ビビッド能里子トーク・サロン

心身両面の指導者として感じたこと

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ヨーガとわたしとの関わり 十八回

2008年03月31日 | 健康
  ☆ 帰国する機内での出来事
 最後の夜デリーの中華料理店に入って座った時、隣の席にいた中年の日本人
男性に「もしよかったら食べていただけけませんか?」と、まだ手をつけてい
ない餃子を差し出されました。彼は何品か注文したら、あまりにも量が多く
食べきれず、そこにわたし達が入ってきたので、声をかけたそうです。
 その後いろいろ話しましたが、明日の00便で帰るとのことで、わたし達
の便と同じでした。その時はそのまま別れましたが、次の日空港でわたし達を
見付けてしばらく話しましたが、彼はある大手企業の技術者ですが、インドで
その技術を指導をするため、単身で二年間駐在していたそうです。
 その滞在期間を終えて、しばらくぶりで日本へ帰国するそうで、大変嬉し
そうでした。彼はビジネスクラスでしたが、離陸してからもわたし達の席
に果物を持ってきたり、お菓子を持ってきたり何度も来ました。
 
 そして来る度に「ビジネスクラスのシートは楽だから、自分の席に来な
いか」と、誘ってくれました。その頃わたしはあるビジネス誌で、連載記事
を書いていましたが、「実際に外国で働くビジネスマンの経験のナマの声を
伺いたいので取材させていただけるかしら?」とお訊ねすると「喜んで」
と答えてくれたのです。そのため、彼のビジネスシートに移りおしゃべりの
中から、実際のインドでの経験談をつぶさに聞いて、信じられないような
驚くような事実もあり、大変参考になりました。
 早速次の月はその記事を書きましたが、好評で随分得をしたような気に
なったのは、今でも忘れることが出来ません。
 わたしは海外でも何故か親切にされることが多く、これも一種の人徳かと
も思っています。前にお話したかもしれませんが、今まで何度もインド
へ通いましたが、その時は、今までに最高に楽しく、大変変化があり実り
ある思い出の旅になりました。
                             能里子

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桜一気に満開の日

2008年03月30日 | Weblog
  ☆ もの凄かった人出
 わたしは今日イギリス大使館から、千鳥ヶ淵を歩いた。
あのあたりには桜が多いがあたり一面桜が満開で、とても美しかった。
 でも人があまりに多く、わたし達は千鳥が淵の桜を見る前に、千鳥ヶ淵戦没者
墓苑で少し休憩してから千鳥ヶ淵を歩いたが、今日は土曜日のためもあるし
一気に開花したので、大勢出たのだろうが、それにしても、その人出は凄かった。
 一方通行だったので、わたし達は九段下へ向かう反対側を歩いたので、あま
りよく見られなかったが、でも反対側に行ける道があり、そこでお堀とこちら
側の水辺に覆い被さるように咲いている、最も美しい地点でゆっくり鑑賞できた。
今日は本当にまさしく満、満開で、花もしっかりしていて美しかった。
 わたしは手が届く花を、直接触れてその柔らかい感触を楽しんだが、あんな
もの凄い衆人環視の中で、若い女性達が、何と花見の宴会をしていたのには
本当に驚いた。通りがかりに面白そうに見る人の目は、まったく気にならない
神経の人は、うつ病なんか絶対にならないだろうと、妙に感心してしまった。
  ☆ 人 人 人
 今まで何度かここに来たが、これほどの人出は初めてだった。
わたし達は地下鉄の九段下の駅から乗るが、歩道は千鳥が淵に向かう人で
イッパイで歩けず車道を歩いた。九段下の駅は行きと帰りを分けて、乗降客
を整理していたが、帰るわたし達に対して、これから千鳥ヶ淵に向かう
人達は、駅から行列していたが、ほとんど動いていないようだった。
 それにしても・・・・・・日本人は本当に桜が好きなのだと、今更ながら改めて
実感したが、この人混みでは立ち止まることもできず、ゆっくり桜の美しさを
鑑賞することはできないだろう。わたしは都会育ちで「都会病人間」だと認識
していて、都会の雑踏は大好きだが、お花はもう少し静かな雰囲気で楽しみたい。
「花酔い」と言う言葉があるそうだが、静かな環境で桜を見られたらきっと
そんな心境になれるのだろう。しかし、あんなに美しく華やかな桜を沢山
眺めたのに、今日ほどメンタルな意味でどっと疲れたことはかってなく、それに
比べたら、前の日にほのかな桜の香りも感じられた、静かな世田ヶ谷公園の桜
の方がズット良かったと思った。          
                              能里子
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ヨーガとわたしとの関わり 十七回

