九州の風来坊

今は自由人で風来坊、何処までも突っ走る男は何処に行くのやら

爺になっても代謝が悪くなる事はない。

2018年11月22日 16時53分14秒 | Weblog

年を取ると代謝が悪くなり、太ると言う言葉に騙されていた。

この言葉こそ悪魔の囁き。

数年間の間に運動したりしなかったりを繰り返し、徐々に肥満が進行して突き出した腹。

たまにつまんでみると、つかみきれない程の醜さ、代謝も悪いし、少し運動してもへこまない腹に、もはや諦めの境地だった。

思い起こせば、今年3月頃足を捻挫して動かなくなると、肥満は加速し血圧が190、医者もびっくりで薬で下げる前に血圧手帳をつけるように指示された。

丁度この頃足も治りかけてサイクリング開始、すると血圧はみるみる下がり正常地まで落ち、薬の世話にはならなかった。

しかし自転車乗って、体重計に乗っても腹は一向にへこまない。

やっぱり代謝が悪い?

7月猛暑の時期、日本を離れビール三昧、帰国するとサイクルスポーツから店長選手権の参加依頼が来たので練習開始。

店長選手権は4年前になめてかかった大会で、あの時は足が痙攣して終わった。

このまま参加すればリタイヤは確実、少しでも楽して走ってやると選手モードに入った。

早朝と夕方に10km峠を1往復から開始、決して追い込まず徐々に走れるようにプログラミングした。どしても人は直ぐに結果を求め期待するが、トレーニング理論を知り尽くした自分は今日より明日を信じ鍛えていく。

1ヵ月もすると、代謝が悪くて痩せないはずなのに、腹がへこみ始めたではないか。

ここで調子に乗って距離も少し伸ばすと、更にいい感じで締まってきた。

2が月もすると、腹はへこんで着れなかったユニホームも切れるようになった。

食事は余り制限せず、オカラパウダーは使った。

ある一定期間連続して運動を繰り返すと、身体はかなりいい感じになった。

この一定期間と言うのがダイエットには必要で、これを超えないと余分な脂肪は除去されない。

代謝が悪いのでは無く、代謝をうながすように身体を作り上げるのだ。

今回は過激なダイエットでは無かった為に、腹はへこみ皆に痩せたと言われるが、体重はそれないりに重いままで坂は筋力で軽々上る。

この冬に出来るだけ運動をして、又太らないようにするしかないが、日本酒がうまくて飲まずにはいられない季節だ。

 

 

 


大台ケ原ヒルクライム

2018年09月11日 21時58分47秒 | Weblog

台風の影響で開催が危ぶまれた大台ケ原ヒルクライムレース。

試走の時に、崩れた道がアスファルトで修復されていた。

義理の弟が崩れた道を2日間で直してくれたのだった。

感謝。

帰国後1か月間、とりあえず練習はしたが、体重は相変わらず重いがそれなりに走る準備はした。

直前に疲労困憊の身体をマッサージで緩めたら、緩み過ぎて身体に力が入りずらい、これはやばいと前日に少し刺激を入れるがダメだった。

スタート直後は雨の為に速度が遅い、そのせいで息が上がらず坂に突入、周りに惑わされないようにペースで上がるが、勾配がきつくギヤが足りない。

後方から来る選手にペースを任せるも、練習用の車輪とすり減ったタイヤがダンシングで滑りまくり、リズムが狂い腰が痛い、そして激坂が終了する頃に2人目の女子に豪快に抜かれる。

この子をペースメーカーにしようとするが、腰は限界に達し戦意喪失、だいたい招待選手なんだし、選手でも無いのに頑張る必要はないんだと思ってペースダウン。

速度を落とすと腰が少しマシになり、何故か踏み始め、さっきの女子選手の後ろに追い付き振り切る。

その後は、後方から来る速い選手に何度もつくが、一瞬で離れる、これを何度も繰り返しゴールまでたどり着いた。

結果は昨年より7分も速かった。

後3分ぐらいは短縮できそうな気がするので、引き続き練習とダイエット続行。

 

 


