ビビッド能里子トーク・サロン

心身両面の指導者として感じたこと

能里子のワンポイントアドバイス

2010年06月28日 | お母様方へのアドバイス
  ☆ 雨の日のエチケット
 今日は大雨になる予想が出ていますが、傘の扱い方に注意しましょう。
何日か前に駅のホームで電車を待っていたとき、突然「冷たい!」と思ったら
少しわたしの前にいた男性が、電車に乗る前に水滴を切るつもりだったのか
傘を後ろに振ったのです。その日はかなり強い雨でしたので、水分がわたしの
スカートにかかりました。わたしが思わず「冷たい!」と言ったので、気がつ
いたのでしょうか、後ろを向いて「どうもすいません」と謝りました。
 まだ寒いときでないからよかったのですが、ときどきそうして傘の水を切って
いる人を見かけますが、そんな時は後ろに十分注意し、他人に迷惑をかけないよう
にしたいものです。また、傘の水を切るときは、地面に軽くトントンと何度か
叩くと水はきれいに切れますので、そうした方が他人に迷惑をかけないでしょう。
 また、乗り物に乗り時には、必ず傘を閉じたら、ホックで止めることも大切です。
先がストッキングに引っ掛かり、伝線したのを見たこともありますが、荷物に
引っかかったりすることもあります。周りの人を不快にさせないため、傘を持って
いるときには、ちょっとした気遣いが必要ですね。

尊敬する友人

2010年05月03日 | お母様方へのアドバイス
☆ お互いに刺激しあって
 5月一日に友人はデイホームを開いたので、そのお祝いにお花を送ったため
昨日お礼の電話がきた。そして「沢山お花をいただいたけど、あなたのお花が一番
ゴージャスでステキだったわ。本当に有難う」、と言ってくれた。
友人と知り合ったのは、多分20年以上前だと思うが、ある心理研究会だった。
その頃は高校の先生だったが、現役のままある大学に通い、心理ドクター?の資格を
取得し、退職してある大学の助教授になった。
頭脳明晰な上大変努力家で、明るくさばさばした性格で、気があって二人でよく
帰りに飲んではおしゃべりした。

その後研究会の大教授に誘われ、二人で一緒に国際心理学会や、世界心理学会
に何度も参加したが、その間友人は何度か研究成果を発表した。
 そのため、友人のステータスはだんだん高まり、現在は大学院の教授になった。
わたしが一昨年「世界心理治療学会」で発表したのも、彼女に刺激されたため
だった。その友人がまたデイホームを開設したのは、大変なことだとわたしは
思い、さらに尊敬の念がました。同世代だがわたしのほうが年上で、また友人も
わたしからも刺激を受けているようだ。それから二人でお互いに「わたし達の年齢
で現役、さらにまた新しいことを始めるなんて、お互いに凄いわよね」「でも人生の
晩年をこんなにアクティブに過ごせるなんて、本当に幸せだわ。お互いにガンバロ
ウね」と励まし合いながら電話を切った。これからはわたし達のように、イキの良い
老人達がますます増えることだろう。


また新しい門出

2010年04月15日 | お母様方へのアドバイス
☆ 今日から始まったS大
わたしは世田谷区立のS大に友人と一緒に入ったが、今日が第一回の授業
だった。平均年齢は男性68.4歳、(男性67,1歳、女性70,2歳)と
女性の方が少し高かった。このS大学は34年の歴史があり、他の地域に住む
友人達に大変に羨ましがられているが、税金が高いが、知的なレベルが高い?
世田谷区が全国に先駆けて開催されたようだ。
長年世田谷の住民だが、友人達に勧められ、わたしは5年前にその大学に
入学した。それは大変有意義で、とても楽しかったが、卒業しても、今でもその
交流関係は緻密だ。昨年から再入学の制度ができて、わたし達は早速申し込み
ラッキーなことに入学できた。今日の一回目の授業は自己紹介だったが、31人
のため、その三分の二の人しかできず、残りの人は来週になった。
 わたし達が勉強する内容は「世田谷の街を知る」と言うコースだが、午前は
体操、午後は講義がセットされている。
 世田谷に長年住んでいても、自分の土地の歴史や、由来などはあまり知識がない
だからそれも楽しく勉強になると思う。
 
