ビビッド能里子トーク・サロン

心身両面の指導者として感じたこと

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インドヨーガの旅 5

2008年11月30日 | Weblog
   ☆ さらばリシケシ
 いよいよ今日がデリーへ帰る日だ。「魂の故郷」だったリシケシは、わたし
の中でイメージが変化したが、それなりに感慨深く、車に乗ったら一瞬胸が
迫った。 (さようなら、リシケシ)と、わたしは心の中で別れを告げた。
 もう再びこの地を訪れることはないだろう。わたしの中で燻っていたヨーガの
呪縛から解放されたような気分もする。
 時代は変わってヨーガもかなり変遷している。
帰りはアーナンダ、ホテルに泊まった一人をピックアップするため、わたし達は
リシケシから8時半に出た。それから、車はデリーに向けてひたすら走った。
 ドライバーはシンさん、多分30歳代位。いつもにこにこしている感じの良い
人だが、運転はやや乱暴だが巧みで、信じられない位クラクションを鳴らし、かな
りのスピードで追い越しをし、ときどき急ブレーキをかける。
 わたしがときどきは悲鳴を上げると、前の二人は笑っていたが、でもちょっと
エキサイティングではあった。ガイドのチャマンさんに聞いたら、インドは
スピードの取り締まりがないそうだ。途中で食事をし夕方にデリーに到着した
が、デリーは相変わらず賑やかで、エネルギッルギッシュだった。
 でもやはり都会だと思うと同時に、明日は日本へ帰れると思ったら、すごく
嬉しかった。そこで一行4人は人力車や、刺青体験などし、食事をしてホテル
に着いた。

 ホテルは一流ではないが、大きな鏡もあって、バスタブとシャワー設備がある。
リシケシのアシュラムのゲストハウスと比べたら、天と地との差があるよう
に感じ嬉しかった。それから、オイルでギトギトな全身を洗い流したら、体が
軽くなったようで、人心地がついた。
 人一倍淋しがりのわたしにとって、一人部屋で食事も別だった今回は
メンタルな意味でかなり過酷だった。突然パニックになりそうな状態になり
慌てて外に飛び出したら、ガイドのチャマンさんと、ドライバーのシンさん
がいて、リシケシの街を回ってくれたので、気分が落ち着きとても助かった。
 「三つ子の魂百まで」と言うが、自立心のない弱いわたしの心の暗闇が、思い
がけなく顔を出す。そんなときには、自分でもコントロールできない精神状態
になることがあるのだ。だからカウンセラーとして、人の心の痛みが敏感に感じ
取れる資質になっているのだと思う。そんな状況に置かれることは日本ではあり
得ないが、自分の弱点が露呈しても、誰も助けてはくれないのだと認識した。
 一昨年のロシアの「国際心理学会」そして、先月の北京の「世界心理治療
学会」このインドの旅もわたしに「大きな気づき」を与えてくれたと思う。
 ことに家族や、友人達に、やさしく見守られているのが当然だと思っていた
自分に気がつき、わたしは幸せなのだと思った。
 明日はわたしの先生をデリーのアシュラムに訪ねて、最期のお別れをする
つもりだ。


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久々にテレビ出演します

2008年11月29日 | Weblog
   ☆ 芸能人の失敗を成功に変える
 まだインドは二度ほど書くつもりですが、わたし自身のニュースをご報告。
それは12月22日(月)フジテレビ深夜24時35分から60分ですが
加護亜依さん大旗一生さんを、五人の見識者達が、それらについてアドバイス
する番組です。
 その中の深層心理の専門家として、わたしが「努力逆転の法則」などについて
お話します。過去には三度出演しましたが、それからも何度か出演依頼はあり
ましたが、それはわたしが「女性の催眠法のインストラクター」としてでした
ので、必ず面白可笑しくとり上がられるので断ってきました。
 でもこの番組はかなりまじめで専門的なので考えましたが、昨日三人の方が
みえてその内容にいろいろお伺いした上で、出演することにいたしました。

