映画監督の崔洋一が11月27日に亡くなった。73歳。以前からガン闘病を明らかにしていたので驚きはない。ちょっと前に大森一樹監督の訃報を書いたばかりなので、同じように同時代に映画を見てきた崔監督の追悼も書いておきたい。

名前で判るように「在日コリアン」だった。長野県佐久市出身で、1994年に「朝鮮籍」(これは戦前の植民地時代の朝鮮半島出身者を意味する「記号」である)から大韓民国の国籍に変更した。(変更時期はウィキペディアによる。)そして「在日」を描く映画を作った人としてマスコミの訃報でも大きく取り上げられた。それも間違いではないけれど、僕の見てきた感じでは崔監督の魅力はちょっと違った所にあったように思う。それは「アクションの魅力」である。
一番高く評価され、崔監督の名を一躍知らしめたのは、1993年の『月はどっちに出ている』だった。唯一のキネ旬ベストワン。これは「在日」のタクシー・ドライバーとフィリピン女性を登場させたコメディ風の風刺作品だった。原作は梁石日(ヤン・ソギル)の『タクシー・ドライバー日誌』で、僕は前からこの作家を愛読していた。でも原作をどんどん離れて行くところが面白い。見ていて確かに面白かった。これは自宅近くでロケしたと判る場面があって、それも興味深かった。
しかし、昨年(2021年)国立映画アーカイブの特集「1990年代日本映画――躍動する個の時代」で見直したら、これが案外普通の映画だった。主人公の母親が「北」に「帰国」した息子に送る荷物に秘かにお金を入れるシーンなど、当時は新鮮な「情報」だった。また日本社会の外国人を描くときに「オールドカマー」と「ニューカマー」を対比的に絡めるのもとても新鮮だったのだが、その後どんどん外国人労働者が普通に見かける時代になっていった。あれだけ新鮮だったルビー・モレノも今見ると普通である。「在日」社会派コメディとして、面白くはあるけれど、生涯の最高傑作なんだろうかと思ったのである。
(『月はどっちに出ている』、監督と主役)
崔監督は大島渚『愛のコリーダ』や松田優作主演の「遊戯」シリーズなどの助監督を経て、1983年の『十階のモスキート』で監督デビューした。当時は名前も知らず、小さな公開だったので見逃したと思う。ベストテン9位に入って、その後見たけど、まあ普通に思った。ところが近年になって見直すと、ものすごく面白い。借金苦の悪徳警官をやった主演の内田裕也の追悼特集で見たからかもしれないが、堕ちてゆく警官を演じた鬼気迫る演技に魅せられた。娘役の小泉今日子の映画デビューで生意気ぶりが面白い。
(『十階のモスキート』)
その後角川映画で『いつか誰かが殺される』など4本を監督した。その中で北方謙三原作の『友よ、静かに瞑れ』(1984)は、原作を変えて沖縄でロケした。それが何と辺野古なのである。最近初めて見て、出来は普通だがロケが面白かった。それ以後、沖縄を舞台にして『Aサインデイズ』(1989)、『豚の報い』(1999)を製作した。僕は崔監督は沖縄映画の系列が一番面白いと思う。もっともどっちもベストテンには入選していない。沖縄のロック歌手喜屋武マリーを描く『Aサインデイズ』は批判する人もいるようだが、僕は公開当時に見て感動した。又吉栄喜の芥川賞受賞作の映画化『豚の報い』も僕は見て満足した。不思議な世界を描くストーリーだが自然に見られた。ロカルノ国際映画祭にてドン・キホーテ(国際シネクラブ連盟)賞受賞。
(『豚の報い』)
2004年の『血と骨』はやはりヤン・ソギルの自伝的原作の映画化で、ビートたけしが父親役を圧倒的な濃度で演じた。主演男優賞を得たが、助演賞のオダギリジョーも高く評価された。だけど、僕はこの映画は鬼気迫りすぎて好きになれなかった。原作の方が絶対に面白いと思う。それに「在日コリアン」役を日本人俳優が演じるのは、「当事者性」からどうなんだろうと思ったのである。そこまで高く評価されなかった『マークスの山』(1995)や『犬、走る。DOG RACE』(1998)の方が面白いんじゃないか。
中でも2002年の『刑務所の中』は非常に特別な設定の映画だけど、素晴らしく面白かった。漫画家花輪和一が銃砲刀剣類不法所持で服役した実体験を描いた原作漫画の映画化。細部にこだわって描かれた原作を出来るだけ忠実に映像化した。原作はもっと凄いらしいけど、読んでない。刑務所が出て来る映画はいくつもあるけど、ここまでリアルな映画は前にも後にもないだろう。アクションなき、押さえられたアクション映画。山崎努を主人公に、香川照之、田口トモロヲ、松重豊などが同房という恐るべき空間である。僕はこの映画と『Aサインデイズ』が実は崔監督作品で一番好きである。
(『刑務所の中』)
『クイール』(2002)は盲導犬を描いたヒット作。長編最後は『カムイ外伝』(2009)だが、どっちも見逃した。21世紀になって作品が少ないのは、2004年に宝塚大学で教えたり、日本映画監督協会会長になったりしたことが大きいと思う。それに『血と骨』でやり切った感もあったかもしれない。崔洋一は「在日」という枠だけでは捉えきれず、娯楽作も器用に作れる監督だった。
それにしても80年代、90年代を担った映画監督がどんどん亡くなっているのはどういうことだろうか。溝口健二(1956年、58歳)や小津安二郎(1963年、60歳)の時代でもないのに。その後には新藤兼人(2012年、100歳)、鈴木清順(2017年、93歳)のような長命な人もいたのである。それに対して、相米慎二(2001年、53歳)、市川準(2008年、59歳)、森田芳光(2011年、61歳)、そして今年だけで青山真治(57歳)、大森一樹(70歳)、崔洋一(73歳)と続いている。大森、崔は長生きの方ではないか。でも現在の男性の平均寿命を大きく下回っている。長年の映画業界の労働環境や喫煙の多さなどが影響しているのだろうか。