 先週は入学式だったが、前に並んでいる先生方を見て、我が儘なわたしは
(この先生なら良いな)思ったが、ズバリ、わたし達のクラスはその先生だった。
ハキハキとしたなかなか美しい先生で、わたしは一目見て大好きだと感じた。
 初めて先生にお会いして、その資料をいただいた時「1に健康体育、2に友達
つくり、34がなくて5に勉強」と言う言葉も、大変気に入って嬉しかった。
 だって高齢になって、ビシバシ勉強なんて、もうタークサンだと思うから。
ほとんどがリタイアした人達だが、自己紹介を終わってから、役員四人を選出する
ようだ。これから二年間勉強するが、その後に自主研が二年間あるが、それにも
体操がセットされているが、世田谷区立なので大変費用が安い。
 五年前は文科系の勉強だったためか、男性が少なかった。でも、このクラスは
男女がほぼ同数だし、世田谷区の地域を実際に歩く、課外学習が何度もあるので
なかなか楽しそうだ。たとえ何歳になっても、わたしは何かを学んでいたいし、また
地域に新しい友人が出来るのも、とても嬉しいと思う。
(これからどんな展開になるのかしら?)今ちょっとワクワクしている。
 ホント、何につけていつも脳天気なわたしである。




わたしを成長させてくれた恩人達 (その3)

2009年07月30日 | お母様方へのアドバイス
☆ 苦しかった発表までの道のりー 1
国際学会の発表は原則として開催国の言葉か、または英語で行われると決め
られているが、無論わたしの場合は英語ということになる。
「世界心理治療学会」で発表するために必要な準備作業は……
  ※ 英語の特訓。
※ 発表論文を書き上げ、その英訳を専門家に依頼すること。
※ データーのグラフ化。 
※ 発表するためのパワーポイントの習得。
準備が終了するまで約一年半あまり、我ながら本当によく頑張ったと思う。
次の段階は、英文で完成した論文のリーディングから始まったが、長い
単語には友人がすべて仮名を振ってくれた。
舌足らずのわたしには、長たらしい専門用語の単語が羅列する英文は、大変
難かしく、毎回友人を大分てこずらした。
でも、くり返し練習することで、少しづつ英語らしくなってきた。
さらにわたしの友人のご主人で、ネイティブのアメリカ人がわたしのリーディング
をチェックしてくれ、論文のすべてを、まるで流れるような美しい英語で録音
してくれた。それをくり返し練習していたら、わたしの発音は見違えるほど
良くなった。その間プレゼン用のパワーポイントを習い、写真やグラフも挿入
した。 プレゼン用のサマリー(論文内容の概要)も友人が訳し、北京の学会に
メールで申し込んでくれた。受理された返事はすぐにきたが、採用されたかダメ
なのかが決まるまで随分待たされ、本当にイライラした。
でもたとえ没になっても、また次のチャンスがあると楽観的に考え、その間
にも、勉強やそのための準備は進めていた。

6月26日

2009年06月27日 | お母様方へのアドバイス
  ☆ 好きな仕事だけど
 でも今日のわたしはさすがにフラフラ。カルチャーセンターでの
新講座の体験会、張り切ってっ早めに行ったのに、会場に入れないため
受講者も外で待っている。こんなことがあるなんて……ようやく90分が終わり
今日に体験にためわざわざ遠方からきてくれた知人と、少しだけ新宿でお茶を
付き合う。その後ダッシュして帰り、カウンセリングルームでの指導二時間。
 今日のクライアントの、まるでロボットのような整形美女は大変手ごわい。
そうなると、何とか変えて上げたいとわたしはより一所懸命になるので
物凄く精神的エネルギーを消耗するのだ。
 それにしてもスゴーク疲れた今夜だった。お風呂も入らず寝たが、神経を異常に
酷使すると必ず目が覚め眠れなくなる、夜中に睡眠薬を飲む。
 七時何とか起きて入浴するが、とても外出できるような状態ではない、約束を
「ご免なさい」と事情を話して断る。ようやくベッドから起きたのが12時半。
こんな生活が、やはり失神の原因になったのかも…と思いながらこれを書いた。
 今日は何もしたくない。