 昨日はスポーツクラブから帰ったら、生あくびが出て食欲もなく、(これは
ちょっと変だな)と感じ、お風呂に入って食事もせずベッドに入りました。
 そして何と熟睡はできなかったけど12時間眠りました。
そのためか今朝はとても元気です。自分の体に敏感なわたしは、昔からそうして
コントロールしています。健康を保つのは最新な注意が欠かせません。
 明日はまたインドについて書きますね。
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インドヨーガの旅 4

2008年11月28日 | Weblog
  ☆ 懐かしい場所を歩いた
 リシケシはイスラムとヒンズーとヨーガの聖地と聞いたが、実はどれが正しい
のか私には分からないが、そのためか、お酒もタバコも、肉や魚などもない。
 ガンジス河を挟んで対岸には、いろいろな寺院やアシュラムがあるようだが
やはり昔より建物が沢山増えていた。
 わたし達は4日間リシケシに滞在したが、同行した三人は毎日ヨーガクラスに
参加していたが、わたしはすでに指導者をおりたし、(現在は得るものはない)と
感じた。彼女達がアシュラムへ行っているあいだに、賑やかになったが、昔と
はあまり変わらない街並みを散歩したり、対岸へ渡し船で渡って、昔歩いたとこ
ろ訪ねてみたりした。またゲストハウスからガンジス河を眺めながら、本を読ん
だり、また新しい本のために、その案を練ったりしていた。
 今までまるでインドに呼ばれるように、何度も着たが多分これが最後になる
のだろうと感じた。

 三日目は高い山の上にあり、マハラジャの宮殿の一部がホテルになっていて
世界でもトップにランクされている「アーナンダ・インヒマラヤ」に、メンバー
の一人が宿泊するため、わたし達も一緒に見学に行った。
 何と一泊10万円もするのだそうである。ロビーはさすが格調高く、従業員も
美男美女が多いが、わたしがデリーで毎回泊まったメイベリンもそうだったが
一流ホテルは、どこでも美しい男女ばかりなようだ。
そこで香り高いお茶をいただき、カートに乗ってホテルまでは10分近く、きれい
に整備された庭の中を行った。客室も見学したが、室内は意外と狭いので驚
いたが失礼なので黙っていた。今まで泊まった海外のホテルは、もっと広く
ゴージャャスだったが、それほど価格は高くはなかった。
 それにしても、良い経験ができたねと、三人で話し合ったが、なかなか楽し
かった。帰り道朝食を抜いたわたしは、お腹が空いてきて、ガイドのチャマンさんに頼んで途中の街に立ちより、あの懐かしい味の「サモサ」(カレー味のじゃがいもを包んで揚げてあるもの)を買って、三人で食べたが美味しかった。
 リシケシ滞在もいよいよ今日だけになり、わたしはだんだん日本に帰る日が
近くなるのが実はとても嬉しかった。

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インドヨーガの旅 3

2008年11月27日 | Weblog
  ☆ アイルベーダー体験記
 昔なら信じられないが、リシケシでも前日泊まったホテルに併設のエステで
アイルベーダーが受けられるそうだ。
 アイルベーダーとは(オイルで全身をマッサージしたり、額にオイルをたら
しながら行うインド式エステ、独特のものだが近ごろ東京でもできる)をやった。
 料金は日本円にして一万円、物価が安いインドでは超高価なのは、中間搾取
がかなりあるからだろう。二三年前にデリーでやった時にも、まったく同じ
値段だった。裸になりベッドに横になり、全身にオイルをぬりながらマッサージ
を受けたが、ガンジス河を見下ろす景色が良い角部屋だったが、西日がわたしの
顔にじかにあたって、たまらなく暑い。
 そう言うとエステシャンは、カーテンがないため、その窓際にバスタオル
を二枚ぶら下げてくれたが、さすがインドだと可笑しくなったが、それから
後がさらに悪かった。

