本、CD、映画日記

目標は年間読書100冊。その記録と目標管理をかねたブログです。

暇と退屈の倫理学

2023-09-24 07:11:03 | Weblog
■本
77 暇と退屈の倫理学/國分 功一郎
78 異類婚姻譚/本谷 有希子
79 生き物の死にざま/稲垣 栄洋

77 文庫化に伴い再度話題になっていたのと、職場の同僚が書いた文章に引用されていたことから興味を持って読みました。「暇のなかでいかに生きるべきか、退屈とどう向き合うべきか」という問いを考察する中で、哲学的に考えるとはどういくことかも、丁寧に教えてくれる良い本です。結論としては、足るを知って、外部からの刺激によって生じる絶えざる欲望に身を任せるのではなく、自分なりの軸で日々の生活を楽しむこと、そして、関心を他者のよりよい生の実現に対しても広げていくこと、だと私は理解しました。しかし、國分さんも本書でおっしゃっている通り、本書で展開されているような思考プロセスを、他の問いに対しても用いることができるようになることが、この本を読む意味だと思います。ありもしない「本来的なもの」を探し続け、ときに人に押し付けるような態度が、一見賢そうに見えて、実は知的に非常に怠惰な行為であることがよくわかりました。個人的には、大人数が集まる会合で、なんとなく退屈になることがとても多く、そのような場への出席を避けがちなので、「人間であることを楽しむ」態度に欠けているのかもと、考えさせられました。付録の「傷と運命」で語られている内容はさらに納得感が高く、「記憶もまた痛みの原因たりうる」という表現に共感しました。私は嫌な出来事があると、その記憶が上書きできるように、できるだけ多くの体験(コンテンツ消費による疑似体験も含みます)をするように努めているのですが、私がなぜそのような行動を取るのかが説明されたような気持になりました。嫌な記憶を呼び起こしたくないために暇を避け、退屈を恐れる態度は、私にも大いに思い当たるところがあります。この知見を得られたことは、今後の人生の糧になりそうです。

78 引き続き芥川賞受賞作を読んでいます。本谷有希子さんの初期の作品は結構読んでいたのですが、本作は数年前に購入したものの、それまでの作品と作風が違うような気がして、手つかずのままでした。予想通り、「病的なまでに肥大した自意識」をハイテンションに描く、初期の作風とは異なり、民話のような静かな奇妙さで、淡々と崩壊する「自意識」が描かれています。初期衝動でデビューしたパンクバンドが、次第に技巧を高めていくのと同様に、本作では小説家としての細かいテクニックが洗練されているとの印象です。このあたりは、まさにパンクバンドの評価と同じで、初期作には初期作のむきだしのパワーの良さがあり、キャリアが積み重なるなかで深みが出た作品にはその良さがあると思います。しかし、個人的には、本作はオリジナリティという面では、少し迫力に欠けると思いました。あくまで個人の好みの問題ですが、置きにいった印象が少し残念でした。それでも芥川賞に値する、当時の時代の雰囲気を切り取った優れた作品だと思います。主人公の夫の性格の破綻ぶりなど、ダメ人間を描かせると本谷んさんは本当に上手です。

79 昆虫や動物の死にざまを、農学博士の筆者が情感たっぷりに描いたエッセイ集です。土の中で長く過ごし、ひと夏地上で過ごして死に至るセミや、交尾中にメスに食べられることもあるカマキリの雄の話など、有名なものだけでなく、タコやマンボウなどのあまり知らない生態も知ることができて勉強になりました。特に、シロアリや蜜蜂といった、集団で生活する生き物の、その加齢に伴う役割の変化による悲哀の解説は、アラフィフの私としては、心に刺さるものが多かったです。種の保存という目的のためにプログラミングされた生き物の、はたから見ると一見悲しく見える習性が、人間の自分にはどのように設定されているんだろうか、と考えると複雑な思いにもなりました。この本にも書かれていますが、意外と当事者のそれぞれの生き物は、与えられたプログラムに基づき充実した生を送っているのかもしれないので、私もそれを希望に、ささやかながらも与えられた役割を果たそうと思いました。


■映画
65 DUNE/デューン 砂の惑星/監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
66 ペコロスの母に会いに行く/監督 森崎 東