我ながら感心するこの素早さ

2009年06月20日 | お母様方へのアドバイス
☆ 旅行から帰って
 一度行きたかった裏磐梯にある有名なホテルに行くツアーを見つけ、夫と
参加した、ちょっとマニアックなツアーで、やや価格は高めなので、参加は
夫婦二組を含めて13人だった。ホテルはゴージャスだったが、食事は
イマイチ少々がっかり。でも雨に濡れた裏磐梯の新緑は、かってこんなに
美しい緑を見たことがあったかしら思ったほどで、とても感動した。
バスはまったく渋滞にまきこまれず、スムーズに流れ、我が家に着いたの
は予定より一時間も早い。わたしはすぐにPCの電源を入れ、エプロンをつけ
お湯を沸かすし、帰り道に夕食のために買ったいんげんを茹でた。
 冷蔵庫を開けワカメをボールにもどし、立ちあがったPCでメールを
チェックし、鍋にいんげんを入れてから、玉ねぎをむきスライスして水に
さらす。きゅうりを薄く切り塩をまぶし、冷蔵庫からアジの干物を出し焼く
間に、茹であがったいんげんをザルで冷ます。
もどしたワカメをきざみ、きゅうりを水洗いし三杯酢にする。
冷蔵からおとうふと、自家製のチャーシューを出す。
 お皿にいんげん スライスオニオン、プチトマトを盛り付け、ハムをのせ
サラダに。ネギ一本を小口切りにし、削り節とたっぷり入れお醤油をかけ
しょうがを摺りおろす。干物が焼き上がる。その間わずか15分弱。

テーブルには手間がからず簡単だけど、わかめときゅうりの酢の物、冷や奴
アジの干物、サラダ、チャーシュー、常備采(きくらげ、こんにゃく、人参の
煮物)六点が並んだ。そこへ息子の奥さんが「お帰りなさい」と降りてきて
「これをどうぞ」と言いながらお総菜を持ってきてくれた。
テーブルを見て「ワー豪華、ママ今つくったんですか?」とビックリした。
わたしは澄まして「そうよ」と答えたが、内心大得意だった。
言っちゃナンだが、こんな時のわたしの頭は、ふだんのとろさと比べ物に
ならないほど、素早く働くのだ。外食が続くと自分でつくったバランスの
良い食事がしたくなる。常備采を加えないでも、食材12種類、タンパク
質は 肉、魚 豆腐の三種類、野菜六種類 その他三種類、バランスが摂れて
いると思う。
 我が家の前の治療院の先生は「お二人ともホントに回復が早い」と、感心
しているが、いつもこんな食生活をしているためだと思っている。
でも大変残念ながら、わたしの手料理は、たまには素晴らしく美味しい
ものもできるが、でもやはり「下手の横好きの域」を脱していない。






我がやの家族

2009年05月28日 | お母様方へのアドバイス
☆ 聞き耳たてるペット
 孫に買ったはずなのに、結局我が家にきたリムは、ミニチュアダックス
フントのオスで今7歳だ。前日から夫が足の筋を傷めたらしく、毎朝の習慣の
ウオーキングができない。その時は必ずペットが一緒なので、朝の仲間からは
いつも「ワンセットだ」と言われているそうだ。
 わたしが散歩に連れて行こうと思ったが、何としても彼は嫌がるのだ。
我が家に来てからは、初めはわたし一辺倒だったが、夫がリタイアしてから
今では夫なしではいられないほど彼が大好きで、家にいてもいつでも夫の傍に
べったりとくっついている。トイレに行っても、お風呂に入っている時もそこで
じっと待っている。彼が出かけると、食欲がなくなり、ソファのふちに座って
元気がなくなる。もう二日も散歩していないので、何とか連れて行ってやろうと
思っても、嫌だと拒否してわたしを威嚇して吠えて、なんとも可愛くないが
夫が出かけると、ようやく諦めたのか、わたしと散歩に行った。
 
