意識高いビジネスパーソンや学生に人気の方だそうです。偶然見たウェビナーでの熱量が凄かったのと、刻々更新される〇万部突破、という帯に惹かれて読みました。ロジカルシンキングやプレゼン技法のエッセンスがぎゅっと圧縮されて書かれています。確かに、これだけ知っておけば、あとは実践のみという内容で、タイパが重視される時代に合っていると思います。右脳と左脳のバランスも絶妙で、論理だけでなく、感情を刺激することの重要性が強調されている点はユニークです。事例も豊富で、具体と抽象のバランスもとれていて、わかりやすいです。なにより、プレゼンの目的は、聞いた人を「動かす」ことである、という明確なメッセージは、結果が重視されるビジネスの世界を端的に表現していると思います(そういう意味ではこの本を購入した私は、伊藤さんのプレゼンに「動かされた」一人であるとも言えます)。個人的には、この熱すぎる語り口は少し胃もたれがしますが、プレゼンに悩む若いビジネスパーソンが、まず読むべきよい本だと思います。


■映画 
68 イニシェリン島の精霊/監督 マーティン・マクドナー
69 ヒットマンズ・レクイエム/監督 マーティン・マクドナー
70 僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ワールド ヒーローズ ミッション/監督 長崎健司

68 個人的に21世紀に入ってからの最良の映画は、「スリー・ビルボード」だと思っています。お盆休みに時間があったので、ずっと観たかった、マーティン・マクドナー監督の「スリー・ビルボード」の次の作品を観ました。こちらは、去年のアカデミー賞で8部門で9ノミネートされながら「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」に完敗して、1つも受賞できなかった作品です。あらすじは、ある日突然親友から絶交すると言われたおっさんと、絶交すると言った方のおっさんが次第に壊れていくというもの。それだけを聞くととてつもなくつまらく思えますが、それが、コリン・ファレルとブレンダン・グリーソンの二人の名優が表現すると抜群に面白くなります。コリン・ファレルが、漫才コンビ「ザ・パンチ」のパンチ浜崎さんのように、実にむかつく、うざい笑顔をこれでもか、と披露してくれます。この主要登場人物2人を含む島の住民は、島を出て行く主人公の妹以外、みんななんらかのかたちで壊れているのですが、マーティン・マクドナー監督作品らしく、誰も最後の一線は超えない節度を持っている点が実に味わい深いです。何が「最後の一線」かを表現するのはなかなか難しいのですが、相手を否定しながらも、その相手の立場に立てるほんの少しの思いやり(「全否定」はしない優しさ)がそれに当たるのかと思いました。そのため、過剰で偏った人間たちが、いろいろなものを損ないまくるのですが、後味は不思議と悪くはないです。この後味の良さが「スリー・ビルボード」と比べると若干落ちる点が惜しいですが、架空の島「イニシェリン島」の美しい映像も含めて、ろくでもない人生でも生きる価値があるという、妙なポジティブさを与えてくれます。

