尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

大村智編著「イベルメクチン」という本

2021年12月25日 23時07分05秒 | 〃 (さまざまな本)
 大村智編著「イベルメクチン」(河出新書、2021)という本を読んだので、どうしようかなあと思ったんだけど簡単に書いておくことにする。大村智(おおむら・さとし)氏は北里大学特別栄誉教授で、言うまでもなく2015年のノーベル生理学・医学賞の受賞者である。僕はその当時、「大村智博士の偉大なる業績」を書いた。大村氏の発見した微生物から「イベルメクチン」が作られ、家畜や愛玩動物の寄生虫駆除薬として世界で使われた。それだけではなく、アフリカ中西部に多いオンコセルカ症(河川盲目症)の特効薬でもあることが判り、開発したメルク社によって無償配布されている。それがノーベル賞の受賞理由となった。

 医学上の業績以外にも美術教育への貢献も大きいし、故郷の山梨県には美術館や温泉施設まで作ってしまった。経営学を学んで大学経営の立て直しにも尽力するなど、破格の活動力には驚くしかない。日本には珍しい大スケールの研究者、大村氏がイベルメクチンのすべてを多くの研究者とともに語り尽くしたのが「イベルメクチン」という本である。伊豆の川奈温泉近くで発見し、米国メルク社と「産学連携」で研究開発した経緯、「北里三大奇人」と呼ばれながら研究を進めた様子が興味深い。動物やアフリカの風土病だけでなく、今では日本でも腸管糞線虫症という病気や疥癬の薬として保険適用されているという。

 ところで現時点で、この本が書かれた理由ははっきりしている。判っている人が多いと思うが、イベルメクチンが新型コロナウイルスに効果があると昨年来言われ続けている。人によっては「奇跡の薬」とまで呼ぶ。日本では北里大学が中心になって治験を行っているが、なかなか結論が出ない。動物薬として市販されているから、個人輸入してまで使う人がいるらしい。WHOやFDA(アメリカ食品医薬品局)は使用すべきではないとしている。コロナに効くという医学的証明がなされていない段階では当然だろう。
(ノーベル賞授賞式の大村智博士)
 それに対して、実のところはどうなんだと思う人がいるだろう。そこで大村氏や周辺の学者、医師が今までの研究を判りやすくまとめたのが本書ということになる。はっきりしているのは、元々開発・発売した製薬会社であるメルク社はイベルメクチンの治験は行わないとしていることだ。メルク社は「モルヌピラビル」という新型コロナウイルスの薬を開発していて、日本でも特例承認されたことは大きく報道された。イベルメクチンはすでに特許も切れて、ジェネリック薬が作られているという。メルク社としては、当然ながら新たに開発した新薬こそ売れて欲しいだろう。そういう思惑あってのことか判らないが、製造会社が治験を実施しないのだから、イベルメクチンに効果があるかないかなかなか結論が出せない。

 もちろん僕がこの本を読んでみても、医学的側面についてはよく判らない。ただ「なぜ効くのか」と作用機序が解説されているので、全く無効とも言えない感じがする。イベルメクチンは単なる動物の寄生虫駆除薬には止まらない効能があるらしい。抗菌、抗ウイルスの効果もあるらしく、その理論面も書かれているが、僕にはそこは判断出来ないわけである。

 疫学的には、イベルメクチンが無償配布されているアフリカ中部地域(ナイジェリアなどサハラ以南諸国)では、新型コロナウイルスの流行が一定程度抑えられているという。調べてみると、なるほどその通りである。ナイジェリアはアフリカ最大の人口があり、国内ではテロもあるなど政情不安もある。壊滅的に流行してもおかしくない気がするが、そうなってはいない。もっとも報告そのものが不備かもしれず、基本は「風邪」(上気道感染)を起こすウイルスなんだから、熱帯地域では流行しにくい可能性もある。
(イベルメクチンの製品「ストロメクトール」)
 帯には東京都医師会会長の尾﨑治夫氏が「コロナ重症化を防ぐために、イベルメクチンの有効使用法の確立を」いう言葉を寄せている。医学界、医療現場には、比較的安価に入手できて、副作用が見られない(通常の使用範囲では大きな副作用はほぼないらしい)イベルメクチンへの期待があるようだ。しかし、日本で大学中心に治験を行うのもなかなか難しい。急激に肺炎を発症している人に、イベルメクチンと偽薬を医者にも判らない状態で「二重盲検法」を行うのは倫理的問題がある。一方、重症化を防ぐと言われても、そもそも軽症患者は「自宅待機」が多いし、自然治癒で軽快する場合もあるから効能を判断しにくい。

 判断は難しいが、どこかから個人で勝手に入手して予防薬として使用するのは止めるべきだろう。新型コロナの流行率と致死率、さらにワクチンがすでに存在することを考えると、そこまでする必要は感じない。だが、研究を止めろというのもおかしい。日本が発見にゆかりがある薬なんだし、世界に安く配布可能なんだから、少しでも効能があるなら有効活用したらいい。アメリカではイベルメクチンがコロナに効くとTwitterやFacebook、YouTubeなどに投稿すると、削除されるらしい。日本でも大村氏と高校同窓で医者でもある中島克仁衆議院議員(立憲民主党)の二人がイベルメクチンとコロナを語った動画が見られなくなったと書かれている。そこまで行くとやり過ぎではないか。この後ブログへのリンクをFacebookに投稿する予定だが、果たしてどうなるか。
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