65 2022年のアカデミー賞で、主に映像、音響関係の6部門を受賞した、美しいSF大作です。原作は難解だと聞いたことがあるのですが、「メッセージ」や「ブレードランナー 2049」といったSF作を、壮大な映像と丁寧な展開で見事に描いたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督らしく、わかりやすくも格調高い作品に仕上がっています。二部作の前編ということもあり、世界観やキャラクターの説明に多くの時間が割かれていて、大きな盛り上がりには欠けますが、それでも、後編に大いに期待できる内容でした。わかりやすい敵役を設定しつつも、単純な善悪の二元論に陥っていない点も魅力的です。トップスターは出演していないですが、なじみのある実力派俳優ぞろいで、素晴らしいCG映像に負けない演技を見せてくれています。派手さはないものの、手堅く優れた作品だと思います。

66 中年男性が認知症の母親との生活を描いた、原作漫画の映画化作品です。2013年のキネマ旬報で日本映画のベスト・ワン作品に選ばれています。21日が世界アルツハイマーデーだったので観ました。主人公の容姿からハゲいじりのギャグが多い点と、恐らく原作にはないであろう、少し過剰にドラマティックなエピソードが気になりますが、ユーモアと母への愛情、そして、叙情的な余韻のバランスがよい作品です。主人公の岩松了さんとその母親役の赤木春恵さんの、抑制の効いた演技が素晴らしいです。舞台となった長崎の風景も親しみやすく、かつ美しく描かれています。よくあるタイプの作品ですが、些細な違いの積み重ねで、高い完成度になっています。
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むらさきのスカートの女

2023-09-17 07:08:40 | Weblog
■本
75 むらさきのスカートの女 /今村 夏子
76 宇宙人と出会う前に読む本/高水 裕一

75 2019年上半期の芥川賞受賞作です。「むらさき」色が好きなので、ずっと読みたいと思っていました。絲山秋子さんや津村記久子さんのような、リアルなお仕事小説を装いつつも、ファンタジー(この要素は絲山秋子さんの作品にも入っていることがありますが)やサイコホラー的な要素も入っている、オリジナリティに溢れた素晴らしい作品です。とても読みやすいのに、読後のひっかかりが半端ないです。かといって、メッセージ性が強いわけでもなく、淡々とした日常に潜む滑稽さと狂気が、いい塩梅でブレンドされています。もちろん技術的にも優れているのですが、今村さんにしか書けない言語化しにくい個性が作品から溢れ出していて、努力だけでは到達できない天才的な才能を感じました。同時に収録されている受賞後のエッセイからも、飄々とした今村さんの人柄が感じられ、当時住まれていた場所が私の母の家から近そうなこともあり(大和川近くのイオンは限定されますので)、とても親しみを感じました。他の作品も読もうと思います。

76 少し前に「アメトーーク!」の読書芸人で、ヒコロヒーさんがこの本を紹介されていたので読みました。「さまざまな惑星の宇宙人が集う社交の場」で宇宙共通の教養がある地球人としてどう振る舞うべきか、というストーリーを読みながら、地球という特殊環境に閉じない宇宙普遍の科学知識について学べる、とてもユニークで、ためになる本です。太陽と月が一つずつある惑星が、とても特殊であるなど、我々が当たり前と思っていることが、実は客観的に見るとそうではないということに気づかされる、文化人類学の本を読んでいるかような感覚にもなります。もちろん、物理、化学、数学といった学問の本質についても、わかりやすく解説してくれていて、それぞれの学問が持つ意味についても理解が進みました(特に数という概念の拡張過程の説明が参考になりました)。一方で、力についてはやはり難解で、「重力」はかろうじてついていけたのですが、「弱い力」や「強い力」についてはちんぷんかんで、「そもそものネーミングが悪い」と八つ当たりしながら読み進めました。また、ダークマターやダークエネルギーといった、我々が未知な物体やエネルギーが宇宙の95%以上を占めるということから、我々はまだまだ知らないことだらけだという、謙虚な気持ちにもなりました。