69 そのコリン・ファレルとブレンダン・グリーソンが、14年前に共演した同じくマーティン・マクドナー監督作品です。今回のブログのタイトルにもしておいてなんですが、この邦題はネタバレ要素が多い最悪のタイトルですね。原題の「In Bruges」か「ブリュージュ観光」あたりが適切だと思いました。というわけで、ボスから休暇を命じられた殺し屋2人がブリュージュを観光しつつ、いろいろな暴力に巻き込まれる(自ら暴力をふるう)作品です。14年後にこの二人で再度映画を撮りたいと思うのも納得で、絶妙の相性の良さが感じられます。無邪気なコリン・ファレルと、慈悲深いブレンダン・グリーソンの演技が素晴らしいです。このころのコリン・ファレルは、まだ、イケメン俳優として現役なので、旅先でナンパした美女(「ハリー・ポッター」シリーズに出演していたクレマンス・ポエジーがとても魅力的です)に好意を持たれるのも納得です。この作品もマーティン・マクドナー監督作品らしく、最後の一線は超えない節度をどの登場人物も持っている点に共感します。といっても殺し屋なので、全員ある意味で非道なのですが、それぞれの規範に従いつつ、葛藤している点が憎めません。さらに、その「規範」を逆手に取った皮肉なエンディングも実に見事です。対話シーンとアクションシーンの静と動のメリハリも効いていて、観ていて全く飽きません。コメディ要素とシリアス要素のバランスも絶妙で、「生きる」ということに対する達観と信頼感を同時に感じられて、この作品も後味が不思議と悪くないです。ポジティブな表現だけが、人をポジティブな気持ちにさせるわけではないということを、若干露悪的に証明する素敵な作品です。やはり、マーティン・マクドナー監督は最高です。最近、ヨルゴス・ランティモス監督作品にもはまっているので、コリン・ファレル出演作ばかり観ている気がします。この2人の巨匠に重用される彼の凄みも感じました。

70 つい最近週刊少年ジャンプでの連載が終了した(見事なエンディングでした)「僕のヒーローアカデミア」の2021年に公開された、オリジナルストーリーの劇場版作品です。「ヒロアカ」は「鬼滅の刃」や「呪術回線」と比べても遜色のない作品だと個人的には思うのですが、この作品が世間的に若干過小評価をされているような気がするのは、劇場版のクオリティにあるのかもとふと思いました。「ヒロアカ」劇場版作品を観るのは2作目ですが、単体としてはそれほど悪くないのですが、原作と比較するとどうしても軽い印象が残ります(単なるバトルアクション映画のように感じます)。ちょうど、尾田栄一郎先生がフルコミットする前の劇場版「ワンピース」と同じような印象をもちました。それなら、「鬼滅の刃」や「呪術回線」と同様に、ある程度原作に忠実に映画化した方がよいのでは?とも感じました(長編作品なので難しいとは思いますが)。映画版オリジナルキャラクターの「嘘がつけない」個性は、面白い発想だと思いました。

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神と黒蟹県

2024-08-11 06:40:08 | Weblog
■本
69 街場の成熟論/内田 樹
70 神と黒蟹県/絲山 秋子

69 内田さんの各所に発表された文章を集めた本です。比較的近年に発表された文章が収録されています。一応「成熟」をテーマにされているようですが、ウクライナ危機、日本の国力低下、ジェンダー問題など、幅広いテーマで語られています。また、書評もいくつか収録されていて、私が昨年読んだ「ストーリーが世界を滅ぼす」に対する感想(「科学」の重要性を強調されている点が印象に残りました)など、興味深かったです。個人的には、「はじめに」でいきなり、私が最近持っている問題意識である「リベラルに欠ける可愛げ」に対するヒントをもらえたのが有意義でした。「政治的に正しいことを機嫌よく言う」のは難しいが、この困難なミッションを果たさないと、子どもたちに「成熟することへのインセンティブ」を提供することはできない、と喝破されている点に感銘を受けました。正しいことを機嫌よく言える人間になりたいと思いました。

70 タイトル通り、モンスターエンジンさんのコントに登場するかのような「暇を持て余した神」が、吉田戦車さんの漫画「ぷりぷり県」のような架空の県、黒蟹県で生活する様子を中心に、その周辺に住む人々のエピソードを描いた連作短編集です。地方都市あるあるを随所に挿入しつつ、そこで生活する人々の葛藤や喜びが包容力たっぷりに描かれています。それぞれの短編の登場人物が微妙に絡み合う点も読んでいて楽しいです。絲山さんの作品に共通する、「仕事」をする上での理不尽さや楽しさも丁寧に描かれています。個人的には50代の人間の中途半端な立場に対する優しい描写に共感しました。仕事に先が見えなくても、家族とうまくいっていなくても、なりたかった自分になれなくても、新しい仲間とそれなりに楽しく暮らしていける予感に満ちた描写に救われました。50代以上の人間にとって、それほど激しい刺激は不要なので、こういった地方都市に移住して、適度に新しい刺激を受けつつのんびりと過ごすのもよいかと思いました。それはそれで、心地よい刺激だけではないとは思いますが。


