12月31日海外からの電話がかかってきたが、直ぐに切れた。
2回目、ロシア語を聞いた瞬間にSergeyからだと確信したが切れた。
3回目で、Sergeyが俺の名前を呼んで、ハローと言った後は、ロシア語で嬉しそうに話す,声のトーンで元気とわかるが、ちんぷんかんぷん。
SergeyはキルギスタンのTTチャンピオン、その力を買われカザフスタンに親を残し移り住んだ。
少しでも裕福になる為に国を変えるなんて俺達にはわからない。
家族の為に外貨を稼ぎ母国に持ち帰る指名、腹減りはチャイに砂糖を入れて紛らす、武骨で余り話さない、旧ソビエト時代の秘密主義が染みついた男だった。
ロシア語しか話せないがチームメートのオギ(モンゴル人)がロシア語が出来たので意思の疎通は出来た。
ある時ウッカを飲んで酔っ払い、一気に仲良くなって打ち解けた。(さすが酒の力)
知らない国、カザフやキルギスの事も色々聞いたし、ロシア語も習ったりした。
使わないポットがあるからプレゼントすると、自動でお湯が出るのに感激して、ホテルの廊下でお茶会を始め自慢していた。
使わなくなったユニホームや部品をあげると、自国に持って帰えって、ジュニア選手にあげるんだとバックに詰めた。
何でもある俺達は物の大切さを教わり、何でもある生活を考えさせられた。
sergeyとは自分が怪我で、レースから離れている間にカザフに帰国したから、最後がどのような状態だったかわからない。
一緒に居た、ウズベキスタンのモミノフは韓国まで一緒だったらしいが、モミノフは国に帰るお金が無いから韓国に住み着いた。
その後モミノフは連絡してきた(10年後、今は韓国語バリバリで国に帰っていない)
Sergeyはカザフに帰国して一度手紙はもらったが、その後は音信不通17年。
カザフの知り合いに所在を聞いたが皆知らないと言うから、もう連絡はつかないだろうと半ば諦めていた。
そんなSergeyは今。カザフでコーチをして選手を育てているとの事。
家族もバラバラになって無いから一安心、お互いが元気なうちに会って見たい。















