南斗屋のブログ

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職員(地方公務員)への給与過払いの消滅時効期間をどう考えるべきか。

2021年03月08日 | 地方自治体と法律
<問題の所在と10年説(民法改正前)>
 給与計算を間違え、市が職員(地方公務員)に対して、給与を多く支払ってしまったという場合に、市から職員に過払い部分を返還請求できることになりますが、この消滅時効期間は何年でしょうか。
まずは、2020年4月民法改正前の過払いについて検討してみます。

 民法の不当利得を勉強した方ならば、
①給与の過払いは不当利得返還請求にあたる。
②不当利得返還請求の消滅時効期間は10年である(2020年4月民法改正前)。
ということで、10年になるのが当たり前ではないか、と考えるかもしれません。

<5年説>
 しかし、行政法絡みで考えていくと、消滅時効期間は5年であるとする考えもあって、実際行政サイドではこの5年説を採用しているところもあるのです。
 5年説の根拠は次のようなものです。
①給与の過払いは不当利得返還請求にあたる
②不当利得返還請求権の性質については、給与の過払いが給与の請求権から付随的に発生する権利とみることができる。
③職員の市への給与請求権は公法上の債権である。
④公法上の債権の消滅時効期間は、地方自治法236条1項により5年である。

<裁判例>
 最高裁判例はなく、地裁の裁判例しかないようです。
 名古屋地裁平成23年11月20日判決(平成22年(ワ)第2973号;裁判所webサイト)は、「原告の本訴請求は、民法上の不当利得返還請求権に基づくものであり、消滅時効期間は、10年になるから、被告らの主張は失当である。」と判示して、あっさりと10年説を採用しています。
 この裁判での被告らの主張を以下引用しておきます。ご覧のように長々と5年説を採用しており、公法上の債権としての5年説、かつそれが実務的取り扱いとなっていることを主張していることがわかります。
 この名古屋地裁判決は、控訴されずに確定したようであり、判例データベースを見ても上級審の判断は掲載されていません。

(被告らの主張)
  原告は、民法の債権の消滅時効に沿って過去10年分に遡って管理職手当の返還を請求しているところ、原告の不当利得返還請求権は、地方自治法236条1項及び2項により、時効の援用を要することなく5年間で時効消滅している。
 地方自治法236条1項は、「時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか」とあることから、一般的には、公法上の債権か私法上の債権かで区別し、私法上の債権については、民法、商法、労働基準法等私法関係を規律する時効の規定が適用されると説明されているけれども、公法上の債権と私法上の債権の区別は必ずしも明確でないのみならず、地方自治法236条が地方公共団体の権利関係を早期に確定するという趣旨のものであることからすれば、私法上の債権であるからといって、消滅時効期間を10年間とするのは、同条項の規定の趣旨を没却することになるものであり、短期消滅時効に関する民法等の規定が「他の法律の定め」に当たることはともかくとして、債権一般の10年間の消滅時効を定めた民法167条が「他の法律の定め」に当たると解するのは相当でなく、結局、地方自治法236条は、民法167条の特別規定であり、民法168条以下の短期消滅時効の規定が更にその特別規定であるという関係にあるというべきである。
  また、公法上の債権と私法上の債権とで適用を分けるとしても、本訴請求に係る地方公共団体が誤って支給した手当の返還請求は、公務員に対して誤支給した給与の返納を求めるものであり、「公法上の債権」として地方自治法236条の規定が適用されるべきものである。すなわち、一般に、地方公共団体が、職員である地方公務員に誤って手当を過払いした場合には、それが判明した時点で、直ちに返納を命ずることができるのであり、返納を求めることのできる地方公共団体の請求権は、地方自治法236条の5年間の消滅時効に服することは、確立した実務的取扱いとなっている。

<検討>
 名古屋地裁の判決が述べるように、法的性質が「民法上の不当利得返還請求権に基づくもの」なわけですから、その消滅時効になるのが素直な考え方ですから、10年説が妥当と考えます。
 5年説の前提のうち、「職員の市への給与請求権は公法上の債権である」というのは、最高裁も認めている考え方なので正しいのですが(最高裁昭和41年12月8日判決・民集20・10・2059)、「不当利得返還請求権の性質については、給与の過払いが給与の請求権から付随的に発生する権利とみることができる」という点は全く承服できません。
 不当利得の性質がそのもとの請求権から付随的に発生するというような考え方は、なにか根拠があるのでしょうか?結局、行政実務が5年説であるので、その結論を導くために、このような考え方を生み出したようにしか感じません。

<2020年4月民法改正によりこの論点はどうなる?>
 2020年4月民法改正により不当利得返還請求権の消滅時効も5年となりました。
 とすると、いずれの考え方をとっても5年となるので、この論点は消滅したのでは?とも思えます。
 しかし、問題は残っています。
 改正前の5年説は、自治体の債権は公債権であると考えているので、時効期間が経過するとともに時効の効果が生じると考えます。
 しかし、改正前の10年説は、自治体の債権は公債権であると考えるので、時効の効果が生じるには、時効の援用が必要という考えとなります。
 このように時効援用の有無について違いが生じるため、この点の問題は完全には解消されていないことになります。

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