九州の風来坊

今は自由人で風来坊、何処までも突っ走る男は何処に行くのやら

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セラミックBBは軽い

2011年08月28日 09時41分12秒 | Weblog
セラミックBBなるものを搭載してみた。
価格は10、500円 世界各社のOEMを担当するメーカーのもだ。
その威力は、プリーと同時使用で軽い。
何だこの軽さはと実感できるほど、数人に使わせたがやはり軽いの一言。
これで一気にプロ並みの足の回転とはいかないが、やはり軽いほうが良い。
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世界陸上

2011年08月27日 16時10分06秒 | Weblog
世界陸上が韓国で開催されるのてっきり忘れてた。
それに気がついたのは今朝、何気なく見たTV。
自分は自転車選手であったが、一番見るのは陸上競技。
マラソンや駅伝はけっこう見てる、でも子供の頃以来生で見ていないだから見てみたい。
それも韓国、わすか2時間でいける距離、仕事がなければ今頃関西空港に向かっていたはず。残念。
というかパスポートが無かった。残念。


会議1本終了

2011年08月25日 22時59分12秒 | Weblog
イベリコに始まり、ビールで締めくくった。
今日は何本飲んだのだろうか?かなりの本数のような。
でも会議での内容はしかと受け止めた。新たなプロジェクトの始まりか、任せなさい。
明日も4時起床なので寝ます。

メタボでも頑張っています

2011年08月25日 14時03分34秒 | Weblog
俺の心臓と肺は何処に行ったのか?
体重80kg、重くて坂を登るはずが無いのだが、感覚と思いは昔のままだ、それにしても流れる景色はまったく違うもの、速度が10kg遅いとここまで違うのか?

内臓脂肪が肺と心臓を圧迫している、みぞおちが苦しい、なんともいえない苦しさだ。それでも普段練習を余りしていないから足は軽い、この感覚は調整が上手くいった時の感覚。
だから緩やかな坂で皆より軽いギヤを軽快に回すが次第に動かなくなる、でもほんの少しペースを落とすと鍋谷峠もそこそこの速さで何とか制覇。〔帰りはこのまま関西空港です〕

平地での先頭交替は久しぶり、もちろん先頭には出ない、出れない。一応坂がなければ着いてはいけるが、ギヤが踏めない、〔当たり前だ〕心臓に脂肪がつき重くなって、みぞおちまで下がって来たか、みぞおちが苦しい?

自転車のポジションは昔のまま、しかし出っ張った腹で前傾姿勢は無理、この腹何とかしないと高校生諸君についていけなくなるから体重増加はこれ以上は、、、、、、この所毎日会議の連発で、頭の糖分が無くなり腹が減る、そして食べるの悪循環。

今年の春先は鼻くそほじりながら走っても大丈夫だったのに、今では鼻を垂らして拭く暇が無い、それもそのはず、4km団体追い抜き4分35秒で走る選手達と走っているんだから苦しいのは当たり前だ。

明日も夜明け前、高校生と一緒に世界遺産まで行く、当然世界遺産など見る余裕は無い、高校生はここに世界遺産があるなんて知る余地も無い。
高校生を利用して脂肪を減らしダイエットをもくろむ、後数日で何キロ走れるか?月末からまたしても関西空港。
何とか70kg前半まで行かないと寿命が短くなりそうだ。
現在76kg練習を始めて4kg減った。後3kg軽くなると何とか形にはなりそう。

でも今日も夜は会議です、イべリコなんて誰が作った?

ある都市の街角

2011年08月20日 23時13分09秒 | Weblog
電気も薄暗い街角、コナーにはハイネケンの看板。
この道路に面した角の角で夜な夜な交わされる熱い思い。
思い起こせは何十年の歳月が流れ世の中は激変した。
そんな世の中、水面下を這いずり回り起死回生を狙う集団が今立ち上がろうとしている。
そんな場所にハイネケンガール、時すでに遅し、話題は後半でつけいる隙間は無い、もう少し早かったらよかったね。
話は煮詰まり方向性が出始めていた。後はこの生ぬるい誰も知らない街角で始まった話を物に出来るかだ。
俺は何時でもOKだぜ。後はGOサインのみで集団が動き始める。

腰がやばい

2011年08月16日 12時13分40秒 | Weblog
腰が痛いというか、ギクッと行きそうな気配。
これもメタボ化して増えた体重に骨が耐えられないのか?
この前、調子に乗って八幡平登頂を試みた、しかしあえなく敗れ去り打ちのめされた。
この時の後遺症か?
数年前に同じような症状があらわれた時、南に飛んで行ったら不思議と治った。
これは地球上で、居る場所が違えば重力が変わり腰えの負担が変わるのか?
今から関空に向かう。

インターハイ2

2011年08月15日 11時19分50秒 | Weblog
九州勢も良い感じだった。特に佐賀龍谷や福岡の祐誠高校は俺にとって母校のようなもの、どちらの学校でも皆と練習をしてきた。

今回のインターハイ、岡山工業のチームスプリント、岐阜の団体追い抜きの完成度の高さは見ていて将来が楽しみになるほど、
良き指導者に恵まれた少年達の走りは速度を増しタイムを短縮してくる。

団抜決勝の前に3kmTTチャンピオンの橋本選手とほんの少し話したが、その目の輝きから受け取れる物があった。高校を卒業してどうするかで彼の速さは増すか失速するかが決まるだろう。
競輪決勝で優勝した岡山工業のあの走り、あそこで引かずに粘る足、あんな選手が俺は大好きだ。

