尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「殺人犯はそこにいる」という本

2014年02月06日 21時28分55秒 |  〃 (冤罪・死刑)
 清水潔殺人犯はそこにいる」(新潮社、2013.12、1600円)という本の紹介。帯などにある副題やキャッチコピーを書き写す。
・隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件
・少女たちを殺した男が/すぐそこにいる/あなたのそばに。平然と。
・「桶川ストーカー殺人事件」で警察より先に犯人に辿り着いた「伝説の記者」が冤罪「足利事件」を含む前代未聞の凶悪事件を追う。
北関東連続幼女誘拐殺人事件
 栃木県足利市、群馬県太田市という隣接する2市で、4歳から8歳の5人の少女が誘拐または殺害されているという重大事件。その中の一つが、あの「足利事件」である。一連の事件を同一犯による連続事件だと喝破した著者は、「足利事件」冤罪の可能性を報じて菅家さんを釈放に導くとともに、徹底した取材によって、ついに「真犯人を炙り出した-!
 
 いろいろ注文もある本だけど、内容が衝撃的なので紹介しておくことにした。清水潔氏(1958~)は日本テレビ報道局記者、解説委員を務めるジャーナリスト。先の紹介にもあるけど、本書でもたびたび言及される桶川ストーカー事件で活躍し(その当時は「フォーカス」記者)、その後もブラジルに逃亡した強盗殺人犯をブラジルまで追って「発見」するなど、驚くべき行動力で事件現場を追い続けた。

 日本テレビで報道特番を作ることになり、調査を進めると北関東で連続幼女殺人が起こっていたことを知る。しかし、事件現場が近いのに栃木県と群馬県にまたがるため、警察では連続事件としてとらえていなかった。しかも栃木県で起こった第4の事件(1990年)では、「犯人」がつかまり最高裁で有罪が確定していた。起訴はされなかったものの、その「犯人」は一時は他の2件(栃木県で起きた事件)を「自白」していた。栃木県警では「解決済み」だったのである。

 その1990年の事件は、後に「足利事件」と呼ばれることになる。清水氏の見立てでは、犯人をされた菅家利和氏は無実でなければならない。菅家氏は獄中から無実を訴え、有罪の根拠となったDNA型鑑定をやり直すことを求めていた。この事件を調べ始め、多くの疑問を発見し、テレビで報道も始める。苦労の末、目撃者を捜しだし、また被害者の母親とも話すことができるようになる。一時は無視されていた報道だったが、ついに裁判所は再鑑定を命じることになった。多分、検察側は「一致」するか、資料の劣化のため「鑑定不能」となると思い込んでいたのだろう。ところが裁判所が命じた2人の鑑定人は、どちらも「不一致」と鑑定したのである。追いつめられた検察側は、ついに再審開始が決定する前に菅家さんを釈放することになった。2009年6月4日、その日に菅家さんを迎えに千葉刑務所に乗りこんでいったワゴン車。そこに同乗して取材していたのが、清水氏だったのである。

 この足利事件は「DNA型判定が有罪の決め手となった初の事件」であった。その「科学的に絶対」のはずの鑑定が、全く当てにならないものだったのだ。足利事件は、裁判段階から冤罪ではないかとささやかれていたが、結局は鑑定で有罪とされたようなものだった。足利事件は再審無罪となった当時大きな問題となったが、それを支えたのが清水氏らの報道だったことがよく判る。ただし、と清水氏は言う。自分は冤罪に関心があるのではなく、あくまでも「連続幼女殺人」の真犯人を追求することが目標なのだ、と。

 さらに調査を続け報道をしていく中で、驚くべき情報に出会う。足利事件では菅家さんが自転車に乗せて幼女を連れ去ったとされた。菅家さんは当時主に自転車で行動しており、そのように「自白」したからである。しかし、被害者の母によれば、娘は自転車の荷台に乗れないという。実際、手を引いて連れ去った子供連れを目撃した証言もあったのである。当時のテレビ映像を探すと、その証言に基づき「子供連れの人物を見かけた人はいませんか」という立て看板が現場に立てられていた。ある時期まで確実視されていた証言が、突然隠され公判にも出てこなかった。その目撃者は美術の教師で、非常に優れた観察力を持っていた。その連れ去り人物は、「ルパン三世」に似ていたという。清水氏は彼を「ルパン」と名付ける。そして群馬県太田市の事件でパチンコ屋の防犯カメラに映っていた謎の人物。その人物が足利事件の「ルパン」に酷似しているというのである。真犯人がいた?!