■映画 
66 化け猫あんずちゃん/監督 久野遥子、山下敦弘
67 ナバロンの要塞/監督 J・リー・トンプソン

66 大好きないましろたかしさんの漫画が映画化されるということで観に行きました。ロトスコープという、俳優(あんずちゃんは森山未來さんが担当されています)が演技した実写映像をトレースしてアニメ化する手法で制作されたそうですが、特に良い印象も悪い印象も持ちませんでした。主人公の37歳の化け猫あんずちゃんは、いましろさん作品らしくオフビート感漂うキャラクターで、その自由さに憧れます。長編映画化作品なので、仕方のない面もあるのですが、映画用に登場した少女とその父親のキャラクターが、俗にまみれ過ぎていて世界観に合っていないのと、これまた映画用に付け足された地獄の描写が「千と千尋の神隠し」の劣化版のような感じで興ざめでした。個人的には、映画向けに付け足された要素は全て失敗に終わっていると感じました。一方、中盤までの原作に忠実なパートは、南伊豆の素朴な風景で繰り広げられる、世慣れないキャラクターとあんずちゃんとのとぼけた掛け合いが楽しかったです。映画版しか観ていない方には、原作漫画も読むことをお勧めします。厳しめの評価になりましたが、いましろたかしさんの作品を映画化して下さったことには感謝しております。

67 先日聴いていた村上春樹さんのラジオ番組で、 「ナヴァロン洋裁店」というダジャレと共にテーマ曲が紹介され、映画もお面白いとおっしゃっていたので観ました。ナチス・ドイツがナバロン島に保有する、要塞砲の破壊を命じられた6人の癖が強めの精鋭(と言いつつ、まあまあ早い段階で隊長が怪我をして足を引っ張りまくるのですが、それはそれで意外な展開で興味深かったです)が、任務に奮闘する姿を描いた作品です。若干ご都合主義的なストーリー(ドイツ兵が無能過ぎます)ですが、先が読めない展開で、裏切りなどのどんでん返しもあり、エンターテイメント作品としてはかなり良質です。絶壁踏破や戦闘のシーンなどは、今の技術であれば、もっとリアルかつ迫力満点に仕上げられたと思いますが、カット割りを工夫して緊迫感を出している映像は味がありました。なにより、それぞれのキャラクターが立っていて魅力的です。随所に表現される男同士の友情が泣かせます。「ミッション:インポッシブル」のようなスタイリッシュさはありませんが、難易度の高いミッションを完遂する男臭いアクション映画です。
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嫉妬論

2024-08-04 09:58:35 | Weblog
■本
67 嫉妬論/山本 圭
68 掃除婦のための手引き書/ルシア・ベルリン

67 私も人並みに嫉妬深い性格なので読みました。よくある自己啓発本のように「嫉妬から自由になる」方法ではなく、嫉妬を「民主主義」の社会に構造的に生じるものとして、一定の存在意義を認めつつ論じられている点が興味深かったです。嫉妬の完全に禁止された社会は、少し前の時代の共産主義国家のように、どんな差異も許されない息苦しい社会になる可能性が高いので、多様な評価軸が認められる社会にするなど、嫉妬をある程度コントロールできる(嫉妬したりされたりしながら、嫉妬心が暴走しないようにして生きていける)社会が望ましいという結論だと私は理解しました。結局は、自分の好きなこと、得意なこと(少なくとも嫌で苦手ではないこと)をやって、それなりに自尊心を満たしながら楽しく生きていくことが重要という、私の中でのいつもの結論を補強できた内容でした。また、格差が問題なのではなく(なぜなら少しの格差も許さない社会は、足の引っ張り合いの息苦しい社会になりがちだし、そもそも、社会全体の進歩に繋がらない)、「過度な」格差が問題であるということもよく理解できました。どの範囲以上が「過度な」ものであるということを社会的に合意するには粘り強い対話努力が必要だと思いますが、何が何でも「平等」という頑なな姿勢が、昨今リベラルの評判が悪い理由でもありそうです。私は基本的にはリベラルな人間でありたいと思っていますが、嫉妬に対してのスタンスと同様に、ある程度の寛容さ、ユルさ、可愛げが必要なのだと思います。トランプは大嫌いですが、彼の「可愛げ」から学ぶところもあると最近考えています。