重い身体

2018年08月21日 17時29分53秒 | Weblog

ロンドンと言えばパブ。

ビールの飲み過ぎと運動不足で、又腹が飛び出した。

後半はレンタサイクルで、ロンドンの町の中を駆け巡るも、ビールのカロリーは消費どころか蓄積されていく。

帰国してすぐに自転車に乗ると意外と走れる気がしたのもつかの間、何と暑い、脚の方は軽いが心拍は上がらず嫌になる。

それでも運動不足解消の為に、毎日30km以上走破で衰えた身体に鞭を入れた。

もうこの時点で体重計に乗るのは怖い、多分80kg手前はあるかも知れない。

一応5日間ほど追い込んで、佐世保で自転車教室に招かれていたので移動。長時間のドライブで身体が動かないし、脂肪の厚みも増してか暑さが染みわたる。

距離を走るのは問題ないが、パワーと心拍がバクバクで自分の身体ではないみたいだ。

ライド後は勿論生ビール、そして夜中に脚が攣り目覚め睡眠不足に陥った。

ボロボロの身体で大阪に戻ると、イタリアのチームに所属する萩原選手が練習をお願いしますと家に転がり込んでき。

ここから試練の強化合宿が始まった。

相手は調子が悪いとは言えプロだ。1か月間自転車に乗って無いし数か月前まで腹が出た高血圧の俺が相手出来るレベルでは無い。

まして坂を重点的に走るなんて考えられないが、教え子の為には力になるしかない。

起床4時で5時にはスタート、金剛山を目指すが、もう生殺し状態で頂上2kmでオールアウト。

ここから高野山を引きずり回され練習終了。

これは午前の練習で午後は8kmの峠2本、時速10kmの俺は大汗をかきながら頂上を目指した。

練習は出来るだけ萩原が疲れるように走らせ、1回ぐらいはぶっちぎってやろうと思うが全敗するのは当然。

しかし俺は元プロだ、なめてはいけない、高校生を使って疑似練習となると、いかに現役選手でも俺を倒すのは難しくなる事を見せつけた事は言うまでも無い。

萩原のお陰で体重も74kgまで落ちた。もう少し日本にいたなら後2kgぐらいは落とせたかも知れない。

こうして萩原の練習を終了させ関空に、今度日本に帰国する時はオッサンパワー全開で鍛えてやる。

 

 

 

 

 

 


オカラパウダーダイエット

2017年12月21日 20時26分20秒 | Weblog

一度デブになると中々痩せなものだと実感。

ここ数年体重が重くなったたり、少し減ったりを繰り返してた。

一番の原因となったのは昨年の怪我、これが元で運動不足になり体重は85kg、いや怖くて体重計に乗って無かったからそれ以上かもしれない。

今年の4月頃、やっと運動しはじめて奄美大島に友人と行った。この時エレベーターの中にある鏡に映った姿をみて驚くほどの醜さに失望した。この醜い身体で島を周遊して全身筋肉痛になり運動不足を後悔。

しかし、その後も自転車に乗ったり乗らなかったりを切り返し、10月にイランでまたもや激太り。(一緒に行ったイラージュのせいだ)

11月に内間康平のサイクリングに参加の前後から、自転車に乗り始めたが今回は意外と気合いれてるから寒くても運動を続けている。

毎日1時間30分以上は乗ってるから、恐る恐る体重計に乗ったらやっぱり80kg。それでも身体は確実に軽くなってる、突出した腹もへこんだ。

そこで食事制限するしか無いと思っていると、神の手助けが現れた。

友人の会社で作るオカラパウダーだ。

これを毎日飲みながら練習をこなしていくと、次第に体重が減り始めて何と4kgも軽くなった。

このまま自転車に乗り続けて、今年中に75kgだ。

 


冷や飯

2017年12月19日 17時04分35秒 | Weblog

俺は冷たい飯が好きだ。

激寒の山の中で食らう飯の味が忘れなれない。

何十年も前の事だが、山で仕事をしていた時の事が脳に刻まれている。

手の足も身体も凍り付く銀世界は、風景だけ見れば綺麗で神秘的だが簡単に命を奪う。

ここで生き延びる為には体力とエネルギーが必要だった。

判断を誤れば命は無い、こんな究極の世界の中で食べる飯は最高の味だった。

水筒には日本酒だが、余りの寒さで飲んでも酔う事は無かった。それどころか生きる力が湧いて来た。

人間に取っと食は生きる力、身に染みて感じた。

それ以来、寒くて腹がすくと、日本酒が欲しくなる、冷たい飯が欲しくなる。

塩で握った白飯と少しのおかずが、最高のごちそうになるのだ。

究極の味は、究極の腹減りの後に訪れる。

 

