九州の風来坊

今は自由人で風来坊、何処までも突っ走る男は何処に行くのやら

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もう朝

2008年08月26日 05時48分05秒 | Weblog
成田の朝だけ早いのと違う。
これからフランクフルト経由でチューリッヒに向かう。
かって知ったる地に少年達を連れて行く。

成田は遠い

2008年08月26日 01時50分38秒 | Weblog
直接成田に行く便には満席で乗れなかった。
何週間も前に予約したのになぜは今回満席。
そこで羽田空港経由でいくが飛行機の延着もあり成田に着いたのは10時すぎ。
ホテルに向かい簡単なミーティングのはずが深夜に及んだ。
エキサイトした話は朝まで続きそうな勢い。
どうせ時差があるのだからここは朝まで行くしかないか?
今月は成田が多いのだがもう少し成田のアクセス改善してほしい。
関空成田便4本ほど増やして。

女性用フレーム

2008年08月24日 23時49分40秒 | Weblog
女性専用フレームは少し珍しい。
フロントフォーク、バックステーがカーボン使用のアルミフレーム。
デザインが女性らしいデザインになっている。
ステム、シートポスト、サドル、ボトルがすべて女性用のデザイン。

延長バルブ

2008年08月21日 15時54分42秒 | Weblog
ジュラルミンの延長バルブは120PSIにも楽に耐える。
銃身を製造するMUUR関連会社は精密機器切削が得意だ。
ここで今回作った延長バルブは28mm40mm60mm(ネジの部分10mmは含まず)
デープリム使用でレース前に空気が入らない、空気が漏れるをこれで一気に解消。
それにしても60mmと長くなると簡単には作れないんだって。
ほんの少しだけ苦労。
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徴兵出兵

2008年08月19日 16時03分46秒 | Weblog
ものほんの赤紙、長年伸ばしに伸ばした徴兵が遂に来た。
彼が未だ高校生の時からこの徴兵にいつか行く日が来る、年代がたてば徴兵も短くなり、その内無くなると言っていたがなくなりはしなかった。
毎年時間があるとこの事を俺に話していた。
そして、さっき事務所から帰るときに、来月から軍隊に言ってきますと言った。
でも軍隊でも自転車は乗れそうだからいいじゃないか?
それにお前を受け持つ鬼教官は俺の弟分じゃないか。
それだけでも大分違うぞ、行く末はシークレットサービスかグリンベレーか?ビシビシいくように言っておくからな、ここで男を磨け若者よ。
月日が経つのは早いからすぐに終わる。
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この地域では

2008年08月19日 13時25分12秒 | Weblog
この前見なれないカーボンフレームに乗る一人の外人を見かけた。
トレックの社長の息子、時期モデルのテストだそうだ。
こいつアジアが好きだそうだ。
ここは世界のカーボンテクノロジーが集結した地域でもある。
ぼろく薄暗い掘っ立て小屋で世界に通じる物が作られていたりするが業者でも解らない秘密の地域。
ベリーチープなB級品を扱う店の裏で超職人技を見せる塗装工、
シンナーで少し変になりそうな部屋ではほんとに塗ったのといわんばかりの品々が並ぶ。
ガーミン、GPS世界最大の企業も台湾、知らなかった。
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熟年おっさんのチャレンジ

2008年08月18日 23時47分31秒 | Weblog
職種が違うが肩書きは皆社長。
3人の熟年おっさんで新高山を制服した。
旧日本兵が作った鉄道は週末だけSLが走っている。
集集、ここから信義までは体力が無いから車で移動する事にする。
自転車を組み立て走り出すと最年長のミスターキャノンがSLのごとくエンジン全開。さすが緑の男と戦う日本戦士。
今月末に対戦するらしい、健闘を祈る。
その後ろではダンデーパーツ、ホンダが追走、その後ろで少しゴムひも状態になる俺はいつもの事、アップ不足なだけだしこの道は熟知しているから無理はしない。でも今日は異常に腰が痛い、何十キロもある坂をこなせるか少々不安になる。
目的地は玉山、トラトラトラの暗号で有名な新高山のすぐ横を通過する道の頂上、標高は2800mほどだ。
上昇気流で冷えた空気が霧になり雨に変わる頃頂上に先陣を切って到着、その後ミスターとダンデーが到着した。
今回は真夏だし、南回帰線を越え亜熱帯のはずだが気温は超低い、下り始めると頭が締め付けられ歯の奥が変な感じ、身体は震えだし、手は感覚が無い、目の前は霧で視界10mこの状態で1時間以上は下りっぱなし。
何とか車にたどり着いた時には骨までカチカチだった。
夜はリッツホテルの前のイタリアンで超美味いピザで征服を乾杯したのだった。
それから俺の行きつけのカフェテリーで更にデラックス。
学の代行を呼ぶことは出来ないから今日はタクシーで帰宅だ。

