尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

川本三郎「『男はつらいよ』を旅する」を読む

2017年06月27日 23時02分27秒 | 〃 (さまざまな本)
 川本三郎さんの「『男はつらいよ』を旅する」(新潮選書)を読んだ。昨日はこの本を読みふけっていた。こういう本は読み始めたら止められない。だから5月に出た後、買わずにいたんだけど、日曜日にうっかり本を持たずに外出してしまった。神保町で映画を見たから、どうしても帰りがけに本を買いたくなる。ということで、川本さんの映画関係の本は買えばすぐ読んでしまうわけである。

 「男はつらいよ」シリーズと言えば、特に半ばころから全国各地でロケ誘致運動もあり、全48作で日本各地を回っている。さすがに全県というわけにはいかないけど、北海道から沖縄まで全国を旅した。車寅次郎の仕事は「テキヤ」なんだから、全国を回るし、飛行機や車は使わずに鉄道の旅になる。この本を読むと、山田洋次監督が相当の鉄道ファンだと判る。川本氏も鉄道ファンだから、今は亡き廃線路線が映像に残されていることを「動態保存」と呼んで喜んでいる。

 川本さんの寅さん紀行は今までも読んだような記憶があるけど、今回改めて「新潮45」の編集部が提案した。確かにこれはあるようでなかった企画で、21世紀も15年以上たって何十年か前の日本を振り返ってみるのは意味がある。廃線になった路線、なくなった旅館なども多いけど、どこへ行ってもロケの記憶が大切に残されている。そのことも読んでいてうれしくなる。

 川本氏は「男はつらいよ」に非常に早くからひかれていた。「マイ・バック・ページ」に出てくる事件の前、朝日新聞に勤務していたわけだけど、週刊朝日で寅さんと柴又を取り上げていた。これは一般週刊誌が寅さんを取り上げた早い例だと書いている。しかし、「『男はつらいよ』が好きだと言うのは、実は評論家として勇気がいる。『あんな、なまぬるい映画のどこがいい』と批判する評論家がいまだに多いから。」と書いている。今もそう言う人が多いかどうかは僕はよく判らない。

 でも、70年代、80年代には僕もそう思っていた。見ていることは見ていたけど、ものすごく好きだったわけではない。それは同時代に東映実録映画日活ロマンポルノもあり、そっちの方が威勢が良かったのである。ATG映画もまだ健在だったし、76年になれば角川映画の大作も作られる。他にも面白い映画がいっぱいあったのである。そして「男はつらいよ」を評価する評論家は、「暴力」や「低俗」、あるいは「難解」や「商業主義」を否定し、家族が皆で見られる「健全な娯楽」としての映画は、今や「男はつらいよ」だけであるなどと論陣を張っていたのである。

 まあ、その裏には「党派的」な問題があったんだろうけど、そのことはここでは触れない。僕としては面白い映画を見たいだけだったわけだが、寅さんシリーズの平均作より面白い映画は当時いっぱいあったと思う。だけど、僕も今となってみると、どんどん再評価しつつある。安定した技量、つまり落語通の山田洋次によるツボを押さえた脚本、常連出演者の演技のアンサンブルの素晴らしさ、撮影の高羽哲夫などの技術の高さなどがいつ見ても素晴らしい。

 そしてテーマ音楽を聞いただけで懐かしくなる「男はつらいよ」の世界。毎回同じパターンと言えば、若いころはもういいやと思ったもんだけど、年齢を重ねると懐かしくて良いと思うわけである。それは映画にとどまらず、温泉なんかも若いころは一度行ったところは行かないなどと宣言していたけれど、今は同じ宿に何度泊ってもいいなあと思うのである。やっぱりそうなるのである。

 最初が初めての沖縄旅行。戦争映画を今も見られない川本氏は、今回が初の沖縄行きなのである。それから葛飾柴又。そして北海道、会津、北陸、木曽、京都大阪、山陰の温泉津(ゆのつ)温泉、岡山の高梁(たかはし、さくらの夫博の父の実家がある)、播州龍野(キネ旬ベストテン2位の「寅次郎夕焼け小焼け」の舞台)、五島列島、大分の湯平温泉、福岡の秋月、愛媛の大洲など各地を訪ね歩き、最後はもちろん最終作、寅がリリーと暮らす(?)奄美の加計呂麻(かけろま)島。

 もっと行っているけど、これほど多くを旅するというのは、川本さんがいかに旅が好きかが伝わってくる。どこへ行っても「過疎化」というか、「シャッター通り」が増えている。でも、同時に寅さんが来たという思い出を大切にしながら地道に日々を生きてきた人々もいる。日本の風土的、文化的な多様性、豊かさを感じる。どっちも日本の現実なんだろう。

 48作あるシリーズ作品の中でも、僕はやはり浅丘ルリ子が旅の女歌手リリーを演じた作品「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」(1973)と「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」(1975)、特に後者が最高傑作だと思う。後者は「蒸発」したサラリーマン、船越英二が素晴らしく、小樽が出てくる多くの映画の中でも最高レベルだと思う。有名な「メロン騒動」もシリーズ最笑級のギャグである。それもあるけど、2作目になる寅とリリーの掛け合いが素晴らしく、何度見ても飽きない。

 作品レベルで言えば、僕は75年の「相合い傘」、76年の17作目「夕焼け小焼け」が素晴らしいと思うけど、違う考え方もあり得る。「おいちゃん」を森川信が演じていた8作目の「寅次郎恋歌」までの初期作品こそ最高だという考えも当然あるだろう。特に北海道の大地を蒸気機関車を追う「望郷篇」(5作)、青森の鰺ヶ沢近くから出てきた、ちょっと知恵遅れ気味少女榊原るみが「寅ちゃんのお嫁さんになる」と言う「奮闘篇」(7作」なんかも忘れがたい。もちろん第1作と第2作もいいんだけど。(ちなみに戦前の森川信に関して、坂口安吾「青春論」に書かれているという。)

 そこらへんの映画を見ているなら、今ロケ地がどうなっているか。映画に出てきた鉄道や駅は今もあるのか。とても知りたいだろう。この本はそういうファンに十分に応えているけど、多分見てない人にも楽しめると思う。鉄道ファン、歴史や文学ファンはもちろん、日本社会に関心を寄せる人は読んで損はない。そしてここに出てくる多くの場所に行ってみたいと思う。(でも無くなった場所も多い。北海道・中標津の養老牛温泉「藤や」がないという。93年に友人の平野夫婦と僕ら夫婦で泊まった旅館。)

 渥美清の俳句も出ているが、これがなかなかいい。(俳号は「凬天」だという。)
   好きだからつよくぶつけた雪合戦
   お遍路が一列に行く虹の中
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