尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

藤野千夜『じい散歩』を散歩するー池袋周辺散歩

2023年12月17日 22時09分56秒 | 東京関東散歩
 いつも本を読んでて、今の本が終わったら次はこれ、その次はと大体順番を心積もりしている。でも時々は突然ズレてしまうこともあり、最近は藤野千夜じい散歩』(双葉文庫)にハマって崩れてしまった。そういう本が評判になっていることは知っていた。2020年に出た本で、2023年8月に文庫化された。僕が買ったのは10月に出たもので、もう第8刷になっている。

 藤野千夜は2000年に『夏の約束』で芥川賞を取った作家だが、この本はむしろエンタメ的な家族小説。「老人ユーモア小説」だけど、定番を裏切る設定が大いに笑えるのである。大体この世の中では、仕事してきた男が定年後に先に弱ってしまう。妻は地域に友人がいていつまでも元気なはずが、この本は全く逆で、90歳近い夫の方が今も毎日散歩する「健康オタク」なのである。

 その家族小説としての紹介は別に書くが、この本はもう一つ「散歩小説」という新しいスタイルを創造した。主人公は椎名町(西武池袋線で池袋の次の駅)に住んでいて、池袋近くに自分が所有するアパートを持っている。その一室を「秘密基地」にして、エロ本、エロビデオなどを収集しているというトンデモ爺さんなのである。そこで毎日のように散歩して「アパート管理」に出掛けるわけである。その時寄り道するお店などが全部実在のもので、ガイドブック的な役割も果たすわけである。

 これを読むと池袋周辺を歩きたくなるが、近年話題のアニメの街みたいな話はもちろん出て来ない。それどころかデパートも家電量販店もウロチョロせず、昔からの店ばかり行っている。そこら辺が面白く、知ってる人には「あるある感」満載で楽しいのである。また建設会社をやっていたので、面白い建築があれば見に行くという趣味があって、池袋にあるライト設計の「自由学園」(重要文化財)を見に行っている。地元なのに、80半ばになるまで見てないのは不思議だが、そういうことを気にしてはいけない。

 この本で初めて知ったのは、梵寿綱(ぼん・じゅこう)という建築家で、もちろん本名じゃない。調べてみると本名が田中俊郎(1934~)という、早大建築科卒の建築家である。「日本のガウディ」と言われているらしい。「賢者の石」という不思議な建物が南池袋にあるという。ネットで調べると、南池袋公園そばの本立寺隣とあるから探しにいった。
   
 確かに装飾過多の不思議な建物が見つかった。会社が入っているから、そばで撮影するわけに行かない。でも小説にはマンションの中を見られたという記述がある。探すと確かにキラキラした不思議空間が見つかった。何じゃ、これ。
 
 そこから池袋駅に戻って、西武線で東長崎駅へ。実は散歩したのは夕方に文楽を見た日で、この際だから「トキワ荘マンガミュージアム」を見たいと思ったのである。(それは別記事で。)そこから椎名町駅まで歩く。ここは昔いとこが下宿していて何度か行ったことがある。蕎麦屋の名店「」が初めて開店したのもこの近くで、学生時代に食べに行った。まあ、一般的には「帝銀事件」が起きたことで知られている町だが、今じゃそれを言っても知らないかもしれない。
 (長崎神社)
 この地域で一番大きな長崎神社が駅のすぐそばにある。主人公(明石新平)一家もここに初詣に行くらしいが、名前は出てない。そこから歩いて15分ぐらいのところに「秘密基地」のアパートがあるというから、西池袋周辺なんだろう。新平は山手通りを歩いて、立教通りに出ている。今は無電柱化工事ということで一方通行になっていた。五号館手前を曲がって、旧江戸川乱歩邸を見に行ってる。そう言えばクリスマスツリーを今年は見てないなとかつぶやいている。
(旧乱歩邸)(昼間のツリー)
 立教通りを歩いていて、新平は文庫BOXという本屋で「官能小説」を買った。「大地屋(おおちや)」書店が本当の名前だが、ほぼ文庫だけ置いてある書店である。外国作家は別だけど、日本人の文庫は出版社ごとじゃなく作家ごとに並んでるのが特徴。つまり、普通の本屋は新潮、角川、講談社などが別になってるけど、ここはただアイウエオ順で置いてある。だから買いたい本の著者名が判っている場合探しやすいのである。ちょっと前の文庫を見たいときは役に立つ。14日はやってなかったので、15日にもう一回行ったら、ここに続編の『じい散歩 妻の反乱』があったので買ってしまった。(文庫じゃない本も少しある。)
 (ロサ会館)
 そこから西口をブラブラして、ロサ会館のゲームセンターでクレーンゲームをしたりするから、実に不良老人である。まあ昔は遊んでいたらしい。酒は昔から苦手な口で、大の甘党である。特に西口の「三原堂」がお気に入りで、何でもご褒美が和菓子なので子どもから「あんこが貨幣」なんて言われている。特に乱歩先生お気に入りの「薯蕷饅頭」(じょうよまんじゅう)を主人公も愛好している。山芋を生地に使うのが特徴。「池ぶくろう最中」とか「池袋 乱歩の蔵」なんてのもある。
   
 これは読めば買ってみたくなるお菓子である。そういう店があるとは聞いてたけど、場所も知らなかった。大学が池袋と言っても、学生は和菓子屋など用はない。でも今や減塩に気を遣う日々で、アルコールもダメ。バターやクリームたっぷりの洋菓子も控えた方がよい状況に陥っている。そうなると和菓子は実に貴重で、塩分使用量が少ない上、脂肪分も少ない。まあ、こんにゃくゼリーならいいだろうけど。さて、食べてみた「薯蕷饅頭」は上品な甘さで口に甘さが残らず確かになかなか美味しかった。

 主人公の新平は年に似合わず、和食より洋食党である。散歩するとあちこちの洋食屋や喫茶店でしっかり食べるという驚異の老人なのである。特にお気に入りは池袋東口の「タカセ」。大正9年創業という「池袋では知らない人がいない」というパン・洋菓子店である。西武デパートからロータリーをはさんで真向かい辺りにある。2階が喫茶、3階がレストランになっていて、主人公はここの喫茶の常連で係の女店員と仲良くしている。この店は不思議なパンをいろいろ売っているが、特に主人公お気に入りは「あんみつドーナツ」。揚げパンにあんこと求肥が挟んであるという甘そうなパンで、続編ではこれを買って雑司が谷霊園を散歩している。
 
 ここも上の方は入ったことがなかったので、この機会にと思い入ってしまった。ケーキセットなんか食べてる場合じゃないんだけど。ケーキは古風な感じで、駅真ん前にありながら「昭和」が生き残っているようなところである。それが新平お気に入りのところなんだろうけど、店内部は客が多くて写真を撮れない。窓際席が取れれば駅前が見られていい感じ。ケーキは無くなっちゃった浅草の有名喫茶店「アンヂェラス」を思わせる。昔風の味が懐かしく、また行ってみたいなと思った。

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