尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

馳星周感動の犬小説、「ソウルメイト」2部作

2021年01月05日 21時07分54秒 | 本 (日本文学)
 2021年年明け読書は馳星周(はせ・せいしゅう)の直木賞受賞作「少年と犬」にしようと思った。馳星周は新宿を舞台にチャイニーズ・マフィアなどの激しい抗争を描いた「不夜城」で衝撃的にデビューした。最初は面白いと思って何冊か読んだが、次第に飽きてしまった。ずっと読んでなかった間に、あれほどドンパチ小説を書いてたのに、いつの間にかをテーマにした作品を書いていた。「少年と犬」の前に「ソウルメイト」(2013)や「陽だまりの天使たち ソウルメイトⅡ」(2015)という小説があるので、まずそっちから。(どちらも集英社文庫。)
(「ソウルメイト」)
 どちらも短編集で、これがえらく感動的だった。まあ「ソウルメイト」、つまり「魂の伴侶」たる犬の話なんだから、感動的なのも当たり前。僕は「動物小説」というのが大好きで、シートン動物記とか、日本だったら戸川幸夫など愛読してきた。「動物」も好きだし「小説」も好きだから、合わされば最強だ。しかし、日本では最近は余りないなあと思ったら、馳星周が書いてたのか。
(「陽だまりの天使たち」)
 どの話も「犬種」が題名になっていて、その種の絵が表紙になっている。人間たちも犬たちも、普通に生きているというよりも、余命間近だったり被災したりしている。あまりに普通な日常を生きていると小説に向かないんだろう。でもシチュエーションが劇的であるだけ、犬をめぐる物語は心に沁みる。例えば、福島の原発事故避難地域に残された犬。母は津波で亡くなり,犬だけが残された。その犬が生きているらしいとネットの写真で見て、男は仕事を辞めてレスキューに参加した。人に見捨てられ野生のように生き抜いてきた犬は果たして見つけられるのだろうか。
(柴)
 人間社会にはいじめもあるし、夫婦や親子の争いもある。そんな時でも,犬は自分が属する「群れ」が平和であるように心を砕いている。犬を飼ったことがある人は判っているだろうが、家族がケンカしてると犬は必死に仲裁しようとする。時には犬を虐待して捨てる人もいる。そんな目にあった犬が保護された時、引き取ってもなかなか心を開かない。果たして人と犬の心が通じ合う日は来るのだろうか。あるいは盲導犬という犬もいる。犬は人間の仕事をすることが喜びなんだと言うけど、犬が犬である以上やっぱり遊びもしたいのだろうか。そんな多くの犬の心を代弁してくれるような小説がここには詰まっている。
(バーニーズ・マウンテン・ドッグ)
 そして犬の寿命は短いから,犬を飼っていると犬の最期を看取ることにもなる。病気になっても痛い痛い、病院に連れてってなどと訴えない。病院に行けば静かに診察されているけれど、終わったら早く帰ろうよと全身で訴える。犬種によれば,遺伝的に病気になりやすい種類があることをこの短編集で教えられた。犬が病気になって死んでゆくことは誰にも止めることは出来ない。時にはあまりにもつらそうなので「安楽死」を選ばざるを得ないことさえある。そして死んでしまってからも、もっと散歩に行ってあげれば良かった、一緒に遊んであげれば良かったとずっとずっと思い続けるのである。そんな様々な死んでしまう犬も出てくる。犬の思い出を抱えている人は、小説の中の名前ではなく自分の飼っていた犬の名前を呼びかけながら読むことだろう。
(フラット・コーテッド・レトリーバー)
 どんなときにも人間に寄り添ってくれる犬たち。そんな犬について、著者も何頭もの犬を飼ってきて、多くの人に伝えなければいけないことがある。そんな強いメッセージも背後にうかがえる。この小説は多くの子どもたちに読んで欲しいと思う。小学校高学年ぐらいから読めると思う。学校の図書館にも置いて欲しい。犬じゃなくて,猫や小鳥や金魚だっていいとは思うけれど、犬をめぐる物語ほどドラマティックなものはなかなか難しいだろう。人間にとって優しさとは何か、それを犬たちが教えてくれるのである。

 ホワイトハウスの主が代わったからといって、世界がすぐに良くなるなどという幻想は全然持っていない。しかし、バイデン大統領になれば,ホワイトハウスに犬が戻ってくる。それだけでも「世界がほんのちょっと良くなる」と僕は思う。これはジョークで書いているのではなく、完全に本気である。もしトランプ大統領が犬を飼っていたら、再選も可能だったかも知れない。愛犬家が投票するなどというのではない。そうじゃなくて、人を癒やす犬が近くにいてくれれば、あんなに多くの閣僚や補佐官をクビにしたりしないし、攻撃的なツイートを連発したりしないと思うのである。

 なんで飼わなかったのか、僕はよく知らないけれど、アメリカの富豪の家ならば大型の番犬や狩猟犬を飼っているもんじゃないだろうか。もしかしたら幼少期に犬に悪い思い出でもあるのだろうか。犬も人間を見ているから、いじめっ子タイプや気持ちが安定しない人間には懐かないものだ。子どもの頃に犬が懐いてくれなかったのではないかなどとつい憶測してしまう。
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