ポイントは落車が多く、強力な選手が巻き込まれ波乱に満ちたレース、目の前で安原大生がこけた時終わったと思ったが、何とか立ち上がりその後も攻めて3位、大生は生まれた時から知っているけど、親父の後を継いで自転車選手になるとは、そんな血統を受け継ぐ大生は今回2回のチャンスを見逃した、まだまだ親父を越えるには時間がかかるな。今度は国体だ、優勝してみろ。

ロードレースは平均時速41kmと高速出の展開、それを牽引した1年生2年生、まさに原石だらけ、そんな中、ここ数年間どんなレースでも必ず上位に来る中田が落車、沖縄の大和もメカトラ本来の強さが見られなかったのは残念だった。
高校生達は、ロードが最終日と言う事もあり疲れが出ている選手達が多く、従来の力は見る事が出来なかった。

少年達は身体的にまだまだ成長期にある、優勝や入賞を逃した選手以外に光り輝く素質の片鱗を覗かせる選手が多く存在する。
結果だけ見て駄目だと思っている選手もいるはず、そんな事はないぞ、まだまだ強くなれる、その為には練習だ。
原石を拾いあげて磨けるかが問題だが、難しくはないはず。
そんな少年達に本当の自転車競技〔ヨーロッパ〕を見せてあげたい。


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インターハイ

2011年08月13日 12時55分12秒 | Weblog

団体追い抜き、何とばらばらな走りを見せる和歌山北高校。
これは3位4位決定戦の走りだが、凄かったのは予選。
まず4分40秒を切れれば良いな、〔監督とコーチの会話〕近畿の予選でも他の近畿勢には勝てないタイムで迎えたインターハイだった。しかしわずか1ヶ月少々、少年達の成長は思ったより早かった。
メンバーは3年生一人以外は1年生の動物園チーム、つい数ヶ月前まで自転車に乗った事が無い、スタートが出来ない、先頭交替が出来ない素人集団。
それがだ、最初の突っ込み、1kmを通過した時、もしかしてと思わせるアナウンス。
2km通過、やばい分解寸前、3kmここまで来れば後先の事考えるな、全開で走れとただ応援のみ。そしてたたき出したタイムは4分35秒、ベスト記録を大幅に更新した。
一瞬間違いでは思わせたが現実のタイム、これも厳しい練習に耐えてきたお陰だ。
団体追い抜を走った事がある人にはわかるだろうが、素人集団が35秒をたたき出す、そんな速さで走るチーム今まで俺は見たことが無い。
しかし3位、4位決定戦では相手の強さに敗れ去った。
基本に忠実では無い走り、課題は多いが進化する速度はそれ以上に早いだろう。時が経ち、機関車が電車になり、新幹線になる日は近い、その為にはもう一人の1年生が要になるだろう。

歴史の1ページ

2011年08月13日 10時41分50秒 | Weblog
秋田でその昔、世界と闘った人々と出会い話をすることが出来た。
その中でも記憶にとどまる一人、添田選手〔現中央大学コーチ〕自達が子供の頃に目標とした選手の一人。
1979年、オランダで開催された世界選手権、ポイントレース予選を27ポイント取得して1位で通過、団体追い抜きは3走を勤め世界21ヶ国中11位の成績を残した。この時日本は世界との差を一気に詰め跳躍し世界に肩を並べた。
帰国後は学生選手権ポイントレースでも圧勝の走りを見せ、少年達を奮い立たせた。そしていつか添田選手と闘い倒すそと俺は心に誓う。
その走り、ポイントレースのスコアを見れば添田氏の戦術が見え、勝利の裏側に隠された血のにじむような練習が見える。
この時代は一流のスピードを兼ね備えた選手が多く育った次代でもあり、日本は何処まで強くなれるのだろうかと期待と希望があった時代でもったのだが、、、、、。
当時、自分達は日本の長距離界に希望は無いと聞かされていた、今となれば世界を知らないそ大人の偏見だった事に気がつく、それは世界に飛び出した時に気がついた。
もし当時のまま世界を視野に入れて時代が流れていれば、今日本は何処の位置にいたのだろうか?
今年のインターハイを見てもわかるように、闘えるレベルに到達していたのではと思う、そう思うのは俺だけでは無いはずだ。

添田さんが教える中央大学は昔は強かったが苦境の数年間があり、今復活の道を模索している、今年全日本選手権ポイントレースで優勝こそ逃した堀内の走りを見れば、その指導力の手腕は必然的に見えてくる。
1979年、80年オリンピックの前の年、当時と今、2010年と11年、歴史の流れは加速度をつけ同時に歯車が狂う、修正できるか。



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時間に追われて

2011年08月04日 14時55分44秒 | Weblog
色々な準備に追われて逃げ道が無い毎日。
ぶっ壊れた自転車2台、DI2の断線、予期せぬ出来事でフランスで半ハンダ付けをするとは、まっさかこんな所がこんなタイミングで切れるとは思ってみなかった。帰宅して、カストラマに工具を買いに行こうと試みるが、何と何十キロも離れている、困っていると何と家にはハンダゴテから何でも修理できる工具がずらり、助かった。

日本に帰国してから未だTT用のDI2はそのまま倉庫の片隅で修理を待っている。
その前に大掛かりな組み換え作業、簡単な落車でも体重が掛かれば簡単に壊れるカーボン、なんと2台も大破させた。
そんなフレームの組み換え作業は何とか終わり、次はぼろぼろになったパーツの修理、補修部品で直すのだが、これが手間、新品を買ったほうが楽。
でもどこまで修理が可能かにらめっこしながら今は着実に進んでいる、大量の汗で目が痛い。