■映画
62 勝手にふるえてろ/監督 大九 明子
63 私をくいとめて/監督 大九 明子
64 三人の名付親/監督 ジョン・フォード

62 綿矢りささんの原作小説を大九明子さんが監督した作品を続けて観ました。どちらの作品も、原作からのかなりクセが強めの脚色と、演技派主演女優の少し濃いめの熱演が、受け入れられるかどうかで評価が分かれそうです。こちらは、松岡茉優さんが、コミュニケーションが苦手なオタク系女子を、幅広い感情表現で演じ切っています。客観的にはかなり面倒くさい女性ですが、松岡茉優さんのキャラクターと演技力で、ギリギリのキュートさがキープされていて、想いを寄せてくれる男性の存在も説得力があります。コミュニケーションが苦手な割には、意中の男性に近づくために、同級生になりすまして同窓会を開くなど、思わぬ行動力を見せるアンバランスさが、面白くも恐ろしいです。過度にドタバタコメディとして描かれていない点もよかったです。ただ、原作とは異なり、主人公がタイトルを口にして終わるエンディングは、クールに締めくくりたかったのだと思いますが、作り手側の思惑が見え過ぎて興ざめでした。

63 こちらは、のんさんが、妄想癖のある友人の少ないアラサー女子を体当たりで演じられています。松岡茉優さんはどんな感情を演じても綺麗なままでいるのに対し、のんさんは、アラサー女子の醜さも含めて表現されている点が印象的です。一方で、のんさんは、どの役を演じてものんさんなのに対し、松岡茉優さんは役によって印象が変わる点が、それぞれの個性が出ていて面白いと思いました(そういう意味では本作に出演されている林遣都さんの演技も、松岡茉優さんと同じアプローチかなと思いました)。吉住さんが本人役で出演してコントを披露し、それがセクハラにつながるなど、この作品も、原作とは異なる作り手側の思惑が見え過ぎるところが気になりました。ただ、のんさんと橋本愛さんが「あまちゃん」以来7年ぶりに、同じく親友として共演されている場面は、その狙いが見え見えなのにもかかわらず、心が揺さぶられました。あくまでも、のんさんがいて成立した作品だと思いました。与えられた役を卓越した技術で表現する女優さんと、自分の人間性を前面に出して作品を成立させる女優さんとの、異なるアプローチを続けて観ることができて興味深かったです。また、二作とも出演されている片桐はいりさんが真逆の役(前者は奇妙な隣人、後者は優秀なビジネスパーソン)を演じられている点も、この役者さんの懐の深さが感じられ、面白かったです。

64 引き続きジョン・フォード監督の作品を観ています。こちらは1948年に公開された、この監督のキャリア中期の作品です。ならず者と赤ちゃんとの意外な組み合わせの設定は、ある種の発明で、後のハリウッド映画でも多数用いられています。聖書の内容とシンクロさせながら、ジョン・フォード監督らしく、手堅くエンターテイメント性とメッセージ性が両立されています。ジョン・ウェイン演じる主人公と、他の2名のならず者との扱いの差が激しいところ(主人公は幸運に恵まれますが、残りの二人はかなり運が悪いです)が、個人的には少しご都合主義的に感じました。ならず者でも、共有財産である水場に対しては、一定のモラルある考え方がなされている点が興味深かったです。ジョン・フォード監督の最高傑作ではありませんが、それでも観るべき優れた西部劇だと思います。
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ザ・コーチ

2023-09-09 05:27:01 | Weblog
■本
73 目からウロコのコーチング なぜ、あの人には部下がついてくるのか?/播摩 早苗
74 ザ・コーチ/谷口 貴彦

73 職場でカウンセラーの真似事のようなことをしており、「コーチング」についても学びたくて読みました。「コーチング」の基礎をわかりやすく網羅的に学ぶことができます。「聴く」こと、「相手を中心に考える」こと、そして、「目標設定」の大切さが強調されています。基本的には「カウンセリング」と考え方が似ていますが、「カウンセリング」は、主にマイナスの状態からの回復に主眼が置かれているのに対し、「コーチング」は目標達成に向けて、よりよい行動を気づかせ、実践させることが重視されていると感じました。わかりやすくするために、「ナンバーワンホステス」の対応例が随所に示されていますが、この試みは若干スベっていると思いました(癒しを求めてくるお客さんが多そうなので、「コーチング」よりも、むしろ「カウンセリング」の事例としての方が相応しいと思いましたし、クライエントがカウンセリングが不要となる状態が目標だと思うので、リピーターの確保が重要なホステスさんは例として適切ではない気がしました。「コーチング」をビジネスとして成り立たせるためには、ある種のリピーターの確保が重要視されてそうなんで、そういう意味では適切な事例なのかもしれませんが)。ところどころ気になる点はありますが、ざっと読んで、「コーチング」の全体像を掴むには良い本だと思います。