 とてもやきもちやきで、わたしがソフアーで夫の隣に座ると、絶対に割り
込んでくる。夫の名前を呼んで、わざと「愛している」と言うと、物凄く怒って
「ワンワン」と激しく吠えるが、そのくせ「リム愛している」と言っても
黙っているから、「愛している」という意味がハッキリ分かるようだ。
 だから、ときどき「愛している」を連発するが、その度に敏感に反応する
のでときどきからかう。わたしは出掛ける前に、その日着ていくるものを
夫に「ねえ、見て」とチェックをしてもらうことがある。
 そのときも、リムは夫がわたしを見るのが、とても腹が立つようでわたしを
凄く威嚇するし、「ねえ」と言っただけで、表情がキッとなる。
 デパートで買ったときに「ミニチュアダックスは、とても頭が良い」と言われ
たが、三歳位の知能があるそうで、そんな反応も面白く、わたしはペットが
たまらなく可愛いい。目が大きく何とも愛らしい顔立ちで、皆によく褒められるし
寝ていても、座っていても、そのしぐさが堪らなく愛らしく、いくら見ていても
まったく飽きず、とても癒される。
 ふだんは冷たいくせに、わたしが外出から帰ると、喜んで夢中で飛びついて
キスするし、たまにベッドで一緒に寝るときても、何故か夫ではなく、必ず
わたしにピッタリついて眠るからだ。ことに警戒心もなく、仰向けで寝る姿が
たまらなくかわゆい。そんなリムはスッカリ家族の一員で、彼がいるから
我が家は笑声が絶えず、毎日がよけいに楽しいのだ。



世田谷散歩

2009年05月27日 | お母様方へのアドバイス
☆「世田谷文学館」から「蘆花恒春園」へ
 今日のシニアスクールの講座は世田谷文学館で「松本清張生誕100年」
の特別展だった。わたしはそれについての講演会かと思ったが、奈良の明日香と
ペルシャとの類似点と、その関わりについて松本清張が着目して研究した
ビデオを見せられてから、清張の作品や、当時の手紙、その生活様式などの
出品を自由に見学したが、その持てる能力の凄さに改めて感服した。。
 世田谷文学館は京王線の蘆花公園駅から徒歩約5分、その道は緑が多く地形
や樹木を活かし、とても美しく雰囲気の素敵な街だった。
世田谷文学館は、外観はやや無機的に見えたのとは違って、館内はなかなか
情緒なある造りだった。沢山の資料を一通り見学し、折角ここまできたのだから
蘆花公園を見学しよう、地元に住むFさんが案内するからと言ってくれた。
 男女4人づつ参加だったのに、同行したのはいつものパターンだが、女性は
わたし一人だけで男性は4人だった。長年世田谷に住んで長いが、有名な蘆花公園
には一度も行ったことがないので、わたしはとても嬉しかったが、友人達も初め
てのようだ。

 蘆花公園公園は明治時代の文豪徳富蘆花が、40歳から亡くなるまでの
20年住んでいたそうだが、その没後夫人が東京に寄付し、蘆花公園と名付け
られた。また蘆花が訪ねて来た友人達を、いつもそこまで送って「別れ杉」と
名づけた杉は神社の入口にあるが、今はもう枯れていて,その株だけが残され
ていた。公園の中に入ると、まわりは鬱蒼とした林で、昔の状態がそのまま
残されているようで驚いた。竹林が広くてきれいで、これが武蔵野なのだと
実感できた。その旧宅も保存されているのも珍しいらしいが、ちょっとかび
臭かったが、その広い邸内を見学した。まだ家具なども保存してあり、お風呂
場や、寝室、書斎などもあり、当時の文豪の生活様式が垣間見られた。
 そこには徳富蘆花夫妻のお墓もあるが、愛子夫人は、才色兼備で控え目で
些細なことに動じることなくいつも精神的に安定していて、蘆花を支えた
などと説明した立札がそこに立っていた。
 すると、「誰かさんと大分違うね」とか、「そっくりだね」などと、男性陣が
わたしをからかった。公園は想像以上に広大で、市民の花畑などもあり、美しい
花も沢山咲いていた。また、15年ほど前に長野県の高遠の「こひがん桜」を
15本植えたそうだが、それがとてもそれが美しいそうで、来年はここでお花見
をしようなどと話し合った。蘆花公園駅から八幡山駅までの小一時間、雰囲気も
よく緑が多く、ところどころにきれいな花が咲いていた。
 爽やかな風が吹く抜ける世田谷の散歩は、それぞれがおしゃべりしながら、
とても楽しかった。そして案内してくれたクラスメートのFさんに感謝した。




