尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

テオ・アンゲロプロス「エレニの帰郷」

2014年02月02日 00時47分49秒 |  〃  (新作外国映画)
 ギリシャの映画監督、故テオ・アンゲロプロス(1935~2012)の結果として遺作となってしまった「エレニの帰郷」が公開されている。アンゲロプロス監督は、2012年1月に新作映画製作中に交通事故で亡くなってしまった。僕はずっと見てきたし、非常に重要な映画作家と評価していたので、それらのことを「追悼・テオ・アンゲロプロス」に書いた。今回の「エレニの帰郷」は、東京では新宿バルト9という所だけで上映で、全国でもあまり公開館が多くない。関心がある人には見逃せないので、注意。ただし、今まで一本もアンゲロプロス作品を見ていないというような人は、他の作品(特に「旅芸人の記録」や「霧の中の風景」など)から見ることをお勧めする。
 
 2008年製作の「エレニの帰郷」は、アンゲロプロスの作品としては異例というべき作品だと思う。前作「エレニの旅」から始まる「20世紀3部作」の2番目の作品で、だから最後の「もう一つの海」(未完成)を見てみたかった。今回の映画は、何しろギリシャが出てこないのである。むろんギリシャ人の物語だけど、いわば「さまよえるギリシャ人」の物語である。そのため、ギリシャ語以外の英語やドイツ語、ロシア語などが多い。初めは英語版なのかと思ったけど、最初に登場する映画監督(ウィレム・デフォー)はアメリカを基盤としているという設定らしい。撮影もイタリア、ロシア、カザフスタン、ドイツ、カナダなど世界のあちこちで撮られている。字幕は、やはり池澤夏樹が務めていて、結局日本公開されたアンゲロプロス全作品の字幕を付けたことになる。

 その映画監督はイタリアのチネチッタ撮影所で映画を撮ろうとしている。その時点は1999年。そこから1953年に時間が飛び、ギリシャ内戦を逃れソ連のカザフ共和国(当時、現在は独立国のカザフスタン)にいたエレニ(イレーヌ・ジャコブ)を救おうと、スピロス(ミシェル・ピコリ)が訪ねていく。その日はスターリンの死んだ日だった。その日、誰もいなくなった市電の中で、エレニとスピロスは結ばれ、息子が生まれる。(それが映画監督である。)しかし、怪しまれたエレニは逮捕され、シベリアに送られる。彼女と親しかったドイツ系ユダヤ人ヤコブ(ブルーノ・ガンツ)もシベリア送りになる。二人は1973年末にようやく出国を許されるが、ヤコブはイスラエルに行き、二人は別れ別れになる。一方、監督の娘は祖母と同じエレニと名付けられたが、ベルリンに住んでいる。高校生だが厭世的で、家出してしまう。このように、1953年~1956年のソ連、1973~1974年の出国、1999年(映画での現在)のベルリンでの「再会」と、三つの時間を行き来するので、まあいつも彼の映画はそういう感じだけど、なかなか理解しづらい。政治情勢の問題もあるが、人間関係の把握が難しい。パンフレットにシナリオ採録が載っているので、それを見るとようやくわかる部分が多い。

 前作と同じく「エレニ」が出てくるが、関係はなく独自の作品。いつもと同じくエレニ・カラインドルーが音楽を担当し、叙情的な音が印象的だけど、今までの作品の方が良いと思う。格調高い映像は相変わらずだけど、自然描写が少ないこともあり、印象が少し違っている。今までは「」(川や雨、湖、海など)が映画の中で大きな役割を果たしてきた。特に前作の大洪水は忘れがたい。今回はそういうシーンが全くないわけではないけれど、少ない。シベリアだから、そのわりに雪のシーンが印象的。まあ雪も水には違いないけれど。

 どの世代も生き難さを抱えて生きている。ラストで1999年が終わるが、次の2000年代はどのようになるのか。もう13年間経ってしまったけれど、惨憺たる時代だったのではないか。「革命の世紀」だった20世紀に、小国ギリシャを襲った悲劇をアンゲロプロスは描き続けた。しかし、21世紀の悲惨を描く時間は与えられなかった。とても残念だ。アンゲロプロスのような大叙事詩人は、他に思いつけない。正直言って、この作品で最後というのは、大変心残りだと思う。内容的にも、三部作の最後まで作って完結するところが大きかったのではないか。俳優、撮影、音楽など見応えがあるが、題名と違いギリシャに帰郷しない映画だった。英語原題は「The Dust of Time」で、「時の塵」という方が含蓄が深いと思う。
コメント (1)
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