本、CD、映画日記

目標は年間読書100冊。その記録と目標管理をかねたブログです。

麦秋

2019-06-29 09:42:01 | Weblog
■本
57 DREAM WORKPLACE/ロブ ゴーフィー、ガレス ジョーンズ
58 西一番街ブラックバイト 池袋ウエストゲートパークXII/石田 衣良

57 「なぜここで働かなければならないのか?」という問いに答えることのできる、夢のような組織を実現するためのポイントについて、組織行動学の視点から考察された本です。海外のビジネス書にありがちな冗長な構成と同語反復的なチェックリスト(このチェックリストの要素を満たしていたら確かに働きたくなります)、には読んでいてなかなか辛いものがあります。しかし、類似書はシリコンバレーのIT企業の事例が多いのに対し、この本はイギリスの教授が書かれているだけあって、ヨーロッパ諸国の事例が豊富で、特に歴史的ルーツに重きを置いている点は、日本企業にとっても参考になる点があると思います。そこで働く人々の個性を活かしつつ、透明性のあるシンプルなルールに基づき、誠実に各ステークホルダーに意義のある価値を提供できることが目指すべき組織である、という趣旨の本ですが、その実現が困難である点に自覚的である点は好感が持てます。

58 引き続き、買ったままだった「池袋ウエストゲートパーク」シリーズを読んでいます。この作品でも、様式美のような定番のストーリー展開に、その時点でホットな時事問題を絡めるという手法が繰り返し用いられています。本作は、アートによる地域活性化、ユーチューバー、整形中毒、ブラックバイトがトピックスとして取り上げられています。各トピックスが丁寧に取材されていて、この作品のテーマでもある、「ストリートから見た社会の矛盾」が説得力あるかたちで提示されています。一方で、エンターテイメントとしても成立していて、何冊か続けて読むとさすがに少し飽きてきますが、定期的に続けて読んでいきたいシリーズです。


■CD
8 834.194/サカナクション

 サカナクションの6年ぶりの新作です。懐かしいようで新しいヒット曲が満載で、聴いていて楽しいです。特に、スローテンポの楽曲に印象的なものが多く、雨空の下で聴くと中毒性があります。老若男女全ての聴き手を満足させることができる、最近では稀有な作品です。収録作がCMでもたくさん使われていますし、今後、国民的アーチストに発展する可能性に満ちた作品だと思います。


■映画 
59 麦秋/監督 小津 安二郎
60 祈りの幕が下りる時/監督 福澤 克雄

59 引き続き小津安二郎監督作品を観ています。結婚適齢後期の娘の結婚話を繰り返し撮っているだけなのに、そこに「人生の秘密」を巧みに盛り込んでいる手腕に只々感心します。この作品では、娘の結婚話だけでなく、老夫婦の隠居問題や大家族から核家族化の流れなど、戦後日本の変化も描かれていて興味深いです。同時代をテーマにしているので当然ですが、「三丁目の夕日」シリーズのように過度に美化し過ぎることなく、戦後復興期の日本の良い面も悪い面をそのまま描きつつ、それでも、一種の美しさ、気高さが感じられるところが素晴らしいです。観終わった後に切ない気持ちになるのですが、その一方で、人生に対して肯定的な気分になるのも不思議です。一度観ただけでは味わい尽くせない、魔力を持った作品だと思います。

60 このシリーズの阿部寛さんが演じる加賀恭一郎というキャラクターが大好きです。本作でも、いい加減さと有能さと繊細さと優しさが絶妙に配合されたキャラクターを見事に演じられています。さらに、共演の松嶋菜々子さんが、キャリアハイとも言える、美しさと緊迫感を兼ね備えた見事な演技をされていて、そこに、小日向文世さんや子役の方の熱演も加わって見応え十分です。東野圭吾さん原作のストーリーも、観終わってしまえば、「砂の器」との類似点がいくつも浮かぶのですが、先の読めない緻密な展開はさすがで、謎解きの納得感も高く、全く飽きませんでした。個人的に日本橋界隈の街並みが好きなので、映像面でも楽しめました。主人公加賀恭一郎の過去が明らかになり、過去の作品とのつながりも整合性が取れていて、シリーズの集大成としても素晴らしい完成度です。
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早春