大金は戻ってこない! 3

2009年03月08日 | お母様方へのアドバイス
   ☆ こんな事実はまれではない
 それは元銀行員だった四〇代の二人の女性に,耳よりな話を聞いたことだが
世間では知られていないが、実際にそう言う実例はかなりあると言うのだ。
 それらの事実は、大変な信用問題になるので、ごく内部の人によって
隠ぺいされているとか。そして、その一人は「日銀以外は信じられない」
とまで、明言した。「まさか?」わたしは大変驚いた!
 無論そんなことは信じたくないし、その真偽は定かではないが、でも見方を
変えれば、もしかして、これは犯罪ではないか?と思わざるを得ない。
 これは決していい加減な情報ではなく、「長年銀行に勤め、その内情 に
詳しい女性二人に聴いた事実である」ことをお伝えしておく。
 
 数時間前にわたしが相談に訪れた警察署から、「こんなケースは大変珍
しいのでその後の経過を聞きたい」と言う電話があった。
 ストーカーなど、当人にとってかなり重要な事件など相談しても、なかなか
動いてくれないと言われているが、その相談は大変気にかけて下さったようだ。
 夜になって息子が来て「ママ、こんな納得できないこと、そんな簡単に
認めては駄目だよ。どうして00に相談しなかったの」と言われた。
 彼の親しい友人に弁護士がいるが、彼は中学時代から我が家に出入り
かなり親しい間柄だが、あまり大事にしたくないし、わたし一人で対応する
つもりで、思案の末に近くの警察の相談係を訪れたのだ。
 しかしそのことで煩わされるのは、もうゴメンだ。
それに、「その事実を証明すべきキチンと封印された札束」が、輪ゴムで閉じ
られ、わたしの手元に戻って時点で「単なる水かけ論」になったのだと思う。
 この問題を弁護士を通じて訴えれば「告訴」と言う、大変心痛を伴う大がか
りなものになるが、わたしは戦う意志などまったくないし、この現実を早く
忘れたい。しかしまさかと思う現実があったことは確かだ。


感動この素晴らしいもの

2009年03月02日 | お母様方へのアドバイス
  ☆ 名画ライムライトを見て
 この映画の鑑賞会は、NHKテレビ映画解説員の先生が、毎回上映
される映画や、その時代的な背景などを解説してくれるという、大変
贅沢な名画の鑑賞会だ。それはR大卒業の同好会が主催で、参加費が
300円ドリンク付きという、実にリーズブナルだ。
 その日は「おくりびと」が今年アカデミー賞を受賞したが、その映画を
作って有名になった監督が映画の氷河時代の実情や、今回のアカデミー受賞以前
にも「羅生門」など、外国映画部門の優秀賞をとった作品が沢山あること
を知り、日本映画もずっと昔から高く評価されていたのだと、大変良い
勉強になった。雪が降る寒い日にも拘らず、30人近い人が鑑賞していたが
唯会場の温度設定が低くて、寒くて困ったら友人がコートを貸してくれた
ので、とても助かった。でも、後で寒がりの人なのにきっと彼も寒かった
だろうにと気が付き、そのやさしさがとても嬉しかった。
 「ライムライト」とは、電球が普及する前に、舞台照明に用いられた照明
器具のことで、名声の代名詞でもあるそうだ。
 
 この映画は1952年に制作されたそうだが、確か以前見た記憶はあるが
内容は覚えていなかったので、まったく新しい映画を見るような感覚だった。
 「本は二度読め」と言うが、映画も若い頃に見た印象と、今現在の年齢で
見るのとでは多分まったく感じ方が違うのだろう。
 物語は、昔大スターだったカルヴェロ(チャップリン)と、美しく若い
バレーダンサーとの物語だった。かっての名声もなくなり、だんだん老いて
仕事がなくなっていく悲壮感が、わたしにもよく理解できたのは自分が
今の年齢になったからこそかもしれない。
 時折強く心を打たれるシーンが多く、画面の白黒がまったく気にならない
ほどで、時間の流れを全然感じられず、その映画の中にスッカリ感情移入
して時折涙を流した。帰り道に友人と「寒かったけど、やっぱり来て良かったね」
と話し合ったが、感動は心の憂さを洗い流す大きな役目があるので、そのため
ストレス解消をするために最高のものだ。とても寒い日だったが、心の中が一度
ポワーッと暖かくなってから、また一抹の爽やかな風が通り過ぎて行くような……
そんな感動的な素晴らしい名画だった。

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