尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「ひとよ」と「閉鎖病棟」

2019年11月21日 23時04分04秒 | 映画 (新作日本映画)
 最近はシネマヴェーラ渋谷で上映されているフレッド・アステア特集を結構見てた。戦前から戦後直後にアメリカで活躍した俳優だが、タップダンスの神技を見ているとすごく幸せな気分になる。まだまだ続いているが、アステアばかり見ていると新作映画が終わってしまう。近年は日本映画の重厚な作品が秋に公開されることが多い。人気スター目当てに拡大公開されるけど、重い作品はすぐに上映回数が減ってしまう。だから「ひとよ」と「閉鎖病棟」を続けて見てしまうことにした。

 どちらもよく出来ていて、なかなか見応えがある。「ひとよ」は近年好調が続く白石和彌監督で、脚本は白石監督とは「凶悪」などで組んだ高橋泉が手がけている。なんでも原作は劇作家桑原裕子の舞台作品だというが、僕は知らない。地方都市を舞台に、ある家族に降りかかった「犯罪」の行く末をじっくりと見つめてゆく。DVの父親がいて、このままではいられないと思った母がいる。一家はタクシー会社をやっていて、母も運転手だった。子どもを守りたい一心で、母は父親をひき殺して自首する。
(左から佐藤健、松岡茉優、鈴木亮平)
 それから15年。長男大樹鈴木亮平)は電機屋で働き妻子もいるが、うまく行ってない。次男雄二佐藤健)は東京で雑文を書きながら作家になりたいと思っている。一番下の長女園子松岡茉優)は美容師の夢を諦めスナックで働いている。結局「父の暴力」からは逃れられたが、「殺人者の子」を見る「まなざしの暴力」にさらされる日々が始まったのだった。自首前に母は「15年したら戻ってくる」と言い残す。すでに出所して各地で働いていた母こはる田中裕子)が、約束通り戻ってきた…。

 タクシー会社は今も親戚が経営して残っていた。そこに「堂下」(佐々木蔵之介)というマジメな運転手が入社してくる。この堂下の事情が判ってきた頃に、母をめぐる家族の葛藤もピークを迎える。日本は殺人が非常に少ない国だが、起きる殺人の大部分は「家族内犯罪」である。その場合、残された遺族は「犯罪被害者の家族」であり「犯罪加害者の家族」でもある。その二重性の矛盾を若い子どもたちは一心に引き受けて生きなければならなかった。そこに次男が抱える屈託が生まれる。園子が「夢をあきらめないで」(岡村孝子)をスナックで歌うのが切ない。

 日本映画ではあまり描かれたことがない深刻なテーマが心に刺さる。ロケは茨城県で行われ、大洗などの地名が明示される。空を広く映し出す画面が印象的で、人間社会は小さいなという感じを与える。筒井真理子韓英恵など助演陣もいいが、なんと言っても母親の田中裕子がすごい。今さらながらだが、今回も女優賞有力候補だろう。三人の子どもたちは、いずれも熱演している。松岡茉優は何気ない仕草が見事で、やっぱりうまいなと思った。解決しない問題を抱えて生きる人々を描いた力作だ。

 「閉鎖病棟 それぞれの朝」はミステリー作家箒木蓬生(ははきぎ・ほうせい)の山本周五郎賞受賞作の映画化。全く覚えてないけれど、この原作は「いのちの海」(福原進監督、1999)として映画化されたことがあり、今回が2度目の映画化だという。ある精神病院で起こった殺人事件をめぐって展開するが、ミステリーや社会派というよりも「メロドラマ」として進行する。「閉鎖病棟」という題名だが、時代は近年に設定されていて「開放病棟」である。患者たちは許可を受ければ外出も出来て、町に買い物に行くことも出来る。小諸高原病院でロケされ、素晴らしい効果を上げている。

 基本設定が僕にはどうにも理解出来ないけど、それを受け入れてしまえば平山秀幸監督の演出のうまさを味わえる。主人公は梶木秀丸笑福亭鶴瓶)という車いすの老人だが、この人物は死刑囚である。死刑執行に失敗し、精神病院に収容することになった。というんだけど、これは理解出来ない。死刑の実態を無視した設定だし、再審でも恩赦でもない死刑囚が民間の病院にいて自由にしているというのも理解出来ない。八王子の医療刑務所に移送されるんだったらあり得ると思うけど。
 
 まあ、それはともかく、そのように「生きているけど、存在していない」ような秀丸を中心に、病院内の様々な人々が描かれる。特に重要なのが、塚本(綾野剛)、島崎由紀(小松菜奈)である。家族に虐待される由紀に、さらに大きな悲劇が訪れる。その事件をめぐって、秀丸はどういう行動を取ったのか。それがこの映画のメインとなる。そして起訴され裁判になるが…。メロドラマ的には非常に盛り上がるし、「精神病院」の描き方もおかしくない。ただ、「絶対悪」のような存在が現れてきていいのだろうか。「悪」を見つめず、基本的には「善人」の葛藤のみ描いている。そこがメロドラマという理由だが、それでも映画はかなり盛り上がる。「ひとよ」は泣けないけど、こちらは泣かせる。
(上田城ロケで、右から小松菜奈、綾野剛、鶴瓶、板東忠太)
 この映画を支えているのは、小松菜奈の魅力。映画内でも他の患者に「若いのは得」と言われているが、若いと言うより「カワイイ」ということだ。今までの作品以上に演技力を求められる難役だが、説得力ある演技だったと思う。ミステリー的なメロドラマなので、筋は全然書いてないけど、あまり面倒に考えなければ楽しめる出来映えだと思う。でも基本設定がなあ。
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