2008年03月29日 | 健康
  ☆ 昼間のガンガー
 次の日先生にお世話になったお礼を丁寧に言って、わたし達は観光
をしました。そのときの運転兼ガイドは、中年のインドの人でしたが
大変日本語が上手でしたが、それもそのはずで、彼は日本の多摩美術大学
出身の芸術家でした。ズット若く美人のT子さんより、何故かわたしが
大変気に入ったようでとてもやさしく親切でした。
 途中できれいな花が咲いていると、わざわざ車を止めて取ってわたし
だけにくれたり、買い物をしたときにはプレゼントしてくれたりなど
二人だけなのにあまりに対応が違い、そのためT子さんは「何故先生だけ
いつもそうなの」と不機嫌になったほどで、わたしは少し困りましたが。
 その時は早朝ではないガンジス河を、改めてゆっくり見たいため
案内していただきましたが、対岸が見えないほどで、改めてガンジス河の
広大さを感じました。

 ガンジス河沿いに日本語で「久美子の家」と、大きく書いた家があり
わたし達をその家に案内してくれました。 その久美子の家は旅行者の
ための宿泊施設でしたが、何と驚いたことにわたし達のガイドをしてく
れたのは、久美子さんのご主人だったのです。
 その後も彼にはいろいろ案内してもらいましたが、その後どこに行ったか
ほとんど覚えていないのです。でも彼は日本語が上手でしたので、インドに
ついて、今まで知らなかった風習なども、かなり詳しく理解することができ
そんな意味ではインドを知るために大変有意義でした。
 それからしばらくしてわたしがインドツアーを企画したとき、彼をガイド
にと指名したのですが、なぜか連絡がととれなく残念でした。
                              能里子                
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能里子のワンポイントアドバイス

2008年03月28日 | Weblog
  ☆ 小さな感動を毎日
 感動とは心震えるような・・・涙が溢れるような・・・などと表現するもの
かもしれませんが、そうそうそんな感動できるものはないでしょう。
 でも些細なことでもに心から感動できると、だんだん敏感になり、心が
すぐに反応するようになるのです。今朝窓を開けたとたんに、良いお花の
香りが漂ってきました。これはヤッパリ春の香りだ、何と心はずむのだろ
うとわたしは感動しました。昨日はきれいななしだれ桜や、緑がかった
桜を見て「何と美しいのだろう」と、やっぱりとても感動してしたのです。
 感動は心のうさを洗い流してくれるだけではなく、脳のシステムはフル回転
するし、メンタルな意味でも大変良いものなのです。
「いちいち感動してなんかいられないよ。この忙しいのに」と、もしかし
てお叱りを受けるかも知れません。でもわたしは自身は感動体質ですので
昨日もパソコンのパワーポイントに(プレゼンテンテーション用ソフト)に
写真を入れるための、スキャナーを習って、凄く嬉しくて感動しました。
 たとえ単純と言われても、いつも感動できるのはやはり「幸せ体質」に
違いありませんが、大きな感動をすると頭がしびれたり、全身がしびれるのは
困りますが、でもそのためか、お陰様であまりストレスもたまりません。
 他人の優しさや思いやり、自然の移ろい、美味しいものを食べたとき、美し
いものを見たときなど、ちょっと気をつけるとあなたの周りにも、小さな感動
の種は沢山ちりばめられています。また毎日の新聞記事、テレビ、読書など
日常生活の中でも見付け、感動する心のクセをつけては如何でしょう。
 すると気持ちもリフレッシュし、ゆうつうな気分を払拭でき、頭を活性化
するそうですよ。カウンセラーのわたしがもっともお奨めしたい方法です。
                              能里子
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ヨーガとわたしとの関わり 十六回

