九州の風来坊

今は自由人で風来坊、何処までも突っ走る男は何処に行くのやら

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今日もバトル

2013年08月31日 20時54分06秒 | Weblog

高野山の大門。

高校生と高野山に登った。懐かしい光景のなか激しいバトルでバラバラになる少年達。

軽快に見えるのも、今日は熱帯低気圧のせいで追い風らしい。

勿論俺も自転車で一緒に走ろうとと思ったがついていけるはずは無いし、迷惑になりそうなので車で追走した。

 

 


近頃

2013年08月30日 14時37分18秒 | Weblog

道間違えてます。

じゃなくて、、、お後ろに居たんだから、停止したら言わんかい?

じゃないとわからんやろ?

先行な。

走りはじめる、、、、、何処に行く?

はい、じゃなくて、行けと言ってから走りはじめるんだ。

じゃなくてそこはゆっくりと言ったろ、豪快に速く、肝心な所が遅い。

言い方が悪かったか?

コーナーが下手、吸い込まれるらしい?

何処に?

ゆっくり行きなさい、事故ったら痛いのは自分です。

 

 

 


カーボン破損車輪と忍者

2013年08月29日 13時08分26秒 | Weblog

インターハイスクラッチで絶好の位置に着いたが無念の落車。

2コーナーで大破したカーボンホイル。

見ての通りカーボンの繊維にそって割れたリム、修復は不可能なので、リム交換。

コリマーリム高とリペアのリム高が合わないので、スポークも入れかえ組みなおした。

これを壊したのは忍者服部君の末裔、らんまる、手首の負傷だけですんだ、さすが忍者。

本人に聞いたが忍者の末裔ではないらしい、どう考えても苗字と名前が忍者だろう?

俺の友人にもいたから判るんだ。そいつの家は忍者屋敷で、壁が反転したり、抜け穴があったりした。

超不思議な家だった。

 


夏か?寒いじゃないか。

2013年08月26日 19時30分58秒 | Weblog

早朝4時起床、6時練習開始。

2日連続の雨は気温を下げ寒くて座っていられない、指先は少しかじかむなんて夏では考えられない異常気象だった。

選手は雨にれ震えても、熱い走りで目標に向かって頑張った。

俺は夏の寒さは色々な所で経験しているが、マレー半島のジャングルで、雨に濡れ体の体温が奪われ震えが止まらなくなった事がある事を思い出した。

この時オラウータンが雨に濡れて死ぬと聞いた、灼熱のジャングルで本当かと思ったがまさか自分がそんな状況に置かれるとは思いもよらなかった。

そして俺は昔からゴリラと呼ばれているから、濡れて死んだらオラウータンになってしまうと、生きるすべを探した。

そこに何とゴミ袋発見、ビニールを裂き腕を通して雨合羽制作。

この時現地人は俺が取った行動に驚いた。

他の者は寒さで震え体力を奪われた。その後灼熱の太陽が降り注いで難を逃れたが、太陽が出ると当然汗だく。

しかしこの2日間異常に寒かったが、明日から又暑くなるのだろうか?

明日、生徒は練習休みだが宿題が残っている模様、宿題出来ていない奴いないだろうなと言った言葉にハイと元気よく答えた生徒の陰で一瞬目を踊らせた生徒が居た。

宿題は英語らしい。

始業式までまだ時間はある、前のめりで頑張りなさい。

 

 

 

 

 

 


どぎゃんですか?

2013年08月20日 11時25分32秒 | Weblog

大分で後輩の芹田と出会った。突然声をかけられたがしゃべり方ですぐに後輩だと気が付いた。

高校時代一緒に練習をして、色々悪さをした後輩は100g超級となっていた。

どぎゃんですか?自分は何十年も自転車競技を見たくなかったとですよ、でも近頃先輩の手伝いを初めて俺がまだ自転車界に居ると聞いたとです。だから今日大分に来たとですと言った。

芹田は会社の社長になっていた。あの芹田が社長か?頑張ったな。

今の競技は泥臭く中ですね、昔と全然違うじゃなかですか?どぎゃんせたとですかと言い出した。

そんなの俺もわからん?高校競技を見始めたのはつい最近だから実は俺も知らんのだ。

それにしても佐賀県は影も形もなかです、寂しか、、、、佐賀で高校の指導をせんですか?強かった佐賀県を復活させですか?

