ビビッド能里子トーク・サロン

心身両面の指導者として感じたこと

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ご愛読有り難うございました

2007年12月31日 | Weblog
  ☆いよいよ今日一日
 3時に何故か目が覚めて、(もう2007年も今日が最後なのだ)と思ったら
いろいろなことが頭に浮かんできて、とうとう眠れなくなりました。
 今年はわたしにとって、長年続けて出ていた著書が一冊も出なかった
年でしたが、これで物書きとは終わりではなく、次のステップへの
エネルギーを蓄える期間と受け止めています。
 お陰様でそれ以外は、個人的にも健康で、充実した幸せな一年間でした。
またブログを書き始めてから、一年半になりました、その間旅行以外は
ほとんど休みなく書き続けましたが、お陰様で読んで下さる方が増えました。
 とても嬉しいことは、一人の方が何度か読んで下さるのことです。
友人は「4回読んだよ」と言ってくれましたが、また夫の友人は、忘年会の
とき、わたしのブログのコピ-を何枚も持っていて、「参考になるはみな
コピーしてとってある」と、言って下さったそうで、とても嬉しかったです。
 
 物書きのわたしですが、毎日休まず書き続ける事は、かなり努力が
必要です。でも時折「とても参考になる」「有り難かった」「勇気づけ
られた」などメールをいただくことです。それがわたしの生き甲斐になり
毎日頑張れました。その他にも、読んで下さる方にもお役に立つと感じた
事例は、直接ご指導したクライアント宛に、メール形式で書かせていただ
きました。毎日お読みいただき感謝しております。
 来年も、人生の先輩として、カウンセラー、ヒーラー、またダンスや
ヨーガの指導の経験などから、わたしなりに工夫したり、創案したこと
をお伝えしたいと思っております。
 これからも、皆様のお役に立てるよう、毎日書き続けるつもりですので
どうぞよろしくお願いいたします。それから皆様の来年は、きっともっと
素敵な年になるようにとお祈りいたします。
                          小池能里子

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12月29日

2007年12月30日 | 健康
  ☆ ひまわりトークサロン最後の忘年会
 もう少し早くする予定だったが、それぞれが忙しくて今日になったが
この会も13年になるが、こんな年末に迫って開いたのはたのは初めて
だった。今回はスタジオに集まり、それぞれが料理を持ち寄ることにしたが
わたしはグラタンと、韓国料理のチャプテイにしたが、今日のグラタンは
メチャ料理なので、実は全員に試食して貰うつもりだった。
 うずら豆のグラタン
 柔らかくゆで薄く塩あじをつけ、タマネギと挽肉をカレー粉を振り入れ
よく炒める。それをグラタン皿にうずら豆に混ぜ合わせて入れる。
また戻したホタテを少し加え、ホワイトソースには、ホタテの戻し汁
を入れた。チーズを振りかけてレンジで約10分焼く。
(これは相当カロリーがあるな)と思ったが、少し焦げ目をつけ焼いた
グラタンは、みんなが美味しいと褒めてくれた。
 サラダが三種類、酢の物、春巻き、かまぼこ、小エビの甘辛煮などだったが
メインになるものはあまりなく、我が家にある焼き豚やその他を出した。
 3時から始めたが、わたしは途中でダウンし、みんなが帰ったのは知
らなかった。しかし長時間、良く食べ飲んで、楽しくおしゃべりしたが
我が家でなければこんなことはできないだろう。初め20代だった彼女達も
みんな中年になったなあと、一人一人を観察しながら、つくずく思った。
                           能里子

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また、また自己嫌悪

2007年12月29日 | Weblog
   ☆ 自分が恥ずかしい
 久しぶりに寝坊した日の朝、ベッドで携帯の送信メールを見て、我なが
ら恥ずかしくなった。友人達にに送ったメールは、嫌になるほど感情を
丸出しにしている、何と幼稚だろうと呆れてしまった。
 これを見た友人はどう感じたのだろう?と思ったら「穴があったら入り
りたい」心境になり急いで全部削除した。それからしばらくは、(あなたは
それでもプロのカウンセラーなの?)と、呆れたり、自分に腹を立てたり
など自問自答した。わたしは本当にバカで幼稚で、そんな時の精神状態は
他人からみたら想像できないかも知れない。
 過ぎたことは仕方ないと、人一倍諦めが良いわたしだが、夫もいないし
話し相手もいないので、この気分は晴れそうもないので、PCにこれを書いて
いる。でもわたしっていい年をして、どうしてこう成長しないのだろう。
 わたしの中にいつまでも15歳の少女がいて、それがときどき出没する。
ふだんはそんな自分を熟知しているので、そのためかなりセーブして、自分
の言動にはかなり注意している。でももう一人のわたしが出ると、何時の間
にか、その年齢の視点で考えたり、感じたりするのた。