2008年03月27日 | 健康
   ☆ デリーアシュラムでの毎日
 アシュラムに滞在しているときには、先生に連れられて、インドの家庭の
お祝いの会に招待されたり、儀式に参加したり、見学したり、お金持ちの家
の中を見せて戴いたりしました。また訪ねて来る人の話(まったくわかりま
せんが)を聴いたり、観察したりしました。
 インドはカースト制(身分の上下が決っている)ですが、先生達はに会う
人々は丁寧にお辞儀をしてから、先生の足下にひれ伏してキスをしていま
したので、多分最高のカーストの方ではないかとT子さんと話しました。
 先生達はお二人とも、大変明るくわたし達とよく笑いながら話ましたが
英語が苦手なわたしですが、何故かお二人の話すことはかなり理解できた
のです。そのため、アシュラムでの毎日は大変楽しくエキサイティングでした。
 そしていよいよアシュラムを発つ前日に、先生が「二人にヨーガネームを
上げましょう」と、おっしゃって、その日の午後に庭の中にある、セレモニー
を行う建物で、その儀式をして下さったのです。
  ☆ ヨーガネームを授与されて            
 それはお香のようなものを焚き、マントラを唱えながら、わたし達の額に
何かをつけたり、糸で手首を結んだりして、それからしばらく祈って下さった
ようで、その儀式は約一時間ぐらいかかったようです。
 そしてサンスクリット語でT子さんは「ウッパーサナ」わたしは
[Vshwa.Priya]「ブシワ、プリア」日本語の意味は「大いなる愛」という
ヨーガネームを授与されました。これは今までわたしが何度かインドの
アシュラムへ通ったお陰でしょうか。その大分以前には、リシケシで亡く
られたマハラジから「マントラ」をいただきましたが、また今回も思いがけ
なくヨーガネームをいただいて、大変嬉しく有り難く、また感動できた
記念すべき出来事でした。
 わたしはいつももシルシャーシャナ(逆立ち)をすると、低血圧気味
だったためか、気分が悪くなり、指導するのが嫌いでしたが、この機会に
自分で不快になるポーズの指導を止めようと決心しました。
 そのためデリーのアシュラムのお庭で、人生最後のシルシャーシャナ
を記念に写真に納めましたが、それ以来一度もそのポーズはやっていません。
 でもいろいろな意味で、考えたり、気付かされたりすることが多く、また
思いがけなくヨーガ・ネームを戴いたり、大変実りある旅でした。
                           能里子 
                           
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春爛漫

2008年03月26日 | Weblog
 ☆ 花たより
 昨日は世田ヶ谷区報で、地元に咲いている何カ所かの桜が紹介されていたが
いよいよ春爛漫でこころはずむこの頃だ。以前なら遠出をしたが、今年は近場
のお花見をするつもりで、昨日友人からメールで送られてきた駒場東大の
しだれ桜を娘と今日見に行く約束をした。
 駒場のしだれ桜は染井吉野より、早く開花するので、多分満開なのだろう。
千鳥ヶ淵、砧公園、井の頭公園などへ行く約束もしてある。 
 砧公園は古木が多く、大変美しいそうだが、そこでR大のお花見をするのも
とても楽しみである。 わたしはお花はよく見に行くが、子供の頃の記憶は
あるが、何故か花の下で宴会はやった経験はない。
 だからそれもとっても楽しみにしている。 でも春ってどうしてこう気分
がウキウキするのかしら?それはわたしがお調子者だからかなと、少々
考えてしまったが・・・・・・ でも心はずむのはヤッパリ素敵!
                             能里子
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わたしのカウンセリング・ルーム