名前で判るように「在日コリアン」だった。長野県佐久市出身で、1994年に「朝鮮籍」(これは戦前の植民地時代の朝鮮半島出身者を意味する「記号」である)から大韓民国の国籍に変更した。(変更時期はウィキペディアによる。)そして「在日」を描く映画を作った人としてマスコミの訃報でも大きく取り上げられた。それも間違いではないけれど、僕の見てきた感じでは崔監督の魅力はちょっと違った所にあったように思う。それは「アクションの魅力」である。
一番高く評価され、崔監督の名を一躍知らしめたのは、1993年の『月はどっちに出ている』だった。唯一のキネ旬ベストワン。これは「在日」のタクシー・ドライバーとフィリピン女性を登場させたコメディ風の風刺作品だった。原作は梁石日(ヤン・ソギル)の『タクシー・ドライバー日誌』で、僕は前からこの作家を愛読していた。でも原作をどんどん離れて行くところが面白い。見ていて確かに面白かった。これは自宅近くでロケしたと判る場面があって、それも興味深かった。
しかし、昨年(2021年)国立映画アーカイブの特集「1990年代日本映画――躍動する個の時代」で見直したら、これが案外普通の映画だった。主人公の母親が「北」に「帰国」した息子に送る荷物に秘かにお金を入れるシーンなど、当時は新鮮な「情報」だった。また日本社会の外国人を描くときに「オールドカマー」と「ニューカマー」を対比的に絡めるのもとても新鮮だったのだが、その後どんどん外国人労働者が普通に見かける時代になっていった。あれだけ新鮮だったルビー・モレノも今見ると普通である。「在日」社会派コメディとして、面白くはあるけれど、生涯の最高傑作なんだろうかと思ったのである。