 だから長年それに付き合ってくれる、夫や親しい友人達は、呆れな
がら、面白がっているのかもしれないが、やっぱり時には内心(いい年
をして、また)と呆れているのだろう。でも頭は年齢なりにシッカリ老化
しているので、記憶力が悪く、人の名前を覚えられない。
 そのため英語の単語も、英文法もなかなか覚えないし、また、折角覚えても
すぐに忘れるので、教えてくれる友人もきっと呆れているはずだ。
 でも何度でもくり返してくれるのには、本当に感謝している。
勉強するときには、15歳の頭になればいいのにと、最近つくづく思う。
 その頃のわたしは、暗記力だけは抜群で、試験はほとんど一夜漬け
だったが、人並みの成績はとっていた。
 人一倍幼稚で脱常識、さらに物覚えが悪く、忘れることが多い自
これから一体どうやって付き合えば良いのかしら?
 そして鏡を覗いたら、バカな自分が映っていたので、思わずアカンベー
をしたら、可笑しくなって吹き出した。
 帰ってきた夫に「わたしのことどう思う?」と質問すると、彼いわく
「子供っぽくて無邪気で面白いし、それに変化があるから飽きない」
のだそうだ。そう言う意味では楽しませているのかもしれないが・・・・・・ 
 それにしてもホント、ヘーンなわたし、これって(今更ながら無理かも)
一生変われないのだろうか。本当はもっと思慮分別のある、年齢なりの
自分になりたいのに・・・・・・
                           能里子

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能里子のワンポイントアドバイス

2007年12月28日 | アドバイス
  ☆ 借りを作らない方法
 良好で快適な人間関係は、お互いがヒフティ・ヒフティがベストですが
そのためには、お互いに貸し借りをつくらない事が必要です。
 贈賄や収賄などは、その心の力関係を利用しているものですが、実は
わたし達の日常にも、気がつかないかもしれませんが、実はメンタルな
意味での力関係は存在するのです。
 たとえば・・・・・・いつも相手にご馳走になったり、またお世話になったり
されてばかりいる、Aさんという人がいたとしましょう。
 また逆に年齢や社会的地位が高く、親切で気前のよいBさんは、いつでも
Aさんを面倒を見ていたとします。それはいつの間にか、お互いの心の中に
気がつかなくても、「力関係」を築いているのです。
 もしもBさんがAさんに何かを頼んだとしたら、おそらく「ノウ」とは
言えないでしょう。また、もしもそれをAさんが断ったとしたら、Bさんは
「いつもあんなに面倒を見てやっているのに」と、おそらく大変腹が立つに
違いありません。でも、これが心の中の素直な感情ではないでしょうか。
 
 ですから、精神的に貸し借りがない方が、長く良い関係が継続するのだと
わたしは思います。これはわたし自身の経験ですが、その頃まだいろいろな
勉強していて、先生達はお医者さんや大学教授など、年配で社会的地位の高い
方ばかりでした。そして毎回ご馳走になるのが、大変心苦しくてなりません
でした。そのためいろいろ考え、時には何時も吸っている銘柄の煙草や、その
頃のベストセラーの本などプレゼンとしました。
 それでいつもご馳走になることの、精神的な借りが、自分なりに相殺された
ような気がしたからです。中には相手が年配だから、異性だからと、お世話を
かけるのは当然と受け止められる人もいるようですが、それは何時の間にか
相手に「精神的な借りを作る」結果になるのです。
 「持ちつ、持たれつ」という言葉がありますが、やはり人間関係はお互い
に、このようなお付き合いが長続きするのではないでしょうか。
 そうかと言って、あまりキチキチと計算するようなお付き合いもゆとりが
なく、情感もありませんので、すべてほどほどがベストですね。                                           
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クリスマスプレゼント?