 ところで、その後が真に驚くべき内容で、調査チームはその「ルパン」を特定し、苦労の末独自にDNA型鑑定まで行う。その結果は…?足利事件で弁護側申請の本田鑑定で、「真犯人の型」とされたタイプとぴったり一致したのである。そして、それを警察サイドにも伝える。文藝春秋でも連載する。国会で追及する議員も現れる。2011年3月10日、当時の菅首相も「しっかり対応する」と答弁したのである。日付を見て欲しい。東日本大震災の、それは前日のことだった。そして大津波と原発事故の中で、警察、検察は結局動かなかったのである。「真犯人」の「DNA型判定」までありながら、何故?

 それは「飯塚事件」を隠ぺいするためだろうと著者は考え、福岡まで飛び飯塚事件の真相を追跡し始める。飯塚事件は幼女二人が殺されたため、犯人とされた久間三千年氏はDNA型鑑定などを理由に、2006年に最高裁で死刑が確定していた。その鑑定方法は足利事件と全く同じものだった。しかし、足利事件の再鑑定が行われていた2008年12月に、久間氏は死刑を執行されてしまったのである。つまり、DNA鑑定が間違っていたとしたら、「無実の人に死刑執行」という恐るべき出来事になる。そして、「ルパン」が真犯人であるという判断の前提が、足利事件の旧鑑定が間違っていて犯人の型を改めて特定したとする「本田鑑定」なのである。それを認めれば飯塚事件の有罪も崩れ去る。結局、捜査当局(どこまで上で決定したかは判らないが)は、「死刑冤罪」を隠ぺいするため、「幼女連続殺人」の真犯人も隠ぺいすることにしたのである

 というのがこの本の中身で、特に最後の真犯人追跡と飯塚事件の調査は、知られざる点が多く、僕もビックリすることが多かった。国家はその威信をかけて、真犯人さえ保護する。それはフランスのドレフュス事件や戦後日本の菅生事件(すごう事件、警察が共産党内に現職警官をスパイとして送り込み爆弾事件を仕組んだ)など、いくつかの事件が知られる。そこまで行かなくても、一端誰かを起訴してしまえば、後で無罪となっても、「裁判では無罪となったが、証拠がなくうまく逃れただけで実は真犯人」などと言い張るものである。時間がたっていることもあり、その後警察が真犯人を捜査したという事例は聞いたことがない。だが、この事件の場合、すでに時効となっているものが多いが、幼女ばかり5人も殺害(または行方不明)になり犯人が特定されていないという、あまりにもとんでもない事件である。

 このままでいいのか、と疑問をぶつける著者の叫びは心に響く。しかし、全体に長すぎて、また不必要な記述も多い。鬼のごとき編集者が三分の二に縮めよと厳命すべきだったと思う。もっと凝縮すれば、それだけインパクトが強くなる。本も安くなり、多くの人が買いやすくなる。

 それと著者の立場は僕とかなり違う。僕は死刑制度を維持している以上、飯塚事件のような恐るべき死刑執行が論理上完全には避けられない。だから死刑制度そのものを問う必要があると思うのである。菅家さんは無期懲役だったけれど、もう一件殺人で起訴されていれば、死刑判決が避けられなかった。いや、今の風潮では、幼女の場合一件でも死刑判決となった可能性もある。イギリスでは、死刑執行後に真犯人が現われたケースが死刑廃止のきっかけとなった。日本国家は、死刑廃止につながりかねない「飯塚事件の死後再審」は全力で阻止しようとするはずである。(再審は本人の死亡後でも家族が請求することができる。)従って、このままでは北関東連続幼女誘拐殺人事件も立件されない。残念ながらそのことは、今の国家体制が続く限り決定的なことだと思う。「死刑制度」、あるいは国家の刑罰とは何かという問題を突き詰めていかない限り、このような驚くべき隠ぺいはなくならないと僕は判断している。
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