ビビッド能里子トーク・サロン

心身両面の指導者として感じたこと

雨上がりの散歩

2009年05月31日 | Weblog
☆ 外を歩きたい
 カウンセリングが終わったのが3時10分、雨も大分前から上がったようだ。
すると、急に散歩に行きたくなって、羽根木公園とも思ったが、足をのばして
急遽井の頭公園へ行こうと思い、家を飛び出した。
下北沢で急行が来て、あっと言う間に吉祥寺に着き、井の頭公園に着いた
のは3時50分。静かだと思ったのに、老若男女が沢山いるのに驚いたが
みんな雨に降りこめられていてから、わたしと同じ思いなのだろう。
 池の周囲を一周しようとゆっくり歩いたが、ベンチもほとんどイッパイで
あまりに人が多すぎる。公園は湿った風が時々吹いて、樹木の匂いが漂っては
いたが、わたしが雨上がりの公園でいつも感じる濃厚なものではなく、その
香りはかなり希薄だった。

 池の噴水は勢いよく上がっていたが、晴れた日のような躍動感はない。
途中の白い花をミツバチが密を吸っているのを、じっと見たがなかなか
面白かった。わたしはミツバチをこんなにつぶさに観察したのは、多分初めて
だろう。青春時代から来ていた公園だが、井の頭公園駅に近い、池の反対側を
歩くのも初めてで、そこには思いがけなくアジサイが咲いていたが、花は
薄いグリーンだけで、きれいな花の色はなく、まだ時期が早いようだ。
 約小一時間公園を歩いたが、雨上がりの公園はしっとりしていたが、想像以上
に賑やかだった。帰りに見た井の頭線の線路ぎわの土手には、アジサイ
が沢山ある。場所によってはきれいな彩りだったがまだ少し早いようだ。
 アジサイは雨が似合う花だから、梅雨どきには華やかに美しくなって
大勢の乗降客を楽しましてくれることだろう。
 我が家に帰ったのは5時ジャスト。短い時間だったが一人の散歩は
気分転換になりそれなりに楽しかった。

今日もまた雨なんて

2009年05月30日 | 健康
  ☆ 三日も雨が続くと
 昨日は(雨もシットリして、なかなか良いな)と感じていたが、二日も
雨が続くと、少々うんざりして早くお天 気にならないかなと思ったが、でも
日焼けしないので、そんな意味では楽だと思う。
昨日の友人達からのメールは、「優鬱な雨」、他の友人は「やさしい雨も大好き」
と、感じ方が大分違うようで、それは個性の違いかもしれない。
 わたしは昨日気になった膝が、今日は調子がよく、午前中スタジオでレッス
ンし、午後からはジムに行ったが、久し振りに思い切り体を動かしたので、気分
はとても良い。ジムではおよそ10種類のマシーンを使うが、その日によって
体の感じ方が違う。でも少しづつ負荷をかけられるようになったのが、楽しく
て仕方がない。腹筋台では180回やったが、はじめはせいぜい70回だった
ので、今は腹筋が強くなったのだと思う。腹筋が強いと腰をかなりカバーでき
るからとてもヤリ甲斐がある。ジワジワと汗が滲んでくるが、マシーン・トレー
ニングは実に孤独な作業だ。自分の体の内面の声を聴きながらが、進める
プロセスがわたしはとても好きで、楽しいから続けられるのだろう。
 それにしても、明日は晴れた空に出会いたい。とここまでは昨日書いた文章だ。

 また雨なんて……今朝はまったく起きる気がなくなって、大寝坊したが
お天気は何日続いても気にならないが、梅雨でもないのに、もういい加減に
してよねと、言いたいい気分でうんざりする。
 昨日と違って体も何となくけだるい。そううつ気質のわたしはことに
お天気に影響を受けやすい。それにしても、ああ!
 早くお天気になって……

