尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「ラストレター」と「お帰り寅さん」ー同窓会映画の功罪

2020年02月02日 23時24分04秒 | 映画 (新作日本映画)
 岩井俊二監督の新作「ラストレター」と山田洋次監督の新作「男はつらいよ お帰り 寅さん」(以下「お帰り」)を相次いで見た。それなりに満足で損した気分はしないけど書くつもりはなかった。「ジョーカー」や「パラサイト 半地下の家族」などと比べて、面白さのスケールも小さいが、それ以前に物語が「過去志向」に思える。どちらもTOHOシネマズ上野で見て、国立映画アーカイブに回った。だから二つの映画を比べちゃうんだが、アレ、この2本の物語は同じじゃないかと気付いたのでその事を。

 どちらも男は小説家で、過去に思いを残して別れた女性がいる。その女性と不思議な縁で再会するのである。しかし、二人の間には「死者」が横たわっている。「ラストレター」では、姉の遠野美咲が亡くなり、葬儀の場で妹の岸辺野裕里は姉宛の同窓会の案内を受け取る。姉の逝去を伝えるつもりで同窓会に出席した裕里だったが、周りから姉と間違われスピーチまで頼まれる。その日、姉に恋していた乙坂鏡史郎から声を掛けられる。乙坂に今の仕事を訪ねると、小説家と答える。

 「お帰り」は冒頭が法事である。諏訪満男の亡妻の七回忌に皆が柴又の実家に集まる。そこにはおいちゃん、おばちゃん、そしてあの懐かしい伯父さんはもういないけれど、父諏訪博とさくらは達者である。そして満男の娘ユリもいて、もう高校生である。満男は最近小説家として賞を取って評判になっている。出版社にはサイン会を頼まれている。そのサイン会で偶然日本に帰って来ていた及川泉に再会したのだった。今は結婚してイズミ・ブルーナである。子どもも二人いて、国連難民高等弁務官事務所で働く国際公務員になっていた。満男は神保町のお店に泉を連れて行く。そこはリリーの店だった。

 こうしてみると、冒頭が葬儀か法事、小説家となった男が過去の女性と再会、重要人物の名前がユリ(裕里)というところまで同じである。ユリは偶然だが、ストーリーが似ているのは必然もある。どちらも「過去の再現」を狙って作られた。「お帰り」は「男はつらいよ」シリーズを再起動させるため、満男と泉が結婚していない設定になった。国際公務員というのは、後藤久美子の実人生が反映され、流暢な英語、フランス語を披露している。二人が結婚して幸せだったら物語にならないのである。

 「ラストレター」は、1995年に作られた岩井俊二の長編商業映画デビュー作「Love Letter」を意識している。それを象徴するように、中山美穂豊川悦司も顔を見せる。1995年には携帯電話を多くの人がまだ持っていなかったし、持ってても、まだメール機能がなかった。だから手紙のやり取りがあっても自然だ。死者からの返信は不思議だけど。現在では手紙を書いてもいいけど、スマホを使わないのには理由がいる。その理由として、過去と現在のドラマが必要になる。

 「お帰り」では、諏訪満男(吉岡秀隆)が作家だというのは、「三丁目の夕陽」の茶川龍之介のイメージもあるから、それほど不思議な感じはしない。ただ満男の人生で最大のドラマは、泉との別離ではない。10歳ほどの娘を残して妻が亡くなった出来事の方である。義父からも、娘からさえ、もう再婚してもいいようなことを言われる。だけど、満男は法事の日にふさわしくない話題だと思う。この亡妻とのドラマが出て来ない。過去シリーズの「同窓会映画」だからだろう。

 そして、それはそれなりによく出来ている。全然見たことがない人が楽しめるのかは判らない。でも、そういう人は初めから見ないだろう。過去の名場面集みたいな映画だが、見ている方でも、ここは博のプロポーズ、ここはメロン騒動と判って楽しむ。その思い出の快感に酔うわけだ。だから満男以外は生きてる人は昔と同じ。タコ社長もいないけど、美保純が出ている。裏の印刷会社も無くなり、団子屋もどうなったんだか判らないけど続いてる。僕も博とさくらが離婚してたりしたら、見る気が失せる。満男と泉のつかの間の再会だけの映画だが、そういう映画もあっていい。

 「ラストレター」はもう少し複雑だが、「Love Letter」ほどじゃない。あれは傑作だったし、僕も何度も見た。映画の時間構造が判らない人もいたようだが、今回はそこまで複雑じゃない。要するに、死んだ姉のフリをして、過去の初恋の人と文通する話である。裕里松たか子、夫の漫画家岸辺野宗二郎庵野秀明。売れない作家の乙坂鏡史郎福山雅治で、乙坂と裕里は最初はメールでやり取りするが、夫の岸辺野が疑いを持ってスマホを湯船に投げ込んでしまう。かくして裕里は手紙を書くことになる。
(過去の乙坂と裕里)
 現在の合間に過去が回想されるが、姉の美咲の若い時と美咲の娘鮎美広瀬すず、妹裕里の若い時と裕里の娘岸辺野颯香(さやか)は森七菜(もり・なな)。「天気の子」の主演声優だった。テーマソングも歌っている。乙坂鏡史郎の若い時神木隆之介。乙坂鏡史郎は転校生で、誘われて生物部に入る。そこに裕里がいて、姉の美咲に一目惚れした鏡史郎は妹を通して手紙を渡す。しかし裕里も彼を好きになってしまう。神木隆之介と広瀬すずの共演って、もしかして初めて? さすがに岩井俊二監督映画のキャスティングは豪華で、画面を見ていて楽しい。

 だけど、「ラストレター」でも、大学時代に付き合ったという美咲と鏡史郎の関係が何故壊れたのか。どうして美咲が不幸な結婚をしたのか。その後、娘も生まれたのに、どうして助けることが出来なかったのか。そういう一番大切なことが描かれない。今さら取り消せない時間を嘆いて涙するのみ。どっちの映画も、子どもが出来すぎなんだけど、それだけに感傷的な後悔を美しい映像で描くことへの違和感も覚えてしまう。乙坂鏡史郎さん、「美咲」という(映画内での本名)題はまずいでしょう。

 二つの映画を書いてるうちに長くなってしまった。どっちも快い感傷に浸れるけど、それでいいのかと思った。最後に「ラストレター」への学校映画的視点での疑問。この映画は岩井俊二が出身の宮城県を初めて舞台にした映画だ。出身中学は「西多賀中」だというが、高校の名前が「仲多賀井高校」っていうのはやり過ぎだ。こんな地名があっても、学校名は変える。また東日本は高校が男女別学のところが多く、監督の出身校宮城県仙台第一高校も2010年まで男子校だった。1980年頃に女子の生徒会長がいたはずがない。また小中じゃないんだから、よほどの事情がない限り、6月に転校してくる高校生はいない。そういう疑問が後からどんどん出てきて困ったのだが、見ている間は過去の妹裕里役の森七菜がうまくて流れに乗ってしまった。
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