 一通り終わってから、その室内にある透明で中が見えるサウナに入ったが
蒸気が出ない。体も頭も油まみれなのに、シャワーも出ないし、裸のままガラス
張りとは言え、狭い空間にいるのは、閉所恐怖症のわたしには耐えられ
なかった。「早く出して、タオルを頂戴」と言うと、エステシャンは外に出て
ホテルに連絡したらしく、「そのまましばらく待って、今すぐお湯を持ってく
るから」と言うので仕方なく我慢したが、裸なので外へ出るわけにはいかない。
 やがてお湯が入った大きなバケツが、室内に運ばれエステシャンは、それを
石鹸をつけながら、わたしにかけてくれたが、何とも気持ち悪い。
 日本ででは考えられないことで、やはりやらなければ良かったと後悔した。
わたしの後やった二人は、蒸気もお湯も出たらしいが、わたしは本当にひどい目
に合った。ゲストハウスに戻っても、体中油だらけなのに、シャワーが思うように
使えないので、我慢したが、何とも嫌な経験で、早く日本に帰りたいとまた里心
がついた、アイルベーダーエステだった。。


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インドヨーガの旅 2

2008年11月26日 | Weblog
  ☆ すべてが変わった
 リシケシは車が多く、他の交通手段がないため、狭い道には三輪車の
タクシーが多く、また人もたくさん歩いていたが、狭い道を横断するのも、車が
多く恐ろしい。わたしがリシケシで修行したときには、街に行くためには乗合馬車だったが、あの頃は何とのどかだったのだろう。
 (瞑想を求めてはるばるこんな遠いリシケシまで来て、残る日にちはだんだん
少なくなる。わたしは一体どうしたらよいのだろう?)焦燥感と情けなさに苛ま
されて、わたしは一人ガンジス河のほとりで涙を流した。
 そんな昔を思い出しながら、ガンジス河を見たが、昔はもっと透明な清流
だった。昔のように、ほっと和むような田舎町ののどかさは、まったく感じられ
なかった。時の流れでだんだん環境が変化していくのは否めないのだろう。
 その日の夕方はホテルに泊まり、シバナンダ・アシュラムの「ウーマン、ヨーガ」に参加したが、同じポーズを何度もくり返す方法で、わたしにはかなり
きつかったのでときどき休んだ。指導していたのは日本人女性だった。
 何年か以前から、スポーツジムでヨガ・クラスに参加し、今までのやり方とは
違ってかなりハードだと感じていたが、本場のインドでもアーサナ(ポーズ)の
やり方まで、大きく変化していることを実感する。
 
 わたしが習ったヨーガの基本は、「呼吸法、瞑想、アーサナ」「ポーズとポーズの間に必ずリラックス」を入れる。またポーズは「前屈、後ろ反り、ねじり、倒立
バランス」が基本だったが、現在は同じポーズをひっこいほど続けるのが主流らし
いが、それでは同じ部分の刺激だけではないだろうかと、疑問を感じた。
 わたしの指導していたのは、もしかしたら古色蒼然としたヨーガだったのかもしれない。次の日の朝には、ヨガニケタン・アシュラムのゲストハウスに移った。
 わたしが泊まった林の中に点在していた宿舎はすでになく、そこには白い
建物が沢山建っていた。ゲストハウスは、山を降りた道路の反対側で、ガンジス河の面して建っていた。アシュラムの中で宿泊できると思っていたのに……
 ガッカリしたが仕方がない。その日は瞑想に参加したが、メデテーションホールは昔とまったく変わらないが、昔指導者は白いクルタを着ていたが、若い男性の指導者はトレパン姿だった。着ているものだけではなく、やはり瞑想のやり方も、昔とはまったく違うことを感じる。すべてが大きく変化しているのだ。
 またヨーガ・クラスにも参加したが、シバナンダ・アシュラムとほとんど同じような指導法だった。わたしが修行したときには、白人男性が多かったが、現在は日本人が多く、白人男女はごく少数だった。わたしはそのため、二度参加しただけで止めたが、彼女たちは嬉々として、毎日参加していた。わたしとはゼネーレーションも違うし、無論キャリアの差もあるのだろう。
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インドヨーガの旅 1

