本、CD、映画日記

目標は年間読書100冊。その記録と目標管理をかねたブログです。

世界は経営でできている

2024-04-28 06:11:26 | Weblog
■本
37 世界は経営でできている/岩尾 俊兵
38 ポジティブ・シフト/キャサリン・A・サンダーソン

37 基本的には昔流行った「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」のように、ドラッカーの教えをエッセイ形式でわかりやすく教えてくれる本だと思いますが、シニカルな文体も含めて私好みの内容で、多くの気づきが得られた素晴らしい本です。強くお勧めします。経営の「価値創造」(自分だけでなく関係者全体が得をする)の側面を強調し、その目的よりも手段を重んじることにより生じる、日常の様々な局面(家庭、恋愛、就活、職場などなど)での滑稽さを皮肉りつつも、その問題を克服し、それこそ価値創造を行うためのポジティブな示唆を与えてくれます。個人的には、「人間の労力や時間のほとんどは ~ 無意味な『作業』ないし『運動』で費やされている」と喝破されている点が痛快でした。企業としての「顧客」を見誤り、価値創造を阻害するような無駄なルールや手続きに私も日々憤りを感じているので、この種の訴えは職場でも続けていきたいと思いました(なかなか難しいことですが)。結局は価値を生み出すために、何が重要なのかを問い続けることが大切なのだと思います。ふんわりとした「空気」や一時の感情に流されないようにしたいとも思いました。縮みゆく日本で、価値を有限なものと捉えたパイの奪い合いよりも、無限の価値創造に注力すべし、という熱いメッセージにも刺激を受けました。

38 引き続き「ポジティブ心理学」の本を。先週読んだ「ポジティブ心理学の挑戦」よりもはるかにわかりやすく、目標を設定する、良質な人間関係を構築する、感謝をする、他人と比較しない、自然に親しむ、運動をする、十分に睡眠をとる、他人に親切にする、物よりも経験に価値を置く、など幸せで健康的な人生を送るために必要なマインドセットや習慣を、科学的な裏付け(眉唾なものもありますが)を元に教えてくれます。この種の本にありがちな押しつけがましさや自慢話が少ない点も好感が持てました。こうやれば幸福や健康になれるとわかっていても、そうできないのが人間の性ですが、筆者も述べているように「自分に合った具体的な実践法を追求」するのが良いと思います。知っていて損はない知識が学べる、良い本だと思います。


■映画 
38 舞妓はレディ/監督 周防 正行

 日本のミュージカル映画はどうしても違和感(現実と非現実の切り替えが私はうまくできません)があるのと、周防監督はオリジナリティのある優れた監督だとは思いますが、私の感覚と少し合わないので、可もなく不可もなくといった印象の作品です。それでも、芸舞妓さんの文化をわかりやすく伝えつつ、その優れた技術の背後にある努力が丁寧に描かれている点は評価できると思います。お茶屋は一種のテーマパークなのだと思いました。洗練されたおもてなしの個別カスタマイズの必要性から、「一見さんお断り」にして、あえて敷居を高くしていることや、非日常空間の演出のために京ことば用いているという説明は説得力が高かったです。上白石萌音さんの初々しい演技は素晴らしいですし、脇を固める豪華俳優陣の安定感も抜群です。これといった欠点が見つからないのに、この作品をそれほど好きにはなれないのは、大阪人である私が京文化に今ひとつ好感が持てないのと同様に、周防監督の芸風に過度の「意識の高さ」を感じるためなのかもしれません。そういう意味では、私がお茶屋遊びに魅力を感じないように、この作品を楽しめるレベルにまで成熟していないだけなのかもしれません。
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ある男

