本、CD、映画日記

目標は年間読書100冊。その記録と目標管理をかねたブログです。

サイバージャーナリズム論

2008-06-15 08:45:28 | Weblog
■本
44 愛しの座敷わらし/荻原 浩
45 サイバージャーナリズム論/歌川 令三 他

44 少しバランスを崩していた家族が、父親の地方転勤と「座敷わらし」との出会いをきっかけに、それぞれが活力を取り戻していくお話です。おばあちゃん、父親、母親、長女、長男と巧みに語り手を変えながら、それぞれの葛藤とその克服の過程が描かれています。「座敷わらし」の由来や「いじめ問題」などヘビーなテーマを重くなりすぎない程度に盛り込んでいるウエルメイドな作品です。父親のキャラクターが誇張されすぎていて、ちょっと鼻につくところを除けば概ね楽しめる作品でした。

45 「サイバージャーナリズム論」と大風呂敷を広げたタイトルですが、目新しい視点はあまりなく、Web2.0ブーム前後に語られた論点をあらためて整理しているにすぎないという印象です。共著本の宿命か論点も散漫ですし、今後のジャーナリズム像についても、そのイメージが筆者間でまちまちです。提示されている論点は比較的漏れがないので、自分でこの話題について考えるための参考資料として読むのがよいのかもしれません。個人的には、誰もが情報発信手段を手にした故の問題が今後顕在化してくると思います。例えば、今回の秋葉原の通り魔事件で、重症を負った人を助けることなく、携帯で写真や動画を撮影して顰蹙を買った人が多数いたという話を聞きましたが、何か事件があった際に、実際に行動することなく傍観者に徹する人に大義名分を与えてしまった感じがあります。「事実をありのままに記録する」という大義名分により、実際に助けを求めている人に手を差し伸べる人がその場にいない、というようなことが現実に起こりうるのではないか、という印象を東北の地震報道などを見て少し思いました。確かに「事実を伝える」ということは大切ですが、現実に手を差し伸べれば救える命を、見殺しにしてまで伝える価値のある情報はない気もします。災害現場の取材では、被災者に対するボランティア活動をしながら取材をするなど、単なる傍観者ではなく、事象にコミットする必要もジャーナリストには求められるようになるのかもしれません。
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3 コメント

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ご拝読たまわり…。 (スポンタ中村)
2008-06-16 11:10:41
ご拝読ありがとうございます。また、今回の事件にも言及していただき興味深かったです。

日本の言論の場の問題は、個人が発信しているにも
関わらず、それが放置されていることです。「これから殺す」とネットに書き込んでも、誰も相手にしてくれない。そういうシステムがネットにあるのです。

この原因は、既存のメディアの人達が、ネットに敵愾心を燃やして、ネット上の言論が、世論の集束メディアとして成立しないよう暗黙の抵抗を実行しているからです。

私は、あの本でそのことを指摘しようとしましたが、人間力学的な問題で実現できませんでした。

ありがとうございました。
返信する
コメントありがとうございました (管理人)
2008-06-22 08:34:59
ブログも拝見しました。

これからも定期的に拝見いたします。
返信する
ありがとうございました。 (スポンタ中村)
2008-06-24 21:30:41
コメントありがとうございました。

ブログを訪れてくれたようで、うれしいです。

返信する

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