2019-06-22 10:03:06 | Weblog
■本
55 持たない幸福論/pha
56 AI vs. 教科書が読めない子どもたち/新井 紀子

55 この方の本に影響されて喫茶店を起業した人の記事を読んだので、興味を持ちました。京大を卒業されているだけあって、地頭の良さを感じる引き出しの多い文章が読みやすいです。「やりたいことだけやればいい」と言い切れるだけの、恵まれた能力があるということを差し引いても、自分の人生にとって大切なことに焦点を当て、周囲に左右されずお金にもさほど縛られない、ある種達観した生き方には憧れを感じます。シェアハウスを主催された経験や都会と田舎の二拠点での生活など、最新のコミュニティ論としても読むことができます。上から目線で「こうすべし!」というタイプの本でもありませんので、「こういう生き方もあるのか」と気楽に自分に合うところだけ参考にしつつ読むと、集団生活に行き詰まったときの、オルタナティブな視点が得られると思います。「居場所があれば生きていける」という割り切りは(万人が割り切れるかは別にして)、ある種の真理だと思いました。

56 タイトルから過度に危機感を煽るセンセーショナルな内容かと思っていましたが、緻密な検証と論理に基づいた地に足のついた素晴らしい本でした。バラ色でも過度に悲観的でもない、AIがもたらす未来について考える上で適切な材料を与えてくれます。AIが東大合格を目指す「東ロボくん」プロジェクトの成功と失敗の経験から、AIが何が得意で何が不得意かを現場から学び、そこからAIに代替され得ない人間の能力を導き出し、その一つであるこどもたちの読解力の低下を調査から証明し警鐘を鳴らす、という展開がとてもスリリングです。筆者がおっしゃる通り、AIに代替され得ない能力をどうやって習得していくか、について仮説で留まっている点は、今後の成果が待たれますが、それでも、AIについて書かれた本で最も優れたものの一つだと思います。個人的には、数学が事象を説明する手段として獲得できたのは、論理、確率、統計という3つの言葉だけで、現在のAIは論理をある程度捨て、確率と統計で精度を向上させているという説明は、AIの脅威と限界を理解する上でとても参考になりました。


■CD
7 Western Stars/Bruce Springsteen

 ブルース・スプリングスティーンの5年ぶりの新作です。聴き手に寄り添うようなとても優しい作品です。私の中で最近彼の再評価が高まっていて、デビュー当初から現在に至るまでの作品を繰り返し聴いています。おこがましいですが、「Born in the U.S.A.」を初めて聴いた中学生時代から一緒に歳を取ってきた、同志のような感慨に浸っています。スケール感の大きい、オーケストラをフィーチャーしたアレンジという新機軸もが印象的です。「The Rising 」で見事な復活を遂げたときと同じような高揚感を感じる、素晴らしい作品です。


■映画 
55 早春/監督 小津 安二郎
56 いぬやしき/監督 佐藤 信介
57 パッセンジャーズ/監督 ロドリゴ・ガルシア
58 ハウス・ジャック・ビルト/監督 ラース・フォン・トリアー

55 久しぶりに小津安二郎監督の作品を観ました。自分がどこまで組織を駆け上がれるかの限界が見えてからの、諦めやマンネリ感、そしてジェネラリストとしての専門性のなさに対する焦燥感など、現在でも通用するサラリーマンの悲哀が的確に描写されています。小津監督の普遍的なものを抽出する眼力に、まず驚かされました。そこに、自席で平気でタバコを吸ったり、公園でのんびりと過ごしたりする昼休みのシーンや、戦争の爪痕が残る状況設定など、現代社会との距離感も感じられとても興味深いです。特に大きな事件は発生しないものの、登場人物の生々しい存在感と、良質な静物画のような深みのある映像で、観ていて全く飽きません。時間に風化しない作品とはこういう作品なのだと思います。

