黒田官兵衛(如水)公の正室光姫(照福院殿)様の石像建立の写真を、福岡市在住の小池(櫛橋)様にお送りしましたら、大変驚かれ、感激されたとのご連絡があり、しばらく小池様とお話しました。
小池様は官兵衛に嫁いだ正室光姫の実家である櫛橋家のご子孫であり、ご先祖は藤原姓、歴史上の有名な藤原鎌足、平安時代中期の能筆家である三蹟(小野道風、藤原佐理/すけまさ、藤原行成)のなかの一人藤原行成の正当な血を受け継いでおられ、時の天皇家より「櫛橋」のお名前を戴き、今に続いている名家です。
小池様自身も大変素晴らしい能筆家で、その筆跡は流石に三蹟の血を受け継ぐだけのものであります。
また、光姫は以前このブログでご紹介したように「みつ」が正式の呼称です。
NHK大河ドラマで「てる」としたのは、従来歴史家が福岡市にある黒田家をお守りしている光雲(てるも)神社から推測した「てる」と呼んでいたからです。
放映直前に「みつ」と判明しましたが、時代考証が間に合わず、脚本上変更がかなわなかったようです。
*写真の左側より小池(櫛橋)様、黒田家第16代ご当主黒田長高様、小野(中津黒田武士顕彰会)さん。