2008年03月25日 | Weblog
   ☆ 思い出の品ばかり
 カウンセリング・ルームは、我が家の三階にあり真南に面しているため
とても明るい。駅前通りで、駅から四軒目という大変便利なところに
あるが、防音装置がしてあるためかかなり静かだ。
 心に問題を持って訪れる人がくつろげるように、決して広くはないが
落ち着けるようなグリーンで統一してあり、お花をきらしたことはない。
 また仕事場としてだけではなく、この部屋はわたしがもっともリラックス
できる空間だ。室内のアクセサリーは絵以外は、海外で求めたものばかりだ。
 もう満杯で買うまいと決めていたのに、去年ニュージーランドで、別れが
たくなり買ってきた羊のぬいぐるみがあり、それと並んでニューヨークで
買った、背中に羽が生えている熊のエンゼルのぬいぐるみもある。
 フランスのロアール地方で、人目惚れし衝動買いした、天然の鍾乳石
で何十年もかけて出来た花の額や、チェコで買ったガラスのお皿や
置物などなど、みんなわたしの楽しい思い出深い大切な宝ものだ。

 カウンセリング・ルームのアクセサリーは、すべを海外で買ったもの
で埋めようと思ってから、十五年以上過ぎた。今海外買うものは、ガラス
のケースの中に飾る小さなものに限られているが、今日久しぶりにケース
の中を数えてみたら、二十カ国以上の種類があり驚いてしまった。
 それらのほとんどが、何処で買ったかかなり明確に覚えているのは
我ながら凄いと驚いた。最近の記憶力や物覚えの悪さは、いつも大変
もどかしいのだが、あまり必要でないものを何故忘れないのだろう。
 わたしは大変感覚的なだが、買った場所の情景までかなり鮮明に覚え
ているのは、わたしの頭は一体どんな構造になっているのかしら?
 しばし時間を忘れ、懐かしい海外旅行の思い出に浸ってしまった。
                         能里子
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ヨーガとわたしとの関わり 十五回

2008年03月24日 | 健康
   ☆ 今回はインドを楽しみたい
 その頃のわたしはもしかしたら、人生の中でもっとも忙しかったかも
しれませんが、梅が丘駅の北口前にヨーガ教室、南口前にダンススタジオ
また四谷にもヨーガ教室を開き、スタッフ二十六名を抱えていました。
 毎日大変忙しく、さすがタフなわたしも疲れて、ゆっくり休みたい心境
になりました。そのため何度目かのインド行きは、一番弟子のT子さんと
二人で、命の洗濯のようなつもりで、思い切って二週間休み行きました。
 その頃はT子さんとはかなり親しくはなっていましたが、わたしを大変
尊敬しているようなので、二週間も一緒に行動すると、ボロが出てわたし
に幻滅するのではないかと、実は大変不安でした。
 T子さんもその間には、わたしにお仕えしなければならないのかと、実は
戦々恐々だったそうで、後でホンネで話し合ってから、お互いに大笑いした
のですが・・・・でも心身ともリフレッシュし、有意義でとても楽しい旅でした。
 わたしは他人から見ると、大変シッカリして、気丈に見えるようですが
本当は臆病で淋しがり、我が侭で幼児性が強く、さらに方向オンチ、力がなく
トランク自由も動かせないほどで、彼女は大変驚いたそうです。
 でも約半月間二人だけの旅は、大人になってからは、初めてだったそう
ですが、わたしもまったく同じでした。
 T子さんの方が、わたしよりかなりシッカリしていて、年代(確か彼女
とは年齢差十九歳)のギャップが、まったくないのがよかったようです。
  ☆ デリーのアシュラムに滞在して
 始めはデリーのアシュラムに、何泊かさせていただき、先生姉妹の
のご指導を受けました。デリーのアシュラムはあまり広くないのですが
亡くなったマハラジを奉った部屋があり、そこが先生達の昼間のお部屋で
したが、毎日いろいろな人が訪ねてきました。早朝は近所からお弟子さん
達が来て、庭で先生がヨーガを指導をしましたが、とても気持ちよく、
わたし達も毎朝それに参加しました。滞在していて先生達と食事も一緒で
したので、わたしはすっかり見抜かれたようで、わたしのしぐさをじっと
見ながら「ユーアー、エイジレス・べービー」と、笑いながらおっしやった
のです。(確かにそうだ!さすが先生はわたしをよく観察している)と
「先生、少しは我慢しなければダメよ」と、わたしが我が侭なので
T子さんからよくたしなめられたのも、きっと観察していたのでしょう。
 わたしはやはりリシケシに行きたくなり、先生達にお断りして、二人で
リシケシに行きヨーガ・ニケタンアシュラムを訪ねました。
 そこでホテルに泊まり、二日間滞在して、懐かしいガンジス河や
リシケシの町を散歩したりしましたが、やはりわたしの先生のいない
アシュラムはなぜか淋しく、虚しくて、またデリーのアシュラムへ戻り
ました。すると先生達はとても嬉しそうに迎えてくれ、T子さんの通訳
でわたしの気持ちを話すと、お二人は笑いながら、わたしをハグして
くれました。
                          能里子
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素晴らしいお天気の出来事

