く~にゃん雑記帳

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<日南市「油津」点景> 市民の保存運動で蘇った石積みの「堀川運河護岸」

2016年08月12日 | 旅・想い出写真館

【飫肥杉とマグロ基地として栄えた港町、歴史的建造物が点在】

 かつて特産の飫肥杉と東洋一のマグロ基地として栄えた港町、宮崎県日南市油津(あぶらつ)。その街には今も往時の繁栄ぶりを物語る人工の運河をはじめ歴史的建造物が点在する。石積みの堀川運河護岸やアーチ型の堀川橋、油津赤レンガ館などは国登録有形文化財にもなっている。

 堀川運河は今から330年前の1686年(貞享3年)、飫肥藩の財政を支える飫肥杉の集積・積み出しのため、第5代藩主伊東祐実(すけざね)の命により開削された。2年半近くに及ぶ難工事だったという。運河は延長約900m、平均幅員27m、深さ3m。飫肥杉は木造船の船材として多くの需要があった。両岸の石積み護岸は明治後期から昭和初期にかけて、貯木場となった運河の護岸を補強するため築造された。戦後になると、石積み護岸は補強のため多くがコンクリートで覆われ、次第に姿を消していった。一時は運河の埋め立て構想も浮上した。これに対し市民たちが歴史的資産として保存・再生すべきだと立ち上がった。そうした声を受け、宮崎県は1990年代以降、石積み護岸の修復や遊歩道の整備など親水空間づくりを進めてきた。

 

 運河にはアーチ型の石橋「堀川橋」が架かる。運河の開削によって分断された油津の町をつなぐもので、1903年(明治36年)、明治時代中頃まであった木橋に代わって架け替えられた。吾平津神社(通称乙姫神社、上の写真㊧)の参道橋を兼ねるため「乙姫橋」とも呼ばれる。1992年にはここが映画『男はつらいよ 寅次郎の青春(第45作)』のロケ地になった。橋のたもとにその案内板が立つ(写真㊨)。運河沿いの「堀川資料館」にも映画の写真やポスターなどが展示されている。2007年、運河の新しいシンボルとして屋根付きの「夢見橋」が造られた。こちらは樹齢120年の飫肥杉と飫肥石を使い、ボルトなど金属を一切使わない伝統的な木組み工法による。こうした環境整備への取り組みが評価され、堀川運河は2010年「土木学会デザイン賞」最優秀賞に輝いた。

 

 油津港に通じる幹線の国道220号周辺には歴史的建造物が異彩を放つ。「油津赤レンガ館」(上の写真㊧)は1921年(大正10年)頃に建てられた倉庫で、中央通路部分はしゃれたアーチ型。約22万個の赤レンガを使用しているという。近くの国道沿いにある木造3階建ての「杉村金物本店」(写真㊨)は1932年(昭和7年)築で、2~3階部分の洋風な銅板張りの外壁が目を引く。「宮崎県建築百景」に選ばれているそうだ。油津のメーンストリートには街路樹としては珍しいシマトネリコが延々と植えられていた。(下の写真㊧は油津港、㊨は油津駅。駅前には大きなマグロのモニュメントが立っていた)

  

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