 

 

 


肩こり改善

2017年12月15日 16時51分23秒 | Weblog

4年ほど前から、肩コリと首の筋がパンパンに張り、寝ても起きても辛く気分が悪くなる日毎日。

自転車に乗ると右手の指先まで痺れがでる、前を向いて走るのも辛く、信号で止まるたびにストレッチ。

余りの辛さに自転車に乗るのが辛く、運動量は減り体重がどんどん増加。

マッサージや整体に行くが治る要素は無く、上を向くと電気が走るしTVを見ていても辛く、寝る時も右手が痺れる感覚があり寝つきが悪い。

そんな時に膝の靭帯を痛め、直ぐに治るだろうと思っていたが炎症が止まらない。

そこで知り合いの整形外科に行き、まずは膝の靭帯を修復してる間に、首も見てもらう事にした。

症状からすると頸椎捻挫だろうと言われたが、レントゲンもMRIも異常なしで原因不明。

そこで癒着しているであろうと思われる筋肉の間に注射、これで癒着を剥がすと少し楽になった。

膝の靭帯が改善されると、自転車の乗る時間も少し増えていき、少しは速く坂でも上りたくなる。

だが足も腕も筋力不足でダンシングが続かない。

運動を継続すると上半身の動きが何となく良くなってきて、ふと気が付くと痺れていた右腕の痺れは無くなっていた。

肩こりも首の張りもだいぶ増しで後ろを振り向ける。

上半身は普段そんなに動かさないので、筋肉と筋が固まってただけなのだろうか?

あれだけ病院行ったりマッサージとかしても直らなかったのに。

少しだけ不思議。

爺になっても運動はしないといけなつくづく思った。

 

 


コンチレンタルではない、プロコンチの選手とライド。

2017年12月09日 14時56分04秒 | Weblog

プロコンチネンタルチーム所属の内間康平と、中鶴、そして元プロの俺で沖縄ライド。

この日は風が少し冷たかったが春みたいだった。

乗り始めの俺はメタボ解消を目標に走るが、二人がゆっくりだから楽勝。

今度走る時には高速ライドも行けるようにしておく。

 


サイーダも強くなってきたな。

2017年11月04日 17時39分26秒 | Weblog

第3ステージ優勝のSAEIDは残り10km、緩やかに上るKOMポイントの前からしかけ、単独で10kmを独走して、地元タブリーズで優勝を飾った。

ドラパック等のスプリンターが居るチームは、坂が余りきつくない、この日の優勝を狙っていた。しかし町に入るころ、強いクロスウインが吹き荒れる緩やかな坂で思うように動けない所でイラン勢の攻撃が始まり、サイダーは一人でアタック開始すると10秒ほど離れ何分も同じ秒差が続いた。それにしてもあの高速集団からの逃げは強かった。又勇気あるアタックだったのだが、まさか成功するとはチームカーから見ていてもハラハラドキドキだつた。

優勝は母親にささげ、タブリーズの町は歓喜に沸いた。


jolfaにあるアルメニアの教会

2017年10月31日 18時38分45秒 | Weblog

jolfaの町から車で数分で国境ではないが検問が現れた。アゼルバイジャンとアルメニアの国境が近いらしい、ガードレーㇽの向こうがアゼルバイジャン。

向こう側は線路があるが、中国までつながる鉄道のシルクロード。

6時過ぎると、ゲートが締まる検問を無事通過してアルメニアの教会を目指す。山の上には監視塔、国境を無断で超える者を監視している。以前この地方で線路の向こう側に歩いて行こうとしたら、自動小銃を持った兵隊が何処からとも無く表れて、この先はダメだと言われた事がある。ここの先に。数千年前に建てられたアルメニアの教会。あたりは何もない石と言うか砂漠なのに、水がほうふに流れている。


TOUR of IRAN

2017年10月30日 08時57分11秒 | Weblog

絞り込まれた先頭集団には、強い選手はすべて残っている。

ゼッケン6番、タブリーズチームのイリア、ダビデモン。懸命にチームのアシストをこなす。

最後の登りで4人の逃げが成功して、イリアが3位入賞。

山岳賞を確保した。

イリアのバイクはとにかく大きい。