2007年12月27日 | Weblog
 ☆ 朝の明るい話題
 クリスマスの朝NHKテレビをつけたら、「乙武先生・2007年」という
番組だった。自分自身の体験を書いた「五体不満足」がでベストセラーになり
一躍有名になり、大学を卒業してから、スポーツ・キャスターなどをしていた
乙武さんだった。その後教員免許を取得し、現在は小学校の先生になったと
言う話題だった。小学校では社会、理科、道徳を教えているそうだが、プロジ
ェクターを使ったり、自分で考え工夫て黒板に書いたりする指導は、子供達
を勇気づけたり、やる気を起こさせたりさせて、きっと素晴らしい先生に違い
ないと思った。「なぜ先生になったのですか?」という質問に、乙武さんが
「自分が両親、先生、近所のおじさんや、おばさん達にやさしくされた。
だから現在の自分がある。そのいろいろと受け継いだことを、また次世代の
子供達に伝えたい」と、言った内容のことを話されていた。
 
 また小学校の下駄箱の前で、児童が「先生の靴何センチ?」聞かれ、「僕
足がないもの」と言ったら「あ、そうか」と子供が言ったなどの、何とも
屈託のない、微笑ましいイメージのお話をされていた。
 こんなやさしく素直で、明るく前向きな性格の乙武さんを、育てたご両親は
きっと素晴らしい方だろう。そして、もしも世の中にこんな若者ばかりだった
らどんなにか良いだろうと感じた。明るくポジティブで、思いやりのある
乙武さんのお話しを聴いていて、何とも言えない和やかなやさしいパワーを
いただいたような気分になった。そして、この話題は「メンタルな意味な
クリスマス・プレゼント」だと感じた。
                            能里子

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クリスマスの散歩

2007年12月26日 | Weblog
  ☆ 寒い日
 友人達5人で食事をしてから、代々木上原辺りを散策しようと約束し、長年
小田急線の車窓から見てい、一度ぜひ見学したかったイスラムのモスクに
行った。建物はとても大きく、室内は大理石で立派で美しかったが、象徴的
なものはなく、わたしがイメージした荘厳さは、あまり感じなかったが
でもやはり見学して良かったと思った。
 五体倒置で礼拝するイスラム教徒は、男性と女性の祈る席が違うのだそうだ。
そんな話をしながら見学していたとき、突然こんな情景をありありと思い出した。
 それは確かフランスの空港だと思うが、黒装束の異様な雰囲気の集団が、いきなり同じ方向を向いて、祈りのためか五体倒置をして、わたし達は本当にびっくりし、目を見張ったことだったが、決して忘れられない。
 するとチュニジアに駐在し仕事をしていたと言う友人が、そのお祈りの時刻
になると、それぞれが小さな絨毯を引いて、どこでも礼拝すると話してくれた。
 宗教観の違いはあるがイスラム教は、まことに信仰心が厚いようだ。
  ☆ 神様はみな同じ?
お正月は神社に初詣で、年末には除夜の金を聞き、そしてクリスマスには
にわかクリスチャンになる、わたし達日本人の宗教観は、イージーで、よく
言えばフレキシブルだ。でも、神様や仏様も、乱暴な言い方かもしれないが
究極は同じものだと理解すると、祈るという行為や習わしは、未来永劫に
続き、そして世界共通なものであり、それぞれの心の中に存在していることは
間違いない事実だ。
 だからわたしも今日はキリスト教徒になって、聖夜のちょっとリッチな
ディナーを、夫と共に祝おう。もしこれが他国だったら、大変なことになって
いたかも・・・・・・やっぱり日本人に生まれてよかった!
                              能里子
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能里子のワンポイントアドバイス