世界心理治療学会で発表した小池能里子からのアドバイス

2009年05月29日 | アドバイス
 ☆ 波長の合わない人の付き合い方
 世の中にはなぜか虫が好かないとか、波長が合わない人がいるものです。
でもそれが、毎日顔を合わせる相手だとしたら、大変辛いものです。
 まして、「嫌だ」とか「どうしても好きになれない」と否定してばかりいると
ますます自分の心にも負担がかかりますし、また相手もそれを敏感に感じ
お互いに見えないメンタルな剣で戦っているような状態になりかねません。
 そんなとき、ちょっと難しいように思えても、相手の良いところを見つけて
そこに焦点を当てて付き合っては如何でしょうか。
 例えば、文句ばかり言う上司には、「自分を成長させようとして、アドバ
イスしてくれるのだ」と考えたり、もしも家族だとしたら、「身内だから
こそホンネで言ってくれるのだから、気にするのは止そう」など。
 また、行動パターンは……一見意地悪のようだが本当は親切な人、誠実
几帳面、決断力がある、センスが良い、時間が正確、感性が豊かなど。
 ルックスは……スタイルが良い、目が可愛い、手がきれい、声が良いなど
どんなところでも、針小棒大見つけてみましょう。
 そして、もしも機会があったら、勇気は要りますがさりげなくそれを言葉に
して、相手に伝えるのも効果はバツグンで,それが見え透いたお世辞でない
限り、誰でも良い気分になることは確かですから。
 好きでない人の長所を見つけるのは、かなり努力が必要ですが、でも、注意
して探してみれば、案外その人の良いところが見つかるかもしれませんよ。

 人間は感情の動物ですので、これは決してタテマエ論ではなく、そうして
相手を少しでも好意的に見るようにすると、いつの間にか自分の態度が変わって
気がついたら、相手のギスギス態度がだんだんソフトになる可能性も大。
 それにつれて摩擦も少なくなり、ストレスが軽減した指導例も、実に沢山
あるからです。でも、いくら気づかいや努力をしても、まったく受け手の
言動が変わらないとしたら……
 「自分とは、価値観や考え方がまったく違う人なのだ」「あの人は他の星
から来た人だから合わせるのは無理だ、気にするのは止そう」と、割り切り
決別をつけましょう。
 ただし、それは自分の心の中に秘め、今までのようにさりげなく振る舞う
ことが欠かせません。いずれにしても……「以心伝心」と言いますが、あな
たが相手を否定したり、拒否すると、必ずその結果は返ってくるのです。
 なかなか難しい問題ですが、これも生きていくための知恵ですので
あなたの心に負担をかけないように、賢くなって対応して下さいね

我がやの家族

2009年05月28日 | お母様方へのアドバイス
☆ 聞き耳たてるペット
 孫に買ったはずなのに、結局我が家にきたリムは、ミニチュアダックス
フントのオスで今7歳だ。前日から夫が足の筋を傷めたらしく、毎朝の習慣の
ウオーキングができない。その時は必ずペットが一緒なので、朝の仲間からは
いつも「ワンセットだ」と言われているそうだ。
 わたしが散歩に連れて行こうと思ったが、何としても彼は嫌がるのだ。
我が家に来てからは、初めはわたし一辺倒だったが、夫がリタイアしてから
今では夫なしではいられないほど彼が大好きで、家にいてもいつでも夫の傍に
べったりとくっついている。トイレに行っても、お風呂に入っている時もそこで
じっと待っている。彼が出かけると、食欲がなくなり、ソファのふちに座って
元気がなくなる。もう二日も散歩していないので、何とか連れて行ってやろうと
思っても、嫌だと拒否してわたしを威嚇して吠えて、なんとも可愛くないが
夫が出かけると、ようやく諦めたのか、わたしと散歩に行った。
 
 とてもやきもちやきで、わたしがソフアーで夫の隣に座ると、絶対に割り
込んでくる。夫の名前を呼んで、わざと「愛している」と言うと、物凄く怒って
「ワンワン」と激しく吠えるが、そのくせ「リム愛している」と言っても
黙っているから、「愛している」という意味がハッキリ分かるようだ。
 だから、ときどき「愛している」を連発するが、その度に敏感に反応する
のでときどきからかう。わたしは出掛ける前に、その日着ていくるものを
夫に「ねえ、見て」とチェックをしてもらうことがある。
 そのときも、リムは夫がわたしを見るのが、とても腹が立つようでわたしを
凄く威嚇するし、「ねえ」と言っただけで、表情がキッとなる。
 デパートで買ったときに「ミニチュアダックスは、とても頭が良い」と言われ
たが、三歳位の知能があるそうで、そんな反応も面白く、わたしはペットが
たまらなく可愛いい。目が大きく何とも愛らしい顔立ちで、皆によく褒められるし
寝ていても、座っていても、そのしぐさが堪らなく愛らしく、いくら見ていても
まったく飽きず、とても癒される。
 ふだんは冷たいくせに、わたしが外出から帰ると、喜んで夢中で飛びついて
キスするし、たまにベッドで一緒に寝るときても、何故か夫ではなく、必ず
わたしにピッタリついて眠るからだ。ことに警戒心もなく、仰向けで寝る姿が
たまらなくかわゆい。そんなリムはスッカリ家族の一員で、彼がいるから
我が家は笑声が絶えず、毎日がよけいに楽しいのだ。



