先日、勝海舟の玄孫に当たる高山みな子さんが中津龍馬会の催しで中津に来られたので、お会いすることができました。
中津龍馬会の楠木さんのお招きで、ゆかりの地大分市鶴崎を回り中津に来られということです。
坂本龍馬は勝海舟と深い縁があり、勝海舟の剣の師匠が中津出身の剣豪島田虎之助ということで龍馬会の例会に来られたものです。
小生の友人黒田幸子先生の作品「咸臨丸」を差し上げましたところ、後日、立派な桐箱に入った高山さんの作品NHK公認の「軍師官兵衛切子グラス」を送ってくださいました。
サンドレッツェンという製法で、砂を吹き付けて仕上げる素晴らしい作品でした。
勿体なくてこのグラスではビールは飲めませんね。
大切に飾って置きましょう。
勝海舟は江戸城無血開城など、歴史的に著名な人物です。
その生涯は、大河ドラマになる要素が大いにあるので、期待したいですね。
黒田官兵衛連載22は官兵衛と正室光姫です。
官兵衛に生涯ただ一人の妻として愛された光姫。
黒田官兵衛、長政が歴史に残る偉業を為すことができたのは、偏に黒田家をしっかり支えた光姫が居たからと言っても過言ではない。
官兵衛が有岡城の土牢に幽閉され、信長に寝返りしたと疑われたときに、栗山善助はじめ家臣団は光姫に忠誠を尽くす旨の連判状を差し出している。
しかし、その一生は波乱の生涯であった。
愛する夫官兵衛が土牢に幽閉され生死も分からなかったこと、その時信長に寝返りを疑われたために人質であった嫡男長政が殺されそうになったこと、慶長の役で無断で渡鮮せんとした次男熊之介が玄海灘で遭難死したこと、関ヶ原の合戦の前石田三成の人質になりそうになったことなど、苦難の時が度々光姫を襲いました。
幾多の困難の時を耐えて、黒田家を陰で支えた光姫は才徳兼備の黒田家の母として、家臣や領民にも慕われました。
*この度、本ブログが閲覧数PV160万回,訪問者数IP40万名を越えました。とてもびっくりしています。黒田官兵衛を愛しその生涯に興味をお持ちの皆様のお陰だと深く感謝しています。大河ドラマ「軍師官兵衛」も佳境に入って来ました。これからも応援のほどよろしくお願いいたします。