68 少し前からいろいろな書評で絶賛されていて、気になっていたので読みました。長い間「知る人ぞ知る」的存在であった、アメリカ女性作家の短編集です。最初は翻訳もの特有の読みにくさがありましたが、読み進むにつれて、大半の小説が彼女自身の体験に基づいている私小説であるということがわかり、俄然引き込まれました。解説や書評で語られているような言葉遣いの美しさ、ユニークさはさほど感じなかったので、その点を味わいたい場合は原文で読むべきなのかもしれません。私は、それよりも、西村賢太さんの小説を読んでいるかのような、自分の不幸さや同じ失敗を繰り返すどうしようもない性格さえも俯瞰的にとらえる、半ば自虐的な視点に魅力を感じました。不幸話でお涙頂戴的に終わる予定調和を一切排して、後味悪く終わる点もクールです。人生の目的が幸せの追求ではないという、諦念を超えた生に対する肯定感のようなものに心を打たれました。決して幸福ではない波乱万丈の人生の濃さを味わい尽くせます。こういう決して自分では送りたくない人生を追体験できる点も小説の良さなのだと思います。


■映画 
64 怪盗グルーのミニオン超変身/監督 クリス・ルノー、パトリック・デラージ
65 ココ・アヴァン・シャネル/監督 アンヌ・フォンテーヌ

64 「怪盗グルー」シリーズの最新作です。大好きなミニオンを愛でるために観に行きました。魔改造されて特殊能力を身につけたミニオンなど、今回もミニオンの魅力が全開です。一方で、グルー等人間のキャラクターの印象は薄めです。4作目ともなると、キャラクターが渋滞し過ぎるので、わかりやすくするために人気の高いミニオンにより焦点を当てた印象です。そのため、ストーリー的な深みは減り、ドタバタ劇の即興的なギャグが増えています。その点が評価が分かれるところで、アメリカでの興行成績にも影響しているような気がします(それなりにヒットしていますが、現時点でピクサーの「インサイド・ヘッド2」にダブルスコア以上の差をつけられています)。とはいえ、ミニオンを愛でるという目的から言うと、私は大満足でした。適度な毒のあるキャラクター(一方で、グルーがかなり真人間になったところは物足りないですが)が最高です。

65 シャネルブランド創設者のココ・シャネルの生涯を描いた作品です。美しいが身体を拘束するかのような当時のドレスを批判し、快適さとファッション性を両立させたデザインで、女性の社会進出にも貢献した彼女のことを知りたくて観ました。期待に反して恋愛的側面が中心で、もう少し彼女がファッションデザイナーとして認められる過程を丁寧に描いて欲しかったという思いも残りますが、それはそれで興味深かったです。ココ・シャネルを演じた、オドレイ・トトゥの可愛げと気だるさと強さを併せ持つ演技が、大きく貢献しています。当時の女性が成り上がっていくためには、やはり、自分の「性」をある程度武器にしていく必要があったことがうかがい知れます。そんな状況下で、彼女は自分が美しいと思うものを、周囲にどう言われても信じ抜く強さがあった点も、もちろん彼女の成功の背景にはあったと思います。自立するために「働く」ことの重要さを強調されている点にも共感しました。男の登場人物が、「女性の敵」といった、紋切り型の悪人として描かれていない点も好ましかったです。
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