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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

『この夏の星を見る』、原作と映画ーコロナ禍の青春を描く

2025年07月17日 21時43分35秒 | 映画 (新作日本映画)

 辻村深月の『この夏の空を見る』(2023)が角川文庫に入ったので読んでみた。映画にもなって、7月4日から上映中。しかし、上映館があまり多くなく、公開3週目にして早くも上映回数が激減している。この原作と映画は、出来栄え以前の問題として是非多くの人に知って欲しいので紹介しておきたい。2020年春、新型コロナウイルスによって全国の学校が突然休校になった。その年の部活動の全国大会は軒並み中止となり、修学旅行などの学校行事もほとんど実施出来なかった。そんな年にたまたま高校生だった「コロナ世代」は何を思い、何をしていたのか。その苦悩の日々を生き抜いた若者たちの姿がこの小説と映画の中に息づいている。

 中心的に描かれるのは、茨城県の「砂浦第三高校天文部である。運動部の活動は難しいし、文化部でも吹奏楽部や演劇部は「」を避けられない。そんな中で著者が注目したのが、屋外で行うことが必須の「天文部」なのである。普通部員数が多いとは思えないし、屋外なら「密」も避けやすい。モデルになったのは土浦三高だという.。全国に知人がいる名物先生がいて、その先生目当てに入学してきた2人の部員、溪本亜沙桜田ひより)と飯塚凛久水沢林太郎)が主人公格。その高校で「スターキャッチ・コンテスト」をやっていたのである。自分たちで天体望遠鏡を作り、課題に出た星を早く見つける競争である。

(主演の桜田ひより)

 その記事を見つけたのが、東京の「ひばり森中学」の理科部。(原作では渋谷区、映画では世田谷区。)安藤真宙黒川想矢)は小学校の友人が皆私立や中高一貫校に行ってしまって、気付いてみたら地元中学に進学した男子は一人だけ。サッカー部もなくなってしまい、鬱屈していたところに中井天音星乃あんな)に「理科部」に勧誘される。近くの御崎台高校にサッカークラブ時代の先輩がいて、今は物理部で宇宙線測定をしていると知り、理科部でもいいかなと思う。そしてスターキャッチ・コンテストをたまたま見つけて砂浦三高に電話する。その結果オンラインで今年も実施出来るんじゃないかということになっていく。

(東京で)

 もう一つ、どこかに参加して欲しいということで、修学旅行で行くはずだった長崎県を希望する。そこで五島列島の天文台に声を掛けると、天文台によく来ている高校生がいるという。武藤柊和田庵)と小山友悟蒼井旬)で、彼らは島の泉水高校に「留学」で来ていた。二人は家が旅館を休業しないため地元から非難されている佐々野円華中野有紗)を誘って天文台に行ってみる。円華は地元なのに島の天文台に行ったことがなかったが、星空の素晴らしさに魅せられる。本当は一番星が好きだった輿凌士萩原護)もいるのだが、春休みに東京の自宅に帰ったまま島に戻れなくなってしまった。しかし、輿は東京チームに参加出来ることになる。

(五島列島で)

 簡単に原作でも描かれる3チームを紹介したが、原作や映画を知らないと理解しにくいだろう。『国宝』では大胆に登場人物を整理して、吉沢亮、横浜流星二人の関係に絞り込んだ。しかし、『この夏の星を見る』の場合、どうしてもこの3チームが必要なので、整理できないのである。それぞれ「コンテストをやりたいと中学生が申し出る」「修学旅行で行くはずだった長崎の高校生に加わって欲しい」ということで、物語に欠かせないのである。その分映画としては新しい説明に時間を取られて、各パートの細かな人間関係に深入りしにくい。ただし、原作にはない「スターキャッチ・コンテスト」を映像で見せるのは興味深かった。

 (原作)

 他にも五島チームのメンバーに原作とは違う設定がある。映画化に当たって多少の差異は仕方ないが、この作品の場合全体としては同じように進行すると言えるだろう。その代わり、登場人物の心理が描かれにくい。またキャストに違和感があるケースも多く(例えば、2002年生まれの桜田ひよりは高校生と感じにくい)、どうも「原作の絵解き」感が抜けない。そういう問題もあるが、基本的な問題として「自作の望遠鏡で実際に木星や土星を見てみる」ことの感激が映像では伝わりにくいのである。そこが『国宝』の歌舞伎シーンと違うところで、原作で想像する方が面白いのである。その意味では今回は原作をまず読んで欲しいと思う。

(原作者辻村深月と桜田ひより)

 監督は山元環、脚本は森野マッシュという人で、二人とも長編劇映画は初めてらしい。実際の映像になることで、例えば五島列島の自然やコロナへの恐怖などはよく伝わる。一方で、茨城の場合など、原作の紆余曲折が省かれどんどん進むような感じになったと思う。もちろん映画には大きな役割があり、今後学校での上映などを進めて欲しいと思う。全国の学校をオンラインで結べば、コロナ禍でも素晴らしい部活動が出来たという着想は見事。実話じゃないのが残念で、これは原作者辻村深月の殊勲だろう。

 コロナ禍を描く映画に『フロントライン』があるが、また違った観点から「あの時代」を映像に留める試みである。僕がどうこう出来る問題じゃないわけだが、安倍内閣によって卒業式、入学式も難しくなったのは、当時から間違っていると考えていた。そんな年に彼らが何を出来たのか。この小説、映画はフィクションだけど、工夫すればいろいろなことが出来るというメッセージは、コロナに関わらず感動的だ。読んだり見たりすることで、コロナ禍を思い出して苦しいとも言えるが、「あの時代」を忘れてはいけないと思う。この夏、高校生や中学生には是非読んでみて欲しいし、映画も見て欲しい。


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