佐賀県が強かった時代があった。高校生の団抜きは常識を超えた超越したものがあり、まさにチームZOO、それも猛獣ばかり。

その猛獣を指導されたのが鬼と仏の顔を持つ渕上先生だった。(現在坊さん)

今度会いに行こう。

 

 

 

 

 


クラブキング

2013年08月11日 16時50分16秒 | Weblog

久しぶりのクラブキング開催。

メンバーは何時ものメンバー。

飲んだ時間は12時間、昔に比べ皆酒の量が減った。

それでも世界のビールから、焼酎、テキラーと飲み方は変わらない。

議題はこれからいかに人生をエンジョイする事。

その前に壊れた体の修復が先だ。

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物凄い爺さん

2013年08月11日 16時02分49秒 | Weblog

金剛山をマイペースで登っていると先にダンシングで登っている人がいた。

頂上2kmほどで追いついた時、そこには、脂肪が無く筋肉隆々で真っ黒に日焼けした足。

ギヤはアウタターのロウ、腰は下ろさず下ハンのダンシングのみ、多分10km上げっぱなし?

一度ペースで追い抜くが、抜き返されること2回。

年齢は不詳だが強い。

でぶった俺は肉布団で大汗をかいて登っているが、爺さんは涼しげだった。

それにしても暑いじゃくて熱い。

数十年前だけど、ハンデキャップベルグレネン(スイスの山岳レース)、最後20kmマッターホルンが見えるゴールで、逃げる60歳以上を追い詰めた。

空気が薄く気圧で肺が苦しい、逃げる爺さんとゴール勝負、しかし限界走行の俺達を尻目に爺さんは軽やかにダンシング、数メートル差を追い込めなかった。

ハンデキャップなので優勝はこの60歳以上の爺さん。

後で聞いたら元プロの山岳スペシャリストだった。あれ以来、ハンデキャップレースは全開で走るようになった。

もちろん今日は最後のダッシュで制覇したが、俺の心臓は限界を超えていた。

 

 

 


森口の成長は嬉しいものだ

2013年08月10日 10時33分10秒 | Weblog

 

3年前新入生として自転車部に入ってきた森口、一緒に走る機会もあり、時折見せる豪快な走りに眠れる素質を感じ、将来個人追い抜きでインターハイのチャンピオンになるぞと俺は言った。

合宿中迷子になったり、周回を間違えたり、自転車を壊しまくったりしたが、きらりと光る高次元の速度域は元選手の俺の心を揺さぶった。

その素質、先生に伝えると辞めてくれよ期待を持たせるのはと言った。しかし先生もその素質に気が付くのに時間はかからなかった。

隼人や中野尻の影に隠れた森口が次第に頭角を現し始めるが、その力が完全に出されるのには時間が必要だった。

ロードは苦手意識があり力を出し切れない、だがもし俺がチームを率いるのなら森口のような選手はからなず必要となる、その素質眠らさせれば自転車界の損失につながる。

そんな森口のインターハイロード、今回もし解き放っていれば優勝できたかもしれないと思うほどだった。団抜きでは機関車となりチームを引っ張り、俺との約束個人の追い抜き優勝を俺と上野先生にプレゼントしてくれた。

インターハイの予選の時、森口がラップタイムを自分で書いていた。

ふと見ると3分25秒、この気象条件、コンクリート走路で出せるわけが無い、すこし無謀なタイム設定だから無理と一瞬言葉に出そうとした時、俺は一瞬指導者として言ってはいけない言葉が出ようとした。

そうかタイムにチャレンジするか?

森口に個人追い抜きのタイムの課題を1年生の時与え、その記録を出すたびに3秒ずつ引き上げていった。36秒が33秒、そして今年に入って29秒を出した時一気に25秒を出すぞと話した。

レースの前夜も同じくタイムにこだわった。その言葉の意味を理解して挑んだ森口の成長が嬉しい。金網ごしに見た森口の走りは、自分に果たせなかった夢をかなえた瞬間でもあった。(今から30数年前、学校単位で闘うインターハイに自分の意志と違う種目しか走れなかった経験がある)

そして世界ジュニア、個人追い抜きは目標とする世界と8秒以内を実現、スクラッチでも落車したにも関わらず最後の豪快逃げは、ヨーロッパの人々に日本の森口の強さを印象づけた。(知り合いが森口のスタートのホルダーをしていたのも何かの因縁か)

シングルアタックの追い抜きが出来る選手は数少ない、一気に速度に乗り走る姿は往年のエキモフに似ている、そして3分26秒の自己ベストをたたきだした。

見ていて、走路をもう少しうまく使っていれば25秒は出たはず、もしあの場に上野先生が居たならばジュニア記録は間違いなく出た事だろう。

俺は森口が順調に練習をすれば世界と数秒差で戦えるパーシューターが日本に誕生するだろう、そして苦手意識のロードの力が増せば最強のオールラウンド選手が現れる。

大人は少年達に何ができるのか、今真剣に考える時が来たのではないか?