2007年12月25日 | 料理
☆ しいたけの効果的な食べ方
 きのこ類はガンを防ぐ効果があり、体に大変ヘルシーなものです。
近頃は色々な種類のきのこ類が沢山出てきましすが、もっともよく使われるのが
昔からある椎茸だと思います。わたしは海藻、ゴマ、きのこ類は必ず毎日
食べるようにしています。実は生椎茸はそのまま食べるより、日光に当て
ると、ビタミンDが増えるそうですが、日に当てた椎茸をすぐに冷凍すると
凍ることで体積が増えるので、中の胞子が爆発して、より効率よくその
栄養分を吸収できます。またそのまま生で使うと柔らかくグチャっとしますが
一度干してから冷凍した椎茸は、ちょうど生椎茸と干し椎茸の間のような弾力
がある食感になり、とても美味しくなりますので、ぜひ試してみましょう。
 わたしはそれを知ってから、必ずそのようにして使っています。
また、干し椎茸はビタミンDが多く含まれると言われていますが、それは
乾燥するときに十分な日光を浴びるためです。
 でも最近はほとんどが電気乾燥のため、その効果はありません。
  ☆ そのやり方は・・・・・・
 椎茸の軸をとり、ざるに広げ、ひっくり返して裏を出し日光に二・三時間
当てます。それをすぐにビニール袋に密閉し冷凍しますが、洗ってそのまま
すぐに使えますのでとても便利です。
 またその軸は捨てずに同じように干して、冷凍したまま細かく切って
ハンバークや肉団子や、餃子など挽肉に混ぜて使っています。
 わたしは最近では、椎茸が安いときに沢山買って、そのまま同じように
乾燥させて干し椎茸を作っていますが。値段的にも安いと思っています。
 季節にもよりますが、3日間位で完全に乾燥しますので、それを冷凍庫に
保存して、戻して使います。また、使う前に時間があったら、もう一度その
まま日光にしばらく当てると、またビタミンDが増えるそうです。
 ちょっと手間がかかりますが、それを常備していると、いろいろな料理に
使えますし、大変便利ですのでぜひお勧めしたいと思います。
                            能里子
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クリスマス・イブ・イブ

2007年12月24日 | Weblog
  ☆ 思いがけないプレゼント
 昨日は一晩中雨が降って、お昼近くまで曇って寒かったが、お昼近くに
なって急に陽がさして明るくなり、とても暖かくなりすぐに暖房を切った。
 そのとき電話が鳴り、夫の友人でわたしの論文英訳をしてくれたIさんが
「能里子さんがお花が好きだ聞いたので、クリスマスプレゼントに」と
お花を届けて下さった。それは先日お花屋さんで初めて見て、欲しいなと
思ったポインセチアの新種で、愛らしい花だったので、偶然とは言えわたし
はとても嬉しかった。

 また昨夜久しぶりに会った知人は、わたしをある意味で物書きとしての
道を決定づけた、人生の恩人と思っている編集者だった。
 彼女はその頃24歳の若さだったが、現在は小学生の子供を持つ母と
なった。その頃は紀伊国屋本店の心理コーナーに、一年以上平積みに
なっていて、かなり売れていたわたしの二冊目の著書「リラックスで人生が
変わる」を文庫化したいと依頼に来た人だ。
 その本が三笠書房知的生き方文庫から「セルフ・コントロール法」となって
出版されたが、それが端緒となり、わたしの執筆依頼は他社からも急激に
増え増刷が重なり、一気に出版数も多くなった。
 あれから20年経ったが、まだセルフ・コントロール法は、売れ続けて
いるらしい。彼女とは仕事での関係はなくなったが、それ以来ずっとわたし達の
交流は続いているが、彼女の人生にとっても、わたしの影響は少なからず
あるようだ。最近お母様がガンにかかり、手術を受けることをになったが、一時
は高齢者がよく起こす「術後せんもう症」にかかり大変だったようだが、それも
すっかり回復し無事退院されたそうだ。
 それについて、不思議な事を聞いた。二つあったはずの腫瘍が、いつの間
にか消えていて、お医者さんも首をかしげていたとか。

 自然に消滅したのかも知れないわね、と話しながらも、もしかしてわたしが
真摯に送った遠隔ヒーリングも、少しはお役に立ったのではないかと、内心
思った。単なる偶然かもしれないが、以前にもそんな事実があったことを
ふと思出したからだ。あっと言う間に楽しい4時間が過ぎたが、別れ際に
「ご主人と二人で、クリスマスイブに飲んで下さいね」と、シャンパン・ローズ
ラベルをプレゼントしてくれた。
 わたしは何だか久しぶりに、ホワッーと心に灯がともったような気分になり
空を見上げたら、さっきまん丸だった月は、何時の間にかおぼろ月になって
とても美しかった。
                             能里子
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楽しかった小旅行