そして今日は仕事の都合で俺とダンデーのみで泣く子も黙る大雪山を征服しに出かけた。
真夏だから当然半パン半袖、昨日の寒さは単純だから一夜寝たら忘れている俺。ダンデーは用意が良くウインドブレーカー持参。さすが。
1800m地点のトンネルを越えると別世界が待ち受けていた。一気に気温が下がり霧で視界が途絶える。ここで征服をやめようかと一瞬考えた。
2000m地点で後どれぐらいあるかと部族に聞くと残り18km、頂上は行き止まりで2800mほどあるらしい、ここまできて引き返すことは日本男児には出来ないとばかりに頂上を目指すが空気が薄く異常に腹が減る、もちろん食料など持っていない。目がチカチカし始めたところに天の助け、休憩場があり缶コーヒーとカップラーメン、生きかえりペダルを踏み出して残り8km遂に頂上に到着。
記念撮影をして寒くなるから一気に下る事にした。さっき買った100円合羽があるから今日は多少はましだと思ったがやはり寒い、1時間以上のダウンヒルで手がバリバで感覚が鈍る。
帰宅後は俺の好きな店の一つ餃子世界で食事。
やっぱりここは美味い安い、色々な人を連れていつたがここは美味いと評判の店だ。
今度は更に未知なる道の征服を約束して今回の冒険ツアーはおしまいだ。
解散明日からは仕事です。
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同部屋の柔道とマイナー競技

2008年08月16日 10時35分06秒 | Weblog
選手村で自転車と同じ部屋だった日本柔道。
銅メダルの中村選手は柔道の選手には全然見えない。
重量級の塚田、柔ちゃんも穏やかなに見え、格闘の選手には見えない。
柔道着を着ると変貌するのだろう。
柔ちゃんはアトランタの時に持ち上げさせて貰ったが重い、あの小ささから想像が出来ないぐらい重い、まるで石だ。
中村選手にはメカの鬼原さんが頑張ってと良く声をかけていたので、良く印象に残っている。俺は何の選手か帰国時まで判らなかった。
勝てなくて涙、ニコリともしなかった大和撫子、さすが本物秘めたるものが違う。
選手村に居ると余裕がある選手とそうで無い選手が何となく判る。競技によっては普段の生活にも厳しく団体行動。パソコンを使っている選手もほとんど居ない。

2年前のアジア大会で自転車でゲートに向かっていると、小椋選手から自転車いいですねと声をかけられた。何の競技ときくとバトミントンですと軽快に答え、バト応援してくださいと言われた。
そんな事もあつてバトミントンを見るようになったが以外と面白い。

重量挙の三宅義行さんとは何十年の付き合いで、娘さんが出るから見るようになった、フェンシングも同じだ。
意外と他の競技を見ることが出来ないが、見ると面白い。
自転車は中々放映しないから他の競技を見るしかない、今日は飯島が走るから見たい、放映しろ。



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帰国して気がついた

2008年08月16日 00時57分15秒 | Weblog
十三陵、ロードの練習場でトライアスロンの大会会場、
八送怜(漢字が少し違う)がロードレースの会場だった。
昨年北京オリンピツクの会場はどんな所で、道はどんな感じが聞いたところ、以前走った事が有る所だよと言われたが記憶似無かった。
中国、北京近郊は何度もレースを走っているし、万里の頂上付近でも練習は行った事があるからどれがどれか解らない。
選手村に着いて最初に行った十三陵も何処かで見た景色だが、でも同じような景色は何処にでもある。
オリンピックのコースに行く時も別府が下見して簡単にいけるから高速道路で見にいった。その時選手にこの辺で走った事があるんだよねと言いながら試走。
車で補給地点に行く時に良く見ると、やはり走ったことが有るような無いような、記憶がまばら、でも高速道路は無かったし、道はぼろぼろだったしな。
帰国して何となく気になって写真を探してみると、2001年8月1日にこのこのオリンピックコースの頂上で記念撮影をしていではないか。
そしてここで俺は優勝をかましていた。
確かこの直後に北京でオリンピック開催と決定したと思われる。
高速道路と道の改装で気がつかなかったのだろう。
この時の思いでは北京市でのレースで4人の逃げに追いつき、残り20kmを独走、しかし目が痛くて目が開けられない、何度もボトルの水で目を洗いながらゴールを目指す物の残り2kmで集団に捕まり最悪の思い出だけが残り、その後優勝したのも完全に忘れていた。
オリンピックコースは坂の中腹でばらばらになり独走で逃げ切りでした。
この時も気温と湿度が高かった。



襲撃命令

2008年08月14日 18時04分12秒 | Weblog
赤紙が届いた。
ジュニアの遠征でスイスのGPリュープりランドのステージレース。
8月後半の3日間 4ステージ。
ドイツ語圏で以前走った事がある地区、しかし28年前。
メンバーは中々のメンバー構成で、ジュニア最強を率いての参戦になる。
到着後時間が無いから1週間前から時差を調整しろ、幾ら若くても時差は強烈、特にスイスはほんの少しだが標高が高く心肺にかかる負荷が高く、調子のリズムが狂えば最悪の結果を生み出すぞ、レースは初日をどう戦うかでレースの流れが変わる。
現在のジュニアのレベルが何処にあるのか見るのに良いバロメーターになるだろうし、昨年のラビテビの時のような戦いが出来るか少年達?
その時のメンバーが3人含まれるし4人の特性も判る、1年間、本当に強くなったのか選手の成長も見れるから楽しみだ。
容赦はしない、攻撃できる体力を養っておけ、死ぬ気でチャレンジだ。