2024-04-21 07:09:37 | Weblog
■本
35 未来の地図帳/河合 雅司
36 ポジティブ心理学の挑戦/マーティン・セリグマン

35 ベストセラーとなった新書「未来の年表」シリーズの3作目です。本作は約20年後の2045年に、各都道府県や市町村の人口がどのように変化していくかの予測数値を提示しながら、少子高齢化が進む日本の課題とその処方箋を解説してくれる本です。「これでもか」というくらい具体的に、ほとんどの自治体で人口がいかに激減するかを繰り返し説明してくれるので、日本の将来に対する危機意識が嫌でも高まります。大都市圏との高速交通網が整備されると、地方から大都市圏への人口の大移動が生じ、かえって地方が衰退していく「ストロー化現象」の影響の大きさの理解も深まりました。この春に福井まで北陸新幹線が延伸されましたが、東京へのアクセスが便利になる一方で大阪へのアクセスが不便になったので、その影響も心配になってきました。東京圏と福岡以外は今後人口の激減が見込まれるということなので、私の住む大阪でも対策が必要なこともよくわかりました。逆に人口がある程度維持される東京圏でも高齢者人口の増加により、介護施設や職員が不足し、大きな社会問題となるということなので、日本全体でそれぞれの課題に向き合う必要があるのだと思います。縮みゆく日本では、一定の生活水準を維持するためには、筆者のおっしゃる「エリアマネジメント」に基づく、ある程度の選択と集中が今後不可欠になると私も考えていますが、居住空白地が拡大することによる国防や獣害の問題も合わせて考え行く必要があるとも感じました。筆者は移民の拡大については比較的否定的ですが、私は急激な拡大は社会的な摩擦が大きくなるので反対ですが、こちらも適切なマネジメントにより、関係人口も含め徐々に拡大共存を目指すことが現実的だと思いました。

36 「ポジティブ心理学」に言及される本を読む機会が増えたのと、私は根っからのネガティブ人間なので、敵の手口を知るという意味で読みました。さすが、「ポジティブ」なだけあって、筆者の冗長な自慢話や個人的エピソードが多く、なかなか読むのがしんどい本でした。科学的なエビデンスも紹介されているのですが、それよりも筆者の経験による主張が多く、この種の心理学本にありがちな、胡散臭さが残ってしまいます。一方で、詳細すぎるアンケートの例示など、どういう側面から「ポジティブ心理学」という学問を捉え、計量していこうとしているのかの理解は深まりました。また、「幸福」よりも「ウェルビーイング」に価値を置き、その要素として「ポジティブ感情」だけでなく「エンゲージメント」「意味・意義」「達成」「関係性」を置いている点は同意できる点が多かったです。おそらくポジティブ過ぎる筆者(本人はそうではないとおっしゃっていますが、その自己肯定感に溢れる文体を見れば明らかです)と私はお友達にはなれないと思いますが、「幸せがウェルビーイングにとって最も重要であり、最高の指標であるとする考え方には私は反対である」という主張には共感しています。人生の意味は「幸福」の追求以上(もしくは以下)の、個人の移ろいゆく価値観に基づく複合的な要素で構成されるものだと思います。


■映画 
36 ある男/監督 石川 慶
37 名探偵コナン 黒鉄の魚影/監督 立川 譲

36 平野啓一郎さんの原作小説を映画化した、昨年の日本アカデミー賞で作品賞を含む8部門を受賞した作品です。妻夫木聡さん、安藤サクラさん、窪田正孝さん、柄本明さんといった日本を代表する俳優の演技合戦が、まず見物です。出番の少ない役にも主役クラスの役者さんが目白押しで、短い時間ながらもそれぞれに見せ場を作っている点も巧みです。逆に個々のシーンの絵が強いために、全体としての流れが若干悪く、ダイジェスト映像を観ているかの印象を少し持ちました。出自による差別や、現代社会の「生きにくさ」など、深いテーマを扱っているにもかかわらず、そこまで大きく感動しなかったのが自分でも不思議です。感情に訴えかけられるというよりも、技術の高さに感心する側面の方が強かったのかもしれません。この種のテーマの作品にありがちな「あざとさ」も感じなかったのですが、不思議と頭はクールなままでした。と言っても、日本映画としてはトップレベルの作品だと思います。

