あ!官兵衛 新バージョン 2

2009-05-30 10:37:59 | Weblog
実は中尾堅太郎氏が持参した「あ!官兵衛」新バージョンにはNO2がありました。それがこの革製の財布です。中々可愛いでしょう。中津には我が国を代表するような偉人・賢人が山のように輩出されているのをご存知でしょうか?モラロジーを提唱し麗択大学を創設した廣池千九郎先生、心臓の刺激伝導系の発見は20世紀の偉業の一つと謳われた田原淳博士(心臓ペースメーカーの父と謳われている)、解体新書の著者前野良沢、勝海舟の師匠剣豪島田虎之助、近代歯科医師第1号小幡英之助、神戸大学創立者水島銕也、雪印乳業の創設者宇都宮仙太郎等等。その中の一人が明治の先覚者で慶応義塾大学を創設した一万円札の顔の福沢諭吉先生です。この財布はご覧のように偉人福沢諭吉先生をも優しく包み込み中に抱(いだ)きこんでくれています。中々の優れものです。つらつら、いにしえに思いを馳せると黒田官兵衛公が豊前12萬3千石を豊臣秀吉から賜りこの中津を統治し城を築かなかったら城下町中津は誕生していなかったし、もちろんこのような偉人・賢人たちも輩出されてなかったことでしょう。その意味でも近代国家としての日本国のいまをあらしめた福沢諭吉先生を生誕させたのは黒田官兵衛公が中津に城を築き城下町として発展した基礎を築いたからといっても過言ではありません。黒田官兵衛公が中津に城下町の基礎をを築いたから福沢諭吉が中津に生誕した。ある意味黒田官兵衛公は日本国の恩人なのです。
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あ!官兵衛 新バージョン誕生!

2009-05-27 19:09:49 | Weblog
本日、当会の企画委員長中尾堅太郎より新作が出来たと持参してきた。なんとそれは革製の「あっ官兵衛キーホルダー」である。布と違ってまた面白い感覚である。そしてよく見るとこれは歩いている!のだ。よくもまあ、こんなものを考え出すもんだと感嘆することしきりである。またまた官兵衛公の家臣?が出来たようで楽しくなりました。
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黒田武士母里太兵衛の妻

2009-05-23 11:54:29 | Weblog
黒田節のモデルとして有名な黒田藩の重臣母里太兵衛といえばその奥方は南蛮大名として名を馳せた豊後の太守大友宗麟の娘(庶子)ということもあまり知られていない事実である。別府石垣原の合戦で黒田軍は大友家の総大将大友義統(よしむね/宗麟の嫡子)軍と戦ったが母里太兵衛と大友義統は義兄弟である。戦国時代はこのように肉親が敵味方に分かれて戦うことも多くその心中を思う時一抹の侘しさ、無常さを覚えるのは私一人ではあるまい。何故太兵衛に宗麟の娘が嫁いだのか、宗麟と黒田如水がクリスチャンであったことも関係しているのではないかと推察されるが、歴史の大きなうねりの中では小さな出来事とはいえ何時、何処で、誰の命でこの婚姻がなされたのかということに思いを馳せるのも一興かと。
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中津大津絵音頭 2

2009-05-17 12:58:02 | Weblog
中津大津絵音頭の第一人者川上政子先生とご主人です。音頭を歌と三味線そして太鼓でご披露していただきましたがそのあと司会者のインタビューに答えて中津大津絵音頭の歴史や現在の活動などを話されていました。益々ご健康でご活躍されんことをお祈り申し上げます。
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中津大津絵音頭

2009-05-12 11:31:20 | Weblog
「時は天正夏のころ 中津の城主黒田侯は
ハ ソウジャ ソウジャ
扇の城を築かんと 大工左官や石工をば
はるばると播州姫路より
春夏秋冬としを経て 築きあげたるその祝い
犠牲者の霊をも慰めんと ハ ソウジャ ソウジャ
踊り始めた大津絵を ハ ソウジャ ソウジャ
郷土の誇りと姫路町 ハ ヨイトサッサ 伝え伝えて今もなお
のちのコリャサ 世までも名を残す ハ ヨイトサッサッサ ~」
日本一長い民謡である中津大津絵音頭を第一人者の川上政子先生とその門下の皆さんが友情出演してくれました。満員の観客の方々も未だご存知のない方々が多く,この素晴らしい中津の民謡をご披露できて良かったと思いました。今ではこの大津絵音頭を歌える人がほとんどいなくて川上先生が市内に散在する資料や曲を三味線から音符に拾い上げ後世に残そうと努力されてきたのです。伝統とはこのような地道な努力に支えられ伝わっていくものだなと感心した次第です。姫路と中津が一体となったこの民謡は我々としても是非後世に残していかねばならないものだと思っています。
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黒田武士と藤レディ

2009-05-11 08:03:39 | Weblog
藤祭りには毎年藤レディが公募され多くの応募者の中から2名が選ばれます。黒田武士の舞を舞い終わった顕彰会の両中尾さんと藤レディのツ-ショットです。流石の黒田武士もやんごとなき姫君が傍に添い来ると心なしか顔も綻び目じりも下がるのである。
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豊前中津の黒田武士 歌詞

2009-05-08 17:37:20 | Weblog
浦橋氏に歌っていただいている「豊前中津の黒田武士」の歌詞です。一番は軍師如水、二番は黒田二十四騎、三番は母里太兵衛、四番は関が原と黒田家の主たる武歴を歌詞にこめました。浦橋氏の歌と中津市民吹奏楽団のフル演奏でいちだんと輝きを増しました。CDに録音しましたので音も抜群です。
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豊前中津の黒田武士の歌手

2009-05-07 11:41:35 | Weblog
豊前中津の黒田武士の歌を歌っている浦橋さんです。コブシの利いたその美声は皆様に是非お聞かせしたいほど惚れ惚れします。豊前中津の黒田武士の歌にはピッタリの声です。前回のブログの写真の中の左端に写っていてお氣付きの方もおありでしょうが「あっ官兵衛」のTシャツ姿も颯爽としていて若々しく中々のものです。本人も気分よく歌えて大満足の様子でした。
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中津市民吹奏楽団

2009-05-05 08:55:20 | Weblog
藤祭りには中津市民吹奏楽団さんによる「豊前中津の黒田武士」の歌が演奏され友人の浦橋さんが美声を披露してくれました。もう何度か大舞台を踏んでいるせいか堂々たる歌い振りで満員の観客を魅了していました。中津市民の方々には中津にこんな素晴らしい武将が居たのだと大いにアピールできましたし、中津と黒田武士のことをより身近に感じて戴けたのではないかと思いました。
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第8回中津みなとふじまつり

2009-05-03 19:59:52 | Weblog
我が中津沖代ライオンズクラブが毎年開催している中津みなとふじまつりが2、3日中津港傍の公園で催された。今回は豊前中津の黒田武士の舞を中尾英治、中尾堅太郎両君が舞ってくれた。両君とも舞いを重ねるほど旨くなっていくようでなんとも頼もしい限りである。観客も多いい中、かなり緊張されていたが舞姿の表情もすばらしく余裕のある舞であった。
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