■本
77 暇と退屈の倫理学/國分 功一郎
78 異類婚姻譚/本谷 有希子
79 生き物の死にざま/稲垣 栄洋
77 文庫化に伴い再度話題になっていたのと、職場の同僚が書いた文章に引用されていたことから興味を持って読みました。「暇のなかでいかに生きるべきか、退屈とどう向き合うべきか」という問いを考察する中で、哲学的に考えるとはどういくことかも、丁寧に教えてくれる良い本です。結論としては、足るを知って、外部からの刺激によって生じる絶えざる欲望に身を任せるのではなく、自分なりの軸で日々の生活を楽しむこと、そして、関心を他者のよりよい生の実現に対しても広げていくこと、だと私は理解しました。しかし、國分さんも本書でおっしゃっている通り、本書で展開されているような思考プロセスを、他の問いに対しても用いることができるようになることが、この本を読む意味だと思います。ありもしない「本来的なもの」を探し続け、ときに人に押し付けるような態度が、一見賢そうに見えて、実は知的に非常に怠惰な行為であることがよくわかりました。個人的には、大人数が集まる会合で、なんとなく退屈になることがとても多く、そのような場への出席を避けがちなので、「人間であることを楽しむ」態度に欠けているのかもと、考えさせられました。付録の「傷と運命」で語られている内容はさらに納得感が高く、「記憶もまた痛みの原因たりうる」という表現に共感しました。私は嫌な出来事があると、その記憶が上書きできるように、できるだけ多くの体験(コンテンツ消費による疑似体験も含みます)をするように努めているのですが、私がなぜそのような行動を取るのかが説明されたような気持になりました。嫌な記憶を呼び起こしたくないために暇を避け、退屈を恐れる態度は、私にも大いに思い当たるところがあります。この知見を得られたことは、今後の人生の糧になりそうです。
78 引き続き芥川賞受賞作を読んでいます。本谷有希子さんの初期の作品は結構読んでいたのですが、本作は数年前に購入したものの、それまでの作品と作風が違うような気がして、手つかずのままでした。予想通り、「病的なまでに肥大した自意識」をハイテンションに描く、初期の作風とは異なり、民話のような静かな奇妙さで、淡々と崩壊する「自意識」が描かれています。初期衝動でデビューしたパンクバンドが、次第に技巧を高めていくのと同様に、本作では小説家としての細かいテクニックが洗練されているとの印象です。このあたりは、まさにパンクバンドの評価と同じで、初期作には初期作のむきだしのパワーの良さがあり、キャリアが積み重なるなかで深みが出た作品にはその良さがあると思います。しかし、個人的には、本作はオリジナリティという面では、少し迫力に欠けると思いました。あくまで個人の好みの問題ですが、置きにいった印象が少し残念でした。それでも芥川賞に値する、当時の時代の雰囲気を切り取った優れた作品だと思います。主人公の夫の性格の破綻ぶりなど、ダメ人間を描かせると本谷んさんは本当に上手です。
79 昆虫や動物の死にざまを、農学博士の筆者が情感たっぷりに描いたエッセイ集です。土の中で長く過ごし、ひと夏地上で過ごして死に至るセミや、交尾中にメスに食べられることもあるカマキリの雄の話など、有名なものだけでなく、タコやマンボウなどのあまり知らない生態も知ることができて勉強になりました。特に、シロアリや蜜蜂といった、集団で生活する生き物の、その加齢に伴う役割の変化による悲哀の解説は、アラフィフの私としては、心に刺さるものが多かったです。種の保存という目的のためにプログラミングされた生き物の、はたから見ると一見悲しく見える習性が、人間の自分にはどのように設定されているんだろうか、と考えると複雑な思いにもなりました。この本にも書かれていますが、意外と当事者のそれぞれの生き物は、与えられたプログラムに基づき充実した生を送っているのかもしれないので、私もそれを希望に、ささやかながらも与えられた役割を果たそうと思いました。
■映画
65 DUNE/デューン 砂の惑星/監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
66 ペコロスの母に会いに行く/監督 森崎 東
65 2022年のアカデミー賞で、主に映像、音響関係の6部門を受賞した、美しいSF大作です。原作は難解だと聞いたことがあるのですが、「メッセージ」や「ブレードランナー 2049」といったSF作を、壮大な映像と丁寧な展開で見事に描いたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督らしく、わかりやすくも格調高い作品に仕上がっています。二部作の前編ということもあり、世界観やキャラクターの説明に多くの時間が割かれていて、大きな盛り上がりには欠けますが、それでも、後編に大いに期待できる内容でした。わかりやすい敵役を設定しつつも、単純な善悪の二元論に陥っていない点も魅力的です。トップスターは出演していないですが、なじみのある実力派俳優ぞろいで、素晴らしいCG映像に負けない演技を見せてくれています。派手さはないものの、手堅く優れた作品だと思います。
66 中年男性が認知症の母親との生活を描いた、原作漫画の映画化作品です。2013年のキネマ旬報で日本映画のベスト・ワン作品に選ばれています。21日が世界アルツハイマーデーだったので観ました。主人公の容姿からハゲいじりのギャグが多い点と、恐らく原作にはないであろう、少し過剰にドラマティックなエピソードが気になりますが、ユーモアと母への愛情、そして、叙情的な余韻のバランスがよい作品です。主人公の岩松了さんとその母親役の赤木春恵さんの、抑制の効いた演技が素晴らしいです。舞台となった長崎の風景も親しみやすく、かつ美しく描かれています。よくあるタイプの作品ですが、些細な違いの積み重ねで、高い完成度になっています。