37 現在公開中の最新作が大ヒットしている、名探偵コナン劇場版の一つ前の作品です。冒頭に悪役も含めて登場人物を手際よく説明してくれるので、私のように劇場版しか観ない人でもすんなりと作品世界に入っていけます。劇場版コナンは推理ものというよりもアクション映画だと私は思っているのですが、本作も陸海空(特に海中)それぞれでのアクションシーンが迫力満点です。美しい映像で舞台となっている八丈島に行きたくなりました。スピッツによる主題歌も作品によく合っています。推理が強引なのと、国家を上回る力を持っているにもかかわらず、スパイに入り込まれまくっている悪の組織の脇の甘さに突っ込みたくなりましたが、そのユルさも含めて老若男女を問わず楽しめる優れたエンターテイメント作品だと思います。劇場版オリジナルの登場人物も含め、キャラの立ち方も秀逸です。ドラえもんの劇場版(「STAND BY ME」の方ではございません)もそうですが、アニメの劇場版作品のクオリティが、近年とても上がっていることを実感します。
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オッペンハイマー

2024-04-14 05:50:36 | Weblog
■本
32 婚礼、葬礼、その他/津村 記久子
33 だからあれほど言ったのに/内田 樹
34 新版 ランチェスター戦略 「弱者逆転」の法則/福永 雅文

32 生きにくい世の中での生きる意味を、自然体で問い続ける津村記久子さんは今最も読まれるべき作家のひとりだと思っています。今年の本屋大賞で「水車小屋のネネ」が2位になったことは個人的にもとても喜ばしい出来事でした。本作は2008年に出版された短編集です。表題作の方は、津村さんらしい、会社(本作はそれに加えて社会)の理不尽なルールや慣習に翻弄される主人公が描かれた作品です。バイタリティーは低めながらも生真面目で心優しい主人公が、続けて参列した結婚式と葬式でのさまざまなハプニングに悪態をつきながらも誠実に対応していく一日が描かれています。私個人も父親の葬式の日は、いろいろな問題や感情が噴出して、人生最悪の日の一つだったので、他人の葬式とはいえ、式中に過去のいろいろな思い出に心中がかき乱される主人公にとても共感しました。その混乱の一日に、ささやかなご褒美を与えて締めくくる津村さんの優しさに温かい気持ちになりました。もう一つの短編は、とある町の十字路での自転車通学高校生の衝突事故を描いた作品です。様々な登場人物の視点からの描写により、事件の真相や登場人物間の関係が徐々に明らかにされる、津村さんの作品にしては珍しい緊迫感のある作品です。筆者お得意の、学校の先生、スーパーのパートタイマー、普通のOLといった現場労働者の描写が冴えわたっていますが、もう一つの得意分野のスクールカースト中位層の小学生、高校生の描写も見事です。結局みんな、それぞれの場所で戦っているのだという思いに至り、切ない気持ちになりました。どちらの作品も、それぞれの「生きにくさ」に寄り添う姿勢に救われます。

33 内田樹さんが、近年に様々なメディアで発表された文章を集めた本です。いつもの内田さん節ですが、ウクライナやイスラエルなど最近の社会問題に対する考察もされていて、その独特の観点からの分析や予測は参考になりました。少子化問題や教育についての文章がたくさん収録されている点が特徴的で、近年の内田さんの問題意識が垣間見られて興味深かったです。個人的には子育てにおいて「子どもを愛すること」と「子どもを傷つけないこと」では後者を優先すべきと仰っている点が印象に残りました。私自身子どもを「愛してきた」という自信はありますが、「傷つけずに育てられたか」という点については、かなり自信がありません。これまでの子育てについて反省させられる点が多かったです。今流行りの「心理的安全性」にも通じる話だと理解しました。

