九州の風来坊

今は自由人で風来坊、何処までも突っ走る男は何処に行くのやら

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寒い

2010年08月31日 23時55分32秒 | Weblog
世間一般は暑いと言っいるのに。
ここペンギンんが住む部屋は寒い、当然白クマも居る。でも温度上げる気なんか無い。
当然冷たいビールなんか飲みたくない、熱いお茶かコーヒーが良い。
世間が寝静まる頃、俺は仕事を始める、完全に昼と夜が逆転してきた。このままじゃまずい。
当然、昼飯が晩飯、明日は生の肉に食らいついて、生ビールを昼間っから飲む。
そして明日は早い。
でも何の準備もしていない、明日は忙しくなりそうだ。
ユーロ下がってるね、経済を見極める難しさ、さすがに今回は失敗、115円~117円だったから頭痛い、ドルなんか最悪。

インカレ優勝

2010年08月31日 09時15分25秒 | Weblog
沖縄が生んだやんばるの黒豹がレース後、優勝の報告をしてきた。

内間の事は過去にも多くの事を書き、多くの若き選手にその走りを伝えてきた。[手本になる選手だ]
まさに選手が強くなるうえで必要な要素を兼ね備えている、数少ない選手だ。
少年時代、内間はインターハイのチャンピオンだったが、未完成な部分が多かった、その未完成な部分に魅力があり、数年後を見据え、俺は8年計画を立てた。
だから俺が率いたメンバーから外した事が無い、これは内間だけでは無なかった。

アジアツアーでは何度も優勝が見えたが、中々優勝は取れなかった、だがこれが余計内間を奮いたてたと思う。
その名場面は、俺がこの目で直接見てきた。その中でも一番はイランでの壮絶な闘い、3人のイラン選手と内間、攻撃開始の指令を受けて幾度もチャレンジするが逃げが決まらない、もうだめかと思った時、内間を含む4人の逃げ、しかしまだ経験が浅い内間はイランの選手にと闘うすべを知らなかった。
ゴールまでの30kmイラン選手の猛攻撃を受け始める、どう考えても振り切られ4位?体力が持たなければ後続にのみ込まれるパターン、まさに死闘が繰り返された。
無線を忠実に受け、すべてのアタックに反応する、いくら無線で指示されていても体力が持つのか不安がよぎるが、闘わせるしか道は無かった?標高が高く、身体に掛かる負荷も想像を超えている。
ラスト1.5kmまで何十回も繰り返されたアタックを封じ込めた内間、ここで一人の選手が飛び出し、一人で追うしか無い状況に追い込まれた。
車は退避路にはいり、ここからは自己判断で勝負に挑むしかない、この状況ならやはり4位かと車の中でつぶやいた。
結果は2位、それも1位と僅差、ゴール後悔し涙を流し、じだんだを踏む内間。
イランのTV局はこの名場面をその日のハイライトで流すほどの健闘ぶりだった、まだ18歳、最強の戦士が生まれた瞬間だと俺は思った。
内間は高い筋力があったが心肺機能はまだ子供の心臓で、その心拍の上がり方はまだまだ可能性を秘めていたから将来能力が未知数だと考えていた。
数年前のジャパンカップで切れていった時、必ず数年後に坂も克服できるからと話した事がある。
今年はアジアツアーで優勝して、全日本で失敗、それでも幾つかの課題を克服した、そしてインカレ優勝。
今年、実はインカレ見に行く予定だったがいけなかった、優勝の瞬間を見たかったと一瞬思ったが、もっと大きな勝利を俺は見るつもりだ。勝てと言われて勝てる選手になれ内間、これから数年が非常に大事な年になるぞ。心してかかれ。