56 ふとしたことから特殊能力を獲得した正義の冴えない初老男性と、悪のイケメン高校生が戦うという設定は、新しくて期待感がありました。迫力のある映像シーンもよかったと思います。ただ、原作漫画映画化作品にありがちなことですが、原作に忠実な部分とオリジナルな部分、そして捨てる部分と残す部分のバランスが悪い気がします。二人が特殊能力を獲得した理由や、高校生がダークサイドに落ちた背景が説明不足なので、最後まで登場人物に共感できませんでした。ところどころに心を動かされるエピソードがあるだけに、やはりバランスの悪さが残念でした。

57 結末はかなり残念ですが、そこに至るまでの展開はミステリアスかつスタイリッシュで、上映時間も適切な長さなので、最後まで飽きずに観ることができました。ネタバレするので、はっきりとは申しませんが、この結末が受け入れられるかどうかで評価がかなり分かれると思います。主演のアン・ハサウェイはかなり魅力的に描かれているので、彼女のファンにはお勧めできる作品です。

58 「カンヌで100人以上が途中退席した」という前評判から、観たら絶対嫌な気分になるとわかっていたのですが、その不思議な魅力に抗うことができず観に行きました。主演のマット・ディロンと最初の被害者のユマ・サーマンとのシュールな絡みの序盤は何とか乗り切れたのですが、中盤からのあまりの悪趣味な残虐性に私も逃げ出したい気分になりました。しかし、最後には悪意が過剰過ぎて一周まわってコミカルにすら感じました。身も蓋もないエンディングも含めて、構造としては、前作「ニンフォマニアック」や前々作「メランコリア」と全く同じです。悪意やこだわりの過剰さがスリラーからコメディに転嫁するという作風を完全に確立したと思います。「奇跡の海」や「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の心優しさはどこに行ったんでしょうね。最近のエネルギーが迸りまくる過剰さと人間なんて所詮こんなもんだという諦念が漂う作風も好きですが、そこに僅かでもポジティブな余韻の残る作品も観てみたい気がします。
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なぜ若手社員は「指示待ち」を選ぶのか?

2019-06-15 14:54:37 | Weblog
■本
52 地方自治講義/今井 照
53 なぜ若手社員は「指示待ち」を選ぶのか?/豊田 義博
54 憎悪のパレード 池袋ウエストゲートパークXI/石田 衣良

52 タイトル通り地方自治について、網羅的に学べる本です。地方に身近な課題は、国からでの押しつけではなく、当事者意識の高い地域の人たち自らが知恵を絞って考え、行動した方がうまくいくという、シンプルな論理に説得力があります。また、地方自治体が本来国がすべき事業の下請けのような状態になっていることや、地方の少子高齢化が東京一極集中とは別の理由(晩婚化と未婚化)であることを知ることができます。自治体の合併により現場を知る職員が減少し、地域のニーズに細やかに対応できなくなった東日本大震災の復興の事例などを読むと、結局は国任せせず、自分たちも声を上げたりきちんと選挙で投票したりすることが大切なのだと改めて思いました。

53 私も最近の若手社員は、社会課題に関心があり、真面目でプレゼンテーション能力や企画力も高く、とても優秀だと思っているのですが、にもかかわらず、職場でさほど楽しそうでない様子の人が少なからず存在することが気になっていたので読みました。情報化の進展によりナレッジ共有が効率化され、生の一次情報に接する機会や独自の試行錯誤の経験が減少したことが、自分独自の仕事の型を磨く機会を奪い成長実感を阻害している要因である、という指摘は若手社員だけでなく、全ての社員に当てはまる鋭い問題提起だと思いました。「キャラづくり」が巧み過ぎるなど、若手社員側だけの問題ではなく、世の中の変化に対応しきれていない会社側の問題も指摘している点もバランスが取れています。その上で、若手社員の成長に責任を持つマネージャー側の処方箋と、若手社員側の処方箋を具体的に示されている点も参考になります。職場での成長を実感できていない、全ての人にお勧めできる本です。