34 最近読んだ本のどこかに「ランチェスター戦略」について書かれていたのと、「弱者逆転」の話は大好物なので読みました。基本的には、弱者は差別化集中戦略、強者は自社よりすぐ下の序列の会社の模倣戦略を取るべし、という教えだと理解しました。自社が優位な勝てる領域が見つかるまで、場所、商品・サービス、価格、販路などの差別化を徹底的にはかり、見つかった場合はそこに集中して対応することの大切さも繰り返し強調されています。その教え自体に目新しい気づきはあまりないのですが、筆者自身がまさしく差別化要因として用いている史実も交えながら、成功事例をふんだんに盛り込むことにより、読み物としての魅力が増しています。また、強者弱者の判定基準となる、差別化した領域ごとのシェア分析の緻密さも説得力があり、この本の信頼性を高めています。ポジショントークの色合いも強いですが、それで片付けるにはもったいない、行動を変えるための知見に満ちた本だと思います。


■映画 
33 オッペンハイマー/監督 クリストファー・ノーラン
34 カリートの道/監督 ブライアン・デ・パルマ
35 奇跡のシンフォニー/監督 カーステン・シェリダン

33 今年のアカデミー賞で、13部門でノミネートされ、作品賞、監督賞、主演男優賞を含む7部門で受賞した傑作です。クリストファー・ノーラン監督が大好きなので、日本公開を心待ちにしていました。日本では広島と長崎での惨状が描かれていないことの是非が議論されていましたが、私は被爆地の描写はあってもよかったと思いますが、その描写がなかったことにより、この作品の価値が損なわれることはないと思いました(被爆地の描写に価値がないという意味ではありません)。オッペンハイマーやクリストファー・ノーラン監督(そして、アメリカ国民)と日本人との間に、原爆に対する認識に乖離があるという事実をあぶり出したという点では、見せかけの共感を示されるよりは意味のあることだと思いますし、そのような問題の可視化や感情のゆさぶりも、映画も含む芸術が存在する意味だと思います。作品自体はさすがに3時間は長く、特に序盤は少ししんどかったですが、人類を滅亡しかねない武器を開発した人間の苦悩と、その彼を取り巻く醜い政治的抗争という、一見エンターテイメント要素に乏しいテーマで、ここまで観客を没入させ、さらに、興行的にも評価的にも大成功を収めたという事実にただただ感嘆します。特に中盤のプロジェクトX的な、難事業を卓抜したリーダーシップで成功(といったん言っておきます)に導く姿を描いたところや、終盤の緊迫感のある討論シーンの展開は圧巻でした。基本的には天才がその卓抜した能力が故に(そして、いささか性的にだらしなかったために)苦悩する姿を描いた作品だと思うのですが、その苦悩を圧倒的な情報量(特に音の使い方が過剰なまでに巧みです)で描くことにより、類似作品を凌駕しています。主演のキリアン・マーフィーだけでなく、ロバート・ダウニー・Jr.、マット・デイモンといった主演級の俳優も脇に回って好演されていましたが、個人的には妻役のエミリー・ブラントによる、悪妻と紙一重の芯と情の強い女性を表現した演技が印象的でした。繰り返しになりますが、この人物とテーマでエンターテイメント作品として成立させていることは、この監督以外にはできない偉業だと思います。


34 アル・パチーノが5年の刑期を終え出所した元麻薬王を演じた、1993年公開作品です。5年の間に仁義が通じなくなったアウトロー社会で翻弄される主人公の姿が、高倉健さん主演のやくざ映画と重なります。自分なりの筋を通そうとするあまり悲劇に巻き込まれる主人公に、共感し通しでした。日本人はかなり好きなタイプの作品だと思います。アル・パチーノはこういった犯罪者役を演じると実に見事です。正邪が入り混じる複雑な人物を魅力的に演じています。主人公の友人である悪徳弁護士役のショーン・ペンも、彼が得意なハイテンションで神経症的な人物を好演しています。ブライアン・デ・パルマ監督も、アクション映画とは真逆の全くスタイリッシュではない生々しい暴力シーンを、これまた、らしさ全開で描いています。監督、俳優とも自分の特徴を前面に出している素晴らしい作品です。三人とも作品による当たり外れが激しいですが、この作品は当たりです。