74 こちらは、小説形式で「コーチング」の具体的な技法を学べる本です。ベストセラーの「夢をかなえるゾウ」から、ギャグ要素をなくして、リアリティを重視したかのような内容です(とはいえ、ご都合主義的な偶然に恵まれて、ありえないような成功を収めるお話なので、こちらも一種のファンタジーとも言えますが)。「なりたい自分」のイメージを具体的に持つことの重要さが強調されています。そのためか、「コーチング」の技法や取り組みもとてもリアルに理解できて、実践につながる本だと思います。この本は、公園で偶然にメンターとも言える老人と出会って、主人公がその対話により成長していくお話ですが、実際のコーチングの場面では、もっと生々しい、フィーの話なども絡んでくるのだと思います。「成功」は金銭的なものだけではないですが、コーチング業界は米国のトップマネジメントの実践例を強調し過ぎるので、どうしてもお金の匂いがしてしまうところが、この業界の課題なのかもしれません(逆に適正な対価が発生していることが、良い方法に作用する面もあるのだと思いますが)。今週はこの2冊の本を並行して読んだので(一方だけを読んでいると少ししんどくなりましたので)、「コーチング」についての理解が立体的に深まり勉強になりました。


■映画
60 ドクター・ドリトル/監督 スティーヴン・ギャガン
61 SHE SAID/シー・セッド その名を暴け/監督  マリア・シュラーダー

60 ロバート・ダウニー・Jrが、動物の言葉がわかる医師を演じたファンタジー作品です。子どものころに読んだ原作の内容はすっかり忘れてしまいましたが、なんとなく、原作とはかけ離れたオリジナルストーリーだと思います。登場する動物が、毒のあるセリフを頻繁に言うので、イギリスの映画だと勝手に思っていましたが、普通にハリウッドの作品でした。動物のCGはクオリティが高く、キャラクターは立っています。クセが強い動物たちの小ネタはそれなりに面白いのですが、あまりにも多すぎるのと、本筋のストーリーが弱いので、ごちゃごちゃとした印象が残るのが残念でした。しかし、児童向けの作品として考えると、子どもたちは大喜びで観るのかもしれません(児童向け作品の主人公が、ロバート・ダウニー・Jrでよいのかという疑問は残りますが)。ストーリー展開的には、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズを連想させるので、どうしても傑作のそちらと比べてしまい、辛口の評価になってしまいます。

61  #MeToo運動のきっかけのひとつとなった、ニューヨーク・タイムズ紙による、大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力報道の舞台裏を描いた作品です。少し前に原作も読んだのですが、そこから大きな脚色を加えることなく、二人の女性記者が、同じ女性としての葛藤と使命感を抱えながら、被害者に真摯に取材する姿が、過度にドラマティックになることなく描かれています。暴行シーンをホテルの映像と音声だけで淡々と描く手法が効果的です。様々な困難を乗り越えて、記事の公開で終わるエンディングも硬派で格好良いです。ストーリー展開は随所に工夫されていて、それぞれの被害状況が徐々に明らかになる構成に引き込まれます。二人の女性記者やその上司たちの演技も安定感があります。プロフェッショナルな仕事を描いた良質な作品です。
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ChatGPTの全貌