54 もはや事件の解決手段が、過去に用いた数パターンの焼き直しとなっている印象がありますが、なぜかたまに読みたくなります。同じような展開ですが、キャラクター設定とその時々で課題になっている時事問題との絡め方が見事で、サクサクと楽しく読めてしまいます。今回も、脱法ドラッグ、ギャンブル依存症、シェアオフィス、ヘイトスピーチ、などの当時の旬の素材を見事に料理されています。


■映画 
53 美女と野獣/監督 ビル・コンドン
54 WE ARE LITTLE ZOMBIES/監督 長久 允

53 一昨年に日本で大ヒットした記憶があったので観ました。エマ・ワトソンは、ハリウッドのヒロイン像の型にはまらない、自由で強い女性を好演していましたし、家具にされた家来のCGのクオリティも見事でした。悪役の子分の小太り男性も魅力的ですし、音楽はもちろん素晴らしいです。ただ、王子やその家来が魔女にそこまで酷いことをしたのか、というそもそもの設定が、個人的には受け入れられないので、アニメーション映画を観たときと同様に、この作品にはあまり感情移入できませんでした(浦島太郎の話が嫌いな人と同じ反応だと思います。野獣にされた王子のキャラクターも、内面の葛藤の描き方が浅い気がしますし、ストーリー的にはアニメ版を超えてはいないと感じました。もちろん、ディズニー映画らしい安定感は抜群ですが、私との相性はあまりよくなかったです。

54 こちらも観る側との相性に左右されそうな作品です。先の展開が読めない(むしろ、観客の予想を裏切ろうと意図しているようにも感じました)ストーリー展開は最後まで退屈しませんし、主演の中学生4名もとても魅力的に描かれています。両親を同時に亡くした、4人の少年少女が葬儀場で偶然出会い、バンドを結成するという設定も非常にユニークですし、レトロゲームやその音楽の使い方も含めて、細部にまでアイデアが満載です。劇中の音楽も癖になる魅力があります。これまでにない作品を創ろうという野心には、非常に共感しました。ソーシャルメディアでの加害者側への非寛容な断罪など、社会への問題提起も効果的になされています。評価は分かれると思いますが、後味もそう悪くなくポジティブな余韻も残ります。このように個人的には好きな要素が満載なのですが、全体を通してなぜか手放しで評価できないもどかしさが残りました。まだ、うまく言語化できないのですが、西原理恵子さんの「ぼくんち」では感じることのできた、救いのない社会を毒たっぷりに描いている中にかすかに含まれる、「抒情性」のようなものが欠けていたのかも、と思いました。もしくは、ラース・フォン・トリアー作品にあるような、救いのない社会を過剰に描いて笑い飛ばすようなパワーに欠けていたのかもしれません。でも、この監督は才気が迸りまくっていると思います。次回作も観たいと思います。

