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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

集英社新書「安倍晋三と菅直人」を読む

2022年01月04日 22時12分00秒 | 〃 (さまざまな本)
 年末年始というのに、特に一年のまとめも年頭所感も書いてない。別にもう「新年の抱負」なんて特にないし、明けても全然めでたくない。今年も当然いくつかの良いことはあるだろうけれど、基調としては悪い流れを引きずる年になる。世界のすべてに責任を持つことは出来ないが、それでも日本の中で起こることは時たまは書き続けたい。今年は年始も休まず書いているが、本や映画の感想を残しておきたいのである。まあ一人ぐらい読んだり見たりする人がいるかもしれないし。

 年末に多くのミステリーの合間に読んだ本が、尾中香尚里安倍晋三と菅直人」という本である。集英社新書の10月新刊で、定価1034円。どうしようかと悩んだんだけど、東京新聞の書評を読んで買ってしまった。著者の尾中香尚里(おなか・かおり)氏は毎日新聞記者として大震災と原発事故を取材した。2019年に退社後は共同通信47NEWS、週刊金曜日などに記事を書いているという。この10年間に日本を襲った危機、それが原発事故新型コロナウイルスである。その危機に臨んで国のリーダーがどのように対応したか。それを時の総理大臣だった菅直人安倍晋三、二人を近くで取材した立場から論じた本である。

 最初にこの本を見たときには、あまり読みたい気がしなかった。コロナ禍への安倍政権の対応はまだ覚えているし、原発事故対応も同じ。あまり思い出したくないし、書名にある安倍晋三、菅直人という二人は、この10年でも毀誉褒貶(きよほうへん)、つまり褒めたり貶したりが激しい政治家である。二人とも大好きという国民はいないわけだから、多くの人は読むとどこかで不快感を感じそうである。でも、この本は二つの意味で読んでよかった。一つは10年前の原発事故はもちろん、一去年の新型コロナ登場時のことも細かいことをかなり忘れていた。もう一つはもっと重要で、僕らは大体新聞、テレビ、ネットニュースなどで情報を得ているが、そこでは国会質疑などを全部読むことはないのである。

 この本では時間を整理し、時には国会答弁や記者会見で語られたことをまとめて紹介している。僕もなるほどと思うことが多かった。簡単に感想を書いておくと、まず原発事故。僕もきちんと追っていたわけではないので、菅直人首相や枝野幸男官房長官、福山哲郎官房副長官など事故処理に当たった中心人物たちが回想記を残していたことを知らなかった。それは多くの事故調報告書などと事実関係において、ほぼ矛盾はないという。後になって隠ぺいや自己弁護するのではなく、貴重な経験を残しておくという意味で記憶をまとめたのである。著者は安倍政権でコロナ対応に当たった人たちは回想記を書くだろうかと書いている。

 原発事故においては、首相官邸がずいぶん大きな権限を行使したが、それを批判する人は当時も今もかなりいる。それに対して、原子力災害特別措置法(原災法)で決められている首相の大きな権限を自覚的に行使していたことが指摘される。一方、コロナ禍では安倍政権がなかなか「新型インフルエンザ等対策特別措置法」を発動しなかった。野党側が「」と法律にあるんだから「等には新型コロナウイルスも該当する」と認定すれば、政府は防疫のために大きな権限を行使できるとたびたび指摘しても、安倍政権は応じなかった。結局は法改正を行って、そのために貴重な時間をムダにしたのである。

 安保法制ではあれほど「憲法の拡大解釈」を積み重ねたのに対し、どうしてコロナ禍で法律の拡大解釈的運用を行わなかったのか。一つは新型インフル等特措法が野田内閣で成立した「民主党時代の遺産」なので、「悪夢のような民主党政権」の作ったものは使いたくないらしいのである。もう一つは「憲法に緊急事態条項がない」から政府が危機にあたって権限を行使できない、憲法改正に野党が反対してきたから政府がコロナに対応できないと、あからさまにそこまでは言わないけど、まあそんなニュアンスの発言を度々しているのである。しかし、先ほど書いたように「新型インフル等特措法」の「等」を活用すれば、もっと早くいろんな対応が出来たのである。

 そして法律が改正されても、なかなか緊急事態宣言を発しなかった。全国の学校の一斉休校などを行ったにもかかわらず、権限に基づく民間業者への法的命令を発しなかった。「自粛の要請」に止まることが多く、そのため「自粛警察」みたいな事態が起こった。これらは「補償」を避けたいと言うことだったのがこの本でよく判る。事態の性格が全く違うとは言え、原発事故の時の民主党政権の方がずいぶんマトモだったとこの本を読めば理解出来る。あまりの大災厄だったから、原発事故の時の政府対応はダメだったと思っている人が多いだろう。僕もまあそうだったけれど、コロナ禍の安倍政権よりマシだったのではないか。嘘だと思う人はこの本を読んでから批判して欲しい。

 もう一つ、当時も今もよく批判の的になるのが、菅直人首相の原発訪問である。著者も理解は出来るが、当否の判断は難しいとしている。非常事態において最高指導者が訪問したちょうどその時に、原発の爆発が首相ヘリを直撃することも可能性としては絶無ではないからだ。しかし理系の菅直人首相にとって、原発を理解出来ていない官僚的な対応、説明に満足出来なかった。その問題はちょっと置いて、原発視察後のヘリは燃料の持つ限界まで北上して津波被害も確認したのだという。その結果、首相は自衛隊派遣人員をそれまでの5万人から10万人と倍増させた。自衛隊を活用するんだから、自民党は歓迎するかと思うと、この本によると「本来業務」、つまり「国防」に影響すると批判したのだという。そんなことがあったのかと今さら驚いた。ちょっと読んでみて欲しい。
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