世田谷散歩

2009年05月27日 | お母様方へのアドバイス
☆「世田谷文学館」から「蘆花恒春園」へ
 今日のシニアスクールの講座は世田谷文学館で「松本清張生誕100年」
の特別展だった。わたしはそれについての講演会かと思ったが、奈良の明日香と
ペルシャとの類似点と、その関わりについて松本清張が着目して研究した
ビデオを見せられてから、清張の作品や、当時の手紙、その生活様式などの
出品を自由に見学したが、その持てる能力の凄さに改めて感服した。。
 世田谷文学館は京王線の蘆花公園駅から徒歩約5分、その道は緑が多く地形
や樹木を活かし、とても美しく雰囲気の素敵な街だった。
世田谷文学館は、外観はやや無機的に見えたのとは違って、館内はなかなか
情緒なある造りだった。沢山の資料を一通り見学し、折角ここまできたのだから
蘆花公園を見学しよう、地元に住むFさんが案内するからと言ってくれた。
 男女4人づつ参加だったのに、同行したのはいつものパターンだが、女性は
わたし一人だけで男性は4人だった。長年世田谷に住んで長いが、有名な蘆花公園
には一度も行ったことがないので、わたしはとても嬉しかったが、友人達も初め
てのようだ。

 蘆花公園公園は明治時代の文豪徳富蘆花が、40歳から亡くなるまでの
20年住んでいたそうだが、その没後夫人が東京に寄付し、蘆花公園と名付け
られた。また蘆花が訪ねて来た友人達を、いつもそこまで送って「別れ杉」と
名づけた杉は神社の入口にあるが、今はもう枯れていて,その株だけが残され
ていた。公園の中に入ると、まわりは鬱蒼とした林で、昔の状態がそのまま
残されているようで驚いた。竹林が広くてきれいで、これが武蔵野なのだと
実感できた。その旧宅も保存されているのも珍しいらしいが、ちょっとかび
臭かったが、その広い邸内を見学した。まだ家具なども保存してあり、お風呂
場や、寝室、書斎などもあり、当時の文豪の生活様式が垣間見られた。
 そこには徳富蘆花夫妻のお墓もあるが、愛子夫人は、才色兼備で控え目で
些細なことに動じることなくいつも精神的に安定していて、蘆花を支えた
などと説明した立札がそこに立っていた。
 すると、「誰かさんと大分違うね」とか、「そっくりだね」などと、男性陣が
わたしをからかった。公園は想像以上に広大で、市民の花畑などもあり、美しい
花も沢山咲いていた。また、15年ほど前に長野県の高遠の「こひがん桜」を
15本植えたそうだが、それがとてもそれが美しいそうで、来年はここでお花見
をしようなどと話し合った。蘆花公園駅から八幡山駅までの小一時間、雰囲気も
よく緑が多く、ところどころにきれいな花が咲いていた。
 爽やかな風が吹く抜ける世田谷の散歩は、それぞれがおしゃべりしながら、
とても楽しかった。そして案内してくれたクラスメートのFさんに感謝した。




またまた空想の世界

2009年05月26日 | 健康
☆ 朝からイメージの世界
 先日の朝テレビで、車のコマーシャルの「スーパーマン」を見ていたら
昔子供達と一緒にワクワクしながら、テレビを見ていた頃を思い出した。
 実は母親のわたしのほうがすっかり喜んでいたのだが・・・・・
そうしたら、突然(空が飛べたらいいな)と思った。
 我が家は大変便利なところにあるので、交通機関としては必要がないが、でも
わたしは思わず夫に「わたしも空を飛びたいなあ」と言うと「落ちることだって
あるからね」といつものように現実的だ。
「わたしもしも空が飛べたら、お花を見に行きたい」と言いながら、その
コスチュームは真っ白なマントに、薄いブールーの柔らかい布地のロングで
靴はヤッパリ白いブーツでなどと考えた。

 でも、一瞬(高所恐怖症の友人はきっとダメだろうな、でもわたしは北海道で
ヘリコプターに乗り、低空飛行で観光したけど、とても楽しかったからから
きっと大丈夫)と思った。すると、満開のきれいなピンクの桜を「ワーきれい!」
と、空から見ていて、鼻のよいわたしは、ほのかな大好きな香りを、胸いっぱい
吸い込んで、幸せな気分で飛んでいる自分をイメージした。
 それなのに傍でムードのない夫が、ニヤニヤしながらまたこう言った。
「鳥だって落ちることがあるからね」と。まったくもう!
(心は自由だから良いでしょ、大きなお世話!ホントあなたは夢がないん
だから)子供のような妻と、現実的な夫との、老夫婦の朝の可笑しな会話だが、
わたしってヤッパリ変かしら?でも、あなただってできれば空を飛びたいとは
思いませんか?!