35 音楽の才能に恵まれた孤児がその才能に導かれて、実の両親と再開する過程を描いた2007年公開の作品です。劇中で流れる音楽はロックもクラシックも前衛音楽もどれも聴きやすく、各登場人物の才能の豊かさをわかりやすく説明するのに効果的でした。ストーリーは、オカルティックでご都合主義過ぎると思いました。母親の父のクズ人間ぶりも、常軌を逸しています。一種のファンタジーと割り切って観るともっと楽しめたのかもしれませんが、偶然の出会いや気づきが多用されているのと、主人公の才能の進化が速すぎる点に、頭の中だけで考えた作り物臭さをどうしても感じてしまいました。予定調和のクライマックスを引っ張り過ぎずに一気にエンドロールへと流れる展開はよかったです。
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1秒先の彼女

2024-04-07 06:46:40 | Weblog
■本
29 家族が「うつ」になって、不安なときに読む本/下園壮太 、 前田理香
30 #Z世代的価値観/竹田 ダニエル
31 D2C THE MODEL/花岡宏明、 飯尾元

29 タイトル通り「うつ」になった本人よりも、その家族に向けて書かれた本です。そのため、当事者ではない人に、「うつがいかに辛いか」や「どのようなサポートが適切か」について詳しく説明されています。うつを「心の骨折」に例えられている点(なので、誰でもなり得るし、適切な休息やリハビリが必要)は、巧みだと思いました。一方で、私はうつの遺伝が与える影響は無視できないレベルにあると思っていますので、遺伝を過度に軽視することには疑問を感じています(「遺伝で骨折」することはないと思いますが、骨折しやすい性格が遺伝することは十分に考えられます)。サポートする側の心構えとしては、長期戦を覚悟し、自分も共倒れしないように外部の力も借りながら、見守る(我慢するではない)ことが重要、というのがこの本のメインメッセージであると私は理解しました。特に目新しい知見は得られませんでしたが、巧みなレトリックなど、支援する側の人をサポートする上で、有意義な「ことば」が得られる本だと思います。

30 前作の「世界と私のAtоZ」が素晴らしかったので読みました。本作でもマーケティング視点ではなく、我々アラフィフ世代も知っておくべき、メンタルヘルスや多様性、そして、地球の持続可能性に重きを置く、アメリカの(政治的な発言を積極的に行うなど、必ずしも日本の状況とは完全に一致しない)Z世代的価値観について教えてくれる本です。ソーシャルメディアやそこで活躍するインフルエンサーの影響力がよくも悪くも非常に大きく、かつ、その影響力もトレンドの変化によりすごいスピードで増減するので、自分の価値観を見つけるのが大変そうです。その変化の激しさがこの世代の柔軟性を生んでいるとも言えますし、混乱の原因であるとも言えると思いました。それでも、いかにこの生きにくい世界でサバイブしていくかを真剣に考えている姿勢や、社会をより良いものに変えていこうという意志には共感します。「おわりに」で述べられている、この世代はニヒリズムと社会変革の活力が絶望の中で混在している、という分析の説得力は高いと思います。「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」がアメリカのZ世代にいかに大きな影響を与えたかについて、熱く語られた文章が特に印象に残りました。私はこの映画をマルチバース設定の妙や親子関係をテーマにしている点に目を奪われてしまいましたが、アジア系移民家族やクィアといった「マイノリティの体験」に焦点を当てているという指摘から、いろいろな気づきが得られました。竹田ダニエルさんの公正な視点とわかりやすい文章が印象的な素晴らしい本です。

31 D2C (Direct to Consumer)という、メーカーが中間流通を介さず、自社のECサイトなどを通じて商品を直接生活者に販売するビジネスモデルにおいて、成功確率を上げるために知っておくべき知識が網羅的に書かれた本です。精密に描かれた必要プロセスの図示(細かすぎるが故に読む気がなくなるというデメリットもあるのですが)など、必要な検討要素を漏れなく緻密に解説して下さっていて、これまでの実務者が培った集合知を見える化しようという、筆者の意欲を感じます。逆に、この業界で成功する上で必要なポイントを手っ取り早く理解しようとするのには不向きです。教科書的に手元に置いて、自分が引っかかったポイントを掘り下げて読むのに適していると思います。「システム」の部分だけは、筆者が統合コマースプラットフォームを提供されている会社に所属されているため、ポジショントーク的な側面が垣間見られるので、割り引いて受け取った方がよいかもしれません。とはいえ、総じて有益な知見が惜しみなく示されていて、この分野に関わる人にとって参考になる本だと思います。