2023-09-03 07:07:10 | Weblog
■本
71 ChatGPTの全貌/岡嶋 裕史
72 新しい戦前/内田 樹 、 白井 聡

71 新しいテクノロジーが話題になると、岡嶋裕史さんの本を読むようにしています。ブロックチェーン、メタバース、Web3ときて、本作は今絶賛大盛り上がり中のChatGPTについて詳しく解説して下さります。こういった、流行りのテクノロジーに関する本は、ポジショントーク満載のものが多いのですが、岡嶋さんは、テクノロジーの力を信じつつも、そのポジネガをわかりやすく、時にオタク的な視点も交えながら教えてくれるので、とても参考になります。副題の「何がすごくて、何が危険なのか?」の通り、すごい点(聞き方によって回答の精度に差があるが、とにかくカバーするデータが膨大だし、繰り返し質問しても怒らないのでブレストの相手としては最適)や危険な点(人間にとって使いやすい自然言語処理に強みがあるので、いろいろなAIサービスの入り口を押さえ権力を握る可能性もあるし、回答の根拠がブラックボックスでもっともらしいことを言っているだけなのに、人間が過度に信用して支配される可能性がある)について書かれています。個人的には、AIに仕事が奪われるなら、AIはお金を必要としないので、AIが稼いだお金を原資にベーシックインカムを実現すればよい、という指摘が新鮮でした。基本的には、AIは単なるツールであり、人間は自分で考えることを放棄してはいけない、という強い信念を元に、人間がよりよい思考やアウトプットを行うため(さらにはよりよい人生を送るため)の手段としてAIを賢く活用すべし、というポジティブなメッセージに溢れている本だと思います。その一方で、AIの規制を求める声はライバルをつぶす手段の一つであるという指摘や、人間の脳も実はたいしたことをしていなかったという見解など、クールな視点も印象に残りました。

72 内田樹さんと白井聡さんの対談本の三冊目です。最近の内田さんの本は、過去の発言の繰り返しばかりで、若干切れ味が鈍っている印象でしたが、本作はいい意味で白井さんの毒に刺激を受けたのか、往年の過激な姿勢が戻り、政治、社会、教育、マスメディアなどに対する鋭い批評が繰り広げられています。一方で、白井さんの暴走をいなすかのような発言もあり、白井さんも内田さんへの敬意に満ちたやりとりで、バランスの取れた対談となっていて面白かったです。大阪維新の会躍進の背景を、欠点だらけの資本主義を延命させるくらいなら、『資本主義を暴走させて没落を加速し、資本主義の「外部」へ抜け出るべきだという思想」(加速主義)を用いて説明されている点が印象に残りました。ウクライナ、北朝鮮、台湾の問題などにも、膠着状態が続くくらいならいっそより破滅的な状況へと進め、白黒をはっきるつけてしまおうという、この「加速主義」を求める機運が高まってくる可能性があると思いました。トランスジェンダー問題についても語られていますが、ここでも、その性自認の分類を明確にし過ぎて、そもそも人間の性自認があいまいで、成長段階に応じて変わる可能性がある点を無視しているところが問題の一つであるとも感じました。つくづく、現代社会にはあいまいな状況に耐える力(ネガティブ・ケイパビリティ)が求められているのだと思いました。岡嶋さんの本のメッセージでもある「人間の脳も実はたいしたことをしていなかった」という謙虚さ、曖昧さが必要なのだと思います。


■映画
59 エビータ/監督 アラン・パーカー

 第二次世界大戦直後にアルゼンチンのファーストレディとなったエバ・ペロンを、マドンナが演じた1996年公開のミュージカル映画です。最近新聞で「現代のエビータ」と言われるクリスティナ・フェルナンデス・デ・キルチネルの記事を読んだので、本家の「エビータ」についても知りたくて観ました。冒頭のエビータの死を知らせるシーンから、キャッチーかつ力強い音楽で引き込まれます。そこから、エビータの過去を振り返る構成です。当時40歳前のマドンナが15歳からエビータを演じる違和感も、ちょっと微妙な演技力も、ミュージカルだと思えば許せます。アントニオ・バンデラスが演じる、チェ・ゲバラを連想させる狂言回し的な存在も、演劇的な演出だと思えばすんなりと受け入れることができました。そういう意味ではミュージカルというフォーマットが成功していると思います。Wikipediaの「エビータ」のページを読んでいるかのように、彼女のエピソードがダイジェスト的に語られるので、とてもわかりやすいです。一方、彼女の内面に迫る描写や歌は少なく、貧しく不幸な生い立ちをバネに成り上がった野心的な女性、というありきたりな人物にしか見えない点が少し残念です。アラン・パーカー監督らしい、エビータやアルゼンチン国民に対するシニカルな視点が印象的です。私のような他国の人間から見ると面白いですが、アルゼンチン国内でこの作品の評価が分かれるのも納得です。最後は冒頭とつながり、エビータの早い最期で幕を閉じるのですが、さほど盛り上がることなく、尻つぼみで終わる点も、もったいない思いました。歪な点はあるものの、ハイテンションさが魅力の映画ですので、最後までパワープレイで押し切ってもらいたかったです。
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