崔監督は大島渚『愛のコリーダ』や松田優作主演の「遊戯」シリーズなどの助監督を経て、1983年の『十階のモスキート』で監督デビューした。当時は名前も知らず、小さな公開だったので見逃したと思う。ベストテン9位に入って、その後見たけど、まあ普通に思った。ところが近年になって見直すと、ものすごく面白い。借金苦の悪徳警官をやった主演の内田裕也の追悼特集で見たからかもしれないが、堕ちてゆく警官を演じた鬼気迫る演技に魅せられた。娘役の小泉今日子の映画デビューで生意気ぶりが面白い。

その後角川映画で『いつか誰かが殺される』など4本を監督した。その中で北方謙三原作の『友よ、静かに瞑れ』(1984)は、原作を変えて沖縄でロケした。それが何と辺野古なのである。最近初めて見て、出来は普通だがロケが面白かった。それ以後、沖縄を舞台にして『Aサインデイズ』(1989)、『豚の報い』(1999)を製作した。僕は崔監督は沖縄映画の系列が一番面白いと思う。もっともどっちもベストテンには入選していない。沖縄のロック歌手喜屋武マリーを描く『Aサインデイズ』は批判する人もいるようだが、僕は公開当時に見て感動した。又吉栄喜の芥川賞受賞作の映画化『豚の報い』も僕は見て満足した。不思議な世界を描くストーリーだが自然に見られた。ロカルノ国際映画祭にてドン・キホーテ(国際シネクラブ連盟)賞受賞。

2004年の『血と骨』はやはりヤン・ソギルの自伝的原作の映画化で、ビートたけしが父親役を圧倒的な濃度で演じた。主演男優賞を得たが、助演賞のオダギリジョーも高く評価された。だけど、僕はこの映画は鬼気迫りすぎて好きになれなかった。原作の方が絶対に面白いと思う。それに「在日コリアン」役を日本人俳優が演じるのは、「当事者性」からどうなんだろうと思ったのである。そこまで高く評価されなかった『マークスの山』(1995)や『犬、走る。DOG RACE』(1998)の方が面白いんじゃないか。
中でも2002年の『刑務所の中』は非常に特別な設定の映画だけど、素晴らしく面白かった。漫画家花輪和一が銃砲刀剣類不法所持で服役した実体験を描いた原作漫画の映画化。細部にこだわって描かれた原作を出来るだけ忠実に映像化した。原作はもっと凄いらしいけど、読んでない。刑務所が出て来る映画はいくつもあるけど、ここまでリアルな映画は前にも後にもないだろう。アクションなき、押さえられたアクション映画。山崎努を主人公に、香川照之、田口トモロヲ、松重豊などが同房という恐るべき空間である。僕はこの映画と『Aサインデイズ』が実は崔監督作品で一番好きである。

『クイール』(2002)は盲導犬を描いたヒット作。長編最後は『カムイ外伝』(2009)だが、どっちも見逃した。21世紀になって作品が少ないのは、2004年に宝塚大学で教えたり、日本映画監督協会会長になったりしたことが大きいと思う。それに『血と骨』でやり切った感もあったかもしれない。崔洋一は「在日」という枠だけでは捉えきれず、娯楽作も器用に作れる監督だった。
それにしても80年代、90年代を担った映画監督がどんどん亡くなっているのはどういうことだろうか。溝口健二(1956年、58歳)や小津安二郎(1963年、60歳)の時代でもないのに。その後には新藤兼人(2012年、100歳)、鈴木清順(2017年、93歳)のような長命な人もいたのである。それに対して、相米慎二(2001年、53歳)、市川準(2008年、59歳)、森田芳光(2011年、61歳)、そして今年だけで青山真治(57歳)、大森一樹(70歳)、崔洋一(73歳)と続いている。大森、崔は長生きの方ではないか。でも現在の男性の平均寿命を大きく下回っている。長年の映画業界の労働環境や喫煙の多さなどが影響しているのだろうか。