2008年11月25日 | Weblog
  ☆ デリーからリシケシへ
 11月18日現地時間5時55分デリーに着いた。
9時間半の旅はやはり少々きつい。ことに腰が気になり機内を時々歩いたり
軽いストレッチをしたりした。同行者は4人、一人はわたしのヨーガの一番弟子
のTさんで、ヨーガをやっているという、4・50代の女性二人だった。
 空港に降り立つと、懐かしいようなインドの匂いがする。
その夜はデリーで一泊し、早朝リシケシへと出発したが、ワゴンタイプの6人
乗り日本語が上手なガイドと、運転がうまいドライバーが一緒だった。
 途中で真っ赤な大きな太陽が、だんだん昇っていく様子が印象的だったが
デリーは以前と同じように、ぼんやりともやっていた。
 昔とは違って、車もきれいになり馬車や牛車はまったく走っていないが
早朝なのにやはりかなり混んでいた。
 車に沢山の人がこぼれるように人が乗っているのは、昔と変わらない。
目的地リシケシまでは230キロ、約六時間かかるが、途中で有名な聖地の
沐浴場があるハリドワールを見学したが、大勢の人で賑わっていた。
 わたしは狭い道に小さな露店が並んだ、蝿がたくさんいて、足もとに牛のふんが
落ちているようなところは大の苦手だが、三人は興奮して喜んでいた。
 ハリドワールはガンジス河の上流のため、水は比較的きれいだが、それを
飲んだ人がいて、わたしはますますビックリした。
 
 さらに上流にある聖地リシケシは、そこから車で30分あまり、小高い山の
上にある。わたしは今まで4回ほど訪れたことがあるが、今ではスッカリ街並
みが変わっていた。どこからもガンジス河が見えた道ばたには、コンクリートで
できた建物がひしめいて建っていた。最近は大分観光化されたと聞いたが、わたしの想像以上で、これほどまで変わったのだとガッカリした。
 ことにわたしが修行したヨガニケタン、アシュラムの変貌は、わたしに
とっては大変なショックだった。
 山の上の広々としたイメージが一変して、何と敷地いっぱいに沢山の白い
建物が建っていて、懐かしい思い出の地が消滅したようにすら感じた。
 山の上の入口のガンジス河を見下ろす、もっとも美しく景色は昔のままだったが、そこで白人の男性達と、いろいろな歌を唄ったり、一人でぼんやり座って
いたりしたことを懐かしく思い出したが、時の流れが大きな変化をもたらした
のだろう。

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無断でお休みしてごめんなさい

2008年11月24日 | Weblog
 インドへ旅立ちます
    ☆ 人生が変わった瞑想体験
 それはおよそ25年前のことでしたが、わたしはヨーガの指導者として、未だ
に瞑想の経験ができなくてあせっていました。
 坐禅をやったり、瞑想のセミナーを受けたり、いろいろ努力しましたが
どうしてもわたしが望んだような瞑想状態は得ることができなかったのです。
 そんな頃当時わたしが師事していたヨーガの道場で「聖地リシケシに行き
現地のアシュラムで修行するツアー」が企画されたのです。
 参加者はほとんどがヨーガの指導者でしたが、リシケシに一週間宿泊する
ツアーはなく、わたしは渡りに船と喜んで参加しました。
 今まで何度か行ったインドツアーとは違って、デリーから現地人と一緒に
おんぼろバスに乗り、三人がけの粗末な椅子に座り、窓ガラスは破れ、お尻は
痛くなり、8時間かけてリシケしに着きました。
 でも目的のシバナンダ、アシュラムには、結局宿泊できず、そこから30分
ほど歩いた粗末なホテルに泊まり、そこから毎朝アユラムに通いました。