和歌北の練習

2010年08月29日 14時17分33秒 | Weblog
和歌山北高校の練習に合流する為に、早朝に家を出た。
山を越え紀ノ川を南下、先頭交替をする少年達を発見、即Uターンして後方に着く。
今日の練習相手は、都道府県団体追い抜優勝メンバーだ。
トラックではあんなに速いのに、ロードに乗ると、ぎくしゃくしている、さすが高校生。
この速度域なら、十分練習になるから小娘達も先頭交替に参加。最後は峠の中腹まで、うー中々良い練習だった。今度はトラック練習に行こうと思う。
少年達よ、その速度域ではおっさんには勝てんぞ、おっさんは平地速いんだから。

和歌山北高校を指導している上野先生は、何と高校からの付き合いで同級生なのだ。
一緒にナショナルチームでフランスにも行った事がある。
隣の県なのに今まで合う機会はほとんど無く、練習は年に数回すれ違うだけ、それが今回の都道府県で再会、数年後に国体控えているから強化しなくては、一緒に練習行こうよと言われ、今日どんな感じか視察かねて行ってい見たのだ。
5年後か?中学生が居たら、全国制覇出来るな、人材を探せ上野。
今度は俺の師匠を連れて合宿に行くぞ、高校生それまで鍛えておけよ。


明日早いのに

2010年08月28日 00時43分59秒 | Weblog
もうこんな時間?ヨーロッパと時差があるから待機、待機。
パソコンがあるからだいぶ楽だけど、無かった時代に生きてきた俺達は超アナログ。
TGVの方が楽だけど、やっぱり車か?
ナビはガーミン、絶対信用せんからな、16年前の地図持って行くぜ。

窪木、インカレポイント優勝

2010年08月28日 00時07分55秒 | Weblog
窪木から電話が掛かってきた瞬間、頭の中に優勝がひらめいた。
全日本トラックチャンピオンの窪木がインカレでも優勝したのだ。
その窪木の思い出は多く、勇ましい面してる、福島が生んだ最後の白虎隊だ。
窪木が高校生の時に、カナダで僕も優勝したいです、どうしたら勝てますか?小声で聞いてきた。よし勝ちたいなら勝負に出るぞと出した最終ステージで逃げ切り優勝。でも国際ライセンス持って無かった。あの時はあれやこれやとUCIの役員に嘘つきまくったぜ。
佐賀のインターハイで引きまくり、結果が出なかった時の悔しさを表す言葉、そして負けた窪木にアジア選手権闘うかと聞いたら、俺の為に死ぬ気でいきますと発した。この言葉で俺は窪木をアジア選手権に推薦した。しかしTTでゴールを間違い、ロードで逃げて行ったが折り返しを間違えた、だがここで窪木の選手としての能力をかいま見る事が出来た。折り返を間違えた数人の選手で窪木のみが集団に復帰、この時日本チームは先頭に誰も送りこめてなく、ここで猛然と先頭を追い、吉田を逃げに乗せた力は凄かった。
吉田の優勝は窪木の強烈な引きがあったからだ。
イランでは落車で肉離れを起こしたが、先頭交替を繰り返しゴールにたどり着いた、その後超過激な救急車で病院まで一緒に向かった。
台湾ではスタート直前にレーサーパンツ忘れましたときた。ジャージで走る準備整えたが、俺の友人がたまたまレーサーパンツ持っていて難をのがれたが、その数日後スズメバチに刺される。だが心配はいらない、俺がスズメバチの毒を無くす方法を知っていたから全然腫れなかった。
マレーシアでは、まだ高校生ながらプロを相手に逃げまくり6位、後半膝が痛いから千切れても良いですかときた、でも最後まで粘らせたおかげで日本チームはイランの追撃を最終日まで守った。
この時大量のボトルを腹に入れバランスを崩し落車、ゴールまで50km、窪木を俺は見捨てるが、バックミラーごしに見える目は死んでは無かった。1時間後後方にいるマトリックスの無線で、窪木が集団に追い付いてきたと聞いた時は、まさか嘘だろうと驚いた。
最後まであきらめない姿勢は本能か?この時集団の速度は最高に速く、ゴール前に切れるだろうと予測したが死ぬ気で走る窪木は最後まで耐え抜いた。
そんな窪木、6月、全日本選手権の前に挨拶に来た、そして俺に優勝しないと顔向けできませんと力強く語った。そして優勝して電話してきた、明日は個人追い抜きで優勝を狙う。