もう何十年前の日本とは違うはず、ジュニア選手権を見ても世界の流れは変わり、スマートに強化を行った所が成績を残している。

 

 

 


森口の成長は嬉しいものだ

2013年08月10日 10時33分10秒 | Weblog

 

3年前新入生として自転車部に入ってきた森口、一緒に走る機会もあり、時折見せる豪快な走りに眠れる素質を感じ、将来個人追い抜きでインターハイのチャンピオンになるぞと俺は言った。

合宿中迷子になったり、周回を間違えたり、自転車を壊しまくったりしたが、きらりと光る高次元の速度域は元選手の俺の心を揺さぶった。

その素質、先生に伝えると辞めてくれよ期待を持たせるのはと言った。しかし先生もその素質に気が付くのに時間はかからなかった。

隼人や中野尻の影に隠れた森口が次第に頭角を現し始めるが、その力が完全に出されるのには時間が必要だった。

ロードは苦手意識があり力を出し切れない、だがもし俺がチームを率いるのなら森口のような選手はからなず必要となる、その素質眠らさせれば自転車界の損失につながる。

そんな森口のインターハイロード、今回もし解き放っていれば優勝できたかもしれないと思うほどだった。団抜きでは機関車となりチームを引っ張り、俺との約束個人の追い抜き優勝を俺と上野先生にプレゼントしてくれた。

インターハイの予選の時、森口がラップタイムを自分で書いていた。

ふと見ると3分25秒、この気象条件、コンクリート走路で出せるわけが無い、すこし無謀なタイム設定だから無理と一瞬言葉に出そうとした時、俺は一瞬指導者として言ってはいけない言葉が出ようとした。

そうかタイムにチャレンジするか?

森口に個人追い抜きのタイムの課題を1年生の時与え、その記録を出すたびに3秒ずつ引き上げていった。36秒が33秒、そして今年に入って29秒を出した時一気に25秒を出すぞと話した。

レースの前夜も同じくタイムにこだわった。その言葉の意味を理解して挑んだ森口の成長が嬉しい。金網ごしに見た森口の走りは、自分に果たせなかった夢をかなえた瞬間でもあった。(今から30数年前、学校単位で闘うインターハイに自分の意志と違う種目しか走れなかった経験がある)

そして世界ジュニア、個人追い抜きは目標とする世界と8秒以内を実現、スクラッチでも落車したにも関わらず最後の豪快逃げは、ヨーロッパの人々に日本の森口の強さを印象づけた。(知り合いが森口のスタートのホルダーをしていたのも何かの因縁か)

シングルアタックの追い抜きが出来る選手は数少ない、一気に速度に乗り走る姿は往年のエキモフに似ている、そして3分26秒の自己ベストをたたきだした。

見ていて、走路をもう少しうまく使っていれば25秒は出たはず、もしあの場に上野先生が居たならばジュニア記録は間違いなく出た事だろう。

俺は森口が順調に練習をすれば世界と数秒差で戦えるパーシューターが日本に誕生するだろう、そして苦手意識のロードの力が増せば最強のオールラウンド選手が現れる。

大人は少年達に何ができるのか、今真剣に考える時が来たのではないか?

もう何十年前の日本とは違うはず、ジュニア選手権を見ても世界の流れは変わり、スマートに強化を行った所が成績を残している。

 

 

 


重い

2013年08月07日 13時09分36秒 | Weblog

暑さが運動不足を促進する。

今日は紀見峠から紀ノ川ぞいを4時間も走った。汗を流して体重計に乗ると何と76kg、

この体重計狂っている、インターハイ前は74kgだったはず。

だから体が重かったのか?全身バリバリ。

当然毎日の積み重ねが重要なのだが、乗ったり乗らなかったり、今日も坂を登っているとペダルが踏みかえってくる、

わかってはいるが、中々そうもいかないのがオッサンになった証。

坂は何とか23Tで登っていはいるが、25Tのほうがよさそうだ。

28ならなおさらよさそう?

それに9月のトラックマスターズ参加しようと思っていたら、申し込みが終わっていた。

昨年も同じく、社長すいません、来期は必ず参加します。

誓い。

でも元々トラック選手の俺は中途半端にトラック競技を辞めたから、トラックを走ろうと思う気持ちはある。

当然坂がないし、まだ技術は残っているし、後はやる気のみだ。

俺の自転車、隼人がJ世界選手権に持って行ってるし、短い足の隼人にポジションを合わせたからもう乗れない?

新型のトラックが出来てくるまで、鉄フレームで練習だ。

トラックならこのまま76kgでも良いか?