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「その日暮らし」の人類学

2019-06-08 10:18:15 | Weblog
■本
50 「その日暮らし」の人類学/小川 さやか
51 美女のたしなみ/大久保 佳代子

50 「その日暮らし」というと、日々の食べ物に困っている人々か、後先考えずに日々刹那的な快楽を求めて過ごしている人々をイメージしてしまいますが、そういう側面もありつつも、むしろ、その時々の偶然のチャンスや出会いに躊躇なく飛び込む方が結果的に生存戦略上有利に働く、タンザニアなど、東アフリカの人々について文化人類学者としての視点から書かれた本です。その背景としては、発展途上の社会では、それぞれが先人の成功や失敗を参考にしながら職業を変える方が社会全体の活力が維持されるという面と、知人間の助け合いにより、そのチャレンジが失敗したときにも最低限支えられるセーフティネットが存在している面(と言っても生死のギリギリをさまようこともあるでしょうが)があります。日本では、社会主義国ほどではないにしろ、国や財界主導で方針が決まることが多いですが、本書で取り上げられている人々は、国家の統制機能が弱いという面もあると思いますが、現実に対応する中でとりあえずやってみて得られた知見に基づくボトムアップで、社会がダイナミックに変化していく姿が描かれていて興味深いです。それぞれに一長一短があり、置かれている社会の発展段階による制約もあると思いますが、こういう考え方もあると知っておくだけでも、日々の生活で行き詰まったときの救いになると思います。丁寧な取材研究に基づき、いろんな気づきを与えてくれる良い本です。

51 今や大ブレイクした女性芸人、オアシズ大久保さんのエッセイです。お得意の女性の性欲を赤裸々に描く内容だけでなく、仕事をしながら「めちゃイケ」などのテレビ番組に出演されていたときのエピソードなども収録されていて興味深く読みました。南海キャンディーズの山里さんと蒼井優さんのご結婚が話題になっていますが、男芸人は「売れる」=「モテる」だが、女芸人は「売れる」=「モテない」なので、女芸人がハイスペック男子と結婚できるようなことはまず起こり得ないなど、女芸人を取り巻く厳しい構造を冷静に分析する視点も鋭いです。仕事場での主導権争いやプライベートとの距離の取り方など、長期間二足の草鞋を履いてきた、大久保さんならではの「働く」ということの捉え方も印象に残ります。シリアスな要素もありますが、下ネタや女芸人の裏話も満載で、とても面白い本です。


■映画 
52 亡国のイージス/監督 阪本 順治

 イージス艦を乗っ取ったテロリストに、偶然巻き込まれた乗員が立ち向かうという、「ダイハード」のようなスケールの大きいサスペンス作品を日本映画でやろうという野心的な作品です。「どついたるねん」の阪本順治監督がどう料理するのか、結構楽しみでした。主演の真田広之さんを筆頭に日本を代表する役者さんが、多数出演されていて豪華です。イージス艦を舞台にした戦闘シーンもかなりの迫力で、ハリウッド作品と比較して予算が限られている中、かなり健闘していると思います。ただ、内容の方は、ストーリー要素を詰め込み過ぎて、かなり不親切なつくりとなっています。原作に忠実にしようという思いが強すぎたのかもしれませんが、説明不足な展開や登場人物の行動(例えば、海中で殺しあう男女が突然キスをしだしたシーンは、相手の酸素を奪う高度な作戦か、はたまた、極度の緊張のために性欲が高まったのか、など、いろいろと考えてしまいました)が多く、観ていてかなり混乱しました。テロリストに協力した人々の動機の掘り下げも甘く、登場人物にあまり共感できなかった点も残念です。政治的なスタンスの押しつけがましさがなく、エンターテイメントに徹しようとしている点は評価できますし、原作小説の評価が高いので難しい面もあったと思いますが、もう少し削る勇気があってもよかったのではと感じました。

 
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本当の翻訳の話をしよう

2019-06-01 09:36:57 | Weblog
■本
47 本当の翻訳の話をしよう/村上 春樹、 柴田 元幸
48 祐介・字慰 (文春文庫)/尾崎 世界観
49 株式会社の終焉/水野 和夫