2007年12月23日 | Weblog
 ☆ 楽しい会話で盛り上がる
 先日はR大の親睦旅行だった。男性6人女性8人が参加したが、ほぼ
同世代のわたし達で、お互いに遠慮がなく、言いたいことがかなり自由
に言える上「ああ言えばこう言う」と、まさしく丁々発止、それぞれが
頭の回転が早く、そのスピーディな会話は本当に楽しかった。
 そのため、何処の場所でも、笑い声が絶えなかった。
また宿泊したホテルは山の上にあり、広々とした大空や、海、山も見え
視界が広く雄大で、とても素晴らしい景色だった。
 幸いお天気にも恵まれ、海や空が真っ青で美しかっが、夕陽が沈んで
いくありさまや、朝日が上っていく状態を、つぶさに観察できた。
朝日も夕陽も見られるロケーションは、滅多にないので嬉しかった。
 わたしは陽が沈んでから薄暗くなるまでの、トワイライトが大好きで
その珠玉のような一時を、視界の広いその大自然がかもし出す
ムーディな光景にしばらく見とれた。

 また夕食前の一時、全員が一室に集まり「リラクゼーション」をしたが
男性の中には軽くいびきをかいている人もいて、全員がリラックスできた
ようだった。ホンネではみんなで踊れるような、簡単で楽しめるダンスも
指導したかったが、それは遠慮した。
 夕食は幹事さんが工夫した、ゲームや歌などで盛り上がり、またその
後の二次会も全員が参加したが、ずーっと笑い転げ楽しかった。
 わたしだけは酔っぱらって居眠りをしたようだが・・・・・・
こんなにリラックスして楽しい一時は、心身がリフレッシュし、ストレスが
なくなり、エネルギーがチャージできるはず。
 年齢とともに友人達が少なくなるが、二年間R大で学んだお陰で、こんな
にも大勢の友人達ができて、わたしはとても幸せだと改めて思った。
 喪失体験が多いと言われるわたし達高齢者も、これからできだけ外に
出て学習したり、いろいろな人と交流したりすることが必要だ。
 すると衰えつつある大脳も活性化し、また「生き甲斐」とも言える
満足度も増えるのだろう。それにしても、友人達との小旅行は、本当に
楽しかった。
                           能里子
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思い出とやりきれなさと

2007年12月20日 | お母様方へのアドバイス
 ☆ 親友からの電話
 昨日久しぶりに親友から電話があった。長年糖尿病の彼女とはもう一年
会っていない。今は足が痛くてあまり歩けないので、近所の買い物がせい
ぜいだそうだ。わたし達は中学時代からの友人だが、比較的素直なわたし
に対して、彼女はかなりかたくなだったが、何故かうまが合い、二人で
海外や国内旅行には数え切れないほど行った。
 彼女は肉や甘いものが大好きで、野菜類はまったくと言っていいほど
食べなかった。バイキングではいつも大皿に山盛りにした、ハムやソーセージ
やロースト・ビーフ、その後のデザートは何時もケーキが沢山のっていた。
 わたしとあまりに違う内容に、わたしは何時も驚いていたが、ときには
「野菜も少しは食べなければ」と、アドバイスをしても「わたし大嫌い
だから」と、決して食べなかった。

 またあの時代わたしは、いつも本を書いていたが、原稿はすべて手書き
で、何度も書き直すその作業も、今では信じられない位大好きだった。
 本の最終仕上げの著者校は、気分転換のため、あの大きなシャンデリア
がある新宿センチュリー・ハイアットに、何度か続けて2泊した。
 埼玉に住み独身で自由な親友は、有楽町にある会社帰りに寄り、朝は
そこから出勤して行った。二人で朝食はルームサービスを頼んだりして
リッチな気分を満喫した。確かまだできたばかりで、部屋の真ん中に
バスルームがあるという、パークハイアット・ホテルに泊まったのも
その頃だった。

「今考えるとあの頃は贅沢で楽しかったね」、と話したが、わたしの収入も
現在とは雲泥の差で、ホテルの宿泊代も遊び以外はすべて経費で計上でき
たのだ。気がついたら1時間以上昔話で盛り上がったが、でも二人の間に存在
するのは、すべて過去のことで現在はなかった。
 プライドの高い親友は自分のそんな姿(老人用のおし車を使っている)を
決っしてわたしには見られたくないだろう。時の流れは、その人の人生を映し
出す鏡のようだ。親友とわたし同じ年齢でも、これほどの差があるのは、やはり
長年の食生活の違いかもしれないと思ったが、後から考えても、何だかとても
やりきれない気分だった。
                           能里子
お知らせ 小旅行のため二日間お休みさせていただきます。
コメント

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