 いよいよ帰る日の前日わたしは求めていたものを得られず、たまらなく
悲しくてもどかしくなり、「せっかくリシケシに来たのに」と、友達になった
若い女性二人にこぼしました。
 すると彼女達も同じ意見で、三人で相談しヨガニケタンアシュラムの門を叩き
交渉し、滞在することができたのです。そしてその後の残り一週間の観光をパス
したのです。わたしはそこで生まれて初めて、自分が求め、求めていた「瞑想状態」を体験できたのです。あのときの感動は、今でも決して忘れることはできないほど強烈でした。それからわたしの日常生活はすっかり変わり、日本へ帰ってから毎朝五時に起きて瞑想をするようになりました。
 その「魂の故郷」であるリシケシに、急に行けるなんて……
今朝わたしはインドへ旅立ちます、今回で13回目ですが、帰りに今はデリーの
アシュラムにいらっしゃる、わたしの先生アルナ姉妹にお目にかかるつもりです。
 そこで何が得られるでしょう。そんな訳で、一週間お休みさせていただきます。

◆ これを出発する日に書いたのですが、新しいホームページになったためか
  どうしても更新できず、早朝の旅立ちでしたので、後ろ髪をひかれる思いで
  出かけました。そんなわけで御免なさいね。
   お陰さまで今日元気で帰りましたので、またインドで気がついたことを
  何度か書きますので、よろしくお願いいたします。    
                             能里子
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朝から反省

2008年11月17日 | 健康
  ☆ 気まぐれなわたし
 今日ヨーガレッスンに来た生徒さんは、スタジオに飾ってあるバースデイ祝い
の花を見て「こんなにたくさんお花をいただけるなんて、先生は凄いですね」
と感心していた。まだ鏡の前に並べてあるお花はとても綺麗だ。
 そのため、バースデイのパーティを開きたいと、突然思ったが、今年は北京
でのプレゼンテーションのために、いろいろとお祝いしていただいたので、全く
その気がなかったが、思い立ったら我慢できないわたしは、友人達何人かに
電話をしたが、それぞれ忙しいらしく参加してくれる人は少なかった。
 そのためわたしは前日から下準備して、今日は朝から張り切ってつくって
いるら、突然頭痛がしてベッドに入って休んだが、「自分の勝手でこうして他人を
振り回している」と気がついた。 息子の家族が協力してくれたが、みんなが
帰った後に、広いスタジオでしばらくぼんやりした。
 生まれ持った性格は心理学を勉強しながら、かなり改善したつもりだけど
自分では気がつかずに、今まで他人を振り回したことは数知れない。
 3時半から目覚めていろいろ考えた。もっと年齢なりに大人しく、穏やかに
つつましく、謙虚にと、今朝は大いに反省している

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「世界心理治療学会」で発表した小池能里子からのアドバイス

