<だしを取って料理をする教室アーカイブNO.3>
出張教室では毎回、
だしを取る前に昆布と削りかつおを
見たり触ったり、味見をしていただきます。
・昆布は親指大に切ったもの。
・削りかつおは、山盛り容器に入れて。
その側には、今日「一番だし」をとる、
はさみを入れていない天然の昆布
(当時は羅臼昆布)と
袋入りの削りかつおも
並べておきます。
.
午後の部にご参加いただいたのは、
60代の約10人の女性のみなさん。
ご挨拶のあと、
1人の女性が、調理台のだし素材を指さし、
「あら~~~?本物の昆布とかつお!!!」。
「そうです」
「始まる前に申し訳ありません。
今日は「だしを取る教室」、というので参加しましたけど、
本物の、この昆布なんかで取るんですか?
私は、ずっとここの教室に通っていますが、
今までの先生は、。おだしとスープは、
いつもインスタントです」
「天然の昆布と削りかつおで、だし取りします」
「めんつゆはつかいますか?」
「つかいません(笑)」
「わっ、すみません!!
主人、携帯で呼んでいいでしょうか?
ずっと、だしを取るのを見たがってまして、
今日、もしかして、だしを本当に取るんだったら
自分も行きたいって、
さっき言ってたもんですから」
「どうぞ、どうぞ(笑)」
建物の外から話し声が聴こえます。
「おとうさん、だし取りしますって!
昆布とかつおよ。
どうぞって!
来るでしょ?
来るよね! 」
それを聞いた方々、
それじゃ、うちも、うちも、と携帯をかけ、
結局、3人のご主人が飛び入り。
(お昼の小学生といい、
なんだか飛び入りの多い日です)
.
前述のご主人が自転車で息急き切って
来られました。
60代後半とお見受けしました。
「だしの取り方、こんな家の近くで見れるなんて。
思いもしませんでした。夢のようです」
「そんなにご覧になりたかったんですか」
「ええ、ま、あのぅ、
・・・・・・・・・・・・・・
みなさんの前でこんなことお話するのは、
女房には酷ですけど、話させてください。
また、このことを話しても女房は怒ったり
する人じゃないので、大丈夫です。
わたしは神戸で生まれまして、
子供のころ、
母は毎日、昆布とかつおのだしを取って
料理してくれてました。
歳でしょうか、歳なんでしょうね。
最近、その母の味を恋しく思うようになりました。
ああ、いまの季節はあれがおいしかった、
これがおいしかったって。
とくに懐かしいのが、
子供のころ飲んだ、
すまし汁や味噌汁や煮物なんです。
これ、だしが必要ですよね。
もう、母はいませんし、
味の記憶をたどって、
自分でだしを取って母の味を再現してみたいと思っても、
まずは、だしの取り方がわかりません。
身近にある料理の本を見ても詳しく書いたのもないし、
第一、字で説明されても、
男の私には加減がわからないですよ。
テレビでは1回見ました。
でもテレビは、私のように、料理のことが
全くわからない者の都合なんか考えてません。
手慣れたやり方で、一方的にしゃべって、
さっさと進めるので、なんにもわからなくて・・・・・」。
で、
なぜこんなに、だしに固執するかというと、
わたしは長い間、妻と子供達を仙台に残したまま
単身赴任で全国を廻ってました。
会社の寮の食事や、外食の味気ない食事にずっと
我慢をしてきたんです。
わたしの楽しみは、ただひとつ。
退社したら落ち着いて妻の家庭料理を楽しみたい、
というものでした。
しかし、いざ退職し、妻の食事に箸をつけたとき、
違和感を感じました。
あのおいしかった新婚時代の味ではなかったんです。
私の舌がおかしいのか、疑ったりもしましたが
数日経って、思い切って妻に尋ねました。
「汁物も、煮物もなにもかも同じへんな味が
するけど、どうしてなんだ?」
そうしたら
「お父さんがいない間、便利なものができてね、
『めんつゆ』ってものでなんでもつくれるの」
その『めんつゆ』をなめてみて驚きました。
わたしの舌は受け付けませんでした。
「こんなもの使わないで、昔のように
だしでごはんをつくって欲しい、と言いましたら
『有名なお料理の先生が、NHKの番組で
これがおいしいって言ってるから、おいしいの』
と、譲りません。
残り少ない人生です。
年をとってなにが楽しみって、食事でしょう?