心臓バクバク

2010年08月27日 17時21分01秒 | Weblog
この所自転車で速く走ると心臓がバクつく。
とにかく変、一応心臓が止まったら迷惑掛けるので速度を落とす。
てな訳でチームドクターの新山先生の所に行って心電図取った。
ついでに血液検査、そういえば1990年、心臓がデカクて弁に異常が出た事があった。
あれから20年、俺の心臓も限界か?
その他、夜歩いて見て気がついた。坂を登ると息切れ、おっさんは運動不足か?
そんなはずは無い、自転車で走っている。
嫁さんは軽々と息切れも無く坂を登る、変だ、何かが変だ?
倉庫にあるバーベル100kg、軽々持てるはずが重い、誰がこんな重いバーベル持っていたんだ。筋力不足、まだ早いんじゃないか?

インカレ

2010年08月26日 23時25分51秒 | Weblog
インカレ見に行こうと思ってたが、どうも行けそうにも無い。
それでも何とか時間の都合をつけて行きたい、今回を逃すともうインカレを見る事は無いような気がする。

滑った

2010年08月26日 01時36分49秒 | Weblog
雲行きが怪しくなり雨が降り出した。
珍しく先行して下る小娘、
後ろに着くが、直線で後輪が流れるのを体のセンサーがキャッチ。
前輪も流れ始めバランスを取る、その前で豪華に滑って小娘が落車。
スピードが出て無かったから大丈夫だったが、氷の上のように滑った。
もちろん俺はこけなかったが、かなり危なかった。
小小娘はまたしてもこけるかと思ったが今回はセーフ。

本物の元に

2010年08月25日 10時18分10秒 | Weblog
ずいぶん昔の話になるが俺の心を躍らせた少年が居た。その名は橋川健。
当時は俺もバリバリの選手で、闘う姿勢がまさにプロ、力で走れる選手が遂に出てきたかという感じを持たせる若者で、実力は本物だった。
その後同じベルギーのプロチームで走る事になる、部屋の汚さはぴか一だが料理とカメラの腕前は中々のもんだった。
日本のレースもたった2人で闘い、ビックなタイトルを幾つか手にした。
そのような若者はその後まだ見ていない、知らないだけかもしれないが。
その橋川の元に数週間後に向かう予定だ。

京都の暴れ馬、鍛造

2010年08月25日 10時04分58秒 | Weblog
トラックを走る鍛造の姿を初めて見た。
走る前、俺に優勝宣言をして挑んだポイントレースだったが結果は3位、強いのは強いが、展開がまずかった、闘う相手をていないのと力の配分、でもその粗削りが魅力だ。勝つためにはお前の刃、磨師に磨いでもらうしかない。切れ味鋭く無いと勝てないぞ。
その後、後熱射病で倒れたらしいが、それで頭の線が切れた良いな?

鍛造の団体追い抜きは1番走で出走、なんと、まるで手綱の外れた暴れ馬、豪快に加速していきチームをバラバラにしてしまった。さすが鍛造、見てる方は面白かったが。

ロードの前に鍛造親子、親父が挨拶に来て下さった。弁慶か?そのわきにいる小さな少年は牛若丸?
こいつ鍛造の弟だな、良い面構えしておるじゃないか、こいつ鍛えたら最強の戦士になるような気がするのは俺だけか?[鍛造よりずいぶん男前]
お前の弟、良い面構えしてるな、その会話の中でもう一人弟がいる事が判明した、それも自転車選手で中々強いらしい、見てみたいものだ。

鍛造よ、豪快に勝負する姿は勇ましく評価はしよう、だが暴れ馬はしょせん暴れ馬、これからは自分の心も身体もコントロールすることを覚えろ、お前の能力はまだ半分しか使って無い、最後に奈良の怖ーいオッサンが投げかけた言葉覚えているだろ、あれが指導者の言葉だ、心に命じて精進しなさい。