2008年11月16日 | 指導ケース

 著書の中から「不思議なくらい元気が出る」リラックス法
  三笠書房知的生き方文庫 2002年2月
  ☆「ありのまま」を受け入れると心が軽くなる
「なぜ自分は本当に仲の良い友達ができないのだろう。最初はいい感じな
のに、どうしてみんないつの間にかわたしから離れて行ってしまうのかしら?」
 そんな悩みを持っている人はいませんか?
仮にそんなこと気がついたとしたら、あなたはどう考えるでしょうか?
 「わたしが00したから嫌われたからしまったのだろうか」「わたしの
00が良くなかったのかもしれない」と考え込んだりしてしまいますか?
 もちろん、何か良くないことが起こったとき、相手のことばかり責めて
自分を振り返らないのはよくありません。でも、いつも悪いのは自分だと感じ
自分だけを責めてしまうのも考えものです。
 他人を責めてばかりいる人を「外罰的な人」、逆に自分ばかり責めてばかり
いる人を「内罰的な人」と言います。
 考えてみると、どちらもかなり生きることが辛そうとは思いませんか。
責める、罰すると言う行為は、他人や自分を‘攻撃‘することなのです。
 攻撃心は他人だけではなく、自分まで滅ぼしてしまうことがありますから
気をつけてくださいね。いつも職場で良い人間関係をつくれず、孤立しては
会社を辞めてばかりいたOLのケースがあります。
 彼女は仕事は好きだし、控えめで謙虚な態度や話し方に好感の持てる人。
でも職場で仲の良い友達はできず、どうしてもなじめない人でした。
 
 彼女と話して見て、その原因がわかったのです。
彼女の口グセは「どうせ私なんか…」「私はダメな人間だから…」「私が悪いん
です」などなど。いつも自分を責める言葉ばかりなのです。
 仕事で些細なミスをしても、まるで死んでしまうように恐縮し、しつこい
ほど謝ってしまうのです。そんなことをくり返した挙句に、胸が苦しくなって
救急車で運ばれたことも少なくないとか。
 これでは最初は「謙虚でまじめで良い人」と思っていた同僚も、なんと
なくうっとうしくなってしまうかもしれかせん。
 自分に厳しいのは長所ではあるけれど、それも行きすぎると周りの人を
不愉快な気持ちにさせてしまいがち。だから、他人は勿論、あまり自分を
罰してはいけないのです。きちんと反省すべき点はあるけれど、他人も自分も
決して責めない、罰しない…「無罰的」な生き方ができれば、誰もストレスに
悩むことはありません。そうして、ありのままの他人や自分を受け入れていく
ようにすれば、もっと軽やかに生きていくことができるでしょう。
コメント

人生のトワイライト

2008年11月15日 | Weblog
   ☆ 自然体がベストだけど
 何となくゆとりのない時間が最近流れていたので、わたしのエネルギーが
ダウンしていることを感じ、映画を見る約束があったが、やはりお断りした。
 先約を優先しているわたしだけれど、今日は一日ゆったり過ごしたいし、18日
にはインドに旅立つので、体調もコントロールしなければならないからだ。
 仕事もない今日はお陰で、のんびりと時間を使えたし、自分のケアーのため
たっぷり3時間かけられたのは、久しぶりなのでとても満足できた。
 わたしは自分の人生を一所懸命に、それなりの努力をしながらも、思い通り
に生きてきた。凄く幸運ではなかったが、有難いことにいろいろな方が自然に
サポートしてくれた。今日電車の中で「我が人生のトワイライトだ」と、なぜか
突然思った。わたしはこの時間が最も大好きだ。ロマンチックで……
 
 今その真っ只中にいると感じたら、暗くなるまでそう長い時間ではないから
もう我慢することなく、誰にもおもねることなく、気兼ねすることなく、自由に
生きたい。まさしく「今日が人生で一番若い日」なのだと思ったら、今年はバース
デイパーティをやっていないと気がついた。お祝いは沢山いただいていているのに。と思ったら急に淋しくなり、我儘なわたしはみんなで飲み会をやりたいと
思って、友人達に誘いの電話をしたが、何しろ急なので、「折角のお誘い残念
ですが」が多い。お花が綺麗なうちに、スタジオでやりたい思ったわたしは
家族や友人達を招いて、絶対にワイワイ賑やかにやりたい。
 何人かは来てくれるので、思い立ったら我慢できないのは、困った性格だけど
即実行がわたしのクセだから仕方がない。
 また忙しいことを自分でつくってしまうなんて……
でもこれって、他人にとても迷惑なことだと気がついたけど、もう止められない。
 
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