ならば、わたしがだしをとろう、
料理もつくってみようか、
となった次第です。
みなさんは、そのご主人の話に耳を傾け、
同感とばかりに、うんうん、と、うなずいていました。
こんな風に話し合える、フリーな形の教室こそ、
わたしが好きなパターン。
「わかりました。
今日は、だしとお吸物、おからの煮物に集中しましょう」
いつものように、昆布と削りかつおを味見していただきます。
「この昆布は羅臼昆布です。
昆布はどんな味でしたか?」
「ちょっと、しょっぱいけど甘くておいしいです」
「羅臼は、コクがあって旨味が強いんです。
削りかつおは、いかがですか?」
(昆布は羅臼漁業組合から取り寄せた羅臼昆布。
削りかつおは築地の鰹節店の、花かつお)
「かつおは、お歳暮でいただく、
小さなパック入りとは味が全然ちがいます」
「風味というか、香りがちがうはずです」
「では、その昆布と削りかつおでだしを取ります。
10分間で取ります。
10分間で沸騰するように火を調節して取ります。
他のことなんにもしないでお鍋の中を見ててください。
10分もお鍋の中見てるっていうの、
退屈かもしれませんけど、
こんな経験は、きっと一度しかないと思いますので、
見ててください。
こんなに堅い乾物の昆布が、
たった10分の間に色も形も変化して、
「だし」になっていくの、
見るの面白いですから」
分刻みで鍋の中で生き物のように、
つややかに大きく戻っていく昆布。
みなさん、小学生の顔で観察しています。
ボウルから、もわもわ湯気の立った、
取り立ての一番だし。
昆布と削りかつおの旨みの香りがただよいます。
「これは旨味の香りですよ。
旨みの成分ですが、
昆布はグルタミン酸、
削りかつおはイノシン酸といいます。
旨み成分は、もっといろいろ含まれてますが、
グルタミン酸、イノシン酸
これは覚えておきましょう。
この2つの旨みは、1足す1ではなく、
この2つの旨みがあわさると「相乗効果」で
おいしさが7~8倍にもなるのです。
また、
水につける(水だし)のとき、
火にかけたとき、
温度によっても、旨みの出方がちがいます。
あとで、飲んでみましょうね」。
ボウルに顔を寄せ、
手で香りをかき寄せながら
みなさん、目をつむり、鼻くんくん。
「いい香り~~!」
たとえ、だしとの出会いが初めてであっても、
喜んでくださいます。
さて、その取り立てのだしを試飲します。
①何も加えず、お椀に1/3位飲んでいただきます。
昆布と削りかつおの持つ、滋味な味と香り、
かすかな自然の塩分を確認します。
.
②次は、塩と薄口しょうゆを入れて試飲。
だしの味の輪郭がくっきりしてきます。
「なにも入れなくても、これだけでも、充分」
そんな感動が味わえます。
③最後に、とろろ昆布と三つ葉、
吸い口に柚子のお吸物に仕立てます。
家庭的な、なんでもないお吸物。
わたしの育った西の方ではポピュラーなお椀です。
だしと、塩と薄口しょうゆ、たねとつま、吸い口
このハーモニーがお椀の味なのです。
(三つ葉は、香り野菜なので、吸い口を兼ねた便利な野菜です。
むつかしくかんがえず、三つ葉、焼き麩だけでもどうぞ)
.
前述のご主人は、
よそったばかりのお椀を両手でつつみ、
口元に寄せ、目をつむり、湯気が運ぶ香りを味わい、
少しずつ少しずつ飲み進まれました。
飲み干されたとき、
「あーー、なんておいしいんだろう。
のどを、すぅーーっと通って、
すぅーーっと胃に降りていくね・・・・・」
そして、あらためて
慈しむように、お椀を大きな両手でつつみ、
お椀をみつめて
「このお吸物、
わたしの命、洗ってくれました・・・・・・・」。
おからの煮物をよろこんでいただけたことは、
言うまでもありません。
天然のだしを待っていた方がいた、
また、ひとつ、こつんと手応えを感じたのでした。
(2005年のだしをとって料理する教室より)