尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

藤野千夜『じい散歩』『じい散歩 妻の反乱』を読む

2023年12月18日 21時55分37秒 | 本 (日本文学)
 散歩の話を先に書いてしまったが、じゃあ『じい散歩』と続編の『じい散歩 妻の反乱』はどういう小説だろうか。非常に巧みなユーモア小説で、文章的に引っ掛かるところはほぼないだろう。後は内容の問題で、ウーン、へえなど結構考えさせられる所が多い。「老人散歩小説」というかつてないジャンルだけに、自分と比べ合わせて思うことがあるわけだ。その意味では高齢者向けとも言えるが、主人公が元気すぎて笑える本で若い人も面白いと思う。

 題名はテレビ朝日のかつての朝番組「ちい散歩」(2006~2012)がヒントになってるんだと思う。地井武男に始まり、加山雄三、高田純次と続く散歩シリーズの最初である。そこから「じい散歩」を思いつくのは簡単だが、普通なら70代あたりを主人公にしそうだ。散歩する体力を考えると、普通そこら辺が限界だろう。それをこの小説では冒頭で夫の明石新平は10月で89歳、妻の英子は11月で88歳と明記している。後で判るけど、新平は1925年生まれである。だから、2014年時点からスタートしている。

 続編では令和への改元を翌年に控えた2018年から、コロナ禍さなかの2021年まで出て来る。もう90歳を越えているにもかかわらず、散歩はさらにヴァージョンアップして早稲田に建築を見に行ったり、西武線の下りに乗って江古田の富士塚に登ったりしている。そういう人がいないわけじゃないが、普通の90代ではない。続編の帯に「シニア世代の御守小説」とあるのも、新平にあやかりたいということかもしれない。だが明石家にも家族の悩みがないわけじゃない。というか、大ありである。
(藤野千夜)
 明石新平は北関東のM町(県名不明)に生まれた。父は大工で、後を継ぐつもりで修行中に召集された。その前から郵便局の娘、英子とは心許した仲だったが、戦後になって東京に出た英子を追うように上京した。(兄弟からは「駆け落ち」と思われているが、そうじゃないと新平は主張する。)職を転々としながら、20代終わりに建設会社を立ち上げた。高度成長の波に乗って、明石建設は大いに伸びてゆく。英子も社業を手伝いながら、三人の男子に恵まれた。書いてないけど、新平はでかしたと思っただろう。

 三人も男子がいれば、一人ぐらい後継者になるだろう。新平は会社の顧問かなんかになって、創業者と奉られながら孫と楽しく暮らすという「老後」が待つ。そう思ったのではないだろうか。もちろん幸福な老後を送っていてはブンガクにならない。それにしても、である。長男は高校中退の「引きこもり」、一度も仕事をしたことがなく、毎日自宅の部屋で暮らしている。次男は早大中退で、トランスジェンダーである。今も両親と仲が良いが、自分では長女と称している。

 問題は三男で、ある時点までは順調に働いていたらしいが、数年前に会社を辞めて起業した。それがアイドルの撮影会などを主催する会社で、恒常的に赤字を抱えている。そのたびについ保険を解約したりして援助してしまい、ついに2千万円も出している。親が甘かったから、つぶすべき会社を延命させてしまった、もう一切援助しないと宣言しているが、一向に堪えないのはある意味立派かも。新平は「借金王」と呼んでいる。「借金王」に比べれば、「引きこもり」などカワイイもの。トランスジェンダーはもうそれで良しとするしかなく、今は仲良くしている。かくして男子三人いても、孫は望めない状態の明石家なのであった。

 新平は子育てを誤ったかと思わないでもないが、それでも後悔はしていない。自由すぎたかもしれないが、何よりも「自由」が好きなのである。戦争中の不自由にはとことん懲りている。そういう世代だからこそ、自分も自由でいたい、子育てが甘かったとしてもである。だが、その彼の「自由」は妻の英子を苦しめたものでもあった。会社と自宅が一体化した暮らしに疲れ果て、相談もなく衝動買い的に妻が買ってしまったのが椎名町の家だった。そして最近、妻は彼の浮気を疑っている。いくら何でも今さらと突っぱねつつ、それなりの過去もあったらしい。酒は飲めずとも、今もエロ本収集が趣味という爺さんなのであった。

 その後、妻の介護という問題が生じ、それが続編のテーマとなる。墓はどうする、遺産相続はという問題もチラホラ語られるが、それだけでは散歩にならない。90過ぎても散歩してる新平は、まず朝起きると一時間以上自分が考案した健康体操をマットレスの上で行う。それからヨーグルトにきなこ、すりごま、レーズンを入れて食べる。もう一つ、梅干し一粒、米ぬかを煎ったものを一杯、ハチミツ2杯を入れて食べる。だから「健康オタク」と言われるのだが、誰かの受け売りじゃなく、全部自分で考えて、自分で実行する。この主体性ある生き方こそ長寿の秘訣だろう。何しろ、今もネットで情報を調べて散歩に行くのである。

 この本で感じたのは「高度成長世代」の凄さである。今は皆亡くなりつつあるから、もうマスコミでもほとんど出て来ない。「バブル世代」の思い出は語られるが、その前の時代は当たり前のこととなって忘れられる。しかし、日本の現在を築いたのは紛れもなく新平たちの世代なのである。新平は押しつけがましいところ、自分勝手なところも多いけど、それでもいつまでも自分でやり切る覚悟は見上げたものである。こうなると、新平の最期も知りたくなるが、それは新平の視点では不可能。

 結局「長女」の健二が葬儀も相続も仕切るしかないだろう。実は藤野千夜もトランスジェンダーなので、その意味でも彼(彼女)の目から見た続編を期待したい。(なお、「妻の反乱」という副題は誤解を呼ぶので、文庫化時点で改題する方が良いと思う。)最後の最後が日光旅行で、この前行ったところがいろいろ出て来て、その意味でも思い出深い読書だった。

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