尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

神田松鯉の講談を聞く

2019年11月29日 21時14分00秒 | 落語(講談・浪曲)
 新宿末廣亭11月下席は、落語芸術協会所属の講談師・神田松鯉(かんだ・しょうり、1942~)がトリを務めている。そのちょっと前には、2月に真打昇進、伯山襲名が決まっている超人気の神田松之丞も出ている。松鯉は今年「人間国宝」に認定され注目が集まっている。人気の師弟を聞こうと末廣亭はいっぱいだである。もっとも夜の部始め頃に行けば、まだまだ一階桟敷席が空いていた。
(神田松鯉)
 松鯉の出し物は十日間続けて「赤穂義士伝」長講である。マクラで言ってたけど、講釈師は「冬は義士、夏はお化け」でメシを食ってきた。季節柄寒くなれば、義士伝となる。なんて知ってるように書いても、僕は聞いたことがない。夏のお化けの方は、一龍斎貞水の「立体怪談」を見てるけど、冬の義士には関心がない。そもそも講談を聞いたことがあまりないが、「忠臣蔵」そのものも(そりゃあ映画は何本も見てるが)どうも好きになれない。いくら何かあったとしても江戸城内で切りつけてはまずいでしょう。それを家臣だからといって「仇討ち」と称して討ち入りするのは「テロ」じゃないの?

 なんて思ったりするわけで、最近じゃ僕は四十七士のことを冗談で「AKO47」なんて言ってる。そんな僕が松鯉の講談を聴いてどうなる。それまでの落語、講談、各種色物に湧いて、いよいよトリの登場、「待ってました!」の掛け声と共に雰囲気も最高潮に達する。演題は「赤垣源蔵徳利の別れ」である。明日は討ち入りという前夜、義士の一人赤垣源蔵は最後の別れに兄を訪ねる。兄は不在、兄嫁は病床だったため、源蔵は壁に掛かった羽織を兄に見立てて酒を酌み交わす。翌朝討ち入りの話を聞いた兄は、下働きの市助を確認に行かせる。果たして義士の列にいた源蔵は形見の品を渡すのだった…。

 もちろん、もっと多少の綾があるわけだが、基本はシンプルな話である。これがしみじみ聴かせて素晴らしい。何でこんな話が泣かせるんだよと思いつつ、涙を禁じられない。それがまあ「」なんだと思う。と同時に「死を見つめた透明な心境」がいかに心を打つことか。ところが後で調べてみると、赤垣源蔵なる人物は四十七士にはいない。実在したのは赤埴源蔵重賢で、赤埴は「あかばね」と読む。兄もいなかった。そうなんだと思ったけど、そこにこそ「日本の大衆文化」の豊かな流れを感じる。現実を少し変えても、こういう物語を作ってきたわけである。
(神田松之丞)
 少し前に出た神田松之丞(かんだ・まつのじょう)は2回目だけど、圧倒的な面白さだ。エネルギーがあふれ、場内の心を鷲づかみにする。その勢いは誰も止められない。けっこう周りの噺家が「松之丞ネタ」で売れるぐらい、当人も面白そうだ。客をあっちに連れて行き、こっちに連れて行き、ジェットコースターに乗ったようなストーリー裁きに感嘆する。この面白さはホンモノだと思う。それが「講談」に留まるのか、講談界を飛び出てしまうのか。他の仕事のオファーも多くなりそうだが、売れすぎてテレビの人気者なんかになるタイプじゃないような気がする。とにかく面白いので、ファンが熱狂するのも無理ない。チケットが取りづらいが、時々寄席でやるときが狙い目かもしれない。

 新宿末廣亭は定席で一番遠いので、最近行ってなかった。夜の部だと帰りが遅くなるが、行っただけのムードを味わえる。一番寄席らしい建物なのは間違いない。桂小文治、三笑亭夢太朗などの落語も充実していたが、バイオリンのマグナム小林が発見だった。落語協会の「のだゆき」さんみたいな芸で面白かった。
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