身内の者のことを、ほめるのは抵抗がありますが、
父方の祖母は、漬物はもちろん、味噌は、こうじから作る人。
なんでも手で作り、よく手をつかって働く、
手まめな人でした。
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92歳で脳溢血で倒れ危篤に陥り入院したとき、
亡くなるまでの1週間、病院に詰めていました。
最愛の祖母と別れる日が現実になる、という悲しさ。
動転して、なにをしていいのか、わからず、
とりあえず見納め、と、祖母の顔を見ているうち、
よく似ていると言われていたわたしたちの、
顔と身体の相似個所に気がつきました。
あらためて探すと、
似てる、似てる・・・・。
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手も、形はそっくりでした。
でも、
厚みや存在感があり、
手を合わせてみたとき、
身長の高いわたしの方が断然、
負けていました。
まだ温もりのある手をつないだとき、
教えてもらったことが、次々とよみがえりました。
祖母の手から、わたしは多くのことを学んでいました。
たとえば、
料理でいえば、
初めての料理、目玉焼きも、そう。
「10歳なら、目玉焼きくらい上手に焼けんとね」と。
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卵拾いからはじまります。
猫たちも、犬たちも、鶏もチャボも、自由に闊歩している庭。
祖母が歩けば犬も猫もあとを追い、
くるくる走りまわる犬たち、
すりすりしながら歩く猫たち。
祖母とわたしは、
鶏小屋や草むらの中から卵をみつけて拾います。
まるで江戸時代のような、
座り流しの付いた板の間に、
七輪を置き、
周りには、フライパン、ふた、フライ返し、箸、小鉢、
新聞紙、マッチ、お皿を用意。
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まずは、お手本をみせてくれます。
七輪の空気孔の開け閉めの仕方。
卵の割り方。
割った卵を小鉢に入れておきます。
火種は新聞紙。新聞紙1面を両手でやわらかくもみ、
まるめて火をつけます。
フライパンに油をなじませ、卵を入れます。
すぐふたをして、蒸し焼き状態に。
音が小さくなったら、また新聞紙を丸めて、火をつけ、
初めの強火のときは、フライパンを持上げ、火が弱くなったら
もとに戻す。
そのころちょうど、黄味が半熟に焼けていました。
手をああして、こう持って、と、手を添えて教えてくれました。
1週間だったか、毎日、ほぼ同じ時刻に特訓。
このとき、子供ながらに理解したのが、
卵料理は、火との勝負。
火加減をみて手をまめに動かす、ということでした。
どんなときも、急きたてず、
叱らないで、ゆっくり教える祖母。
反発心もなく素直に、おぼえることができました。
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たったひとつの料理でも、
大人と同じように、火をつかって、
食べるものが自分でできることは、
生きる自信、原動力になります。
事実、祖母に教えてもらった小学校4年のとき、
そう思いましたから。
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このあと、母方の祖母からは、炒りたまごを
教わりました。
いつかまた、記事にします。
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