イワン・アサノヴィッチの一日  畑と映画の好きな卒サラ男。

政官業癒着体質の某公共事業職場を定年退職。鞍馬天狗・鉄腕アトムの人類愛に未だに影響を受けっ放し。孫には目がない。(笑い)

1歳の妹に”死の薬” 兄の消せない記憶

2015-08-01 16:37:20 | 日記・エッセイ・コラム
 ある新聞記事(2015年5月19日付け:赤旗)に目がとまり、涙が止めども無くでてきてしまいました。

70年前、村上敏明さん(80:京都市)が満州から引き上げる時のことでした。
当時11歳の村上さんは病弱な1歳の妹、芙美子さんと一緒でした。

防空などの隣組の大人たちの、足手まといになるからという声に押されて「1歳を迎えたばかりの妹に薬を飲ませて死なせた」のです。
「日本人が多く住んでいた満州:四平市という街は、連日のように砲弾が撃ち込まれる戦場だった。だから医者から渡された薬を抵抗せずに与えた。」そうです。

しかし、日本人居留地の学校で同級生だった男性(80歳)は、当時をこう振り返ります。
「妹を死なせた後、村上君は私の家にかけつけて、泣きじゃくりながら話してくれた。彼は大人達にかこまれどうにも出来なかったのでは…。村上君は自分を責めていたんだと思う。」

96年に同窓生と訪ね、妹を埋葬した中国の川辺から持ち帰った砂の入った小鉢を手に村上さんは話します。
「妹の芙美子は薬を飲ませたとき黒い瞳でじっと僕を見ていたが、その後しずかに目を閉じて死んだ。」

イワン・アサノヴィッチも終戦っ子で、この夏に70歳になりました。
上海から引き上げて来たという境遇は村上さんと同じです。
イワン・アサノヴィッチの両親は既に他界していますが、敗戦・引き上げ時には言うに言われぬ辛い思い出があった筈です。しかし、両親からは多くを聞いてはいません。

村上さんの、心の奥に潜んでいた自責の念がいつしか、ある確信へと変わりました。
「いま、平和に暮らせる努力をする事が、妹たちの語られぬ遺言だと思う。」

イワン・アサノヴィッチには2歳になる孫娘がいます。彼女の黒い瞳を決して閉じさせてはならないと意を新たにしているところです。

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