それぞれの花の散り方

2009年05月25日 | 健康
☆ もしもその命を人間にたとえたら
 友人が自宅に咲いたきれいなつつじを携帯で送ってくれた。
それを見ながらわたしは思った。桜もつつじも華やかでとても美しい。
でも、多くの日本人がもっとも好むのは、散りぎわが潔く、華やかな
桜だろう。つつじも華やかでとてもきれいで、わたしは大好きだが、お花は
自然に散らずに、いつまでも木にへばりついている。
そのため綺麗だったお花は茶色になり、実に見苦しくなるのだが、あんなに
きれいに華やかに咲いた後だから、余計そう感じるのだろう。
 先日お花屋さんでボタンの花を買ってきたら、大きく見事でまさしく
「あでやか」と表現するのにふさわしく、その華やかさに見とれた。
 でも開いてからたった二日でパッ と散ってしまったので、そのあまりに
短か過ぎる花の命に、わたしは本当に驚いてしまった。

 もしもこれを人間の命に例えたとしたら、それぞれの花のような命の
散り際はあるに違いないが、いつまでも木にへばりついている、つつじの花の
ようにはなりたくない、そうかと言ってボタンのようでは、あまりにもはかな
さ過ぎる。できたら桜のように潔く美しく散りたいと、思うのは人情だろう。
 でも、命の長さは自分ではどうすることもできなく、まさしく「神のみぞ
知る」の世界だ。わたしも高齢になり、あまり我慢することなくかなり自由に
生きているので、いつ死んでも惜しくないと感じている。
 でも、体のパーツは傷んでいても、内臓的にはとても健康だし、このままの
状態でいたら、一体後何年生かされるのだろう。
今はとても充実した楽しい毎日だが、もしも体が自由に動かせなくなったら
 桜のように、パッーと潔く散りたいが、そればかりは自分の思い通りには
ならない。それぞれのお花の散り方と、命との関わりについて考えてしまった。

 

メールはこころのオアシス

2009年05月24日 | Weblog
☆ 最高のホメ言葉
 先日「バーさんの体に、こどもの魂宿る」と書いたブログに、友人から
こんなメールがきたので、ちょっと面映ゆいがご紹介。
「あなたがばーさんなんて、そんなことは言わないで下さい、僕にとって
あなたは、魅惑のボディ感性豊かなハートです」と。
彼はなかなか文章力があり、ときどきわたしを良い気分にさせてくれる。
たとえ最大のホメ言葉とは言え、わたしの年齢にして、こんな言葉で表現
される女性は多分いないだろうと、すっかりゴキゲンになった。
「魅惑のボディ」はさすがのわたしも,ルノアールの描く、豊満な女性には
負けるが、「感性豊かなハート」は、当たっているかもしれないナーンテ
朝からすっかり舞い上がったことは言うまでもない。
 ついでに仲の良い編集者と、友人のN子さんのメールだが、ご紹介しよう。

「バラといえば小池先生を思い出します。実物でなくて申し訳ありませんが、
今日撮ってきた写真をプレゼント(笑)させてください。
真っ赤なバラは「レッドクイーン」という名前のバラです。
小池先生にぴったりなバラだなぁと思いながら撮影しました。」

「今朝は、極上の「おめざ」でした!! 能里子さんのブログは、音楽のように
優しくて読みやすくて心地良いのですが、その能里子さんのお書きになる活字の
中に自分のことが書かれているなんて本当にうれしいです。
今日は、お友達と防災館へいらっしゃるのですね。パリでごちそうになった
非常食を思い出しました。今日も素晴らしい日でありますように!」 

こんなメールは本当に気持ちガフワーットほぐれるようだ。
がさつなわたしだけれど、何故か友人達がこんな良いイメージを持って
くれるのがとても嬉しい。幼児性が強いから、すぐに喜ぶので我ながら単細胞
だと思うが、でも「プラスのストロークは素直に信じる心のクセ」が昔から
あるし、相手がわたしに好感を持っていてくれるだけでも幸せだ。
だから、ふだん言葉に出せなくても(わたしは比較的ストレートに表現
できるけど)メールで伝えるのは、きっと人間関係の潤滑油になるはずだと思う。
 これからわたしも、「文明の利器(古いかしら?)を大いに活用し、相手の
良いところを大いに認め、スムーズな人間関係を保ちたい。