2008年03月23日 | Weblog
  ☆ ガンバッタわたし
  パワーポイントをつくるために 映像をPCに取り入れる、スキャナーが
必要だそうだが、電話で聞いたらあまり重くないというので、今日一人で買い
に行った。 ところが何と大きい箱で3キロもあるのだそうで、わたしは驚い
てしまった。先日友人が一緒に行こうか?と言ってくれたけど、大丈夫と
断ったのに(だって1キロちょっとと言ったじゃない)と、(そんなら夫と来
れば良かった)と心の中でさんざんブーたれた。
 でも両手で持つと何とか持てそうだし、届けて貰うと千円以上かかるのなら
(よし!がんばって持って帰ろう)とお金を払い大きい箱を持って、新宿から
電車に乗った。 途中何度か休んだが、エスカレータもあるし、我が家は駅か
ら近い。ガンバッテ家に帰ると夫が「一人で持ってきたの?」と、目を丸くしたが、そこへ娘も来て「エ!ママが持ってきたの!」と、大きな声を出した。
 「偉いでしょ!一人で持ってきたんだから」と、わたしは威張った。
 わたしは普通の人に半分以下の握力がないのは、五十代に初めて
人間ドックに入ったときわかったが、少し荷物を持つと手首がブラブラに
なり、そのためまったく使ってないけど、ギブスまでつくったほどだ。
 「これではいけない」と、それから工夫して、「手の力をつけるトレーニング」
を何年も続けているが、その成果がやはり現れているとわたしは嬉しくなった。
 自然体で何もしなければ、バーサンになるなんて簡単だが、言っちゃなんだが
軽く十歳はサバを読めるわたしは、それなりに努力しているのだ、ナーンテ
ちょっと自慢したくなっちゃった! 
   ☆ 花柄のお皿
 昨日買い物に行き、きれいなバラ模様のお皿があり衝動買いしたが、我が家
の食器棚はもう入らないので、古いお皿を処分しなければならない。
 まだあまり使っていないきれいなお皿なので、お嫁さんに「これ使ってくれ
ないかしら?」と聞くと、「助かります、いただきます」と引き取ってくれた。
 ふつうはその反対のケースが多いらしいが、我が家はいつもそうだ。
今夜はそのきれいなお皿に何をのせようかと考えていたら、夫の友人からの
お誘いがあった。一人ではつくる気がしなくなり、ニュージーランドへ一緒
に行ったり、我が家にお招きしたこともある楽しい人なので、わたしも同行する
ことにした。たまには外で飲むのも楽しいし、今夜は体重は気にしないことに
しようと思った。
                              能里子
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ヨーガとわたしとの関わり 十四回

