尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

連邦最高裁の重大な意味-トランプ政権のゆくえ①

2017年02月14日 20時54分44秒 |  〃  (国際問題)
 トランプ政権の今後を何回か考えてみたい。「7か国入国禁止令」が連邦裁判所で停止された経過を見ても、アメリカ政治を考えるとき、連邦最高裁の役割は非常に大きい。最近は報道も多いので知られているかもしれないが、あらためて考えてみたい。連邦最高裁は9人の判事で構成されるが、よく知られているように現在一人が空席になっている。2016年2月にアントニン・スカリア判事が死去して、約1年も後任が決まっていない。オバマ大統領は後任を指名したが、共和党が多数の議会は承認手続きを行わなかった。一説によれば、このスカリア判事の死去こそがトランプ勝利の最大要因だという。(歴史家ジョージ・ナッシュのインタビュー。朝日新聞2017.2.8)

 アメリカは連邦国家だから、基本的には各州で裁判を行う。僕たちが普通法律というときに思い浮かべる、刑法とか民法といった法律も各州ごとに作られている。だから、死刑制度のような重大な問題においても、存置する州と廃止する州が混在している。(死刑制度があるのは、33州と連邦と軍隊。廃止しているのは19州とワシントンD.C.とプエルトリコ、グアムなどの5自治領。なお、存置州のうち、13州は10年以上執行がない。執行が圧倒的に多いのはテキサス州。)

 同性婚を認めるかどうかも、要するに民法の問題だから、基本は各州の対応となる。だから、当初は州ごとに決められた。連邦最高裁は2013年に同性婚者に対して、異性婚者と同等の権利を認めていない連邦法を無効とする判決を下した。これは同性婚の可否を直接裁定したものではないけれど、こういう判決を追い風にして同性婚を認める州が増えていった。

 そんな中で同性婚を認めていない13州が存在した。それに対し、連邦裁判所に同性婚を認めないのは連邦法違反だという裁判が起こされた。2014年11月、その裁判で第5地区連邦控訴裁判所が同性婚を認めない判決を出した。それに原告側が上告し、連邦最高裁で審理が行われることになった。(日本の高等裁判所と同じように、一審判決に不満な場合、控訴できる裁判所が決まっている。第5地区はオハイオ、ミシガン、ケンタッキー、テネシー州を管轄している。今回の7か国入国禁止令の場合、ワシントン州が提訴したので、サンフランシスコにある第9控訴裁判所で審理が行われたわけである。)

 その裁判の最高裁判決は2015年6月26日に出た。同性婚を認めない州法は、法の下の平等を定めた憲法に反するという判決だった。これによりアメリカ合衆国のすべての州で同性婚が認められることになったわけである。ところで、この判決は5対4で決定された。たった一人の差なのである。これは他の問題でもよく起きている。判事の構成が保守派4人、リベラル派4人、中間派1人で構成されていたからである。中間派の判事がどちらに付くかで決着するのである。

 それは例えば、オバマケアが合憲かどうかの裁判に一番現れている。オバマケアを違憲と提訴する裁判も起こされたが、連邦最高裁は2012年に5対4で合憲と判決した。しかし、それは保険加入を義務付けることをめぐってのものである。一方で、2014年にはオバマケアで避妊医療負担を全企業に負担させるのは違憲だという判決を5対4で出している。(信仰に基づく経営を行う家族経営企業などは適用除外になるという判決。)このように一人の判断で合衆国の大問題が左右されていくのである。

 日本の最高裁は15人で構成され、70歳で定年と定められている。アメリカの場合、不思議なことだけど連邦最高裁判事に定年がない。自分で辞めない限り、死ぬまでずっとやり続けるのである。大統領が指名し、上院の承認で決定される。時の政府の多数派の意向が反映するわけだが、その判事が何歳まで生きるかは誰にも判らない。政権の寿命を超えて、最高裁判事の影響力は続くのである。だから、ある意味では大統領や閣僚などを超えた重大な意味を持ってくるわけである。

 現在の8人の構成を見ておくと次の通り。(年齢は2017年2月現在)
レーガン大統領指名    アンソニー・ケネディ(1936~、80歳) 中間派
ブッシュ(父)大統領指名 クラレンス・トーマス(1948~、68歳) 保守派
クリントン大統領指名   ルース・ギンズバーグ(1933~、83歳) リベラル派
                  スティーヴン・フライヤー(1938~、78歳)リベラル派
ブッシュ(子)大統領指名 ジョン・ロバーツ(長官、1955~、62歳)保守派
                  サミュエル・アリート(1950~、65歳) 保守派
オバマ大統領指名     ソニア・ソトマイヨール(1954~、62歳)リベラル派
                  エレナ・ケイガン(1960~、56歳)   リベラル派
*なお、ギンズバーグ、ソトマイヨール、ケイガンが女性。
 トーマスはアフリカ系、ギンズバーグ、フライヤー、ケイガンはユダヤ系、ソトマイヨールはラテン系

 以上を見てみると、非常にくっきりと分かれていることが理解できる。共和党大統領が保守派を指名し、民主党大統領がリベラル派を指名している。もっとも議会ではそれほど大差が付いているわけではないので、厳しい審査で問題点が出てくると指名をやり直したりすることもあった。だから、保守、リベラルといえども、それなりの法律家としての業績や人格などの基準が満たされることが前提になる。

 それにしても、これを見て判るのは、大統領が2期務めても、最高裁判事は2名程度しか指名できないのである。オバマ政権末期に3人目の指名機会が訪れたが、共和党が徹底抵抗したのもなるほどと思えるところがある。オバマの指名した人物は中間派的人物だったけど、オバマの影響力が今後何十年も残ってしまうのを阻止したかったのである。
 
 日本では定年まで数年しかない最高裁裁判官になることが多い。だけど、アメリカでは若くして指名され、定年がない。最古参のケネディ判事は、29年にわたって務めている。2番目に古くなったトーマス判事は26年目に入っているが、41歳で指名されたので、まだ68歳である。年齢だけで言えば、あと10年以上は務めることになる可能性が高い。

 人は年齢順に亡くなる(あるいは回復不能な病気になる)わけではないけど、やはり一応歳の順番に去っていく可能性が高いと言えるだろう。そうすると、高齢順に並べると、ギンズバーグ(リベラル)、ケネディ(中間)、フライヤー(リベラル派)の3人が80歳前後である。次がトーマス判事の68歳だから少し離れている。誰にもわからないことではあるけれど、年齢だけを考えると、保守派はまだ長生きし、リベラル派、中間派が欠けていく可能性が否定できない

 これこそ、保守派が総結集して勝ち取るべき目標なのである。「あと一人」、いや、スカリア判事が保守派だったから、それに加えてトランプ政権中に一人でも多くの保守派を最高裁に送り込めれば…。そうすれば、オバマケアや同性婚もなかったし、ひっくり返せる。歴史を逆回転できるのである。実際に判決が変わったことがある。70年代に一度、最高裁が死刑執行を差し止めたことがある。そのことで全米の死刑執行が止まった。その判決はやがて変更され、条件付き(罪に対して過大に残酷な方法でない場合)で死刑が認められたという経緯がある。そういう経過を思えば、最高裁判事指名権をどちらが握るかは、アメリカ政治にとって、決定的に重大な問題だと理解できる。
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