尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

TOKYOオリンピック物語

2011年08月08日 22時11分06秒 | 〃 (さまざまな本)
 野地秩嘉(のじ・つねよし)著「TOKYOオリンピック物語」(小学館、2011)。書く時間がないままになっているので、まずこの本を。「東京五輪」というのも、「シベリア抑留」とか「チェコ事件」なんかと並んで、つい買ってしまうテーマなんだけど、この本はちょっと異色で東京五輪を裏で支えた人々の物語である。たとえば、選手村の食事を1万人分作りきった帝国ホテル料理長村上信夫とか。これほど大規模の食事を、しかも単なる和食だけではなく、またいわゆる「洋食」だけではなく、アジアをはじめ世界中から来る選手たちの要求を満たすように作るということはそれまでの日本にはなかった。そういうシステム自体がない。一度に多数の食事をつくるというシステムを作ることから始めるのである。この時、日本中のホテルから来た料理人が「一斉に多数のサンドイッチをつくる」というような技術を覚えて帰り、ホテルの結婚式やパーティというものが全国に広まっていったのだという。村上さんは無休、無給で事に当たった。

 勝者を速報するためのコンピュータのシステムを作った日本IBMの技術者たち、初めて民間警備会社(今のセコム)を作って選手村の警備を担当した人、ポスターや絵文字を作った人々。(ちなみに、あのランナーが一斉にスタートするポスターを作った亀倉雄策により、グラフィックデザイナーという言葉が定着した。)「プロジェクトX」の東京五輪特集だけど、とても感動的で、熱く思い出すような話がいっぱい積もっている。そして、亀倉雄策の言葉、「日本人は時間を守るとか団体行動に向いているというのは嘘だ。どちらも東京オリンピック以降に確立したものだ。みんな、そのことを忘れてる。」という発言が重い。確かに僕らは忘れている。ちょっと前まで、パソコンどころか、テレビも冷蔵庫もなく、みんな落語の登場人物みたいに暮らしていたのだ。五輪の10日前になんとか新幹線を間に合わせたのに、今では忘れて中国を批判している。(儀式に間に合わせるために急いだという点が共通しているというだけで、他に有意味な批判点はもちろんいっぱいある。)

 僕が東京五輪を経験したのは、小学校低学年のとき。教室にテレビが導入された。開会式の日の空の五輪マーク。内外のいろいろな選手の活躍もさることながら、僕が一番思い出すのは閉会式の、国家や民族を超えて肩を組み一緒に行進した様子である。あれで、良いのだ!と幼くしてインスパイアされたので、「卒業式は厳粛に」などという言説に違和感を覚えてしまうのである。入学式は最初だから厳粛でもいいけど、卒業式は最後の別れなんだから、偉い人の話を謹聴してるだけではつまらないではないか。
 それはともかく、誰かが書いてたけど、僕らの世代には「東京五輪開会式」を口演できる生徒がけっこういた。僕も、古関裕而の行進曲を口ずさみながら、「○○選手団の入場であります…いよいよ最後、日本選手団の入場であります。アジアで初めて開かれる世紀の祭典であります」などと口マネができた。僕は子供だったからテレビを見て、素朴なナショナリストとして感動していた。(小林信彦の本を読むと、そういう人ばかりでなく東京を逃げ出していた大人もいたとわかるのだが。)

 そういう素晴らしい東京五輪ならぜひもう一回やるべきだと思うかというと、全くそうは思わない。一番大きなタテマエ的な理由は、2020年には今回の震災の復興どころか東京自体が被災地であるかもしれないではないかということにある。しかし、ホンネ的に言えば、あの素晴らしい、日本の初めての体験は自分の心の中にとっておきたいという気持ちがある。今度やっても、それは初めての人には感動もあるだろうが、大体のところは「もうできあがったシステム」に人間を動員してあてはめていくだけのつまらないものなるだろうという予感がある。だから、まだやっていない都市が手を挙げるならば、そういう都市を応援したいという気持ちがあるのだ。

 なお、この本のかなりの部分は市川崑監督の記録映画「東京オリンピック」の裏話になっている。そこは大変興味深い話が多いが、後書きにある仲代達矢の言葉には間違いがある。仲代の映画デビューは「火の鳥」という映画だが、出世作という意味でも「人間の条件」全6部(1959~1961)を先に挙げなくてはいけない。映画に関しては、案外間違える人が多いので、校正者も頑張ってね。(もう一か所「?」があるけど、まあ書かない。)
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 大野更紗「困ってる人」 | トップ | 高校無償化は人権問題である... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

〃 (さまざまな本)」カテゴリの最新記事