■映画 
30 1秒先の彼女/監督 チェン・ユーシュン
31 TAR/ター/監督 トッド・フィールド
32 地下鉄に乗って/監督 篠原哲雄

30 先日観た日本版リメイク作品が面白かったものの若干のぎこちなさを感じたので、元ネタはもっと完成度が高いはずだと思って観ました。この予想は見事に当たり、主人公二人の演技と台湾の風景が、このプロット(せっかちな彼女が失った1日の経過が描かれます)と見事にマッチした素晴らしい作品でした。まず、日本版と違って主人公二人が完全な美形ではない点(もちろん魅力的な役者さんですが、その高い演技力と相まって、角度によって印象がずいぶんと変わります)がよかったです。それぞれの性格や容姿、環境により、必ずしも恵まれた過去を送ってきていないことが想像でき、空白の一日の奇跡の尊さがより一層伝わってきます。次に二人の職業に必然性がありストーリー進行が実にスムーズでした。日本版では男女を入れ替えて描かれていたために、バスの運転手が別に設定されていて(個人的には日本版もヒロインがバスの運転手でもよかったと思いますが)、それが私が感じたぎこちなさに繋がっています。本作の方がこの流れのスムーズさの効果で、真相を知った二人がやっと出会うエンディングがより一層感動的でした。失踪した主人公の父親の描かれ方も、こちらの方が自然で、父親の方が年齢が近くなった私にとっては、彼の方にとても共感してしまいました。日本版よりも間口の広い作品になっており、台湾の映画賞で主要部門を獲得したことも納得です。

31 主人公の名前を前面に出したタイトルと、その主人公を演じたケイト・ブランシェットの鬼気迫る憑依型の演技で、実在のモデルが存在すると思っていましたが、全くの架空の人物を描いた作品ということに、まず驚きました。次に予想を裏切る急展開のエンディングにも驚愕しました。冒頭の長回しのインタビューシーンなど、観ていた際には冗長なところが少し気になりましたが、それも主人公のリアリティを高める狙いだと思いますので、観終わってしまうと納得です。職業人としての誇りと、それが故の傲慢さからの没落が圧倒的な解像度で描かれていて、個人的に反省させられる点も多かったです。主人公をレズビアンの父親として描いていた企みも成功していると思います。このように非常に緻密に計算された作品ですが、それを成功に導いたのは何と言ってもケイト・ブランシェットの凄まじい演技力です。アカデミー主演女優賞を獲得した「ブルージャスミン」を観たときにも思いましたが、この人の虚ろな表情は本当に美しくも恐ろしいです。一流女優の演技をひたすら堪能できる作品です。

32 「鉄道員」で有名な浅田次郎さんの原作映画化作品です。近親相姦まがいの不倫関係などいろんな意味で気持ち悪い作品でした。原作が発表されたのが1994年、映画化されたのが2006年なので、妻へのDV全開で子どもたちの進路を勝手に決め、愛人もいる父親を今の価値観で否定するのはフェアではないと思いますが、過去に善行を重ねていたとしても汚職まみれのこの人物を立派な人間として扱うのには抵抗がありました。いわゆるタイムトラベルものなのですが、その発動条件も最初こそ地下鉄に乗った際にというルールがありましたが、二回目以降は都合の良いタイミングに、都合の良い時代に移動します。こういう雑な作りで読者を感動させようという魂胆に嫌悪します。「鉄道員」を観たときにも思いましたが、私が浅田次郎の作品との相性が悪いのだと思います。地下鉄の駅での撮影の困難さを思うと、スタッフの努力は称賛したいと思いますし、大沢たかおさんの演技も見事でした。ヒロインの岡本綾さんは最近見ないなと思って調べたら、その後の経歴に少し切なくなりました。
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