風のささやきを聞きながら

2009年05月23日 | Weblog
  ☆ 静かな公園
しばらくぶりで羽根木公園へ散歩に行こうと思ったのは、とても爽やかな
風が吹いていたからだ。公園をゆっくり二周りしたが、あまり人影もなく
静かだったが、野球場ではスプリンクラーが回っていて、そのしぶきがかかり
気持ち良かった。わたしの好きな欅並木は、緑がたっぷりと茂り俳句の季語
の「木下闇」状態になっていた。緑はかなり深い色に変わっているが、いちょう
並木の葉がまだ小さく、高い木に点々とした感じで愛らしかった。
 それから梅林の中のベンチに座った。爽やかな風が樹木を揺らして、風の
ささやきの大合唱がとても心地良い。昔からカウンセリングで神経が物凄く
疲れると、「わたしの木」と対話し、人影のない公園のベンチでよく座った。
 ベンチに座って風のささやきを聴いていると、ささくれ立った神経がサーッと
鎮まるような気がして、とても癒された気分になったからだが、わたしは今でも
「風のささやき」が大好きだ。あの頃はまだ梅の木も小さかったが、今では
随分大きくなったと改めて見まわした。わたしが結婚した頃には、まだこの
公園は造成中だったが、あれから流れた年月の分、いろいろな木が増え、そして
成長したのだ。風のささやきを聴きながら、のんびり、ぼんやりひととき過ごした
まだ明るく爽やかな夕方だった。


素晴らしかった「ベルグソン時間」

2009年05月22日 | Weblog
☆ 知的美女達とのパリ打ち上げ
 いろいろな偶然が重なって、パリ旅行した三人はピアニストのT子さんの
家に押しかけ、思いがけなくディナーをすることになった。
 スーパーで買い物して、三人で料理を作り、T子さんがパリのロアール地方
で買った美味しいワインを開けて乾杯をした。
 食事前に、わたしが今度カルチャー・センターで持つ講座「五十歳からの
心身のトレーニング」の中で、ボイストレーニングに加える「第二の青春」を
一度だけ弾いてとお願いした。その講座に参加してくれるN子も、とてもその
曲が気に入ってくれたようで、わたしは嬉しかった。
 わたし達はゼネレーションが違うが、感性がとても合うようで、彼女達は
わたしの見た目の若さにとても興味があるようだ。
 適度にアルコールもまわって、だんだん盛り上がってきたとき、
わたしが初めて聴いたT子さんがあるホテルのラウンジで演奏していた
思い出の曲の話からか、ピアニストのT子さんがピアノを弾いてくれた。

 思い出の曲はアンドレ、ギャニオンシリーズの「愛に包まれて」だったが
あの日と同じように、そのメロディはわたしの心の奥の襞の隅々まで、やさしく
広がっていく。あのときの日だまりの空間。その時食べたイチゴタルトの赤い
色までイメージできた。それから彼女はわたし達のリクエストに応えて、いろいろ
弾いてくれた。アルコールが入ってためか、ことに、ショパンのノクターン
ワルツなどのフォルテの部分が、体の中の細胞の一つひとつに、
バンバンと強烈に入ってきてうっとりというより、しびれるような感覚が
わたしの全身に伝わってきた。わたし達二人だけのために、T子さんが素敵な
ピアノ演奏してくれる…… 何と贅沢で幸せなことだろう。
 初めてT子さんの演奏を聞いたN子さんは、感動して涙ぐんでいた。
それからもしばらく楽しい時間が流れ、わたし達三人は約7時間近くも一緒に
過ごしたが、それは長時間を共有した思えないほど楽しい「ベルグソン時間」
だった。帰宅10時20分。
 それから入浴したが、まだわたしの中に満ち足りた余韻が残っていて、気持ちは
高揚している。今日は本当に素敵な日だった。長い人生の中で随分幸せだと思える
体験をしたが、その中でも「今日は極上の日」だった。
「一緒にチェコへ行こう」と誘惑されたが、もう海外へは行かないと決めたのに
心が揺らいだのは、今夜があまりにも楽しかったからかも知れない。
 やっぱり神様に感謝しなくては……お休みなさい。    能里子

 注 「ニュートン時間」とは、物理的な時間の流れで、「ベルグソン時間」とは
、心の中の濃密な時間の流れを言う。
 同じ毎日なら「ベルグソン時間」を沢山持てた方が、満足した人生を過ごせる
と、わたしは思うし、そんな時間を持てると、大脳から「幸せホルモン」が
分泌され、希望がヤル気が湧いてくるはず。
 心と体両面の指導者としての経験から、そんな満ち足りたりた時間を、工夫
して持てるようにすることをお勧めしたいと思う。




人気ブログランキングに参加しました

人気ブログランキングへ