2008年03月22日 | Weblog
   ☆ ニューヨークのヨーガ
 すべてではありませんが、現在のヨーガは筋肉を鍛えたり、シェイプアップ
などが目的の運動です。ヨーガの究極は宗教ですのですので、「瞑想、呼吸法
ポーズ」の三位一体が欠かせません。ただポーズだけで瞑想や呼吸法など
精神性が伴わなければ、本当のヨーガとは言えないでしょう。
 わたしは5年ほど前、ニューヨークに住む知人から、今は凄いヨーガブーム
だと知らされ、観光を兼ねて、ニューヨークへ見学に行ったことがありました。
 そして彼女の案内で、いくつかのニューヨークの教室を見学したり、実際に
レッスンに参加しました。また次の日は彼女が現在ヨーガを習っている
アメリカ人の八十歳の先生のレッスンにも参加しました。
 その先生は大変美しく若々しく、とても八十歳とは思えませんでしたが
わたしはその時、インドの先生に初めてヨーガを習ったとき「ヨーガを続けて
いれば、心身とも歳をとらない、いつまでもヨーガを始めた年齢でいられる」
と言われたことを思い出し、もしかして、それはかなり信頼出来る説かなとも
感じました。かと言って三十四歳でわたしがヨーガを始めた頃と、現在の年齢
との差を考えると、いくら何でもそれは無理だとは思いましたが・・・・・・・
   ☆ラージャ・ヨーガとハタ・ヨーガ 
 ヨーガは「ラージャ・ヨーガ」と呼ばれる、瞑想が主のものと「ハタ・ヨーガ」
と呼ばれる運動が中心のものに大きく別れていますが、わたしが指導していた
のは「ハタ・ヨーガ」でした。次の日彼女の素敵なご自宅に招待され、アメリカ
人の先生と、日本人で現地でヨーガを教えている先生を、わたしのために呼んで
くださり、食事をしながら、ニューヨークのヨーガの実情について、つぶさに
聞くことが出来ました。ニューヨークでは運動中心の「ハタ・ヨーガ」と、
瞑想中心の「ラージャ・ヨーガ」とが、かなりはっきり二分されていること。
 手足が長いアメリカ人は、どんなポーズでもすぐできるので、ポーズだけ
に走るか、反対にスピリチュアルな瞑想を求めるかに、どちらかではではない
かと、その日本人の先生は話してくれました。
「なるほど、そうなんだ」とわたしは大変納得しました。
 
 わたし自身はヨーガを習ってからしばらくして、心の奥からの声が瞑想を求め
それを得られましたが、ヨーガは単なる健康法ではなく、精神性を伴う、もっと
奥が深い業法だとわたしは捉えています。ヨーガの精神性に惹かれ、長年続け
ることができましたが、それだけではなく、職業としても人様の心身の健康に
役立ちますので、大変有意義でありそのため魅力的であったのです。
 ヨーガにとっては瞑想が不可欠ですが、瞑想はまた祈りにも繋がるとも言わ
れ、「自分の力を超えるものが得られる」こともあるようです。
 ヨーガの究極は宗教ですので、そんな意味では、くり返し瞑想を行うことで
霊性もまた感性も高まるのでしょう。また呼吸に意識を向け、動いていく
身体や、静止している状態の、体の中の声を聞きながら行う方法は、日本の
座禅に例えられ別名「動く禅」とも言われている業法なのです。
 静と動との心身への刺激は、「内なる潜在能力を開発させる」ためにも
非常に大きな効果があるのです。ニューヨークで感じたことは、東洋の英知
はやはり大変奥が深く、アメリカ人にとっても、素晴らしいものだと捉えら
れているため、受け入れられているのだことでした。
                              能里子
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