47 村上春樹さんとその翻訳時のパートナーでもある柴田元幸さんによる対談集です。好きな小説を翻訳をすることにお二人が心の底から楽しんでおられることが伺えて微笑ましいです。オタク的と言ってもよいくらいの米国文学に関するマニアックな会話の連続に、ついていくのに少し苦労しますが、結局自分の好きなことに没頭して取り組むのが、能力を向上させる上で最良の策であるという、読書をしていて最近よく感じる結論に至りました。英文の同じ文章をお二人がそれぞれ訳して比べ合う箇所があり、右脳的に訳す村上さんと左脳的に訳す柴田さんという、それぞれの違いも垣間見れて興味深いです。柴田さんによる日本の翻訳の歴史についての講義も収録されていて、勉強になります。米国小説は、村上春樹さんが翻訳されたもの以外では、ジョン・アーヴィングやポール・オースターといった限られた作者のものしか読んでいないので、これを機に、もう少し幅広い作家の作品も読んでみたくなりました。

48 少し前に放送されたアメトークの読書大好き芸人で、「祐介」という作品を又吉直樹さんが絶賛していたのでずっと読みたかった本です。ここ数年のクリープハイプのブレイクで尾崎世界観さんを取り巻く環境も随分変わったと思いますが、売れないロックバンドの閉塞感たっぷりのやさぐれ感が、独特の語彙とむき出しの感情表現で抜群のリアリティで描かれています。テーマの選び方や語彙と感情表現の方向性としては、又吉さんの「火花」に通じるものがあり、又吉さんが絶賛されていたのも納得です。個人的には、前半のリアリティさに引き込まれていたので、後半の幻想的な展開は、その才気には圧倒されるものの、少しついていけませんでした。クリープハイプの楽曲は、尖った感性はそのままに、どんどんリスナーに開かれた世界観が提示されてきている印象を持っているので、今後もし作家活動を続けられるのであれば、小説ではどういう方向に進化されていくのか興味深くもあります。

49 ベストセラー「資本主義の終焉と歴史の危機」に非常に感銘を受け、その読了直後に買いずっとそのままにしていた本です。「資本主義の終焉と~」と同様に、歴史的な経緯を振り返りながら、本作では株式会社の限界について語られています。資本主義が限界な以上、当然株式会社も限界となる結論が見え見えな点と、水野さんご自身があとがきで述べられている通り、明確な解決策が提示されていない点で読者を選ぶかもしれませんが、近代資本主義の「より速く、より遠く、より合理的に」を見直して、株式会社も「よりゆっくり、より近く、より寛容に」立ち返るべき、という主張には耳を傾けるべきものがあると思います。分かち合うパイが縮むなかで、どこまで我々が寛容になれるかは、疑問な点もありますが、共感意識を高めるという意味では「より近く」がキーになってくるかもしれません。しかし、最近の自国至上主義や排外主義の弊害を見ていると、どのように我々が遠い人たちにも寛容さを持つことができるかについての、より深い議論が必要だとも思いました。


■映画 
51 マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙/監督 フィリダ・ロイド

 アカデミー主演女優賞を取っただけあって、確かにメリル・ストリープ演じるサッチャー元首相は迫力と説得力が抜群です。若き日のサッチャーを演じた女優さんも、野暮ったくも強い意志を持った女性を好演していましたし、夫を演じたジム・ブロードベントも素晴らしい安定感でした。新自由主義者として語られることの多いサッチャーの、フォークランド紛争での強気の姿勢やIRAによるテロに悩まされていた側面も知ることができて勉強になりました。妥協を許さない鉄の女である一方で、至らぬ母親や妻であることの葛藤を描いている点は、若干ありきたりではありますが、彼女を複合的に捉える上では悪くなかったと思います。しかし、晩年の彼女の認知症を前面に出し、死んだ夫との会話を随所に挟み込みつつ回想シーンへと至るストーリー展開には疑問を感じます。誰もがなり得る認知症を過度に悲劇的に捉えているだけですし、何より、リアリティが大事な回想シーンが幻想的にすら感じられました。人間の記憶の不正確さに対する問題提起をしたかったのかもしれませんが、ある種の業績を残した人物に対する敬意が(もちろん、間違った過去の選択を批判的に描くことは否定しませんが)若干欠けていた気がします。
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