尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

韓国ノワールの逸品「声もなく」、誘拐の行方は?

2022年01月30日 20時47分20秒 |  〃  (新作外国映画)
 「決戦は日曜日」は午後3時過ぎ上映開始だったので、その前にもう一本。いろいろあったけれど、新宿シネマートで「声もなく」という韓国映画を見た。新宿シネマートという映画館はほとんど韓国映画専門館になっている。全部見ている余裕はないが、いっぱい公開される韓国製ノワール映画の中には、時には作品的に見逃せないものも入っている。韓国では近年女性作家の活躍が著しいが、映画監督でも女性が活躍するようになってきた。このホン・ウィジョン(1982~)監督のデビュー作「声もなく」は、スター俳優ユ・アインを主演にしながら、世界に数多い誘拐映画を「脱構築」するような出色の映画になっている。

 二人の男が移動販売車で卵を売っている。片方は片足が不自由なチャンボクユ・ジェミョン)で、手伝っているもう一人は耳は聞こえるが声が出せないテインユ・アイン)である。しかし、卵売りは仮の仕事で、実は「死体処理」が本業だった。犯罪組織が拉致してきた男を殺害して埋めるまでを担当している。ところがある日、社長が今度はある少女を預かってくれという。「いや、私たちは死体専門で」と逃げるが、結局は拒めずに11歳の少女チョヒ(ムン・スンア)を1日だけ預かることになる。結局テインが妹と住んでいるあばら屋に連れて行くことになった。
(テインと少女)
 ところがこの誘拐は上部組織に独断で社長が実行してしまった犯罪だったらしく、依頼人の社長が次の死体処理の対象になって送られてくる。一体誘拐はどうなってしまうのか。組織は身代金受け取りはお前らがやれと命じてきて、裏仕事しかしないはずのチャンボクが出向かざるを得ない。父親はなかなかカネを払おうとしないらしく、チョヒも自分は弟に比べて大事にされてないからと言う。そのうち、テインの妹がチョヒに懐いてしまい、乱雑だった部屋も二人で片付けてしまう。一方、身代金受け取りに出向いたチャンボクは、カバンを見つけるが逃げるうちに足を滑らせてしまう。
(テインとチャンボク)
 自分が帰って来なかったらここへ連れて行けとテインはチャンボクからメモを渡されていた。そこへ連れて行くと、子どもがいっぱいいる。チョヒを置いてくるが、どうも不審に思ったテインは子どもたちを連れていく自動車を追いかけていく。テインの心にも変化が起こったのだろうか。戻ってきたチョヒはある夜、逃げ出す。酔っぱらった男が警官を名乗るが、信じられずにチョヒはさらに逃げる。女性警官が捜索して、ついにテインのあばら屋を見つけるが…。そして組織の追っ手もやって来る。

 一昔前の香港ノワールもそうだが、韓国でたくさん作られた犯罪映画でも銃撃戦がいっぱい出て来る。現実にそんな事件が多いわけでもないだろうが、きっと日本よりは多いに違いない。しかし、この映画では組織同士の銃撃戦などにはならず、犯罪組織の下請けのチンケな生活を描く。テインは声を出せないから、当然自分の思いを伝えられない。映画内の人物と同じく、見ている我々も彼の心の内を想像するしかない。そこが新鮮な描き方である。演じるユ・アインは丸刈りにして体重も15キロ増やして撮影に臨んだ。低予算の新人監督作品に入れ込んだのである。
(ホン・ウィジョン監督)
 ホン・ウィジョンはCMなどを手掛けた後でロンドンに留学、その後短編映画を作り、この映画の脚本で注目された。大体若手監督は同じような道筋を経て長編デビューを果たしている。この映画で、青龍映画賞新人監督賞、百想芸術大賞監督賞を受賞した。韓国の女性監督では「はちどり」のキム・ボラに驚いたが、ホン・ウィジョンも注目である。ユ・アインは「バーニング 劇場版」で主演をしていた人。話そのもの以上に、韓国の農村をとらえた瑞々しい映像、疎外されたものどうしに通う心など、細かな描写が優れている。普通の犯罪映画とはひと味違う韓国社会のリアリティを感じさせる作品だった。
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