尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『マイスモールランド』と『遠いところ』、これが日本という国

2024年05月27日 21時52分57秒 | 映画 (新作日本映画)
 キネカ大森という映画館で「名画座」をやっている。3スクリーンある映画館の1つを「二本立て・自由席」にしているのである。今どき東京にもほとんどなくなったシステムである。そこで『遠いところ』(工藤将亮監督、2023、キネ旬29位)と『マイスモールランド』(川和田恵真監督、2022、キネ旬13位)をやっている(30日まで)。現時点でロードショー公開している映画じゃないけど、作られてから日が浅く内容的にも「新作」と考えて紹介しておきたい。

 どっちも見たいと思いつつ見逃した映画だった。キネマ旬報のベストテン号を見直したら、上記のような順位。つまりベストテンに入るほどの評価ではなかった。僕もその評価は大体同じで、弱いところもあると思った。しかし、社会的に貴重なテーマの「良心作」であり、「佳作」である。『マイスモールランド』から書くが、これは最近思わぬ形で一部で取り上げられている埼玉県川口市在住のクルド人をテーマにしている。父と3人の子で暮らしている(母は母国で死没)一家。主人公のチョーラク・サーリャ嵐莉菜)は、日本の高校に通う17歳の高校3年生。大学進学を目指していて、学校には友だちもいる。
(学校で)
 嵐莉菜(2004~)は優しい仕草に時々見せる鋭い眼差しが印象的。父はイラク、ロシアにルーツを持つ元イラン人(日本国籍)、母親は日本とドイツのハーフいう。本名はリナ・カーフィザデーだが、父親のアラシ・カーフィザデーから嵐という芸名にしてモデル活動をしている。この映画には実の父と妹、弟が同じ役で出演している。つまり出自的にはクルド人ではないわけだが、自分のアインデンティティに悩む生育歴を持つことは共通している。「ワールドカップでどこを応援するのと聞かれ、ホントは日本と答えたかったけど、いけないのかと思ってドイツって答えた」というセリフがあるが、実体験をセリフに取り入れたという。
(一家でラーメンを食べに行く)
 サーリャは小学校の教員が親切に対応してくれて、日本語も早く使えるようになった。一番年長だからクルド語も使えて、周囲の大人の通訳として重宝がられている。学校でも地域でも家庭でも良い子で、頑張ってきた。大学へ行きたいとコンビニでアルバイトを始めたが、それは川を渡った東京の店だった。そこで崎山聡太奥平大兼)というボーイフレンドも出来て充実した日々は突然暗転する。父親の難民申請が却下され、「仮放免」となったのである。働くことは出来ず、埼玉県以外に出るには許可がいる。ビザが不安定なので、大学への推薦もダメになる。それでも秘かに働いていた父親は、見つかって入管に収容されてしまう。
(難民申請が却下される)
 父親がいなくなり家賃を払うお金にも困ってくる。「パパ活」している同級生もいて、つい心も揺れる。そんな中、父親はある決断をするのだが…。映画は最後まで描かないけど、この一家は一体どうなったんだろう? 楽観的な見通しを安易に語ることは出来ない。クルド人の文化、あるいはムスリムの風習などがきめ細かく描かれ興味深い。川和田恵真監督(1991~)はイギリス人の父と日本人の母の間に生まれ、主人公のような悩みを抱いてきたという。2017年から企画された映画で、自ら小説化もしている。主人公がちょっと出来過ぎという気もするが、嵐莉菜の魅力を引き出す設定だ。

 もう一本の『遠いところ』は、沖縄の貧困問題を描いている。ホームページから引用すると、「一人当たりの県民所得が全国で最下位。子ども(17歳以下)の相対的貧困率は28.9%であり、非正規労働者の割合や、ひとり親世帯(母子・父子世帯)の比率でも全国1位(2022年5月公表「沖縄子ども調査」)。さらに、若年層(19歳以下)の出産率でも全国1位」という沖縄県。コザに住む新垣あおい花瀬琴音)は17歳ですでに2歳の子がいる。夫は働きたがらず、暴力も振るう。キャバクラで働いて生計を立てているが、未成年を雇っているとして警察に摘発されてしまう。自分の父は頼れず、母もいない。時々子どもを預ける祖母もいい顔をしない。
(「夜の街」で生きる)
 そうなると、さらに直接「フーゾク」で身を売る以外に道はあるのだろうか。そうして子どもを一人で放っていると、匿名で通報されてしまう。これでもか、これでもかと負の連鎖にはまるあおい。二人の出会いが描かれないが、どうしてこんな男と一緒にいるんだろう。定番的設定だが、「妻子」がいるのに働く気がない男。親になるには早すぎたのか。工藤将亮監督(1983~)は多くの監督の下で助監督を務め、『アイム・クレージー』『未曾有』に続く長編第3作だという。現実を提示するだけで、解決の方向性が見えないドラマだが、それが現実の日本ということだろう。

 『遠いところ』の花瀬心音は2002年生まれなので、撮影時20歳を越えていただろう。飲酒喫煙シーンもあるし、あからさまなセックスシーンもあるから、今は20歳以下では難しい。そのため学校で見せるわけにはいかない映画だが、『マイスモールランド』は学校で鑑賞するのに相応しい。もっとも「何でサーリャがこんな目に合うのか」と質問されても教員が困ってしまうだろうが。それに両作とも、「世の中はお金」であり「手っ取り早くお金を得るのはフーゾク」という「日本社会の現実」が描かれている。これが日本という国なのだ。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« B&Bの宿大東館と小室山ー伊豆... | トップ | 「教職調整額10%」以外に多... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

映画 (新作日本映画)」カテゴリの最新記事