77 暇と退屈の倫理学/國分 功一郎
78 異類婚姻譚/本谷 有希子
79 生き物の死にざま/稲垣 栄洋
77 文庫化に伴い再度話題になっていたのと、職場の同僚が書いた文章に引用されていたことから興味を持って読みました。「暇のなかでいかに生きるべきか、退屈とどう向き合うべきか」という問いを考察する中で、哲学的に考えるとはどういくことかも、丁寧に教えてくれる良い本です。結論としては、足るを知って、外部からの刺激によって生じる絶えざる欲望に身を任せるのではなく、自分なりの軸で日々の生活を楽しむこと、そして、関心を他者のよりよい生の実現に対しても広げていくこと、だと私は理解しました。しかし、國分さんも本書でおっしゃっている通り、本書で展開されているような思考プロセスを、他の問いに対しても用いることができるようになることが、この本を読む意味だと思います。ありもしない「本来的なもの」を探し続け、ときに人に押し付けるような態度が、一見賢そうに見えて、実は知的に非常に怠惰な行為であることがよくわかりました。個人的には、大人数が集まる会合で、なんとなく退屈になることがとても多く、そのような場への出席を避けがちなので、「人間であることを楽しむ」態度に欠けているのかもと、考えさせられました。付録の「傷と運命」で語られている内容はさらに納得感が高く、「記憶もまた痛みの原因たりうる」という表現に共感しました。私は嫌な出来事があると、その記憶が上書きできるように、できるだけ多くの体験(コンテンツ消費による疑似体験も含みます)をするように努めているのですが、私がなぜそのような行動を取るのかが説明されたような気持になりました。嫌な記憶を呼び起こしたくないために暇を避け、退屈を恐れる態度は、私にも大いに思い当たるところがあります。この知見を得られたことは、今後の人生の糧になりそうです。
78 引き続き芥川賞受賞作を読んでいます。本谷有希子さんの初期の作品は結構読んでいたのですが、本作は数年前に購入したものの、それまでの作品と作風が違うような気がして、手つかずのままでした。予想通り、「病的なまでに肥大した自意識」をハイテンションに描く、初期の作風とは異なり、民話のような静かな奇妙さで、淡々と崩壊する「自意識」が描かれています。初期衝動でデビューしたパンクバンドが、次第に技巧を高めていくのと同様に、本作では小説家としての細かいテクニックが洗練されているとの印象です。このあたりは、まさにパンクバンドの評価と同じで、初期作には初期作のむきだしのパワーの良さがあり、キャリアが積み重なるなかで深みが出た作品にはその良さがあると思います。しかし、個人的には、本作はオリジナリティという面では、少し迫力に欠けると思いました。あくまで個人の好みの問題ですが、置きにいった印象が少し残念でした。それでも芥川賞に値する、当時の時代の雰囲気を切り取った優れた作品だと思います。主人公の夫の性格の破綻ぶりなど、ダメ人間を描かせると本谷んさんは本当に上手です。
79 昆虫や動物の死にざまを、農学博士の筆者が情感たっぷりに描いたエッセイ集です。土の中で長く過ごし、ひと夏地上で過ごして死に至るセミや、交尾中にメスに食べられることもあるカマキリの雄の話など、有名なものだけでなく、タコやマンボウなどのあまり知らない生態も知ることができて勉強になりました。特に、シロアリや蜜蜂といった、集団で生活する生き物の、その加齢に伴う役割の変化による悲哀の解説は、アラフィフの私としては、心に刺さるものが多かったです。種の保存という目的のためにプログラミングされた生き物の、はたから見ると一見悲しく見える習性が、人間の自分にはどのように設定されているんだろうか、と考えると複雑な思いにもなりました。この本にも書かれていますが、意外と当事者のそれぞれの生き物は、与えられたプログラムに基づき充実した生を送っているのかもしれないので、私もそれを希望に、ささやかながらも与えられた役割を果たそうと思いました。
■映画
65 DUNE/デューン 砂の惑星/監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
66 ペコロスの母に会いに行く/監督 森崎 東
65 2022年のアカデミー賞で、主に映像、音響関係の6部門を受賞した、美しいSF大作です。原作は難解だと聞いたことがあるのですが、「メッセージ」や「ブレードランナー 2049」といったSF作を、壮大な映像と丁寧な展開で見事に描いたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督らしく、わかりやすくも格調高い作品に仕上がっています。二部作の前編ということもあり、世界観やキャラクターの説明に多くの時間が割かれていて、大きな盛り上がりには欠けますが、それでも、後編に大いに期待できる内容でした。わかりやすい敵役を設定しつつも、単純な善悪の二元論に陥っていない点も魅力的です。トップスターは出演していないですが、なじみのある実力派俳優ぞろいで、素晴らしいCG映像に負けない演技を見せてくれています。派手さはないものの、手堅く優れた作品だと思います。
66 中年男性が認知症の母親との生活を描いた、原作漫画の映画化作品です。2013年のキネマ旬報で日本映画のベスト・ワン作品に選ばれています。21日が世界アルツハイマーデーだったので観ました。主人公の容姿からハゲいじりのギャグが多い点と、恐らく原作にはないであろう、少し過剰にドラマティックなエピソードが気になりますが、ユーモアと母への愛情、そして、叙情的な余韻のバランスがよい作品です。主人公の岩松了さんとその母親役の赤木春恵さんの、抑制の効いた演技が素晴らしいです。舞台となった長崎の風景も親しみやすく、かつ美しく描かれています。よくあるタイプの作品ですが、些細な違いの積み重ねで、高い完成度になっています。